《第三話》(1)
「猫だよ!!!」
「いや犬」
「猫! ねーこ!!」
「いや……犬ッ」
価値観の一致というものは、結婚生活において非常に大事である。一致する部分が多ければ多いほど、人間は仲
が、夫婦といえど同じ人間ではない。どうしてもズレることがある。
そして、いわゆる派閥のあるモノの最たる例──恐らく『きのこ・たけのこ』と同じぐらい、
「飼うなら絶対に猫だってば!!」
「いや……犬ッッッ」
──『犬派・猫派』論争である!!
断言しておくが、そこに優劣はない。犬には犬の、猫には猫の魅力がある。ただ、
切っ掛けは、以前包丁を買いに出掛けた時のショッピングモールだ。そこで俺達はふらりとペットコーナーを眺めた。
『ウチってさ、ペットOKだよね』
という、
しかし思ったよりもその日が早く来てしまった。俺と
「猫はいいよ? 静かだし、あんまり手が掛からないし、なにより
「犬はいいぞ。飼い主に忠実だし、常に寄り添ってくれるし、何より
飼うこと自体に異論はない。ただ、予算の関係上、飼えるのは一匹までだ。
「「…………」」
しばし、俺達は見つめ合った。
ソファに腰掛けている俺の膝に、
「ね~え、ろうくん♡」
「なんだい、
「愛してる♡」
「俺もだよ、
なので俺は膝上の
「……あはは♡」
「ふふっ」
お互いにやや薄っぺらい
「チッ」
「おい」
露骨に舌打ちしやがった……。これでコロッと翻意するなら、そもそも犬猫でここまでモメないだろうに。でも、俺だって犬を飼いたいのだ。一人でなく、
「──まあ、しばらくこのお題は封印で。追々考えていこう」
「そだね~。ろうくんとケンカしたくないし。わたしが勝つから……(暗黒微笑)」
「言ったそばから
「売ってませ~ん」
また寝返りをうって、今度は俺の腹筋にぐりぐりと
「……
腹筋の一部、
*
問題を無期限先送りし、この犬猫論争は一時的な解決を見せた……かに思えたのだが。
「ろうくん、今日はデザートあるよ。カップアイス! のチョコ!」
「お、マジか。いいね」
「今食べる~?」
「そうだな。んじゃ食べるよ」
食後、机の上に
カップ表面には
どう見ても
「……
「あっ! ごっめ~ん、間違えちゃった! はい、こっちね!」
今度は普通のカップアイスが置かれた。そそくさと
「……ゆくゆくは必要になるからね……」
俺に背を向け、ぼそりとそう(聞こえるように)
無言で俺はアイスをスプーンで掘り返す。なるほどね、と。そう来たか、と。
(外堀から埋めて来やがった……!!)
思えば、俺と
何が言いたいかというと──俺と
「ただいまー」
仕事から帰って、玄関の扉を開き、ほっと一息つく。自分の家の匂いって、どうしてこうも落ち着くのだろうか。ああ今日も一日疲れた……と、俺はふと靴箱の上に目をやる。
(小物が増えてる……)
それも猫をモチーフにしたやつがチラホラと。ここも外堀の一つですか
「おかえり、ろうくん!」
「ただいま。なあ、
「かわいいでしょ?」
「お、おう」
玄関先までやって来た
「今日はカレーにしたよ~。ろうくんカレー好きだもんね!」
「好きだなぁ。
「ありがと!」
これは別にお世辞でも何でもない。自分でもカレーぐらいなら作れるが、
ことり、とカレー皿が目の前に置かれる。俺はごくりと息を
(飯が猫形に盛られてる……)
白米が猫の顔のように成形され、更には
「い、いただきます」
「いただきまーす」
(ジャガイモも
手間掛かっただろこれ。自分でやるって考えたら面倒過ぎて嫌気が差すレベルだぞ。
「な、何かすごいな、今日のカレー。努力の跡が見え隠れするっていうか」
「かわいいでしょ?」
「お、おう」
事実、子供は絶対に喜ぶ見た目だとは思う。俺は子供じゃないが。
あえて俺は色々と触れずに、「うまい」とだけ伝えて全部頂いた。おかわりもした。
食後、俺は洗い物を済ませ、
その番組が終わりかけの頃合いで、
「そろそろお
「ん。ん……?」
聞き間違いか? いや、聞き間違いだろう。俺がちょっと神経質になっているに違いない。
「どっちから先入る~?」
「
「りょーかいにゃ」
「…………」
いや、まだ聞き間違えた可能性がある。「了解な」と返事した可能性がある。了解の後に『な』を付ける意味は分からないが、じゃあ『にゃ』を付けるかっていうと付けないだろう。
つまり俺の耳がバグったんじゃないのか? そっちの可能性に賭けよう。
「んー、眠くなってきちゃった。そろそろ寝よっか~」
「だな」
0時を回ったくらいのタイミングで、
「じゃ、ろうくん。おやすみにゃさい」
「え? 今
三流芸人のしょうもないイジりみたいに、俺は
申し訳ないが三度目はない。
俺が何を言いたいのか、
「もしかして、またわたし『にゃ』って言ってた?」
「俺の聞き間違いじゃないのなら、さっきから何回か……」
「そっか~。これ癖なんだよね──子供の時からの」
ド
「当時の動画とか残ってないのか? せめて証拠として……」
「ないと思うなぁ。でもさ」
「かわいいでしょ?」
「お前それ言うと俺はもう黙ると思ってないか?」
俺が思わぬ反撃に出たのが意外だったのか、
「…………。ちゅっ♡」
「おい」
が、再攻撃なのか誤魔化しなのか、
「ふーっ……。まあ
大きく俺は息を吐く。