第5巻【2025年5月20日発売!】

プロローグ(その1)

「咲人! どういうことっ!? 説明しなさい!」


 草薙柚月くさなぎゆづきの鋭い声が、週末のカフェ『Ange《アンジェ》』の空気を一変させた。とても平和どころではない。


 週末のカフェ——否、ここはもう高屋敷咲人たかやしきさくとにとっては逃げ場のない修羅場。どちらかといえば、終末丶丶のカフェ『demon(デーモン=悪魔)』である。


「いや、だから……違うんだ!」

「違うってなにが!? あの子、坂本茜さかもとあかねさんだっけ? あんな堂々とデートの誘いなんて、どういうつもり!?」


 柚月の瞳が烈火のごとく燃え上がる。

 当然、咲人の彼女丶丶である宇佐見光莉うさみひかり千影ちかげも黙っているわけがない。


「咲人、本当にうちらに隠してることはないよね?」


 光莉はにっこりと微笑んではいるが、背後からゴゴゴゴゴと音が出そうな雰囲気だ。

 一方の千影は、子犬のように目をうるうるさせながら、じっと咲人を見上げる。


「私たちに飽きたりしてないですよね……?」


 冷や汗が咲人の背中を伝う。


「本当になにも……ただのクラスメイトで、それ以上でも以下でもないよ」


 途端に柚月の目がすっと細まった。


「フツー、ただのクラスメイトに、いきなりデートに誘われることなんてある?」

「そんなこと言われても……」


 疑う柚月、目を潤ます千影、そして微笑みつつも圧をかける光莉。


 この三方からの圧力に、咲人は逃げ場を探したが、肝心の坂本茜はこの場にいない。彼女は今、バイトの面接中で『STAFF Only』の扉の奥にいる。


 一方、この修羅場にまったく関係ない松風隼まつかぜしゅんは、状況を静かに見守っていたのだが、とうとう我慢できずに噴き出した。


「ははっ、なんだよこれ! お前、面白れぇな、高屋し——」


「「「「うるさい」」」」


「……あ、はい、黙ります」


 四人の冷たい声が重なり、松風はシュンと肩をすくめて、スマホを弄り始める。その顔には「俺、なんでここにいるんだろ……?」という疑問が滲んでいた。


「……それで? けっきょくどういうことなの?」


 柚月が腕を組みながら問い詰めると、咲人は深く息を吐いた。


「つまり、こういうこと——」


 ——咲人は仔細を語った。

 体育祭の前、坂本茜に本気を出してもらうよう頼んだこと。

 その交換条件として、彼女のお願いを聞くと約束してしまったことなどを——


「——でも、デートの話は、ほんと意外だったんだ。冗談かもしれないし、からかってるだけかもしれないし……」


 柚月は「なるほどね……」と腕を組み直し、呆れ顔を見せる。


 一方で、光莉と千影はどこか不安そうに顔を見合わせていた。杞憂なのはわかっているが、どうにも腑に落ちない様子だ。

 察した咲人は、二人を安心させるように微笑む。


「大丈夫だって。ほんとになにもないから」


 すると千影は「よかったです」と言って、ほっとしたのか——


「てっきり、三人目丶丶丶になるのかと……」


 と、口を滑らせた。


 しまった——千影の表情が、一瞬にして強張り、咄嗟に口を押さえる。


「……ん? 三人目?」


 柚月は眉をひそめ、腕を組んで少し考え込んだ。

 千影の視線が泳ぐ。咲人と光莉のほうをちらりと見たが、二人も目を丸くしているだけでフォローの言葉が出てこない。


 次の瞬間、柚月はそれまでのキョトン顔から一変——


「っ……!?」


 はっと目を見開いた——


 柚月の脳裏に浮かんだのは、夏、海の家『Karen(カレン)』の近くの浜辺。そこで宇佐見姉妹が、砂でノイシュヴァンシュタイン城をつくっていたときの光景だった。

 いや、ノイシュヴァンシュタイン城はどうでもいいとして——


『……二人とも、咲人のことが好きなんだ?』


 咲人がいないときに訊ねた際の、


『うん!』『はい!』


 あのときの宇佐見姉妹の純真無垢な笑顔が思い浮かぶ。

 そして、どちらが咲人の彼女なのか訊ねたとき——


『じつはうちが咲人の彼女なんだよね〜』

『あ、ズルいっ! 違います! 私が彼女です!』


 もし、あの挙手が冗談ではなかったとしたら——


「——まさかっ!? 咲人、ちょっとこっちに来てっ!」

「え? ——あっ、どうした、いきなり!?」


 咲人は、柚月に無理やり腕を引かれ、そのままテーブルを離れた。


       * * *


「咲人、まさかとは思うけど……光莉ちゃんと千影、両方に手を出してない?」


 咲人が連れてこられたのは、店の裏口。着いて早々にド直球な問いをぶつけられ、思わず息を呑んだ。


「は? なに言って……」


 軽く否定しようとしたが、喉の奥で止まった。柚月の鋭い視線が突き刺さったからだ。


「言ってる意味わかる? つまり——あんたが浮気してるってこと! フ・タ・マ・タ!」

「……ハクナ・マタタ?」

「スワヒリ語で『どうにかなるさ』じゃないわ! 二股はどうにもならないのっ!」


 強烈なツッコミが炸裂し、咲人は思わず首の後ろを掻いた。

 曖昧な返答をしてきた代償だろうか。浮気、二股——柚月はそう捉えているらしい。


 正確には、同意と納得の上で三人で付き合っているだけなのだが——いずれにしても関係がバレかけていることには変わりない。


「こっそり千影と光莉ちゃんと二股してるんじゃないの?」

「……なんで急に、そんなことを?」


 咲人が冷静になろうとした矢先、柚月は探偵のごとく人差し指を突きつける。


「千影が『三人目丶丶丶』って言ってた。つまり、千影はあんたと光莉ちゃんが付き合っているのを知ってて——」


 柚月は拳を握り、眉を吊り上げた。

 そして、先刻から頭の中で膨らんでいたイメージを言語化する——


『それでも咲人くんのことが大しゅきなんですニャン♡』

『おいおい、困った子猫ちゃんだな……しゃーない、二人目の彼女にしてやんよ。そん代わり、絶対に周りには、ヒ・ミ・ツ……だぜ?』


「——って、ことでしょう!?」


 柚月はビシィッとポーズを決めたのだが、


「えぇーっ! 全然違うっ! なんだその超展開……!?」


 咲人は驚きすぎて腰を抜かしそうになった。


「なんで俺がそんな口調なんだ!? というか誰だそれ!?」

「あんたのこと!」

「なら、もっとリアルに妄想しろっ! 幼馴染だろっ!?」


 そもそも——なぜ、千影の語尾に「ニャン♡」をつけたのか?

 なぜ、自分が三・五倍くらい盛られたチャラ男になっているのか?

 幼馴染なのだから自分のことをよく知っているはずなのに——いや、千影と過ごしているうちに、あのおかしな妄想癖が感染(うつ)ったとしか考えられない。


(こうやって冤罪は広がっていくんだな……)


 咲人がこめかみの辺りを押さえると、柚月の目は嘘発見器のようにさらに鋭くなった。


「だったら、本当のことを言って!」

「だから、それは……」


 咲人は言い淀む。この場で真実を打ち明けるべきか。いや——


【三人で付き合っていることは秘密にすること】


 このルールがある限り、自分の一存で柚月に明かすことはできない。

 だが、ここで柚月を誤魔化し切れるかといえば——無理だ。誤解しているようだが、その答えで半ば確信している。


「咲人……私、言ったよね? あんたのこと信じるって……」


 ここでなにか言わなければ、浮気と二股に話が流れてしまうだろう。


 ——と。


 背後から足音が近づいてきた。


「——咲人くん、柚月には話しましょう」


 千影の声——振り向くと、どこか決意したような表情の彼女が立っていた。

 驚く咲人に、千影は軽く微笑みかける。


「ひーちゃんも、柚月にはちゃんと伝えたほうがいいって言っていましたし……」

「……光莉も?」

「はい。ずっと秘密にしていましたが、柚月は私の大切な友達ですから……私自身、もう隠してるのが辛くなっちゃいました……」


 咲人は「そっか」と言って静かに頷くと、千影も頷き返して、柚月のほうを見た。


「柚月、今まで秘密にしててごめんなさい……」

「千影? えっと……秘密って、なに?」


 柚月はなにか良からぬ予感を覚えつつ、千影を見つめていると——


「じつは、私たち……——三人で付き合ってるの」


<つづく>


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