初戦の相手バブル=ドミンゴを一撃で倒した後、俺は破竹の勢いで勝ち続けた。
その結果は五戦五勝──まさかこんなことになるとは、夢にも思っていなかった。
そうして気付けば、次はいよいよ優勝を懸けた決勝戦だ。
ようやく試合の準備が整ったのか、実況がアナウンスを開始する。
「お待たせしました! それではこれより、決勝戦を開始いたします! 組み合わせはもちろん──ローズ=バレンシア選手対アレン=ロードル選手! 両選手、舞台へお上がりください!」
賞金稼ぎのローズ=バレンシア。
この名前には聞き覚えがあった。確か俺と同い年の天才女剣士だ。
賞金の懸かった大会に出ては、優勝をかっさらい。懸賞金の懸かった犯罪者を見つけては、捕縛して聖騎士に突き出す。とにかく腕が立つと評判の剣士だ。
俺は、目の前に立つローズさんへ目を向ける。
赤い瞳に目鼻立ちの整った顔立ち。背中まで伸びる、ピンクがかった美しい銀髪。上の服は、黒を基調とした生地に赤いアクセントが入ったもので、下は黒のローライズホットパンツ。お腹から胸の下部まで広く露出しており、少し目のやり場に困る衣装だ。
彼女の戦いは、ずっと舞台の脇から見させてもらった。
剣士としては少し華奢なその体で、屈強な大男たちを次々に斬り捨てるその剣術は──まさに圧巻の一言だった。単純な技量だけならば、世界でも指折りの剣士だろう。
(決勝戦だというのに、恐ろしいほどの自然体だな……)
おそらく俺と違って、踏んできた場数が違うのだろう。
そうして俺とローズさんが視線をぶつけ合っていると、実況者が簡単な説明を始めた。
「みなさん既にご存知の通り、ローズ=バレンシア選手はあの有名な一子相伝の秘剣──桜華一刀流の正統継承者! それに対してアレン選手は……なんと我流の剣士です!」
所属流派を紹介した彼女は、わざと一拍置いてから話を続ける。
「──しかし、断言できます! アレン選手の我流を馬鹿にする者は、もはやこの場に一人としていないと!」
実況の言う通り、バブルとの一戦以降、俺を嘲る者はいなくなった。今はむしろその逆。俺の勘違いでなければ、敬意のようなものが払われている気がする。
実際、握手を求める剣士が大勢詰め掛け、なんと弟子入りを志願してきた者もいた。握手には応じたけれど、さすがに弟子入りはお断りさせてもらった。
俺はまだまだ半人前のひよっこ。人に剣術を教える立場ではない。
その後、いよいよ試合開始目前となったところで、俺はいつも通りお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
「あぁ。こちらこそ、よろしく頼む」
鈴の鳴るような澄んだ声で気持ちのいい返事があった。
そうして互いに挨拶を済ませたところで、
「両者、準備はよろしいですか? それでは決勝戦──始めッ!」
実況が試合の開始を宣言した。
俺とローズさんは素早く剣を引き抜き、互いに正眼の構えを取った。
全く同じ構えのまま、睨み合いの時間が訪れる。
(これまでの試合から判断すると……彼女の戦闘スタイルはカウンタータイプだ)
相手の攻撃を防ぎつつ、わずかな隙を見出し、そこへ必殺の一撃を加える守りの剣。
策もなく我武者羅に斬り掛かるのは悪手だ。
(まずは飛影を撃って、相手の出方を見るとするか……)
そうして次にとる手を決めたその瞬間、
「なっ!?」
目と鼻の先にローズさんの姿があった。
(呼吸を、合わされた……!?)
俺が息を吐き出し、まばたきをするほんのわずかな空白。まさに一瞬──意識の間隙を突いた、恐ろしいほど静かな接近だ。
「桜華一刀流──桜閃ッ!」
彼女は重心を落とし、しっかり体重を乗せた鋭い突きを放つ。
だが、不意の接近で崩されるほど俺の心は弱くない。
「──ハッ!」
胴体を狙った彼女の突きに対して、俺は全く同じ入射角の突きで迎え撃つ。
その結果──剣先同士が先端の一ミリでぴったりとぶつかり、拮抗状態が生まれた。
「馬鹿な!?」
突きに対して突きで防御されるとは、夢にも思っていなかったのだろう。ローズさんは大きく目を見開き、そこにわずかな隙が生まれた。
俺はすぐさま一歩踏み込み、彼女の懐へ潜り込む。
「──シッ!」
「っ!?」
完璧なタイミングで放った突きは──彼女の脇腹をかすめた。
(思っていた以上に速いな……)
一拍以上も出遅れたあの状態から、ローズさんは身を捻って直撃を回避した。体捌きは言うまでもないが、反応速度も凄まじいものがある。
「く、まだまだぁ……っ!」
痛みに体をしかめた彼女は、すぐさま反撃の一手を打って出た。
「桜華一刀流──夜桜ッ!」
それから俺たちは、何度も何度も激しく斬り合った。
その間、会場は水を打ったかのように静まり返る。歓声や罵声は一切ない。時折それぞれが思い思いの感想をこぼしながら、食い入るようにジッと俺たちの戦いを見ていた。
「おいおい、あの賞金狩りのローズがまるで子ども扱いだぞ……!?」
「半端ねぇな……。やっぱりもう一回、弟子にしてもらえねぇか頼もうかな……」
「馬鹿。アレンさんはお前なんかに構っているほど暇じゃねぇんだよ」
それから一合二合と剣を重ねるたびに、ローズさんの体には生傷が増えていく。
「はぁはぁ……。貴様、その剣……いったい誰にならった!?」
「いや、だからその……我流、なんですけど……」
我流というのは、やはり誇れることではない。あまりそう何度も口にさせないでほしい。
「噓をつくな! 貴様の剣には、試行と研鑽の積み重ねが──歴年の重みが載っている!」
彼女は鋭い眼光を放ちながら、はっきりとそう言った。
(す、鋭いな……っ)
ローズさんの言う通り、俺の剣には『十数億年』というとてつもない時間が載っている。
しかし、それをそのまま伝えるわけにもいかない。
「そ、それは……多分気のせいですよ」
俺は目をそらしながら、そんな返答をした。正直、一億年ボタンのことはあまり話したくない。あんな荒唐無稽な話をしたところで、きっと誰も信じてくれないだろう。
「なるほど、あくまで白を切り通すつもりか……っ」
俺の答えがお気に召さなかったのか、彼女は少しムッとした表情を浮かべた。
「一子相伝の秘剣、桜華一刀流の正統継承者として──この勝負、勝たせてもらうぞ!」
ローズさんが切っ先をこちらに向けたその瞬間──彼女の纏う空気が、はっきりと変わった。まるで抜き身の刀身を思わせるほどに鋭く、それでいて息を吞むように美しい。
まるで彼女自身が一振りの名刀になったかのようだった。
「──行くぞ、アレン=ロードル!」
「あぁ、来い……っ!」
そう短く言葉を交わした次の瞬間、彼女は凄まじい速度で駆け出した。
「桜華一刀流奥義──鏡桜斬ッ!」
鏡合わせのように左右から四撃ずつ、目にも留まらぬ八連撃が牙を剝く。
(っ!?)
桜吹雪を思わせるその流麗な美技に、俺は一瞬目を奪われてしまった。
その間にも猛然と襲い掛かる八つの斬撃。しかし、それはあくまで『連撃』の域を出なかった。一撃一撃の間に、ほんのわずかな空白が存在する。
それをしっかり確認した俺は、彼女の奥義に向けて技を繰り出した。
「八の太刀──八咫烏」
これは一振りで八つの斬撃を生み出す。一撃一撃の間にはほんのわずかな隙間もなく、正真正銘『八つの斬撃をもって一撃』と為すのだ。
その結果──完全に一拍以上遅れて放った八咫烏は、いとも容易く鏡桜斬を食い破った。
「馬鹿、な……っ!?」
必殺の奥義を破られたローズさんは、がら空きの胴体を晒す。
「──終わりです」
当然その隙を逃すわけもなく、俺はすぐさま袈裟斬りを浴びせかけた。
「か、は……っ」
彼女はそのまま膝を突き、ゆっくりと前のめりに倒れ込んだ。
シンと会場が静まり返る中、実況が大きな声で結果を宣言する。
「しょ、勝者! アレン=ロォオオオドルッ!」
その瞬間、会場はドッと沸き上がり、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
こうして剣武祭で見事優勝を飾った俺は、賞金として十万ゴルドもの大金を手に入れたのだった。