第五話:回復術士は王都に招かれる
馬車に揺られてたどりついたのは、王都ジオラル。
その名の通りジオラル王国の首都に位置する。
ジオラル王国は、人間の支配領域の最南端に位置する。先にあるのは魔族の支配する領域だ。つまるところ、人間にとってはジオラル王国が魔族たちの侵入を阻む防波堤となっている。それを理由に各国から支援を受けており、ジオラル王国の強さに繋がっている。
支援の内容は、食料や金銭だけではなく工学技術、魔道技術、人材と多岐に渡っており、さらには魔物と戦う最前線ゆえの圧倒的な実戦経験の多さと相まって、間違いなくジオラル王国は最強の国だ。
最近ではその支援で得た力を背景に、強引な交渉を行って、より多くの支援を引き出すという、かなり阿漕なことをしている。人間と魔物の戦いの最前線だけあって、王都を囲む防壁は異様な高さと厚さがあり、物理防御だけではなく魔術的な防御までされていた。
さらには無数の兵器が備え付けられている。
「立派な防壁だな」
「ふふ、防壁で驚いていてはだめですよ。本当にすごいのは街の中ですから」
分厚い鉄製の門をくぐり、街の中に入る。
「見てください、きれいな街並みでしょう」
街の中に入るなり、【術】の勇者であり、王女でもあるフレアが、無邪気にはしゃいだ声をあげる。馬車は王都ジオラルのよく整備された街道を走っていた。
たしかに彼女の言う通り美しい街並みだ。
流通を考慮してデザインされた広く真っ直ぐな主要街道、いわゆる碁盤目上に道が整備されている。建物は火災対策のためにレンガで作られており品がある。
この街のすべてに無駄がなく整然としている。
そんな綺麗な街並みをどの街よりも大勢の人が歩いていた。景気が良くエネルギーが満ち溢れ笑い声が絶えない。
「確かに、きれいだな」
俺は王女であるフレアに敬語を使っていない。
フレアにそうしろと言われたからだ。同じ勇者で対等だから敬語を使う必要はないと。フレアは王女なのに、腰が低く親しみやすい人物を演じたがっているので調子を合わせてやる。
「ええ、私の自慢の街です! このきれいな街、みんなの笑顔を守るために、私たちは戦っているんです!」
「フレアはすごいな」
「あっ、ごめんなさい、その、はしゃいじゃって。でも、私たちの力でみんなの笑顔を守れたら素敵ですよね」
俺はフレアの微笑みに笑い返す。ああ、駄目だ。笑顔にヒビが入りそうだ。
フレアの言葉はすべてが計算だ。無邪気そうな振る舞いも、少し抜けているところも、純心爛漫な笑顔も、王都を守りたいという無垢な願いも。
その一つ一つが、俺をこの国に縛り付けるための演技だ。
【術】の勇者フレアはそれができる女だ。
そのことを知っている俺は、吐き気を堪えるのに精いっぱいだ。
そもそも、王都は存在そのものが薄汚れている。
王都が建設された土地は、亜人たちから奪ったものだ。
豊かでひらけた広大な土地に目を付けたジオラル王国が亜人たちの村を次々に焼き、抵抗する亜人は虐殺し、生き残りを奴隷にして労働力を確保し作り上げた街。
だからこそ、流通に最適化されたデザインで街を作り上げることができた。
なにせ、もともとあった亜人の村を一度すべて壊したのだから好き勝手できる。
綺麗な街道、美しい建物の数々、笑顔の人々。
そんなものの裏には、その犠牲になった者たちの名残はあり、そこらかしこに首輪をつけた亜人の奴隷がいてこき使われている。
王国では”人間”の奴隷は禁止されているが、亜人の奴隷は自由だ。なにせ、王国の扱い上、亜人は獣と変わらない。それに亜人には真の名が存在し、召喚術の応用で絶対服従をさせることができる。亜人に人権がないほうが都合がいいから、奴隷を黙認していた。
これは本当に……。
「この美しい街は、まるでフレアそのものだな」
思ったままを口にした。綺麗な表面と、真っ黒に染まった中身。まさにフレアだ。
「嬉しい。私の自慢の街なんです。どんな褒め言葉よりも、胸にきます」
フレアは、計算された完璧な笑顔を作る。俺の皮肉に気付かないままに。
フレアが再び窓の外に視線を移した。
その間に、【翡翠眼】で護衛の騎士たちの姿を見ていた。
強さを確認するためだ。脱走する際に、こいつらの強さが目安になる。なにせ、王女の護衛だ。超一流の騎士ばかりのはず。ならば、こいつらを圧倒できる強さがあれば、問題なく逃げられるということだ。
護衛騎士は六人、全員同じ程度の強さだ。一人を注視する。
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種族:人間
名前:マルグルト
クラス:騎士
レベル:31
ステータス:
MP:57/57
物理攻撃:63
物理防御:63
魔力攻撃:31
魔力抵抗:44
速度:57
技能:
・剣術Lv3
・体術Lv2
スキル:
・剣術補正Lv3:騎士スキル、剣を使用した攻撃にプラス補正
・騎乗補正Lv2:騎士スキル、騎乗時にプラス補正
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騎士という物理よりのクラスに、高い物理攻撃と物理防御のステータス。レベルも高い。おおよそ普通の人間は20~30がレベル上限。それを超えている。
さすがは王族の守護騎士を任されるだけはある。
目覚めるクラスというのは、例外もあるが、その人間が育った環境と密接な関係がある。
おそらく、代々の騎士で子供のころから騎士として育てられてきたのだろう。
さらに翡翠眼に力を込めて、隠された情報を見る。
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レベル上限:32
素質値:
MP:40
物理攻撃:90
物理防御:90
魔力攻撃:40
魔力抵抗:60
速度:80
合計素質値:400
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残念ながら、レベルはほぼ上限に達しているが、素質値のほうも悪くない。合計四百台なうえに、無駄のない配分。こいつと肉弾戦をすれば、俺は成すすべもなく倒されるだろう。【翡翠眼】をとく。
なるほど、これを圧倒する力がないと脱走できないのか。骨が折れそうだ。
俺のステータスはもろに術者よりで、攻撃力、防御力ともに低く単独行動は元来苦手だ。【
そして、確信する。これが最精鋭だと仮定するなら問題なく脱走できる。
「ケヤルさん、どうかされましたか?」
窓から視線をこちらに向けたフレアが問いかけてくる。
「今から、王城に入ると思うと緊張してね」
「それは無理もありませんね。でも、心配はいりません。ケヤルさんが、礼儀作法を学べる立場になかったことや、私が無理やり連れてきたことは、ちゃんとみんな知っているので、たいていのことは許してもらえますよ」
本当に、この女はそつがない。
そうして、俺たちを乗せた馬車は、街を抜けて王城の中に入っていった。
◇
王都についた俺はフレアとわかれた。
俺には五人ほどのメイドがついてくれ、湯あみをさせられ、豪華な服に着替えさせられた。さらには、最低限の礼儀作法を教えてくれる。どうやら、数時間後には王との謁見があるらしい。なにより、うんざりすることがある。
ここにいるメイド、すべてが実力者であること。
驚いたことに、さきほど【翡翠眼】でみた、騎士とステータス的には大差がない。
このメイドたちは監視でもあるのだろう。なすがままにされているうちに時間が来た。
さて、俺にとっては久しぶりの王との謁見だ。
当時、俺は浮かれて何も気付けなかった。勇者に選ばれた優越感、フレアの外側に陶酔し、王という存在への憧憬、それらに心を奪われた。そして、みんなを救える強い英雄。その夢が叶うと浮かれていたのだ。
だが、今の俺は極めて冷静だ。今の俺の目でみれば王はどう映るのだろう。それが少し楽しみだった。