週に一度クラスメイトを買う話 ~ふたりの時間、言い訳の五千円~

第2話 宮城は今日も私に五千円を渡す(1)

 やけに早く梅雨が終わって、七月。

 二年生の夏も去年と同じように、本屋には夏らしい格好をしたアイドルやモデルが表紙を飾る本がずらりと並んでいる。

 私はその中から、キラキラした文字が躍る雑誌を手に取る。

 が言ってたのって、これだっけ。

 自信がないのは、話を半分くらいしか聞いていなかったからだ。

 私は、はあ、と息を大きく吐いてから、手にした雑誌を凝視した。

 着回しコーデはともかく、男の子にモテる服だとか、自分磨きだとか軽薄そうな言葉が並んでいる。

 どこから見ても、私の好みではない。

 七月に入ったばかりで夏休みはまだ遠いけれど、休みに向けて新しい服が欲しいと思う。だが、どんな服でもいいわけではない。

 来年の夏は二年生の今と違って、きっと受験勉強で忙しい。夏を思う存分楽しめるのは今年しかなさそうだが、この雑誌には夏休みの気分を上げてくれる服はなさそうだ。

 制服を着崩していても先生に怒られない程度にしている私と、先生に怒られるほど派手に着崩している羽美奈には、好みにズレがある。

「モテるって言われてもなあ」

 表紙に書かれた単語を一つ声に出す。

 モテる服より自分が着たい服を着たいし、自分を磨くのはもう少し後からでもかまわない。それにどうせなにか読むなら、軽そうなファッション雑誌よりもっと落ち着いた本のほうがいい。

 でも、この手の雑誌を読むことも友だち付き合いの一環だし、お小遣いは毎月余らせるくらいにはある。

 学校で上手うまく立ち回るには、それなりに頭を使わなければいけない。今のクラスで言えば、いばら羽美奈のご機嫌取りが必要だ。いや、これはちょっと言い過ぎかもしれない。彼女の話に適当にあわせる必要がある、くらいが適切だ。

 羽美奈は派手で、勉強よりも遊ぶことに情熱を燃やしている友だちで、スクールカーストの上位に属する子だ。短気で怒りっぽいから逆らえば面倒なことになるが、彼女の機嫌を損ねないように要領よくやればそれなりの位置で楽しい学校生活を送ることができる。

 私のことを八方美人だと言う人もいるが、言わせておけばいい。

 そういう言葉はひがみみたいなものだ。

 私は、せっかく本屋に来たのだからと店内をぐるりと回る。そして、雑誌の上に小説を一冊載せてレジに向かう。列というほどでもないけれど、順番を待って本をカウンターに出す。

 レジに金額が表示され、かばんの中にある財布を探す。

「あれ?」

 財布、財布。

 あるはずの財布がない。

 朝、スマホを鞄に入れたことは覚えているし、入っている。

 じゃあ、財布は?

 よく見ても鞄の中にはない。

 学校に忘れてきたのかもしれない。

 いや、おそらく家に忘れてきた。

 鞄に入れた記憶がない。

 ちらりとレジのお姉さんを見ると、不審そうな顔をしている。

 ヤバい、早くしないと。

「あー、えーと」

 格好悪いけれど、本を返すしかない。

「この本──」

「払います」

「え?」

 私が「財布を忘れたので、返します」と言う前に、後ろから伸びてきた手がトレーの上に五千円札を一枚ぴらりと置いた。

「仙台さん。これ、使って」

 振り向くと、私と同じ制服を着た女の子が一人立っていた。

 しかも、知らない子ではない。しゃべったことはないけれど、毎日見る顔だ。

「……宮城、だよね?」

 たぶん、あっているはず。

 頭にクラス全員の名字は入っている。

 さすがに下の名前まではわからないけれど。

「そのお金で払って」

 彼女は名前があっているとも、間違っているとも言わずに、五千円をトレーに置いた理由を告げる。

「いいよ。悪いし」

「気にしないで」

 いや、気にする。

 そう親しくもない子から、お金を借りたいとは思わない。もともとお金の貸し借りは嫌いだし、人と話をあわせるために買う雑誌のためにお金を借りるのはもっと嫌だ。

「いや、返す」

 トレーから五千円を取って、宮城に手渡す。すると、五千円がもう一度トレーの上に置かれた。

「あの、お支払いはこちらでよろしいでしょうか?」

 困った顔をしたレジのお姉さんが私を見る。

「はい、お願いします」

 私ではなく、宮城が答える。

 でも、借りたくないものは借りたくないのだ。

 私は五千円をもう一度手に取ろうとする。けれど、それよりも早くお姉さんが五千円をレジにしまってしまう。

 結局、私の手元に雑誌と小説、千円札三枚と小銭数枚がやってくる。

「宮城、ありがとう。お財布忘れちゃったみたいで、助かった」

 レジから離れた場所でお礼を言う。

 お金の貸し借りはしたくないという私の意思は無視されたが、借りてしまったのだから不本意でも頭を下げるくらいの気持ちはある。だが、彼女はなにも言わない。ただ、名前が訂正されることはなかったから、宮城で間違っていないことはわかった。

「これ、おつり。使っちゃった分は明日学校で返す」

 レジで受け取ったお金を宮城に渡そうとするが、彼女は受け取ろうとしなかった。

「返さなくていいよ。おつりもあげる」

 そう言うと私に背中を向け、歩きだす。

「え、ちょっと。困るって」

「本当にいらないから、せんだいさんにあげる」

「もらえないし、返す」

「じゃあ、捨てておいて」

「捨てるって、お金だよ!?」

 早足で歩く宮城の肩をつかむ。

 学校で話したことがなかったから知らなかったけれど、どうやら宮城は頭のネジが二、三本飛んでいるらしかった。普通なら、お金を捨てるなんて発想はしない。そもそも、おつりはいらないなんて言うのは会社の偉い人で女子高生は言わない。

 それに、おつりをあげると言われて、はいそうですかともらうような人間だと思われていることに腹が立つ。

「あー、そうだ。おつりも借りておくってことにしとくから。それで、明日まとめて返すね」

 本当は怒りたいけれど、我慢しておく。

 宮城に学校で「仙台さんに怒鳴られた」なんて言いふらされたら、イメージが良くない。

「そういうのいいから。返さなくていい」

 肩を摑んでいる私の手を振り払い、宮城が歩きだす。

 自動ドアを通って外へ出る。

 私は彼女の背中を追い、声をかける。

「返す。おつりもまとめて五千円、学校で返すから」

「……じゃあ、五千円分働いて」

 返す、あげるの応酬があらぬ方向へ飛んでいき、私は思わず足を止めた。

「え? 働く?」

「とりあえず、私の家まで来て」

 すたすたと歩いていた宮城も止まって、私を見る。

「は? 家まで来てってなに? お金は明日返すって」

「来ないなら、あげるからもらって」

 宮城がくるりと背を向ける。

 なんなんだ。

 この子は一体、なんなんだ。

 頭のネジが二、三本どころか十本くらい飛んでいる。

 全力でおかしい。

 私は心の中で宮城を呪う。

 五千円をもらうつもりはないけれど、働くつもりだってない。でも、宮城は働かないと言えばこのまま帰ってしまうだろうし、この先も五千円を受け取ることはなさそうだ。机の中に五千円を放り込んでおいても、絶対に返される。

 面倒な子だな。

 ため息をつきながら空を見上げれば、本屋に入る前にはなかったどんよりとした雲にどこまでも続いていた青が覆われていた。梅雨が明けたというから、傘は持っていない。もう一度、ため息をつくとみやが言った。

「傘、うちにあるけど」

「あーもう。家、どこ? 近いの?」

 今日くらい宮城のために働いてやろうじゃないか。

 宮城から五千円をもらったなんてうわさを立てられるのも嫌だし、宮城を怒鳴ってお金を押しつけていたなんて噂を立てられるのも嫌だ。

「そんなに遠くない。ついてきて」

 宮城がぼそりと言って歩きだす。

 私は気が乗らないまま、宮城の後を追う。

 私たちは歩いて、歩いて、歩く。

 二人いるのに黙ったまま歩く。

 沈黙は得意ではない。

 二人いるならなにか話したいし、静かだと気分を害してしまったのではないかと不安になる。宮城が怒っていてもかまわないけれど、なんで怒らせてしまったんだろうと気になるほうだから、なにか喋ってほしいが彼女は黙りっぱなしで喋らない。

 少しは喋れ。

 なんて念を送っても宮城が喋らないので、本屋から黙々と歩いている。

 やっぱり、帰れば良かった。

 宮城の家に行こうなんて思わなければ良かった。

 どんよりした空の下、軽率な自分を悔いながら黙々と歩いていると高そうなマンションに辿たどり着く。

 五千円、ぽんと払うだけあるな。

 そんなことを思うくらい立派なマンションは、わりとうちから近かった。歩いて十五分か、二十分くらい。こんなに近いところに同じクラスの子が住んでいるとは思わなかった。

 でも、考えてみれば当たり前だ。本屋でばったり会って、そのまま歩いて家に帰るわけだから、私の家から遠いわけがなかった。

「うち、ここの六階だから」

 エレベーターに乗り込みながら宮城が言う。

「そうなんだ」

 ここからうちが近いことは伝えない。

 わざわざ言うようなことでもないし、宮城と親しくするつもりもないから告げても仕方がない。

 エレベーターの表示に目をやると、四、五と数字が変わって、六で止まった。私は宮城の後をついて歩く。彼女は廊下の一番端にある玄関のドアを開けて中に入ると、自分の部屋に私を招き入れた。

「適当に座ってて。なにか持ってくる」

 部屋へ入ってすぐに出て行こうとする宮城に「おかまいなく」と声をかけるが、そのまま出て行ってしまう。

 彼女の部屋は私の部屋と同じか、それよりも少し広いくらい。高校生の部屋にしては大きい部類に入る。れいに片付けられていて、大きめのベッドと小さなテーブル、テレビ、かべぎわには馬鹿みたいに本が詰まった本棚、そしてライティングデスクと椅子が置いてある。

 どんな本があるんだろうと本棚に近寄るとドアが開き、宮城が入ってくる。そして、透明な液体が入ったグラスを小さなテーブルの上に置いた。

「漫画、読むんだ?」

 本の背表紙に視線を向けて問いかけると、宮城は「読むよ」と素っ気なく答え、突然「そうだ」と大きな声を出した。

「漫画読んでもらおうかな。仙台さん、こっち来て座ってて」

 そう言って、宮城がこちらにやってくる。それでも私が本棚の前にいると、「あっちに行ってて」と肩をたたかれた。

 働かせるという話はどこへ行ったのだろうと思いなら、テーブルの前に座って透明な液体を飲むと、口の中がシュワシュワとした。甘ったるい液体の正体がサイダーだとわかり、私はグラスを置く。

 炭酸はあまり好きではない。

 こんなとき、いつものメンバーならサイダーを出してきたりしないなんて考えていると、私の向かい側に宮城が座った。

「これ読んで」

 ナルシストっぽい男の子と気弱そうな女の子が表紙に描かれた漫画を手渡される。ぺらぺらと数ページ読んだところ、中身は恋愛漫画らしかった。

 こんなものを読むだけで五千円?

 宮城の考えが理解できない。

 でも、読めと言われたから素直にページをめくっていると、宮城がつまらなそうに言った。

「そうじゃなくて。声に出して読んで」

「セリフを?」

「モノローグも全部」

「書いてある言葉を全部声に出して読むってこと?」

「そう。それが五千円の仕事っていうか、命令なんだけど」

「働くんじゃなくて、命令になったんだ?」

「うん」

 いつの間に仕事が命令にすり替わったのか知らないけれど、どうしてなんて聞いてもたぶん無駄だろう。宮城は深く考えていない。その場のノリかなにかで決めているに違いない。

「仕事でも命令でもいいけど、漫画の音読なんて簡単なことが五千円?」

 私はさっさと家に帰るべく、話を進める。

「そう。でも、最後のページまで全部読んで」

「おっけー」

 漫画を声に出して読むだけでいいなら、楽なものだ。

 私は気軽に返事をして、愛してるとか、お前だけだとかいった歯が浮くような台詞せりふを読み上げていく。小説を一冊読み上げろと言われたらげんなりするけれど、文字が少ない漫画だからサクサク進んでいく。でも、すぐに軽く引き受けたことを後悔することになった。

「……この本、エロくない?」

 読み上げるという仕事を放棄して、先のほうまでストーリーを確かめた結果、めくってもめくっても登場人物はほぼ裸だった。

 本の半分くらいベッドシーンじゃん。

 台詞もあえぎ声とか、それに類似したものばっかりじゃん。

 内容も結構激しいし、こんなものを音読させるとか、宮城の頭はどうなってるんだ。

 エロいものが嫌いというわけではないが、読み上げたいものではない。というか、読み上げたい人なんてそうそういないだろう。宮城みたいな地味な子もこういう漫画を読むんだと新鮮な驚きもあったが、漫画を読むことを引き受けた後悔のほうが上回っている。

「エロいね」

 あっさりと宮城が言う。

「この先も声に出して読むの?」

「全部声に出して読んで」

「もしかして、エロい言葉を聞くのが趣味?」

「趣味じゃないけど、他に命令なんて思いつかないし」

「命令する必要ってなくない? 私からおつりもらって、明日返すお金ももらってくれたら解決するでしょ」

 何故なぜ、お金を受け取りたくないのか知らないけれど、宮城は面倒くさすぎる。強情で扱いにくい。

「五千円なんてどうでもいいし、返してもらいたいわけじゃないから。早く読んで」

 本気でお金のことはどうでもいいらしく、宮城が私をかす。

 こんなくだらないことに付き合う義理はないのだが、彼女から理由もなく五千円をもらいたくはないし、五千円分働くと約束したのだからそれは果たさなければならない。

 そう、私もそれなりに面倒くさい人間なのだ。

「──わかった」

 もっととか、いくとか。

 あんとか、なんとかかんとか。

 延々と続く、声に出したくない台詞にくらくらする。

 私は一体なにをやってるんだ。

 クラスが一緒なだけで、今まで一度も話したことがなかった宮城の前でなにを読まされているんだ。

 絶対、宮城は馬鹿だ。

 間違いない。変態の馬鹿だ。

 確か、成績は──。

 成績はどれくらいなんだろう。

 私は、宮城のことをよく知らない。

せんだいさん、声が小さい」

 意識が本から離れて注意される。

「大きい声で読むような内容じゃないでしょ」

「今日、誰もいないし声が大きくても大丈夫だから」

 そっちが大丈夫でも、こっちは大丈夫ではない。

 今日は最低だ。

 ついてない。

 財布は家に忘れるし、エロ漫画は音読させられるし。

 心の中で文句を言いながらも、私はきっちりと喘ぎ声まで声に出してすべて読み上げ、飲みたくもない炭酸で喉を潤した。

「意外に下手っていうか、棒だよね。遊んでるから、こういうの上手うまいのかと思った」

 人にエロ漫画を一冊丸々読み上げさせたみやが、さらりとひどいことを言う。

「一応、せい系で通してるし、遊んでないから、その認識改めておいて」

 宮城の失礼な物言いを訂正する。

「そういうのって、男ウケがいいからやってるんでしょ」

「違うから」

 学校で清楚っぽく振る舞っているのは、男ウケのためではない。先生ウケを狙っているだけだ。

「清楚っぽく見せて、実は遊んでるって言われてるけど」

「そういうイメージなんだ、私」

 宮城が属するグループに、遊んでいると思われていたとは知らなかった。

 というか、そういううわさになっていたのか。

 うれしくないことを知ってしまったと思う。

「で、命令はこれで終わり?」

 とりあえず不名誉な噂は投げ捨てて、宮城に尋ねる。

「終わり」

「これからどうしたらいい?」

「帰ってもいいし、帰らなくてもいいし。仙台さんの好きにして」

「じゃあ、帰る。あと、この漫画の続き借りてもいい? 結構面白かった」

 背表紙に一と書いてあるから、二もあるんだろう。読み上げるのは趣味ではないけれど、漫画の続きは気になる。でも、宮城はあい欠片かけらもない声で期待とは異なる言葉を発した。

「駄目」

「うわ、ケチ。漫画貸すくらいいいじゃん」

「……五千円」

「なに? 漫画一冊借りるだけで五千円も取るつもり? 自分で買ったほうが安いじゃん」

「違う。私が仙台さんにあげる」

「はあ?」

 予想もしない言葉に、思わず間の抜けた声が出る。

「私が仙台さんの放課後、一回五千円で買うって言ってるの。だから、続きはここに来たときに読めばいい」

「いや、売らないし。というか、私を買ってなにするつもり? セックス? それ、五千円じゃ安くない? あと私、女同士とか興味ないんだけど」

 クラスメイトを五千円で買うなんて、ありえなさすぎる。

 今回はエロ漫画を声に出して読めというわけのわからない命令だったが、本気で今後も私の放課後を五千円で買うつもりなら次もそうとは限らない。体目当てだから、と言いだしてもおかしくはないと思う。

「仙台さんこそなにするつもり? 私、仙台さんとそういうことするつもりないんだけど」

「じゃあ、なんなの。五千円で私になにするつもり?」

「週に一回か、二回くらい。放課後うちに来て、私の命令きいてよ。今日みたいに」

 にこりともせずに宮城が私を見た。

「またエロい漫画を読めって言うつもり?」

「今日と同じ命令かもしれないし、宿題やってとかそういうことを命令するかもしれないしって感じ」

「なにそれ。あっ、便利屋?」

 五千円で体を売れと言われても困るが、五千円で宿題をさせるというのもどうかと思う。

「便利屋じゃない。命令するからそれをきいてって言ってるじゃん」

「問題は命令の内容なんだけど。殴ったりとか困るし、セックスもお断り」

 宮城の頭の中が本気でわからないから、なにを言いだすのか予想できない。だから一応、体は売らないと宣言しておく。

「暴力は私も嫌いだし、さっきも言った通り仙台さんとセックスするような関係になるつもりもないから」

「私が断ったら、他の人を買ったりするの?」

「買わない。五千円払うから命令させてとか言ったら、絶対におかしい人だって思われるじゃん」

 いやいや、今の状況だって十分おかしい。

 すでに、私の頭に〝宮城はヤバいヤツ〟でインプットされているくらいだ。

 でも、興味がないわけではない。学校でグループのメンバーと話をあわせるために読みたくもない雑誌を買ったり、ご機嫌を取ったり。そんなことをしているよりは、面白いことが起こりそうに思える。

「私ならいいんだ?」

「いいわけじゃなかったけど、成り行きだし」

「……まあ、いいか。暇つぶしに、一回五千円で命令きいてあげる。休みの日は無理だけど、放課後なら」

 そっちが成り行きなら、こっちも成り行きだ。

 エロ漫画を読まされるのは避けたいけれど、命令ごっこの上限はその辺りのようだし、少しくらい付き合うのも悪くない。

 宮城という人間にも興味がある。

 この変な子が私になにを命令するのか知りたい。それに、本気で嫌なことがあれば五千円を突き返せばいい。

 ──受け取らないとは思うけれど。

「じゃあ、それで。あと、学校で話しかけたりしないし、連絡はスマホでしていい?」

 宮城がへいたんな声で言う。

「それでいいよ」

 私はまた後悔することがあるかもしれないと思いながらも、軽々しく宮城の提案を受け入れる。そして、連絡先を交換して彼女の部屋を出る。

 りちに私をマンションの入り口まで送る宮城に「またね」と言って、家へと向かう。

 雨は降っていない。

 どんよりしていた空を見上げれば、いつの間にか雲が消えていた。

関連書籍

  • 週に一度クラスメイトを買う話 ふたりの時間、言い訳の五千円

    週に一度クラスメイトを買う話 ふたりの時間、言い訳の五千円

    羽田 宇佐/U35

    BookWalkerで購入する
  • 週に一度クラスメイトを買う話 ふたりの時間、言い訳の五千円 2

    週に一度クラスメイトを買う話 ふたりの時間、言い訳の五千円 2

    羽田 宇佐/U35

    BookWalkerで購入する
  • 週に一度クラスメイトを買う話 ふたりの時間、言い訳の五千円 3

    週に一度クラスメイトを買う話 ふたりの時間、言い訳の五千円 3

    羽田 宇佐/U35

    BookWalkerで購入する
Close