《第二話》(1)
ボキッ……。
「あーっ! 包丁折れちゃった……」
硬いかぼちゃに根負けした三徳包丁がポキリと折れてしまい、わたしはがくりと肩を落とす。
大した思い入れもない、安物の包丁だったから別に折れても構わないけれど、問題は三徳包丁がないと料理に困るということ。
というわけでわたしは、ひっそりと部屋の片隅に飾ってあるインテリアに目を移した。
「これめっちゃ斬れる~~~~~!! まな板ごといっちゃいそうですなあ~~~!!」
さすが我が相棒《
かつての愛刀《
なのでこれまではインテリアになってもらっていたが、今久々に出動。ホコリを拭うぐらいのお手入れしかしてなかったけど、切れ味は全く変わっていないみたい。スゴイ刀~!
「何やってるんだ、
「うひゃあ!」
いつの間にかキッチンを
「ど、どこから見てたの……?」
「『これめっちゃ斬れる~!』ぐらいから……」
「ほぼ最初からじゃん!!」
台所で日本刀を構え、かぼちゃを斬って喜んでいる愛妻──それを見た旦那の心境やいかに!? ストレス
「ち……違うの! これにはふか~いワケがッ……!」
「まあ──そうなんだろうな」
ここで普通の旦那様なら『どしたん? 話聞こか?』と一般的な理解を示してくれそうだけれど、ウチのろうくんは洞察力に優れた人なので、きっと大丈夫。
「包丁折れたのか。安物だったもんな、アレ。で、例の刀で代用したと」
「そうなの! 別に《
ほらね! さっすがろうくん大正解! 自慢の旦那様♡♡
「でも刀で食材を斬るのはそもそもどうかと思うぞ……。何かあるなら話聞こうか……?」
一手遅れた理解~~~!! でもそういうところが好き~~~!!
「ちゃ、ちゃんと刃はアルコールで消毒したから!」
「衛生面の話じゃないんだが……。ほら、ストレス的な……」
やっぱりストレス面の心配をしてくれているらしく、ろうくんはわたしのつま先からおでこの辺りまでを検査するみたいに眺めていた。
なのでわたしも負けじと、ろうくんのことをつむじから足の裏まで見つめ返す。どっちも見えないんだけど、見えない部分まで見る気合が大事。
身長は……わたしよりもずっと高い。十年前よりも確実に伸びてる。ずるい。目鼻立ちはちょっと鋭いけど、普段は
えー、総合的に言うと10000点満点!! いつもかっこいいよ、ろうくん♡
でもわたしが台所で《
「ちゅっ♡」
「おい何か誤魔化してないか?
「ともかく、そんな物騒なもので料理するのは危ないので禁止。ほら、預かっておくから」
「はい……。気を付けます……」
「それと、今日も料理してくれてありがとうな。明日は俺がやるからさ」
「ろうくん……」
彼はとても優しい人だ。たぶん、普通の人よりも、ずっと。
わたしは優しく
「重ッッッ!!」
そしてろうくんは体勢を崩す。筋トレで重すぎるバーベルを持たされた人みたい。普通なら床に《
「これわたし以外の人が持つと急に重くなる? みたいだから気を付けてね!」
「渡してから言うなよ……!! そんな機能昔あったか……!?」
《
けど、ろうくんは過去に一度だけ、《
「あったよ? でも《
「《
よたよたとろうくんが刀掛けの方まで歩いていく。「妖刀かよ……」とぼやいていた。
「あー、でも、包丁折れたのなら買いに行かないとダメだな。明日出掛けようか」
「そうだね! デートしよっか!」
「デート──」
その単語を聞いた途端、ろうくんがちょっと気恥ずかしそうにする。二人でお出かけすることはよくあるけど、それをデートと呼んだ瞬間に彼は照れるのだ。昔はわたしもこんなだったけど、今は全然平気。二人で一緒に出かけるのなら、そこがたとえ戦場でもデート!
「んー、明日がすっごく楽しみになってきた! 早起きしなくちゃ!」
「朝早くに出るつもりはないけどな……。えーっと、
ろうくんがわたしの
「なぁに?」
「その、いつも料理作ってくれてありがとうというか──」
視線が右に行ったり左に行ったりしている。言葉を選んでる、ってやつなのかな?
感謝の気持ちを伝えるのはとっても大事なことだけれど、伝えるのが恥ずかしくなるって気持ちもちょっとは分かる。でも、今更照れるような仲でもないのにな。
「──
す、とわたしの手にろうくんの手が重なろうとした。
「ありがと! でも今お料理中だし、このあとお肉触るから向こうで待っててね!」
「アッ、ハイ」
お料理中にあんまりベタベタしたら不衛生だし危ないからね。今のわたしは、ろうくんにおいしいと言ってもらうのが一番の目的なのです!
*
というわけで翌日、日曜日。わたしとろうくんは午前中に家を出た。
プランとしては割とフリーで、大型ショッピングモールに行ってぶらぶらしつつ、
「包丁以外にも買う予定のものが結構あるなー」
「電車で行くから、あんまりたくさん買えないのがネックだね」
「いや、気にしなくていいよ。俺が全部持つし」
「いやいや、ろうくんだけにそんな苦労は」
「いやいやいや、俺の方が力あるし。男だし」
「いやいやいやいや、今の時代は男女平等ということで荷物持ちも平等に」
「いやいやい……ってもういいわ! まず必要なもの優先で買っていこう」
電車の中で、そんな話をしながら盛り上がった。ろうくんはツッコミ上手だ。
「でもさ、そろそろ車も欲しいよね」
「車なぁ。便利だとは思うし、実際便利なんだろうけど──」
自転車と違って、自家用車は買えばそこでおしまい、というわけにはいかない。ランニングコストがずーっとのしかかる。わたし達は共働きだから生活がめちゃくちゃ苦しいわけじゃないけど、じゃあ車が絶対必要か? っていうと別にそうじゃないんだよねぇ……。
「交通の便はいいからな、ここ。大体電車で事足りてしまうってのもある」
「けどドライブって楽しいよね。最高の夜景をさ、いつかボクが見せてあげますよ、キミに」
「無免許ですよアナタ」
「そうだった!」
ドライブ自体は、レンタカーを借りて何度もしたことがある。なんだけど、そもそもわたしは運転免許を持っておらず、もっぱら助手席でろうくんを励ますのが役目だ。『静かに運転させてくれ』ってたまに彼は言うけど、きっと照れ隠しなんだと思う。
「マイホームとマイカー計画……人生に目標があるってのは
「だな。早いとこどっちも買えるように仕事頑張るよ」
「わたしも頑張る~」
そんな話をしているうちに、目的の駅に着いたので降りる。
すぐわたしは大げさに右手をぷらぷらと揺らしてみた。振り子みたいに。
「さて──どこから見て回ろうか」
「んー」
もうちょっと強めに揺らしてみた。早めのメトロノームみたいに。
「カーテンが傷んできてるんだよな。これって家具コーナーだっけか?」
「えー」
とうとうグルグルと腕を回す。ピッチングマシンみたいに。ようやく彼は気付いた。
「あー……なるほど。すまん、
「なにが~?」
「いや……何だろうな。いつまでも慣れなくて悪い」
わたしの右手に、ろうくんの左手が、
「いいよ。慣れてる方がイヤだもん」
「違いない。その時は
「むしろ成長しないことがろうくんのせ、せーれ……けっぱ……」
「清廉潔白」
「そうそれ! だからね!」
ちゃんとした時は、ろうくんもきっちりとエスコートしてくれる。
なので普段のデートは、むしろわたしが引っ張っていく感じで丁度いい。
お互いに欠けている部分があったとしても、それを許したり、埋め合わせたり、補い合っていくことが、一緒に生きていくということなのだと思うから!