第九話:回復術士は我慢をやめる
フレアへの怒りによって薬物耐性を得て、ようやく正気を取り戻した。
危ない橋を渡ったものだと冷や汗を流す。俺があえて捕らわれ薬漬けになった理由は二つ。
痛覚耐性を得ていない状態で薬の力に頼らず痛みを受け続ければ俺でも耐え切れない。
痛覚耐性を得られるまでは薬の力に頼りたかった。
もう一つは、復讐の大義名分がほしい。今回のフレアは、まだ俺に恨まれることはしていない。仮に一度目のフレアがひどい仕打ちをしたからといって、問答無用で今回のフレアを断罪するのは美学に反するのだ。
実際のところその気になればフレアの期待に応えて、良好な関係を築けたかもしれない。
そんなのはごめんだ。それでは俺の恨みが晴れない。それに、フレアに言われるままに英雄を癒し続けたところで、行動をしばられて自由になれない。飼い殺しにされるのがオチだ。
だからこそ、俺はここまでは歴史をなぞった。
おかげで痛覚耐性を得て、力を蓄え、復讐の大義名分を得た。
「遅いです。急ぎなさい、この愚図」
まえを歩くフレアが不機嫌な声で俺を怒鳴る。
フレアに付き従い、地下から出て客間に向かう。今は地下牢を出て、フレアが選んだ英雄を癒すために移動中だ。フレアと彼女の付き添いの魔術研究主任の会話から、今回癒すのは錬金術士ということはわかっている。
ありがたい。錬金術士の錬金魔術は便利だ。是非、覚えておきたい。
「さっさと終わらせて、湯船に行きたいですわね。犬の匂いが移っちゃいました。このドレスは捨てないと」
相変わらずフレアは人目がないところでは毒舌を吐いている。
そうか、俺の匂いが嫌なのか。あとでたっぷりと俺の匂いを染み込ませてやろう。体の内側までな。そんなことを考えつつも口を開くなと命じられた俺はもくもくと彼女の後をついていった。
◇
客間にたどり着いた。剣聖クレハを癒したライナラの間。どうやらフレアは英雄たちに自分が作り上げた庭園を自慢したくて仕方がないらしく、ここを頻繁に使う。
錬金術士は両腕がなかった。傷口が炭化していることから考えると敵にやられたというよりは実験中の事故か何かだろう。
フレアと錬金術士がにこやかに話している。俺は彼らの様子を静かに見ていた。
フレアは俺のことを無口な人間だと紹介していた。無難な言い訳だ。
俺に注意が向いていない隙をついて【翡翠眼】を発動し錬金術士のステータスを確認する。
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種族:人間
名前:ワチルダ
クラス:錬金術士
レベル:28
ステータス:
MP:84/84
物理攻撃:51
物理防御:39
魔力攻撃:49
魔力抵抗:47
速度:33
レベル上限:33
素質値:
MP:70
物理攻撃:81
物理防御:60
魔力攻撃:77
魔力抵抗:75
速度:50
合計素質値:413
技能:
・鍛冶Lv5
・錬金魔術Lv5
・錬金知識Lv3
スキル:
・錬金魔術能力向上:錬金術士スキル、錬金魔術の消費魔力軽減、精度の向上
・鍛冶能力向上Lv1:鍛冶技能使用時に、集中力・精度の向上
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錬金術士の男はマチルダというらしい。
素質値はほとんどが平均より若干上という程度。
レベル上限もそこまで高くない。だが、彼を英雄たらしめるのは、ステータスじゃない。
レアクラスである錬金術士と、錬金術士だけが使える錬金魔術だ。
錬金魔術はもっとも汎用性が高い魔術と言っていい。
鍛冶、調合、錬金術士に必要な作業をすべて網羅する魔術だ。
素材から有効成分の抽出、攪拌、分離、加熱、金属の融解、加圧、減圧、etc.
使い手の発想次第ではなんでもできる。俺は錬金魔術だけは絶対に手にしたかった。
俺はスキルによって威力の向上ができない以上、本物の魔術士相手にまっとうに挑んでも絶対に火力負けする。だからこそ、知識を生かして応用が利く魔術がほしい。
魔術に使う枠は一つと決めている以上、錬金魔術は必須だ。
そう、【
経験と知識はいくらでも蓄積できるが、【
とはいえ、俺の経験上、定着していない技能が脳裏に残るのは、せいぜい【
五つの選択は悩ましい。近接最強である剣聖の神剣と見切り。
それに、錬金魔術は固定とし、残りの二つは状況に合わせて使用する。
考え事をしていると、どうやらフレアと錬金術士の会話が終わったらしい。
俺に【
首輪のついた犬のふりをしている俺は従順に【
もちろん、裏でしっかりと【
あとで、自分のステータスを確認しよう。
今のレベルがわからないと、これからの作戦が立てられない。
そのあとは、錬金術士と別れ再び地下牢に繋がれた。
ご褒美として大量の麻薬を渡される。しかしご丁寧にも、顔面にぶっかけられるという渡しかたで、さらには唾を吐かれた。おそらくだが、フレアは嫌悪感で俺を虐げているのではなく、楽しんでやっているのだろう。
まったく、いい趣味だ。フレアには受けた痛みと屈辱をすべて返すつもりだ。そのことを知らずに、どんどん墓穴を掘ってくれる。まったく、これだけされると、最後まで正気を保ったまま、苦しませるのに苦労するじゃないか。
まあ、いいや。フレアが壊れたら【
時間の感覚すらあいまいだ。夕食らしきものが地下牢に運ばれてきた。
スープの中にパンが浮かんでいる。ナイフもフォークもない、素手で食えということらしい。
本気で家畜扱いだ。だが、汁物は助かった。スープに映った俺の顔を【翡翠眼】で見ることでステータスを確認する。
幸い、今は監視も檻の中を見ていない。
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種族:人間
名前:ケヤル
クラス:回復術士・勇者
レベル:29
ステータス:
MP:133/133
物理攻撃:34
物理防御:34
魔力攻撃:66
魔力抵抗:78
速度:75
レベル上限:∞
素質値:
MP:110
物理攻撃:50
物理防御:50
魔力攻撃:105
魔力抵抗:125
速度:120
合計素質値:560
技能:
・回復魔法Lv2
・神剣Lv4
・見切りLv4
・錬金魔術Lv4
・縮地Lv3
・明鏡止水Lv2
スキル:
・MP回復率向上LV1:回復術士スキル、MP回復率に一割の補正
・治癒能力向上LV1:回復術士スキル、回復魔法にプラス補正
・経験値上昇:勇者専用スキル、自身及び、パーティの取得経験値二倍
・レベル上限突破(自):勇者専用スキル、レベル上限の解放
・レベル上限突破(他):勇者専用スキル、魔力を込めた体液を与えることで、低確率で 他者のレベル上限+1
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俺が自我を失っていた間もこつこつ【
29という数字は、一般人がたどり着ける限界に近い。
そして、技能についてだが、自前の回復魔法のレベルがあがっている。
さらに、剣聖の神剣と見切り、錬金術士の錬金魔術という、固定のものに加え、つい先ほど記憶に残っていたなかで有用な縮地と明鏡止水を追加した。
クレハや、ワチルダよりLvが一つ低いが、それは仕様だ。【
残り二つの技能のうち、縮地は高速移動を可能とし、明鏡止水は極限の集中により、認識力を加速させるスキル。非常に使い勝手がいい。
よほどのことがない限りは、この五つは固定でいいだろう。
相手と状況に合わせて、縮地と明鏡止水は他の技能に置き換える。
「技能はいいとしても、素のステータスに問題があるな」
脱出の際は多勢に無勢となる。どうしたって無傷というわけにはいかない。
最低限の防御力がいる。今の防御力では一撃で致命傷になりかねない。
攻撃力にも不安がある。即死攻撃の【
己の魔力絡みのステータスに特化した素質値が恨めしい。だから、弄ろうと思う。
「【
己の肉体を【
改善するのはせいぜい、一割程度。
これ以上の改良には、他の因子を取り込むことが必要だ。
とはいえ、やらないよりはましだ。
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種族:人間
名前:ケヤル
素質値:
MP:110→116
物理攻撃:50→53
物理防御:50→53
魔力攻撃:106→111
魔力抵抗:126→132
速度:120→126
合計素質値:560→591
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しっかりと俺の体はより強くなった。
だが、まだまだ足りない。
近接戦に必要なパラメーターが一般人の平均である60にも届いていない。
だから、さらなる【
俺は、これ以上ステータスの底上げはできない。
それでも素質値の割り振り変更はできる。
俺の素質を、任意に振り分けるのだ。
MPと魔力抵抗は過剰だ。その分を物理攻撃と物理防御に。
魔力攻撃も過剰気味だが、【
それを踏まえて、脱出するための最適なステータスは……。
「【
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種族:人間
名前:ケヤル
素質値:
MP:116→80
物理攻撃:53→130
物理防御:53→83
魔力攻撃:111→100
魔力抵抗:132→72
速度:126→126
合計素質値:591→591
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これが、単独で脱出を行う際の理想的な割り振りだ。
このステータスなら、レベルが29でも、逃げるだけならできる。
だが、俺にはフレアに俺が受けたすべての苦痛を与えたのちに、俺が辿るはずの末路。『自我をすべて奪われた上で、便利な道具として使われる』という報いを与えないといけない。
最低でもレベルをあと五つはいる。逆に言えば、たった五つあればいい。
復讐の時期は決まった。俺がレベルを五つあげて、さらに王が親衛隊を連れて留守にし、警備が手薄なときだ。
それまでは辛抱だ。おそらく、それはそう遠くない。
◇
意識を取り戻したから二週間たった。
正気を取り戻してしまったゆえに、最低最悪の生活は俺を苛んだ。
レベル上限目当ての何人もの相手と肉体関係をもった。
当然ながら、男のほうが比率が高い。なにせ騎士や冒険者自体が男の方が多いのだから。
レベル上限をあげるために現れた男たちに俺の体をおもちゃにされた。
中には、もともとそっちよりの趣味で、必要ないのに俺を犯した奴さえいる。どうやら、俺のような可愛い少年が大好きらしい。死ね。
だが、耐えた、ずっと正気なまま、狂いそうになるのを耐えた。
【
この二週間の間、いかに愉快な方法で王女フレアに復讐するか、そのことだけを考え続けた。
凄惨に、残虐に、慈悲もなく、殺してと懇願するまでやってやる。
舌を噛み切っても、即座に癒してあざ笑ってやる! すべてが終われば、フレアという存在自体を抹消して、可愛いペットに仕立てて、一生俺のために便利な道具として使いつぶしてやる! 【
今は深夜、誰もが寝静まった時間。
そんな中、俺は【翡翠眼】をらんらんと輝かせていた。
監視の兵士たちは油断しきっている。俺が逆らうなんて夢にも思っていないだろう。
「我慢の時間はおしまいだ」
今日の昼、王が親衛隊を引き連れて他国に出発したことは情報を掴んでいる。
技能は理想的なものをそろえた。レベルも十分上がった。
脱出する手筈を整え、フレアの部屋に向かうための準備も万端だ。
「さあ、パーティのはじまりだ。今すぐ迎えに行ってやるからな!!」
首輪の固定具を錬金魔術で外し、さらに首輪に繋がっていた鉄の鎖を溶かして鍵穴に流し込み冷却、即席のキーにして扉をあける。いっさいの苦労なく檻をあけることに成功した。逃げるだけなら、外を目指す。だが、俺にはフレアへの復讐という目的がある。
今からフレアの部屋を目指そう。
復讐の始まりだ! 俺は檻を出て、全力で走り出した。
【Hな復讐、遂行間近!? 続きは7月1日発売のスニーカー文庫本編で!!】