第二章 最初の恋愛イベント②


 他愛たわいのない会話をしながら昼食のサンドイッチを食べ終わり、二人は温室を出た。

 古びた温室の周りにはやはり人はいない。

「そういえばさ、神子候補って姉さんふくめて三人って話だったけど、リーンと姉さんと、他だれなの? 姉さんの話にも出てこないし、ちょっと気になってたんだよね」

 それでも辺りに気をつかうようなささやき声で、ギルバートはそう聞いてきた。

 講堂でのチュートリアルせんとうの後、国から遣わされた使者は改めて神子候補を生徒全員にたずねた。

 そこでリーンは攻略対象たちにうながされるようにおずおずと手を上げたのだが、その他には誰も名乗り出なかった。

 本来ならそこでセシリアが手を上げるはずだったのだが、もちろん今の彼女が手を上げるはずもなく、女生徒の身体検査に場は移った。花の模様のあざを探すためである。

 しかし、誰一人として花の模様の痣を持つ者は見つからず、選定のはリーンのたいこうがいない状態でり行われることとなった。

 その日休んでいる生徒もいる上に、女性としてきわどい所に痣があればそこまでは見られない。使者たちは『神子候補は重大な責務にえきれず名乗り出られない』と判断したようだった。

 セシリアは彼の疑問に難しい顔で首をひねる。

「うーん。それがね、私にもわからないんだよね」

「どういうこと?」

「この時点で、もう一人の神子候補は死んでるはずなの」

「は?」

 ギルバートはとんきような声を出す。

 ゲームの中でアザレアの花の痣を持つ神子候補は確かに存在した。しかし、彼女はプロローグじよばんで死んでいるのだ。

 ヴルーヘル学院に転入する一週間ほど前、リーンはある殺人事件の記事を目にする。その女性の肩にはアザレアを模したような花の痣があったというのだ。最初はその痣が何を示すものかわからなかったが、学院に来て自分が神子候補だとわかったしゆんかん、リーンは彼女の痣の意味に気付くのである。国の方もそのことには気づいており、リーンとセシリアを呼びつけ『神子候補をねらった可能性もあるので、十分注意するように』と注意を促すのだ。

 後にゲームの中で、アザレアの神子を殺した者の犯行だと思われる事件がいくつか起こる。そして、彼だか彼女だかわからないその犯人のことをみな『キラー』と呼ぶようになるのだ。

 ちなみに、『キラー』は殺人者という意味の『Killer』から来ている。

「だけど、そんな話少しも聞かないじゃない? 私も注意して新聞とか見てたけど、そんな記事どこにもなかったし……」

「ちょ、ちょっと待って。後出しジャンケン過ぎない……」

 明らかに狼狽うろたえた様子のギルバートにセシリアは首を捻った。

「このまま行くと姉さんが死ぬかもしれないって話、俺はさっき聞いたばかりなんだけど」

「そうだね。私もさっき言ったから」

「なのに、このじようきようで『もしかしてさつじんに狙われてるかもしれない』って話する!?」

「え、しない方がよかった?」

「話をするのが、おそすぎるって言ってんの!!」

 今までに見たことがないけんまくられ、セシリアは目をしばたたかせた。

 ゲームの中でのセシリアの死因は、大きく分けて二種類だ。

 一つはリーンをいじめたり、誰かを害したりしたけんをかけられしよばつされる──断罪系。

 もう一つは、キラーふくめ何者かに殺される──殺人系、である。

 断罪系の死因とはちがい、殺人系の死因は謎が多い。

 リーンがおそわれた翌日に、胸にナイフがさった状態で発見されたり、川に浮いていたり、山で首をっていたりする。どの場合でも犯人はキラーだと目されており、その理由は『神子候補だから』と考えられていた。

 それを裏付けるように、リーンも何度かキラーと見られる正体不明の者に殺されかける。しかし、こちらは大体生き残るのが大きな違いだ。リーンが殺されるバッドルートもあることにはあるのだが、その場合はキラーではなくセシリアが犯人だとされ、ざんしゆけいとなる。とりあえず、リーンが殺されればセシリアは死ぬ運命だ。

「なんで今までだまってたの?」

「いやだって、聞かれなかったし……」

「聞かれなくてもつうは話すでしょ! 何のために協力してると思ってるの!」

 耳をつんざせいにセシリアは両耳をふさいだ。

 別に、隠していたわけではない。言うきっかけがなかっただけなのだ。

「まぁ、いいや。悪気があったわけじゃないんだろうし……。で、結局その『ゲーム』の中で、キラーの正体はわかるの?」

「トゥルールートではわかるらしいんだけど……」

「だけど?」

「私、じつはそこまでクリアしてなくて……」

 ギルバートはあからさまにらくたんしたようなため息をついた。

「し、仕方ないでしょ! クリアする前に死んじゃったみたいなんだから!」

「でも、正体がわからないと対策の立てようもないじゃん。もしかしたら、相手は姉さんを狙ってるかもしれないんだよね?」

「そうだけど。でも、私はもう候補じゃないんだし、そこまで……」

「『そこまでけいかいしなくても』ってこと? 甘すぎるでしょ。殺された神子候補の名前はわからないの?」

「それは、ゲームの中でいつさい出てきてない情報で……」

 また、ギルバートは長いため息をく。

「これは本当の本当に仕方ないことじゃない!」

「そうだけど、とくちようとかないの? 痣以外で」

「えっと……」

 おくを呼び起こす。ゲームでは記事以外に国の使者から殺された少女の生前の写真を見せられたのだが、すりガラスのようなモザイクがかかっていて、ゲーム画面からはよく見えなかった。

 それでも必死に記憶をたどりながら歩を進めていると、人が多い通りに出た。

 瞬間、「セシル様!」という黄色い声が至る所から上がる。

「あっ、やば……」

 声におののくようにセシリアは踏鞴たたらんだ。そうしている間に、彼女の周りには女生徒のひとがきができてしまう。

 そう『学院の王子様』はさらに『ほまれ高き』のしようごうを手にしたのである。これを王子様の熱に浮かされていた彼女たちが、ほうっておくはずがない。

「どこにおられたのですか? いつしよにお昼を食べたいと思っていたのに……」

「セシル様のためにお弁当を作ってきたのです! 今日は残念でしたが、また今度にでも!」

貴女あなたたち! けは禁止と約束したじゃありませんか! セシル様と昼食を食べるのなら、全員一緒ですわよ!」

「あの、食後のコーヒーはご一緒できませんか?」

「貴女まで!」

 口々にそう言われ、セシリアは困ったように笑った。

 彼女たちはまるで、えさを運んできた親鳥に群がるひなのようである。毎回こうやって集まられるのは正直困りものだが、だからといってここで彼女たちをぞんざいにあつかうわけにはいかない。なぜならセシリアは、誰よりも『男らしく』あらなければならないのだから……。

 彼女たちの話題は昼食の話から、講堂でのセシリアがどれだけてきだったかほめそやすものへと変わり、さらにいろんな話題へと飛び火していく。

 セシリアは、一方的に話しかけてくる彼女たちを手で制すると、えんな王子様スマイルをかべた。そのまま長い指先で目の前に居た女生徒のあごのラインをでる。

「そんなにさえずらないで小鳥ちゃん。かわいい歌声は一人一人ちゃんと聞きたいな」

(訳:一人一人話して、聞き取れない)

 セシリアの甘い声に、人垣はいっせいに黄色い声を上げた。

 その人垣の外で、やっぱりギルバートは冷めた目をしている。

「そういうことをするから、よけいめんどうくさくなるんじゃないの?」

「え、なに? ごめん、ギル聞き取れなかった」

「……なんでもない」

 女生徒に囲まれるセシリアを置いて、彼は一人、教室にもどっていった。

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