「彼女は油断ならない……?」(「じつは義妹でした。」スペシャルコラボSS)
有栖山学院と結城学園の合同体育祭当日。
時刻は十一時半。
競技開始から二時間が経過し、午前の最後のプログラムが近づいていた。
有栖山学院放送部部長の
理由はシンプル——本日の実況進行を生徒会から丸投げされていること。そして、これからとある女子高生インフルエンサーとのコラボが始まるからである。
「さぁ、ここからは結城学園の方にも実況に参加していただきます! なんと、すごいゲストの方が来ています!」
石塚は気合を入れて声を張る。
隣の彼女は、待ってましたとばかりにマイクを掴んだ。
「どぉも〜〜〜っ! みなさん、はじめましてっ! 結城学園演劇部部長、
——西山和紗。
彼女は廃部しかけた演劇部を一から立て直し、今やSNSを席巻する美少女インフルエンサー。現在、業界(?)内では「最も油断ならない女子高生」などとささやかれているとかいないとか。
……いや、なにがともあれ油断してはいけない。
彼女が有名無名どちらであっても、石塚の使命はこのコラボを成功させること。丸投げとはいえ、生徒会から任された以上は、絶対に失敗するわけにはいかない。
なぜなら——マスメディアが詰めかけているから!
テレビや新聞だけではない。この模様をSNSやYouTubeに投稿する者も出てくるだろう。そうなれば、ここでの大きな失敗はデジタルタトゥーとして生涯残ることになる。
もしなにかあれば、このグラウンドに骨を埋める覚悟まであった。
だから石塚は、このコラボが決まった瞬間から原稿を何度も読み返し、シミュレーションを重ねてきた。
見た目は軽そうだが、根は真面目で慎重派なのが、この石塚一聖という男なのである。
(頼む……何事もなく進んでくれ……!)
石塚は心の中で祈った。
だが、その願いが届くかどうかは——神のみぞ知る。
「西山さんは、インストダラムの登録者が十万人を突破したばかりとか?」
「はいー、そぉーなんです! すっごく嬉しいです!」
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます! ——……ま、当然ですけど(ボソッ)」
「……え?」
石塚は若干驚いて西山の顔を見たが、彼女は不思議そうにキョトンと首を傾げている。
「え? あ、はい? どうしました?」
「い、いえ……なんでも、ありません……」
石塚は腑に落ちないものを感じた。
(今「当然ですけど」って言ったよな……?)
なにかの聞き間違いかと思ったが、放送に集中しなければと自分に言い聞かせた。あとで配信を見直そうと思いつつ、なんとか進行に戻る。
「……そ、そんなすごいインフルエンサーの西山さんとこうしてコラボさせていただくことができて嬉しいです!」
「私もです! キャハ♪」
なんだ、このテンション差は——否、放送に集中しなければ。
「そんな西山さんですが、『油断も隙もテクニック』というテーマで、十代から二十代向けの恋愛術を発信されているそうですね?」
「はい〜、そうなんです〜。本当は技術的なことより、内面の綺麗さのほうが大事だよーって発信しているんですけど、なんか『気になる男子がいるんですけどー』的な相談DMをたくさんもらうことがあってぇ、じゃあどうすれば仲良くなれるか一緒に考えよう的なことを始めたら、そんなことになっちゃったって感じですねぇ〜」
「あ、はい……そうですかー……」
このとき石塚は心の中で首を傾げた。
どこかで聞いたような言い訳——そう、「芸能人になった理由は友達が勝手に応募してー」的な話だ。それと同じような気配を、この西山の言い訳から感じ取る。
そこで石塚はある仮説を立てた——
(……ひょっとして、西山さん、自分に自信がないんじゃ……? 恋愛経験がありそうに振る舞って、本当は経験ないのかな……?)
石塚の中で、仮説は徐々に疑惑に変わる。
「あのー……西山さんご自身、恋愛のご経験は?」
「……は? なんでそんなこと訊くんですか? 今は体育祭中ですよ? 質問の内容がプライベート過ぎません?」
冷たい目で睨まれ、石塚はビクッとなった。
予想以上に冷ややかな反応だった。
これは、ヤバい——コメント欄で彼女の信者たちにボコボコにされ、炎上するパターンのやつだ。
「い、いえ……恋愛について発信されているみたいなので、なんか気になったもので、差し支えなければ教えていただけたらと思いまして、はい……」
「あー……もしかして、石塚さん……私のこと——」
「違います」
「えっと、だから、私のことー……」
「違います」
そこは、石塚は無表情ではっきりと否定する。
すると西山は、口元に人差し指を当てて「ん〜」となにやら可愛らしいポーズをし、じっくり考えているふりをしたあと、やけに甘い声で言った。
「私の恋愛経験についてはぁ〜……ヒ・ミ・ツ・です♪」
「あ、そうですか……」
さほど興味はないし、訊くんじゃなかったと石塚は少し後悔した。
そんなところに、放送部の一年から石塚へ、準備完了の連絡が入った。正直、助かった、と思った。
「さ……さぁ、お待たせしました! 両校準備ができたようです! さぁ……それでは、午前中最後のプログラム——応援合戦スタートですっ!」
石塚の力強い声が会場全体に響き渡ると、入場曲『パイレーツ・オブ・イタリアン』が流れた。その重厚な旋律が響き、グラウンドがまるで舞台のように変わる。
石塚はほっと息を吐いた——その瞬間だった。
——すっ……。
隣からなにかが伸びてくる気配。
そして次の瞬間、彼の手元のマイクが無音になった。
「……え?」
違和感に気づき、横を向く。そこには——
「……石塚さん、ダメじゃないですかぁ?」
西山がいた。
にっこりと微笑みながら、しかし目が笑っていない。彼女の手はしっかりとマイクの電源を押さえていた。
「え……? な、なにがですか……?」
西山は少し首をかしげる。
「こんなところで女の子に恋愛経験の有無を聞くなんて……悪趣味ですねぇ?」
石塚の背筋が凍る。
その場の気温が数度下がった気がする……いや、確実に下がった。まるでグラウンド全体が冷気に包まれたかのようだった。
「そ、そうですよね〜……すみませんでした……」
石塚はヘラヘラと笑って誤魔化す。
しかし、西山は真顔になった。
「でも、特別に石塚さんにだけ教えておきますね」
「え?」
にこり——石塚の目には、西山の笑顔が妙に大きく見える。
「じつは私、恋愛経験すっごく豊富なんです。ただ、今は『みんなの西山和紗』にならなきゃいけないから、特定の彼氏をつくらないことにしているんです」
…………。
「は、はぁ……? す、すごいですね……」
「じゃあ復唱してください」
「え? 復唱?」
「『西山和紗は恋愛経験が豊富』……はい」
「に、『西山和紗は恋愛経験が豊富』……」
「はい、もう一度」
「『西山和紗は恋愛経験が豊富』……——」
いや、なんだ、このプレッシャーは——石塚がそう思った刹那、西山がすっと近づいた。ぐぐぐっと顔を寄せてくる。大きく開かれた目——その瞳には光がない。
「だからぁ……彼氏がいたことないとか、疑っちゃダメですよ、石塚さん?」
ぞわりと寒気が石塚の全身を駆け抜けた。
心の中を読まれたのか——そう思い、石塚はゴクリと唾を飲み込む。
「それと二度も『違います』って断言されちゃうと傷つくなぁ〜……ねぇ、石塚さん?」
「は……はいぃ……すみま、せん……でした……」
すると西山は突然にこりと笑った。
「わかってくれたなら嬉しいです♪ 実況、一緒に頑張りましょうね、石塚さん♪」
西山の手がそっとマイクから離れ、電源が戻る。
しかし、石塚は再び声を出せる喜びを噛みしめる余裕などなかった。
(俺、なんか変なスイッチ押したのかもしれない……)
そのあとの石塚の実況はこれまで以上に熱がこもっていた。
いわば、恐怖から逃れるための空元気である。
応援合戦は着々と進行していく——が、隣の西山から伝わってくるひんやりとした恐怖が、応援合戦が終わったあとも石塚の心にこびりついて離れなかった。
——して。
このときの出来事を、石塚はのちに自身のYouTubeチャンネルでこう振り返っている——
『西山さんは本当にすごく素敵な方でした。本当に恋愛経験が豊富のようで、本当に、本当にすごくて……なにがすごいかと言われればアレですけど、とにかくすごくて……いや、ほんと、まったく油断できない人だったなぁ〜……』
——と。
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