接続章 『別れと、そして再会』1-1

接続章『別れと、そして再会』


 1


 たとえばそれは、ラミが十三さいの頃の記憶。

 嵐の夜だった。ラミは今、エイネの自室で疲れた体をいやしているところ。

 静かさが、いっそ耳にやかましい夜だった。

「……大丈夫かな?」

 エイネがつぶやく。その言葉に、ラミは小さく答えた。

「大丈夫さ。少し回復したら、またオレも出て──」

「──それはダメ」

 ラミの言葉を鋭く遮るエイネ。

 少年の下手な強がりを、おさなみの少女は完全に見抜いている。

「一日に命数を消費しすぎ! それがどういうことかくらいわかってるでしょ?」

 命数術を使うことで、術者は一時的におのが命数を消費することになる。

 要するに、死にやすくなるということだ。

 流れ弾が偶然に当たるかもしれない。いきなり雷に撃たれるかもしれない。もっと言えば、地面に落ちている小石につまずくだけで命を落としかねないのだ。

「わかってる! けど……くそっ」

 感情的な反論をするほど、ラミはもう子どもではない。

 だが一方では、理性的に考えたところで、ラミ以外に対応できる人間がいない。

「……教会騎士クロスガードは間に合うと思うか?」

「どう……だろうね」

 嵐の夜だった。

 だが今、村を襲っている脅威は、あるいは嵐以上の人類の敵だ。

「……エイネは、何体倒した?」

「二十三体……かな」

「そっか。……オレは、六体しか倒せなかった。お前のほぼ四分の一か……」

片獣フリツカーがこんなに現れたこと、それ自体が異常なんだし。仕方ないよ」

 エイネの慰めが、これほど身に痛いこともかつてなかった──ラミはそう思う。

「どうする……みんな、大丈夫なのか?」

 片獣を害し得る手段は、命数術による攻撃をいてほかにはない。それ以外のあらゆる攻撃は、どれほどの名剣や兵器であろうと、傷をつけることができない。

 せいぜい押しとどめたり、拘束するくらいが限度なのだ。片獣を確実に滅ぼすには命数術師の、ひいては教会騎士の力が必要不可欠だった。

 だがこの村で、強力な片獣を打倒し得るほどの命数術師は、ラミとエイネ以外に存在しない。ゆえにふたりは、昼から近隣中を走り回って片獣を倒し、時間を稼いだ。

 命数術自体は、アウリも使える。だが彼女に表立って戦わせることはまだ難しいため、代わりにリスリアの街まで応援を呼びに行く役割を担ってもらっている。

「みんなの武器に術はかけてあるから、時間稼ぎにはなるはずだけど……」

 呟くエイネ。実際、危ういところだとは彼女も考えているのだろう。

 なにせ、数があまりに多すぎる。

 一体が出没すれば大騒ぎになる災厄である片獣が、少なくとも三十を超える数いたのだ。

 あり得ないはずの異常事態。

 ここまでで村人に犠牲が出ていないことは、奇跡と言っていい。そして、その奇跡の立役者がラミであり、何より──エイネ=カタイストというひとりの少女だった。

 ラミは強い。教本を片手に、師もなく学んだ命数術で、片獣を六体も倒している。

 だがそれ以上に、エイネの強さは異常と言っていいほどのレベルだった。何より彼女はラミと異なり、おそらくはまだ余力を残している。その総命数値は想像もできない。

「──っ、あれは!」

 窓の外を眺めていたエイネが、小さく叫ぶ。

 命数術によって視力を強化して、遠くの光景を見ている。《遠視クリア》という術だ。

 ラミも同様に、命数術で視力を強化する。

 左目を閉じると、右のひとみにびいろめいともった。命数いのちをくべられ輝くほのおが、神の奇跡を代行する。数名の村人と、片獣とが、彼の視界にも確認できた。

「……でかい。まずいぞ、あれ、たぶんかなり強い……!」

 ラミは言うなりはじかれるように立ち上がった。

 エイネがこえをかける。

「どうする気!? 今、ラミが向かったところで──」

「だからって放っておけるか!」

「ああもう、落ち着いて! あの片獣ならもう大丈夫だからっ!」

 エイネの言葉に目を細めるラミ。

「大丈夫ってお前、何言って」

「いいから! ほら、こっち来る!」

 首根っこをエイネに引っつかまれ、ラミはベッドの上に引きずり込まれた。

 仕方なく、再び窓のほうから外を見た。遠視の術を瞳に灯す。

 そして驚きに目を見開いた。

「え──あれ、倒されてる……?」

 きようがくの影響で、あっさり術がキャンセルされ、視力が元に戻る。未熟の証拠だ。

 とはいえのぞき見た今の光景に、驚くなというほうが難しかったろう。

 遠隔視した村の外。窮地にあった村人たちの正面で、大型の片獣は火の粉に似たりんこうを散らしながら消滅していたのだ。

 だが村人たちには片獣を倒せまい。かといって援護に出た人影も見えない。

「なんで……もしかして、エイネがやった、ってことか……?」

「……そうだね。私が倒したよ」

 ラミの言葉にうなずくエイネ。

 肯定されてなお、にわかには信じがたい発言を、けれどラミは疑わない。

「この場所から、村の外にいる片獣を、一撃で──か」

 命数術の理論的には、不可能とは言えない。

 だが、それをすために、いったいどれほどの命数値と技術が必要なのだろう。

 ──エイネは、それをただ才能だけで為している。

 生まれ持った命数値の違い。

 人間としてどれほど大成するかという、覆せない神の決定。

 それが、ラミに突きつけられる。

「余力があったのか……」

 いや。そんなこと、ラミはとっくに気づいていた。

 きっとエイネは大きな人間になる。自分とは比較にならないほど惑星うんめいに愛されている。

 これは──だからこその怒りなのだ。

 嫉妬ではない。諦念でなどあるはずない。その程度のことではラミは折れない。

 けれど。

「なら……エイネ。戦えるなら、まだ力が残ってるなら……なんでここにいるんだ」

「ラミ、私は……っ」

「オレが、ここにいるからなのか……?」

 もしも余力を残したエイネが部屋に留まっている理由が、自分を守るためならば。そのために戦わず、気遣われ、こんなところから手を出しているのなら。

 ──許すことなどできるはずがない。

 それはふたりの《対等》を、大切な幼馴染みとの関係を、覆してしまうものだから。

「俺は行く」

 だからラミは言った。

 エイネは、それを聞いて初めて焦ったように狼狽うろたえる。

「ど、どうして……あいつは、もう」

「ああ。お前が倒してくれたから安全だな。オレにはできねえよ」

「だったら──」

「──オレはここにいるままじゃ、村のみんなを守れない。だから行くんだ。お前はここにいても価値があるけど、こんなところで休んでるオレには価値がない」

「価値が……ない、なんて……っ」

「お前だって、やっぱり外に出て戦ったほうがいいよ。そのほうがみんなも安全だろ」

「それじゃ……それじゃ意味がないだろ! ラミが行くんじゃ──」

「──うるせえよ!」

 ラミは叫ぶ。身を切るように。

 けんなら何度もした。険悪になったことも何度だってある。

 だけど、ここまで怒ったことはきっと、彼女と出会ってから一度もない。

「お前にはできるんだ! お前なら村のみんなを守れる! だったら行くべきだろうが! オレに気を遣ってこんなとこに留まってたって、なんの意味もないんだよッ!!」

「……ラミ」

「オレは行くからな。もう充分すぎるくらい休んだんだ。また働くさ」

 そう言って、ラミは部屋の戸に手をかける。

 エイネの声音が変わったのは、その瞬間だった。

 それが、決定的だった。

「──わかった。私がバカだったね。なら私も前に出るよ、ラミ。いいんだよね?」

「いいって、何がだ? 本気を出してもいいのかって?」

「いや──ああ、うん。そういうことかな。私はこれから本気で、全霊で戦う」

「…………」

「ラミに出番は渡さない。今のラミは、もう戦える状態じゃないから」

「戦えるよ」

「かもね。だけど死ぬかもしれないのも事実でしょ。──それだけは、絶対に許さない」

 言うなり、エイネの足元に炎が走った。

 床を円状に巡り、エイネを囲んだ深緋こきひ色の炎。円が閉じるなり、それは炎上するようにエイネの全身を包み込んでいった。

「──ラミは、私が守る。片獣は全部、一体も残さず、私がせんめつする」

 直後、炎に包まれたエイネの姿が部屋から消えた。

 瞬間移動──転移の命数術だ。高位の命数術師だけに許された最上位の術法。

 そんなものを、エイネが使えることなどラミは知らなかった。

 大切な幼馴染みのことなのに──何も。

「……くそっ!」

 だから、彼は。

 ──そんな自分が何よりも許せなかったのだ。

 部屋を飛び出し外へと駆ける。逆立ちしたって使えない転移術を相手に、速度で勝るにはとにかく走り回る以外になかった。

 かといって闇雲に走り回っても無意味。片獣の居場所をとにかく突き止めること。

 そこに精神を集中させて、ラミは瞳に命火を灯す。大雨の中でさえ消えることのない炎だけが、彼の唯一の武器だから。

 心が折れない限り、命火は消えない。

 ラミは自分を責めている。だからこれは、その清算のために賭ける命数いのちだ。

 エイネのことだ。きっと自室にいるまま遠くの状況を察知し、村のみんなを助けていたことだろう。ラミはそれを疑っていない。本気の彼女なら、きっとやり遂げる。

 ──自分のせいだ。

 ラミが無謀にも戦場へ飛び込もうとしたから。力の足りない自分を優先して見張るためにエイネを縛りつけてしまった。才能の差を突きつけないよう、隠し通してくれた。

 それで折れてしまうほど、弱いと思われていたのだ。

「くそ……そもそもなんでこんなに片獣が出てんだよ、どうなってんだ……!」

 それがおかしい。だが考慮する暇など残されてはいない。

 村を出て、森を横目に街道を抜けた。この森の先におそらくエイネがいる。

 だからそちらには向かわない。街道を抜け、村から離れた位置にラミは進んだ。

 ──その結果。


「な。なん、だよ……こいつは……!?」


 ラミの勘は的中した。エイネとは別の方向に進むことができた。

 そしてそこには、まだ村まで辿たどいていない片獣が、確かにいた。

 ──そいつが、人間をらっていた。

「教会、騎士が……うそだろ。っ、う──ぉあ」

 ひどいたましい光景。命だったものが、それをうしない、ただの肉塊へと成り下がる。

 ラミは、胃のの底から込み上がるものを抑えきれなかった。

 しやぶつき散らされる水音は、雨音がした。だが片獣が人間をしやくする音は、ラミのみみたぶまで届いている。

 教会騎士が、見るも無残に殺され、喰われていた。

 命数術を修め、人々を守って戦う片獣討伐のエキスパートたちが。

 ラミの憧れの先にいる、尊敬すべき大人たちが──その命をあたら散らしている。

「が、──おえぇっ、あ……っ、かはっ」

 人間が死ぬところを、見たことがないわけではない。

 だがこれは違う。そんなものと比較にならない。

 眼前の光景は、ただ命の尊厳を踏みにじり、生あったものをヒトではない何かへと変える儀式に過ぎない。ラミは胃の中のものを全て吐き出した。

 結果を言えば、それが幸運だった。

 少なくとも、動けるようにはなったのだから。

「────────」

 きよの片獣。大きさにして、優に三メートルは超えるだろうか。

 横幅に至ってはさらに広い。へんぺいで、四本の足を持つそれは、きばの生えたかえるのよう。

 その視線が──ラミを、捉えた。

 途端、身の毛のよだつ恐怖がラミを貫く。赤黒い影が塊になったような怪物では、目の向く先もわからないけれど、とにかく気づかれたと悟る。

 本能が叫んだ。

 今ここで動けなければ死ぬと。

「──くそ……喰らえッ!!」

 だからラミは、両手を前にかざして命数術を発動する。

放炎フアイア》。最も基礎的な、命火に物理的な熱量を与え炎として扱う命数術。

 当たりさえすれば、片獣の一体は焼き払える火力がある。

 だが──片獣は、その火炎を、巨大なあぎとでひとみに喰らい、呑み込んだ。

「な──」

 ラミはがくぜんとする。攻撃がまるで通じていない。

 しかし硬直している暇などない。

 片獣が、その巨躯にもかかわらず大きく上へ跳躍したのだ。

 見上げるほどの高さまで跳ぶ怪物。跳び上がったとき以上の加速を得て、そいつは目の前の小さな命を踏み潰すべく落ちてくる。おそらくは命数術による加重の効果だ。

 肉がなくとも実在はする。踏み潰されれば無論死ぬ。

 それを認識するよりも先んじて、ラミは前へと駆けていた。本能的な動きだった。

 前に跳び、前転して逃げることで片獣ののしかかりを回避する。背後から大きな落下音が聞こえるよりも先に、受け身を取って背後を振り返る。そして──、

「……勝てない」

 完璧な対応を取ってなお、絶望的な戦力差を突きつけられてしまっていた。

 決定打がないのだ。

 全力の攻撃を容易たやすく呑み込まれた時点で、ラミにはもう打つ手がない。

 片獣がラミに振り向く。

 命数術も扱うとなれば上位種だろう。ラミの勝てる相手ではない。そうでなくとも片獣討伐のプロである教会騎士が皆殺しにされている。

「となりゃ、あとできることなんてひとつしかないよな……」

 ──すなわち、この怪物を少しでも村の方角から遠ざけること。

 ラミは、そこで薄く笑った。

 それは決して死の覚悟を定めたとか、自己犠牲を決めたというわけではない。

 それくらいなら自分にもできるのだと、この期に及んでまだ慢心していただけの話だ。

 幸い、今の攻防でお互いの位置は入れ替わった。この片獣がラミを追うのなら、村とは逆方向に誘導できるだろう。そうやって、少しでも時間を稼ぐしかない。

「おら、こっち来いよバケモン! オレの命数は、まだまだ尽きちゃいねえぞ!!」

 叫ぶと同時、ラミは身を翻して走り出す。

 片獣の速度は知らない。だからこそ最速で駆けねばならなかった。

 大丈夫。体を動かすことは得意だ。これだけは、エイネにだって負けていない。

 今じゃ村でいちばん足が速いのだから。

 背中のほうから響く重低音。片獣が追ってきたことは間違いない。

「だあくそっ、思ったより速え……追いつかれるか!?」

 どこまで引き離せるだろう。

 そう思った瞬間。──その背中に、強烈な一撃を感じた。

「か──は、ぁ」

 呼吸の自由さえ奪われながら、ラミはそのまま正面に向かって跳ね飛ばされる。

 落ちてしまいそうな意識を必死でつなぎ止めていた。追いつかれ、体当たりを喰らったのだろうか。いや、そこまで距離は詰められていなかったはず。

 地面を跳ね、そのまま数メートルほど滑りながらラミは思考を重ねる。擦過された肌の痛みに、意識を払っている暇はない。

「何、が──」

 痛みをこらえながら立ち上がり、そして振り返る。

 そこに──片獣の姿はなかった。

「……っ!!」

 風圧。感じた直後、体を真後ろへとはじばされる。

 対応が間に合わなかったのは、足元に落ちていたモノを見てしまったから。

 生首だった。

 見も知らぬ女性の、引き千切られた首から上が──地面に転がっていたのである。

 片獣が喰っていた女性だろう。生首を呑み込んでも、それは消化されない。片獣に消化器官はない。だからそのまま残っていた。

 この怪物は、生首を弾丸のように吐き出してラミを狙撃したのだ。

 民を守るため立ち上がった教会騎士が、死してなお人間としての尊厳をけがされている。

「──ず、ぁ──う……、っ」

 辛うじて即死を免れたのは、それでもラミがギリギリで反応したからだ。

 姿が見えないことを悟ったと同時、それが跳躍によるものだとラミは判断した。もしも最初に見ていなければ、防御が間に合わなかったかもしれない。

「ふざ、け……」

 ラミは背後へ跳ぶことで押し潰しを回避した。

 だが片獣は、着地と同時に丸太のごとき前脚を振るい、横ぎにラミを弾き飛ばす。

「……やがって……!」

 ラミは寸前のところで、なんとかひだりうでの防御を間に合わせた。

 生首に視線を奪われなければ、ラミは最後の一撃を、あるいは回避さえできたかもしれない。けれど現実、ラミは片獣の太いあしに弾き飛ばされ、横合いの木々に激突した。

 怪物はラミの想定より少しだけこうかつだった。命を殺すすべを本能で知っている。

 それでも、まだ命数は尽きていない。

「──、ああくそ。いいね、頭が……すっきり、してきた……」

 全身の状態を調べる。

 そこら中が痛くてたまったもんじゃない。骨もあちこち折れていることだろう。内臓までやられた可能性があった。挙句、左腕に木の枝が貫通して突き刺さっている。

 ここにきて、命数の減少が知覚できないところで足を引っ張っている──のだろうか。

 不運は重なっている。あるいはこの片獣に行き遭ったこと自体もそうなのか。

 感覚が遠くに去ろうとしていた。

「ま、……ごほっ。折れた左腕が刺さっただけ、むしろ……運、いいな……」

 消え入る寸前の声だ。自分の耳ですらまともに聞き取れていない。

 いや、しやべっている自覚すらなかった。

 全てがクリアになっている。ラミはそれを、死の寸前の開き直りだとは思わない。

 ──その胸に灯る心火ほのおが、まだ輝いている限りは。

 片獣がラミを見た。街道沿いの森の木に縫い留められたラミは、もはや逃げ出すことすらできない。

 だったら反撃をするだけのこと。

「喰らえ……、や」

 ラミは命数術を発動した。

 背後の木を、根元から切断したのだ。そしてそのまま前のめりに倒れ込む。

 ──片獣を巻き込んで。

「────────────────────────────────────!!」

 悍ましい声。それは片獣の悲鳴だった。命が火の粉となって舞う。

 本来、物理的干渉では傷をつけられない片獣だが、命数術は例外だ。そして命数術を使うことで、モノの運命をじ曲げ《片獣に通じる武器》に変えることができる。

 たとえばエイネが、村人の武装に同様の術を仕掛けていたように。

 ラミは一本の木に命数を預け、片獣に通用する武器として利用したのだ。

「ぁ──つ、……ぎ」

 それでもラミはまだ動こうとしていた。

 その精神力は、きようじんという言葉を通り越し、いっそ狂気的だ。

 だがラミにとって、これは当然の行いに過ぎなかった。

 村を守りたいという気持ちはある。それを自分の役目と任じている。憧れの教会騎士を無残に殺した片獣が許せない。死してなお、命数を穢される人々を救いたい。

 ──そして何より、全ての役目をエイネに押しつけてしまったことを償いたい。

 幼馴染みの少女に、自分を優先させてしまったことが許せない。

 ラミは、それ以外の何になろうとも、エイネのあしかせになることだけは絶対に嫌なのだ。

 だから命を燃やしている。

 その結果、ここで燃え尽きる気だってさらさらない。

 勝って再び、彼女の隣に立ってみせる。

 それはラミにとって、世界のあらゆる全てに優先される感情だった。

 彼の命はまだ燃えている。たとえそれが風前の灯火ともしびであっても、まだ生きている。

 まだやれると、強く心が叫んでいた。

「ああ。でなければ間に合わなかっただろう──」

 声がした。

 誰の声かはわからない。聞き覚えはなかったし、あったとしても認識できたか。

「──よくやった。お前の命火が、確かにわしを間に合わせた。……もう、大丈夫」

 それが助けの声であると、消えかけの意識が認識する。

 そう。それは平凡な奇跡ではない。彼が命を燃やした結果として、運命を乗り越えたあかしなのだから。

 命数が減れば死に近づく。だが、だからこそ命数術は、それを逆転させるのだ。

「今は休んでいろ。何、ここまで追い込んでくれたんだ──あとは簡単なものだろうさ」

 薄くかすれていく視線の先で。

 片獣が、その身体からだを真っ二つに両断される光景と。

 そして──涙を流しながらこちらへ近づいてくるアウリの姿を見て取って。


 ラミの意識は、そこで途絶えた。

関連書籍

  • 滅びゆく世界と、間違えた彼女の救いかた

    滅びゆく世界と、間違えた彼女の救いかた

    涼暮皐/雫綺一生

    BookWalkerで購入する
  • 死にゆく騎士と、ただしい世界の壊しかた

    死にゆく騎士と、ただしい世界の壊しかた

    涼暮皐/雫綺一生

    BookWalkerで購入する
  • ワキヤくんの主役理論

    ワキヤくんの主役理論

    涼暮皐/すし*

    BookWalkerで購入する
Close