《第三話》(2)
*
「──っていうことが最近あってさ」
「なるほどですねー」
ここ最近における
「ぶっちゃけ、それはせんぱいが悪いですよ」
「うっ……。やっぱそうかぁ」
「ですです。そうまでして猫を飼いたいって思っているのなら、それを
「度量……」
器とか度量とか、そういう単語に男は弱い。目に見えないモノのサイズにこだわってしまうというか、プライドってモノの根っこがここに
俺は
さも当然のように、猫尽くしのキャラクター弁当がそこにはあった。
「めちゃ
「ありがとう。
「せんぱいが食べると
「何でそんなこと言うの?」
まあ俺くらいの
弁当の中の猫形おにぎりは、カレーの時と同じく
今更だが
「ま……こうまでアピールされてるわけだし、俺が譲るのが全部丸く収まるよね。ところでさ、
「あたしは──」
「──犬ですね、やっぱり。人類の友といえば犬ですよ!」
「おっ、分かってるじゃないか。いいよな、犬!」
「鳥はいいぞ」
同志となった俺達の間へ割り込むようにして、中年のおっさんが現れた。
「うわ。何すか部長。そういう第三の選択肢とか今要らないんで」
「部長さんは鳥派なんです?」
「ああ。脱走されると二度と回収出来ないであろうリスクを差し引いても、鳥はいいぞ」
「リスクがデカすぎる……」
「確かに、あたしみたいな独り身は鳥が丁度いいかもですねー。犬や猫だと、どうしても世話に掛かりっきりになりますし。出社中は気が気じゃなくなっちゃうかも」
「でも俺は犬か猫が飼いたいんで、鳥は最初からナシっすよ」
「だろうな。その弁当を見れば状況は察するに余りある。ではそんな悩める部下に、上司として一つ助言を授けてやろう」
戦局分析や戦況判断に比べれば、社内の部下の管理ぐらい造作もないのだろう。
部長がどこまで話を察したのかは不明だが、少なくとも部長から手渡されたコピー用紙を見た瞬間、俺の中に新たな選択肢が発生したことは確かだった。
「おかえり、ろうくん!」
帰宅すると、嫁の頭部に猫耳が生えていた。それだけは事実だった。
「……。ただいま。似合うな、それ。
正確性を加味して述べるのなら、猫耳形のカチューシャだろう。どこで調達したのか、もしかして最初から持っていたのか、
「あ、これ? なんかね……生えてきたの。急に」
「マジか。耳鼻科行く?」
ド
猫攻めもとうとう来るところまで来たのか、
やっぱりこう……俺は男なわけで。攻められてばかりだとフラストレーションが
丁度いい。俺は通勤カバンをその辺にぶん投げて、ネクタイを少し緩めた。
「しかし──本当に
「でしょ~。猫はかわいいからね!」
「いいや、
歯の浮くようなセリフだが、先に述べたように本心なので問題ない。俺はきょとんとしている
さらさらもちもちとしている。なめらかに指が滑るのに、吸い付いて離れない。少しだけ力を込めて頰を指の腹で押すと、ぷにっと指が沈むと同時に少しだけ抵抗で押し返される。
「ちょ、ちょっと、ろうくん?」
ようやく
そう、これが俺の結婚記念日までに打ち立てた『準備』──名付けて『(そのうち童貞を捨てる
といっても別に強引に迫るわけではない。あくまで日常生活範囲内で、これまでよりかは多少積極的に
「く、くすぐったいんだけど! それに手付きがちょっと、えっちぃような……」
「オレハ ネコヲ ナデテイルダケ」
「ウソが下手すぎてロボみたいになってる……」
こうも顔をベタベタと触られれば、普通は嫌がるだろう。化粧をしている女性ならば特にそうであろうが、しかし俺達は夫婦である。
徐々に触れる指が熱を感じ取ってきた。
「オレハ ネコヲ ナデテイルダケ……ナデテイルダケ……ネコヲ……」
「ろうくん、あの──」
俺はぷっくりとした桜色の唇へ、人差し指を一本
「
奪ってしまおう。俺はもう半歩、
ガブッ。
「ぐああああああ──────────ッッッ!!」
「フシャーッ!!」
──
「
「は? 猫も
「でもここは、せめて一回──」
「うるさーい! まだ手洗いうがいもしてないでしょうが!」
「あっ、確かに……」
そら
「ごはんの準備するから、さっさとしなさい!」
耳まで赤くしている
生えてきたらしい猫耳だけが、むしろ自然な色合いを保っていた。
夕食後。俺は手に部長から渡されたコピー用紙を持って、ソファに座る
「
夕食中もずっと猫耳だった
「あ、これ? なんかね……今生え変わったの。急に」
「もう耳鼻科程度では対応出来ないかもな……」
「ところで話ってなあに?」
「あー、いや。猫か犬飼うって話なんだけどさ」
俺はコピー用紙を
「保護動物譲渡会のご案内──」
保護動物。主に人間の都合で捨てられたり、飼うことが出来なくなった動物を、どこかの団体が一時的に保護している。譲渡会はそれらの動物を譲る、
保護動物のメリット・デメリットは色々あるだろうが、とりあえずメリットの一つを挙げるとするなら、譲渡は通常ペットショップで購入するよりも安価で行われるということだ。
別段、俺や
その上で、俺達が犬か猫で争っている最大の理由は予算だった。なので──
「会社の部長が何か色々俺達のことを察しててさ。『予算だけが問題なら、どっちも飼えばいいだけだろう』って。確かに、犬か猫かで決着つかないなら、いっそのこと両方──」
「こんなことってあるんだ……」
「え?」
何やら
「保護動物譲渡会のご案内──って、俺のと同じやつか、これ?」
「えと……実はね、最近のことを
猫猫してるって何……? と思ったが、ニュアンスは理解出来た。
「なるほど。いや、俺も悪かったよ。
「うん。だからね。付けたの……犬耳」
「それはちょっと意味がよく分からん……」
猫猫した猫攻めの激しさを反省した結果が犬耳らしい。
「今週末に譲渡会があるから、二人で行ってみようか。ただ、別に両方絶対飼うってわけじゃなくて、よく考えて決めよう。俺は犬派だけど、
「そうだね。わたしは猫派だけど、ろうくんが犬を飼いたいなら犬でもいいよ」
動物を飼うということは、その一生に責任を持つということだ。自分が犬好きだから、猫好きだからって、じゃあその両方を満たす
夫婦間で価値観が一致しないのならば、どうするか? 単純な話だと俺は思う。
否定や不寛容ではなく、互いに理解し、許容し、