間章1

「……《雲雀ひばり》? 鳥のこと?」

 戦闘訓練を終えた《ハク》──りつは、しとどにれた銀の前髪をげながら、手渡されたスポーツタオルで汗を拭う。そのまま、それの名前を聞き返した。

「違う違う。ほら、リッカの刀、この前アイツ……《羽根狩り》にへし折られたじゃん?」

 黒縁の眼鏡をくいと指で押し上げながら、黒い髪の少女が明るく答える。

よし》──りつと同じ《組織ロツド》の一員で、同い年の少女だ。また、《祝福ブレス》を持つ《祝福者アクター》でもあるので、りつとは昔から気が合う。唯一と言っていい親友とも呼べるだろう。

 よしにタオルを返しつつ、りつは脳裏で以前の交戦のことを思い出す。

「うん。あのヤローに折られちゃった。でも、《落とし羽》は回収したから」

「こっちの勝ち、ではあったけどねー。ただ武器が無いとやっぱ不安っしょ?」

「別に……。《》があるもん。刀は重くて邪魔だったくらい」

》、すなわりつの《祝福ブレス》の名称である。

祝福ブレス》は必ず、《ぬれの聖女》より与えられた際に、聖女自身より名付けられる。

祝福者アクター》達にとって、己の能力名とは単なる名前以上の意味を持つ。敵は当然、味方にもおいそれと名を明かすことはないのだが、りつよしは互いの能力名を教え合っていた。

「ダメだぞー、《祝福ブレス》にばっかり頼ってちゃ。あくまで《祝福ブレス》は戦闘中における択の一つ! って、そう教わったじゃん? そりゃ、リッカの《》はめちゃ強だけどさ。やっぱり後方支援担当としては、キミにはいつも無事にかえってきて欲しいのだよ」

 故に、武器の携帯は必須である──と、よしは指を一本立ててりつを諭す。

祝福ブレス》にも様々な種類が確認されている。戦闘用としか思えないものもあれば、まるで戦闘には活用出来ないものもある。よしの持つ《祝福ブレス》は後者で、従って彼女は主に後方でりつを支援するオペレーターを担当している。

よしにそう言われると、ヤダとは言えない……」

「うんうん。で、話は戻るけど。新しい刀──その刀銘が《雲雀ひばり》ってこと。ほら、これ」

 よしは訓練場に持って来ていた、横長のアタッシュケースをりつへと見せる。中に何が入っているのか気になっていたりつだが、どうやら刀が納められているらしい。

「開けてみ。リッカにしかそのケース開けないらしいから」

「そうなの? お誕生日プレゼントみたい」

「いや誕プレは本人以外開けないだけで誰でも開けられるじゃん……」

「でも……本人以外は開けたらダメだから」

「うん、だよね、だよね! じゃあそのエラい人達からの誕プレをささっと開けてね!!」

 戦闘中は年齢不相応にれいな側面を見せるりつだが、戦線から離れれば今度は年相応に幼く、そしてどこか抜けている。

(《機関》の連中が《ハク》はこんな子だって知ったらどう思うだろ……)

よしよし。このプレゼントボックスどうやって開くの……?」

「プレゼントボックスじゃないんですけどぉ……。ほら、こことここの金具をパチンって外して、んで鍵はリッカの指紋を認証したら開くらしいから、次はここに指当てて──」

 手取り足取りよしりつを導いてやる。ややもたつきながらも、アタッシュケースは息継ぎするようにプシュッと空気を漏らし、ゆっくりと自動で開いた。

「わあ……。これが──《雲雀ひばり》」

「キレイ……工芸品かと思った」

雲雀ひばり》はさやと刀が別々に納められていた。りつよしも、思わず感嘆の声を漏らす。

 その刀身──漆黒のしのぎに対し、純白の刃文がさながら荒波のように波打っている。そんなこくびやくのコントラストがわたり、電灯の光を倍以上にして照り返していた。

 工芸品と称したよしはあながち間違っていないだろう。《雲雀ひばり》は実戦用の刀剣であるが、許されるのなら部屋に飾っておきたい程に美しい一振りだった。

 りつはまず、柄のさめがわを指でするりとなぞり、そして手に取った。

「……! 軽い。羽みたい」

「え、マジ? ケース込みで超重たかったんだけどな」

 所有者たるりつが柄を握った瞬間、《雲雀ひばり》の刃がひときわ輝いた──気がした。それよりも、りつは《雲雀ひばり》の異様とも呼べる軽さに舌を巻く。これまで支給されていた刀剣は、いずれも軽量化はされていたものの、基本的には鉄の塊なのでりつには少々重かったからだ。

 だが《雲雀ひばり》は違う。重さを感じない。綿で出来た刀、と言われれば信じられるほどに。

「でもすっごく軽いよ、これ。こっちのさやの方が重たいもん」

「ううーん、そうなの……? まあじっちゃんが死ぬ気で打った刀らしいし、実際に持ったら超軽くなる細工でもしてんのかなー」

「じっちゃん?」

「あ、そうそう。これ、《組織ロツド》のエラい人達に言われて、アタシのじっちゃんがリッカのためった刀なんだ。アタシのじっちゃん、刀鍛冶だからさ」

「し、知らなかった……。前の刀、折っちゃってごめん……」

「いや、多分一般支給される刀剣はじっちゃん関係ないと思うし、そもそも折ったのは《羽根狩り》だからリッカは悪くないって。それより、《雲雀ひばり》はどう?」

 よしに感想を問われて、りつは一度《雲雀ひばり》をさやへ納刀する。剣術は学んでいるので、りつのその所作は無駄がなく美しい。刀が映える子だな、とよしは内心で思う。

「……不思議な感じ」

「不思議? ってーと、つまり?」

「ええと、その……不思議な感じ」

「あっ これ一生ループするやつだ」

 りつは勉強が苦手だった。その中でも国語が特に苦手だった。根本的に天性と感性で生きているので、よしからすれば最も不思議なのはりつ本人である。

 だがもどかしそうに、どうにかりつは言葉を絞り出す。

「その、あの、ピタッと吸い付く? みたいな……。これこれ~! みたいな……」

「アレだね。今日会ったばかりなのに、まるで昔からの友達だったみたいな感覚だ。前世の縁で、今世の相棒で、来世でも盟友ってわけだ」

「そう、それ!」

「ほんとかよ」

 おおに表現したよしだったが、りつにはしっくり来たようだ。実際、《雲雀ひばり》を身に付けた途端、自身の中で力のようなものが湧き上がってくる感覚がする。武器を持ったことによる高揚感の一種であろうが、りつからするとこれもまた運命的な何かに思えた。

「……これ、わたしがもらっちゃっていいの?」

「もらうも何も、リッカ専用の刀なんだって。ただ……」

「ただ? タダでくれる?」

「そっちのタダじゃねっつの。なんかさー、じっちゃんがアタシに変なこと言ってたんだよね。ぶっちゃけじっちゃんってかなり偏屈だから、適当に聞き流したんだけど──」

「?」

 視線をあちこちに彷徨さまよわせるよし。周囲には自分とりつしか居ないことを確認している。

 ──《組織ロツド》とは、《ぬれの聖女》を生来の友と定め、そして彼女を信奉・崇拝する集団だ。その目的とは『聖女と再会する』に集約され、同時に彼女の力を何者かが私物化することを決して許さない。故に、真逆の目的を持つ《機関》とは根本的にあいれないのは自明。

 だからこそ、よしは少しだけばつが悪そうに、小さな声でつぶやいた。


「──《雲雀ひばり》は、、って……」


 ある刀鍛冶が、己の人生においてついの一本と定めったこしらえ、《雲雀ひばり》。

 今よりに、《ハク》のそばでその身をわたらせる。

『敵』を、斬り断つために──

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