第二章 『港町の事件』6

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「こっちだ! 奴ら追ってこねえと思うけど、今のうち隠れとくぞ!」

 そんな声に従って、ラミとエイネは夜道を駆けていた。

 裏通りには明かりがない。だがどれほど暗くとも《灯視》の術を使う者には昼も同然。先を走る、琥珀色の命火を追いかけながら、ひと気のないほうへと逃れていった。

 前を行く少年の、この道は庭だ。よほどの土地勘か、相応の術でも使わない限りは追いかけてこられないだろう。

 やがて、路地の奥まったところで、建物の裏口を蹴破るように少年が飛び込む。ラミとエイネもそれに続き、ゆっくりと扉を閉めて息をついた。

「……もういいか。ったく、隠れ家のひとつが、これで使えなくなったぜ。朝になる前に出たほうがいいのか──いや、もうそんな意味もないかもな」

 少年が、部屋の中にあるランプを灯した。

 エイネが言う。

「──助けてくれてありがとう、ロック。まさか君が来てくれるとは思ってなかったよ」

「どういたしまして──じゃねえよ! あんな街中で、あんな狂った連中と戦おうとすんじゃねえよ! バカじゃねえのか!? クソ、期待通りか外れか、どっちかにしてくれ!」

 琥珀色の命火の少年──ロックは、頭を抱えてそう叫んだ。

 彼にとってさえ、この事態は想定外だったらしい。

「あんたらを助けたんじゃねえ、街の連中を助けたんだよ俺は! あいつら容赦なく民間人殺しまくるような連中だぞ、あそこでやってたら絶対に巻き込まれたからな!」

「でも、ロックが来てくれた。結果として助かった。それでいいじゃない」

「っ……ああもうクッソ、そういうことかよ! 俺が来るって読んでやがったな!?」

 がしがしとロックは頭を掻き、それから自分を落ち着けるように深呼吸した。

 数秒の間。それから殺風景な部屋の端にある椅子に腰を下ろすと、かぶりを振って。

「いや……いや、違うな。巻き込んだのは俺だ、むしろ助けられたわけだし、あんたらに当たるのは違うか。──悪かったよ、それとサンキュー。お陰で、この街は大丈夫だ」

「待て、話が見えねえ。どういうことだ?」

 そこで、ラミが割り込むようにそう訊ねた。

 いきなり襲撃を受けたかと思えば、下手人は謎のふたり組に口を封じられ、さらに乱入してきたロックに罵倒と感謝を受ける。この状況に説明がつけられない。

 もしかしてわかっているのか、とラミはエイネを見る。視線に気づくと、彼女は小さく首を横に振り、かと思えば今度は縦に振った。わかるけれども、わからない──と。

 だからラミは、説明を求めるべく視線の向く先をロックへと戻した。

「……あいつら何者だ?」

「襲われたんだろ? なあラミ兄ちゃん、この国に、神子を殺そうとするような連中が、そんなにたくさんいると思うか? それならわかっていいと思うぞ」

「確かに……おかしいとは、思ったが」

 エイネ=カタイストは神子だ。

 地上で最も尊きひと。星を救い、人民を導く聖なる者。

 ただ地位が、権限があるからというだけではない。神子が役目を果たさぬ限り、いつか未来で人類は滅ぶ。母星とともに滅亡する。

 神子だけがその運命を変えられる世界において、その神子を害する者などあり得ない。

「おかしいよ。おかしいに決まってんだろ? そんな奴、おかしくなってるか、おかしいものを正しいと信じてるかのどっちかに決まってる。連中はその両方さ」

「連中って……」

「だから、なんで知らねえんだよ! あんた、山奥から出てきたばっかりなのか!?」

「ああ……そうか」

 と、これはエイネが口にした。苦笑い気味に肩を揺らして、

「ラミは山奥から出てきたばっかりなんだよね。そっか、だから知らないんだ」

「本当にかよ!」

 あり得ない阿呆を見る目が突き刺さる。どうやら本当に知っていて当然レベルのことであるらしい。ラミは軽く頭を掻いて気恥ずかしさを誤魔化しつつ、改めて問うた。

「ええと……それで? なんて連中なんだ?」

「──反天会、と。連中は、そういう風に自称している」

「反天会……?」

「正式には《反天会ラマルヴォル》。この世でただひとつ、全天教の教えに反抗する勢力のことだよ」

「────」

 思わず、ラミは押し黙る。

 彼とて別段、そう熱心な信徒かと問われれば怪しかった。確かに教会騎士の立場にこそあるが、自分を敬虔と表現することは躊躇ためらわれる程度のものだ。

 かといって真っ向から歯向かおう、なんて考えに至るかと問われれば否である。

 全天教の《教典》は絶対だ。それは神話でありながら、同時に歴史的な事実であるのだから。この世でただひとつ絶対的に正しい、過去の教えを伝え、未来を救う機関──。

 ラミにとっての全天教とは、すなわちそういうもの。

「……どうなれば、そんな風に考えるようになるってんだ?」

 ラミにはわからない。しはあれど全天教は、八百年近くこの王国を守ってきたのだから。その運営実績に勝る信仰など想像ができなかった。

 ──結局、誰しも理解しているはずだ。

 神子であろうとなかろうと。何もしなければ、この星は寿命を迎えて滅ぶのだと。あらがう手段が残されているだけマシであり、迷うような余地はどこにもないのだと。

「全天教に逆らうってことは神子の邪魔をするってことだぞ。滅びを受け入れるのも同然だぞ? アレか、滅ぶならあるがままにとか、そういう自然主義的な主張なのか?」

「──あいつらに主張なんてモノはねえよ」

 理解はできないまでも、それなら納得できると挙げたラミの言葉に、だがロックは心底馬鹿らしいという表情で舌を打つ。エイネも続けて、

「むしろ主義主張……その目的がわかるなら、まだ交渉の余地はあったかもね」

「……どういう意味だ?」

「言葉通りだよ。彼らがいったい何を目的としているのかわからないんだ。ただ全天教に逆らい、教会の襲撃や一般市民のさつりくを平然と行う。異教ではなく邪教として、名指しで指定されている唯一の団体というのは伊達じゃない──それにね?」

 軽く小首を傾げるエイネ。その姿は、出来の悪い弟に道理を説くような姿だった。

 けれど。続いて告げられた言葉の中身は、そんな様子に一切そぐわないもので。

「反天会は神子の命を直接狙っている、おそらくは唯一の組織なんだ」

「神子の……命を? 狙ってる、って……」

「言葉通りだよ。特に遠回しな比喩はしてないから。本当に、反天会のメンバーは神子を殺そうとしてるんだって。ま、今のところ成功した例は一度もない、らしいけど」

 反社会的、なんて言葉で片づけられるレベルじゃない。反惑星的とさえ言っていい。

 いったい何をどう考えれば、そんなことをしようという結論に至るのか。狂っているとしか言いようがない。自殺に惑星単位の人間を巻き込もうとしているも同然だ。

「ならさっきの連中は、お前を狙ってたってことだろ? なんでそんな余裕なんだ」

「──ラミがいっしょにいるからね。それで私が死ぬはずないもん」

「お前って奴は……」

 ラミは頭を押さえて息をつく。

 思考停止ではなく、それが心底からの信頼だとわかっているからこそ、重たい。嬉しくないとは言わないにせよ、自分の身を自分で守る努力くらいはしてほしいものだった。

 そんなラミの危惧を、けれどわかっているとばかりにエイネは笑い飛ばす。

「いやいや。もちろん私だって、何も考えてないわけじゃないんだよ?」

「別に、お前が何も考えてないとは思わないが……」

「その証拠に──」

 と、エイネは笑って。

 こう言った。

「──さっきの連中の足取りはつかんでる。今から追いかければ捕まえられると思うよ」

 いったいいつの間にそんなことを、なんて問うのも馬鹿らしい。

 相手は神子だ。地上において最高位の命数術師だ。《己が命数において可能なことならば実現する》という術理がある以上、神子に不可能など数えるほどしかない。

 ならば、ラミが答えるべき言葉は決まっていた。

「そうか……なら、行くか」

「ふふ。そういう話の早いところ、変わってなくて嬉しいよ」

「やることなすことブッ飛んでる幼馴染みに鍛えられてな。突拍子のないことを言う奴について行くのは慣れてんだ」

 当たり前みたいに受け入れたラミに対し、動揺したのはむしろロックで。

「おい。まさかお前ら、今からあいつら追うつもりか!?」

 エイネは笑った。

「そう言ったつもりだけど」

「ば──だから何言ってんだっつの!? なんのために助けたと思ったんだよ! 神子を狙ってるのがわかってて、わざわざ顔出してどうすんだっつの!! どういうつもりだ!」

「捕らえるつもりに決まっているだろう。──なぜならそれが神子わたしの役割だ」

「……なんで、そこまで……」

 どこか、ラミにはロックが狼狽えているように見えた。

 理解の及ばないものを見るような。それを、信じられないかのような態度。

「私にしてみれば、ロックがそんなことを訊く意味がわからないよ。そもそも君は、私とラミを利用するために声をかけてきたものだと思ってたけど?」

「──っ、だからって!」

「意外と優しいね、ロックは。ラミもそう思うでしょ?」

「……そうだな」

 小さく、ラミは頷いた。

 実力者であるラミとエイネを利用し、この街の問題を解決するために、ロックは接触を図ってきている。にもかかわらず、こうして今はこちらを心配してくれている。

 結局、その行動の全てが善性から来ているのだとラミにもわかるほどに。

「心配するな。俺とエイネはこれでも強い。任せて大丈夫だよ」

 だからラミは言った。

 おそらくは自ら巻き込んでおきながら、それでもこちらを気遣っている少年に。

 自分たちで力になり得る者を探していたのはそれが理由だろう。片獣の大量発生に対応できるだけの実力者を彼は待っていた。

 であるなら──それに応えることが命数術師の天命やくわりだ。

「行こう、エイネ。俺たちを頼ってくれたんだ。見過ごせない……そうだろ?」

 力強く告げたラミに、エイネは相変わらずだと苦笑を零す。

「私を止めるようなこと言っといて。結局、ラミも乗り気なんだね」

「神子様を危険な目に遭わせるわけにはいかないからな。それとこれとは話が別だ」

「神子は危険に飛び込んでいくのが仕事みたいなものだけど」

「っと、その通りだ。なら仕方ないな?」

「──はは。まあそういうわけさ、ロック。必ず、この街の異変は解決してみせる」

 言うなりエイネは、その手から深緋こきひ色の命火を地面に放った。

 ふたつの火種がラミとエイネの足元に落ちる。それはふたりを囲うように、地面に円を描いた。瞬間移動の命数術だ。

「向こうにつき次第、戦闘になる」

 エイネが言い、ラミが答える。

「ああ。どうせなら不意打ちで決めちまおう。いくら神子だからって、下手に危険を負うこともない」

「それには賛成。ただ、目的はあくまで片獣の異常発生の理由を突き止めることだから、それは忘れないでね。どっちか一方には聞き出さないといけない」

「オーケー。捕縛は面倒だが、……まあなんとかするさ」

「それじゃあ行こうか」

 そこまで言って、ふたりはこちらを見上げるロックに視線を落とす。

「……悪いな。全部、投げ出しちまって」

 果たして、彼はそう言った。

 けれど、謝られるようなことではない。ここにいるのは、本気で世界のために戦おうという意志を持った神子と騎士なのだ。これは、その目的にそぐう行いである。

 だからふたりは、それ以上の言葉を重ねることなく、ただ一度だけ強く頷いた。

「──《転移ドリフト》──」

 エイネが術名を口にすると同時、ふたりの体が、炎に包まれて消え去った。

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