第一章 選定の儀②

みなに集まってもらったのはほかでもない。このたび、新しい神子を選定することとあいなった。星のぎよくは新たな神子候補を選び、同時にを──……」

 国王からつかわされたという聖職者風の男は、講堂のだんじようでそうのたまった。大げさなり手振りを交えて話す男の話はあくびが出るほどに長い。

 というか、このゲームはプロローグが異常に長いので、セシリアの前世であるひよのは、第一章が始まる直前にセーブをして、いつもそのセーブデータから始めていた。なので、プロローグすべてを通しで見たのは、たったの一回だけである。

(でも、なんでそんなに長かったんだっけ? この人の話も長かったんだけど、何かもっと別の要因があった気が……)

 そんなことを考えている間にも、男の話は先へ進む。

 彼の回りくどくて長ったらしい話を要約するとこうである。

 新しい候補が現れたと星の玉が告げたので、今から神子選定のを行う。

 神子候補は三人。全員学院の生徒だとけいが出ている。

 したがって、選定の儀の場はこのヴルーヘル学院とする。

 神子を守る七人の騎士は今から選ぶ。

 ──以上だ。

 ちなみに星の玉というのは、神子がせんたくを受けるのに必要な道具で、騎士というのはいわゆるこうりやく対象のことである。

 騎士は宝具が選び、騎士になった者はそれから一年をかけて次代の神子になるのにふさわしいと思う神子候補を選ぶ。そして、その者に自分の宝具を預けるのだ。神子候補としての勝敗は、宝具の数によって決まることになる。

 そして、この次代の神子が決まるまでの一年間を『選定の儀』と呼ぶのだ。

(つまり、『選定の儀』は票取り合戦なのよね)

 セシリアは、いまだ長ったらしい説明を続ける壇上の男を見上げた。

 この『選定の儀』は騎士たちの好感度を上げて、一つでも多くの宝具を預けてもらった神子候補が次代の神子になる権利を得るという仕組みだ。そして、次代の神子に選ばれた者は自分に宝具をわたした騎士から一人を選び、聖騎士として常にそばにいてもらう権利を持つ。いわゆるこいびとポジションに収まるわけである。

(ここで私が神子候補として名乗り出なかったら、宝具は自然とリーンの元に集まるわけだし、そうなったら私は晴れて自由の身よね! 最悪、リーンに宝具が一つもわたらなくても、私もゼロなら関係ないし!)

 騎士たちには宝具を渡す権利があるが、同時に渡さない権利もある。どの神子候補も神子にふさわしくないと思えば、だれにも渡さなくてもいいのである。

 どの神子候補にも宝具が渡らず引き分けになった場合、主人公特権でリーンが次代の神子に選ばれる仕組みである。その場合でもセシリアは例にもれず死んでしまうのだが、それはセシリアがセシリアで、神子候補であったからだ。セシルという何の力も持たない一モブであれば、きっと最悪の結果はかいできるはずである。

(ここを乗り切れば、とりあえずはあんたい! だまってリーンの恋愛を見守るのみよ!)

 そうセシリアが安易に考えていると、男の後ろからもう一人男がやってくる。彼の両手には白い布が置かれ、その上には七つの銀色にかがやくブレスレットが置かれていた。これがいわゆる宝具というやつである。

 宝具に選ばれ、騎士になるのは以下の七人である。

【王太子】オスカー・アベル・プロスペレ

【セシリアの義弟おとうと】ギルバート・シルビィ

【若き青年実業家】ジェイド・ベンジャミン

なぞの多い保健医】モードレッド・ネルソン

【オスカーの良き友人】ダンテ・ハンプトン

【似てるようで似てないふた】アイン・マキアス/ツヴァイ・マキアス

 宝具には、神に仕えるせいれいが宿っており、その精霊とのあいしようで騎士が選ばれ、その者にあった能力がけんげんすると言われていた。

 この宝具を騎士が自らのうでから神子候補の腕に付けえることにより、票の行き来が行われるのだ。神子候補は最大で七つの宝具を身に着けることができる。

 男が天に布をかかげると、ブレスレットはあわく輝きだす。今から騎士が選ばれるのだ。

 宝具がかび上がり、七方向に散った瞬間──……

「きゃあぁぁぁ!!」

 割れんばかりの悲鳴が講堂にこだました。

 り返れば、女生徒が男子生徒に押したおされていた。馬乗りになった男子生徒はしたきにした彼女の首をこれでもかとめつける。けいどうみやくに指が深くめり込み、女生徒は身体からだを反らして苦しんでいた。

「あれは──っ!」

 男子生徒の身体から黒いもやが見え、セシリアは息をのんだ。

『ヴルーヘル学院の神子姫3』は、おとゲームには珍しくRPGのようにせんとうがあったり、キャラクターたちにレベルがあったりするゲームだった。

 戦う対象は『さわり』と呼ばれる、動物や人の負の感情に巣食うもののようなものである。『障り』自体はさほど強い存在ではないのだが、巣食った相手の能力を押し上げたり、感情を暴走させることにより人に害をなす存在だ。『障り』はこの国の至る所にひそんでおり、本来ならば神子が押さえつけているはずのものだが、今代の神子の力が弱まったことにより、国中に現れるようになったという設定だったはずである。

 そして、『障り』に巣食われた者の最大のとくちようは、身体から黒い靄が浮き出ること。

 彼は今まさに『障り』に巣食われていた。

「あ、あぁ、ぁぁ……」

 首を絞められた女生徒の身体がけいれんしはじめる。

「まずいっ! あのままじゃ──!」

 助けを求めるように周りを見るが、皆男子生徒のひようへんぶりにおどろいてしまい、動けなくなっているようだった。

 確かにいきなりこんなものを見せられたら動けなくなる。セシリアだって前世のおくがなければそうなっていただろう。しかし、今の彼女には前世の記憶があり、彼がどういうじようきようなのかすぐさま理解できる冷静さもあった。

 今この場で動けるのは、彼が『障り』におかされていると知っている、セシリアだけである。

 セシリアはとっさにけ出し、男子生徒の身体に体当たりをした。そのままゴロゴロと転がり、講堂のかべに背中を打ち付ける。肺の中の空気がすべてき出され、セシリアの瞳に涙が浮かんだ。

 体当たりを受けた男子生徒は、一度はこけたもののゆらゆらと立ち上がり、しようてんの合っていない目でセシリアを見下ろす。

(ちょ、まずい! 実際に見るとこんな感じなの!? めっちゃこわいんですけどっ!?)

 ゲーム画面でキャラクターを操作するのと、キャラクターとして敵にたいするのとではうんでいの差だ。何とか身体を起き上がらせたものの、見下ろしてくる敵にひざふるえた。

(た、確か、勝利条件は……)

 前世の記憶をめぐらせる。

(宝具で倒すか。……身体のどこかにあるあざに、神子候補、もしくは騎士がれること!)

 次のしゆんかん、男子生徒はセシリアに飛びかかってくる。それをかろうじてよけながら、彼をつぶさに観察した。

 こんなこともあろうかと十二年間、必死に身体づくりをしてきたのが今役に立つ。まぁ、そのせいで義弟に『ぼう』と評されるようになってしまったのだが、役に立っているのならば結果オーライだ。

 つかみかかってきた男子生徒の腕をかわし、鳩尾みぞおちりを入れた。しかし、正気をなくしている男子生徒は、意識を失うことなく腹部に入れた足を摑んでくる。

「ハンス兄、直伝キック!!」

 とんでもなくダサいわざめいさけびながら、セシリアは摑まれた足をじくに身体を回し、側頭部を蹴り上げた。

 技名はダサいが効果はばつぐんのようで、そのまま男は再びゆかに膝をつく。

 身体が慣れてきたのか、膝はもう震えていない。

「見つけたっ!」

 セシリアは男子生徒の左手首に黒いつたのような痣があるのを見つけ、するのもいとわず飛びついた。このままけんしていても、じり貧なのは目に見えている。相手の体力は『障り』によりじんぞうに強化されているのだ。

 男子生徒はしばらく暴れていたが、彼の手首にセシリアが触れた瞬間、動きを止めた。そして、黒い靄がはらわれるのと同時に身体から力がけ、その場に倒れこんでしまう。

 セシリアもくずれ落ちた男子生徒の上におおいかぶさるように倒れた。

「ねえ──じゃなかった! セシル、だいじよう!?」

 最初に駆けつけてくれたのは可愛かわいい義弟だった。彼に助け起こされながら、セシリアはくしゃりと表情をゆがめる。

「こ、こわかったぁああぁ……」

「怖かったって、それならなんでこんな無茶するのさ」

「いやだって、おそわれた人危なかったし、とっさに身体が動いて……」

「だからって……」

 そこでセシリアははたと気づいた。辺りが静かすぎる、と。

 見回せば、誰も彼もが自分に注目をしていた。ひとがきの中心には倒れた男子生徒とセシリア、そして彼女を助け起こすギルバートの姿しかない。

 さらに視線を巡らせれば、人垣の最前列にはリーンがいた。彼女はセシリアを見つめながら固まってしまっている。

(あ、これ……もしかして……)

 そのことに気づいた瞬間、セシリアの背中に冷たいものが伝った。

(これって、チュートリアル戦闘だー!!)

 説明しよう! チュートリアル戦闘とは、基本的にゲームのじよばんにある最初の戦闘のことで、基本的な操作やシステムの説明を実戦形式で教えてくれるものである。セシリアは毎回これがめんどうくさくて、プロローグを飛ばしていたのである。

(これ、んだ……)

 さーっと、全身から血の気が引いた。

 よく見れば、リーンの後ろにはに選ばれたであろうこうりやく対象たちがいる。つまり、彼女たちの初めての共同作業(笑)をセシリアはじやしてしまった形になるのだ。しかも『障り』をしずめることができるいつぱん人などは存在しないことから、セシリアの正体も疑われてしまっていることだろう。

貴方あなたは……?」

 きようがくに目を見開きながら、リーンが一歩歩み寄った。セシリアの表情はこわばる。

「姉さん、これ」

「え?」

 その時、セシリアの左手首に何かが触れた。冷たいくさりのようなかんしよくが背筋を震わせる。

「いいから、堂々としていて。多分これで大丈夫だから……」

 ギルバートのささやくような声にセシリアは自分の左手を見た。すると、そこには騎士のあかしであるはずのブレスレットが巻かれている。それはおそらく、本来ギルバートのものだろう。

「これっ!」

「ほぉ、騎士がさっそく役目を果たしたか」

「え!?」

 引きつった声を上げれば、だんじようの男がゆっくりとこちらに歩いてくるのが見て取れた。

「騎士としての務め、見事であったぞ。少々危なっかしいところはあったが、なかなかにゆうしゆうだ。これからも、そのしゆわん候補たちを守ってくれ」

「ちょ……え?」

 手を摑み、ごういんに立たせられる。すると、辺りからははくしゆが巻き起こった。

 人垣の中、ほおを染めながらひとみうるませているのは、先ほどの勇姿を見た『王子様セシルファンクラブ』のメンバーである。

らしいですわ、セシル様!」

「私たちの王子様が騎士にっ! ますます手の届かないお方になられましたのねっ!」

「先ほどの立ち回り、本当に素敵でしたわ! あぁ、今思い出しても体がってくるよう……!」

 先ほどまでいぶかしんでいた攻略対象たちも、今ではなつとくしたような表情をかべている。それもそうだ。セシリアが『ただの一般生徒』ではなく『騎士』ならば、一人で『障り』を祓うことも可能なのだ。宝具をつけているのを見たのならば、あやしむ必要はない。

 ひとまず、セシリアはギルバートの機転により難をのがれた。しかし──……

(これって、ギルバートの宝具が私にわたったってことだよね!?)

 その事実に気付いた瞬間、セシリアは顔を青くさせて固まった。

 まだまだ、彼女の受難は始まったばかりである。

関連書籍

  • 悪役令嬢、セシリア・シルビィは死にたくないので男装することにした。

    悪役令嬢、セシリア・シルビィは死にたくないので男装することにした。

    秋桜ヒロロ/ダンミル

    BookWalkerで購入する
  • 悪役令嬢、セシリア・シルビィは死にたくないので男装することにした。 2

    悪役令嬢、セシリア・シルビィは死にたくないので男装することにした。 2

    秋桜ヒロロ/ダンミル

    BookWalkerで購入する
  • 悪役令嬢、セシリア・シルビィは死にたくないので男装することにした。 4

    悪役令嬢、セシリア・シルビィは死にたくないので男装することにした。 4

    秋桜ヒロロ/ダンミル

    BookWalkerで購入する
Close