プロローグ(後)
柚月の表情がぴたりと固まり、静止した。
あまりに唐突な告白に、脳の処理が追いついていないらしい。
しばしの沈黙のあと、
「……は? どゆこと?」
ようやく口を開いた柚月は、いまだポカンとした顔で訊ねた。
「だから、咲人くんと、ひーちゃんと、私で——三人で付き合ってるの!」
「いやいや……ちょっと待って! いったん止まって!」
柚月は、右手をピッと突き出し、「ストップ!」とジェスチャーする。
「……つまり、咲人は浮気も二股もしていなくて——三人で恋人関係 ってこと?」
千影と咲人が同時に頷く。
いや——そんなことがあり得るのだろうか。ワンチャン、ドッキリだろうか。
柚月は苦笑いを浮かべたが、千影と咲人は全然笑っていない。むしろ真剣そのものだ。
柚月の苦笑いが驚愕に変わる。
「……え? マジなの……?」
「ごめん、今まで隠してて……」
千影の返答が信じ切れず、柚月は咲人のほうを見た。
「う……嘘だよね? 私のこと、からかってるんでしょ?」
「……ほんとなんだ」
柚月は驚きのあまり「マジでっ!?」と後退る。
「え、なにそれ!? そんなの有りなの!? てか、それでいいの……!?」
「私たちは、有りだと思ってて……」
「どんな価値観!? アレじゃん! ハーレムってやつじゃん!」
「ハーレムって……咲人くんの恋人は私とひーちゃんだけだよ?」
「ハーレムは何人以上で成立とか知らないよっ! じゃなくて、なに考えてんのっ!?」
非難のような問いに、咲人と千影は互いの顔を見合わせ、照れながら同時に口を開く。
「「お互いのこと……」」
「うっさいわ! よくこのタイミングで惚気けられたねっ!」
激しいツッコミを入れたあと、柚月はいよいよ頭を抱えた。
怒るとか呆れるとか、そういう次元を超えていた。咲人のことを信じると言ったその日に、まさかこんな爆弾を投下されるとは夢にも思わなかったのだ。
「もう、なんで……ハァ〜〜〜……」
長いため息のあと、柚月はゆっくりと咲人を指差した。
「やっぱ、あんた、女にだらしなくなったんだ?」
柚月は以前、ここで咲人に言い放った言葉を思い出させるように言った。
「いや、流れでこうなったというか……」
「だからって、フツー、三人で交際する!?」
「いや、きちんと話し合いはして、もちろん同意と納得の上で……」
「んなこと、どーでもいいのっ!」
やはり柚月は納得がいっていない。
「てか、千影! なんでそんな冷静なの!? 咲人を光莉ちゃんとシェアしていいわけ!? 好きな人を独り占めできないんだよ!?」
「それについては……ひーちゃんのことも好きだし、三人でいるのが楽しいし……」
千影はもじもじと膝を擦り合わせた。
「それに、シェアといっても、咲人くんは私といるとき、私だけをきちんと見てくれるから、すごく大事にされてるってわかるし……」
「正直今は聞きたくない! そういう惚気!」
私の知ってる恋バナと違う、もう無理だ、理解が追いつかない——柚月はそんな表情で天を仰いだ。いわゆる、OMG《オーマイガー》である。
「なによその三角関係……てか、三角成立関係じゃん……」
すると咲人と千影はなにかを思いついたように「あ」と口を開いた。
「「じゃあ、正三角形だ!」」
「知らんわ! 二等辺三角形でも不等辺三角形でもなんでもいいわ、そんなの! とりあえずピタゴラスに謝ってぇえええーーーーーーっ!」
——して。
なぜピタゴラスに謝罪するのかはさておき、まさに正三角形のようにバランスのとれた咲人と宇佐見姉妹の三人の関係は、いよいよ草薙柚月に打ち明けられた。
そして彼女は悟る——
(……これ、もう私が口を挟んでも無駄なやつじゃん)
誰が悪いとか、なにが間違っているとか、そんなことを考える以前に、この関係はすでに完成されてしまっている。
双子のシンメトリーな美貌。一人の男を巡る均衡したパワーバランス。
そして咲人も、神の子が如く、双子を平等に愛している……らしい。
彼らのあいだで確立された、奇妙に成立してしまっている恋愛定理。どこをどう切り取っても、今さら誰かが立ち入れる問題ではなさそうだ。
だからかもしれない。
柚月の目には、三人がまるで幾何学的な法則に従って結ばれた神秘的な形にすら思え始めたのだった——
「なんかもう、普通の恋愛観が馬鹿馬鹿しくなるわ……」
遠い目をしながらぼやく柚月だったが、ふと脳裏にある疑問がよぎる。
「……てか、その関係、他の人にバレたらどうなるの? 学校とかで」
その問いに、咲人と千影は顔を見合わせ、そして——
「「バレたら……終わる」」
二人は、妙に爽やかに即答した。
「そりゃそうだよね!? だっておかしいもん! でも諦めるのは違くない!?」
柚月は思わず声を張り上げたが、途中で自分が肯定側なのか否定側なのか、自分でもよくわからなくなってしまった。一つ深呼吸して、咲人を見た。
「なんなの、その三角関係……あんた、普通になりたかったんじゃないの?」
「まあ、いろいろ事情があって。——でも、後悔はない」
そう言って、千影とにこやかに頷き合う咲人を見て、柚月は深々とため息を吐いた。
きっと、数学者のピタゴラスもこんな気持ちだったのだろう。
直角三角形の定理を発見したとき、きっと彼もこう言ったに違いない——
「マジか……これ、成立しちゃうのか……」
そう呟いて、柚月は再び天を仰いだ。
そして、そのままなにかを諦めるように肩を落としたのだった。
——ちなみに、そのころ松風はというと……
(あいつら、早く帰ってこねぇかな……つーか、なんでこいつ、ずっと笑ってんだよ……)
ニコニコと笑顔を浮かべる光莉のそばで、怯えながらスマホを弄っていたのだが——
「ねえ、
「誰が高級なキノコだっ! ……って、な、なんだよ?」
「せっかくだし、ちょっとお話しよっか?」
「は? な、なにを……」
「あのね——」
光莉はニコッと笑いながら話し始めた。
が、光莉の笑顔とは対照的に、松風の表情はどんどん青ざめていく。
「——てことで、もう咲人を馬鹿にするようなこと言っちゃダメだよ?」
光莉はにっこりと微笑む。まるで夏の陽光に照らされた花のように、明るく、軽やかに——けれど、その根元には、とてつもなく深い闇が潜んでいた。
「は、はい……なんか、いろいろ、すみません、でした……」
すっかり真っ青になった松風はそれ以上なにも言えず、カタカタと震えていた。
<第1話に続く!>
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