第3話 オーダー入りました……?(後)
真鳥が言っていた通り、二時半を過ぎたあたりからお客さんの数が一気に増えた。それぞれの持ち場に着いて対応していく。
そのうち、真鳥がオーダー表を持って厨房に声をかけた。
「千影、オーダー入ったよ。焼きそば二つに冷やし中華一つ」
「はい!」
厨房担当の千影は冷蔵庫の中から、すでに下準備の整っている食材を取り出し、次々に料理をこしらえていく。
厨房が狭いので一人ないし二人までしか入れないが、今のところ千影だけで十分回っていた。咲人はカウンター付近をウロウロしながら、たまに千影の補助をする。
「咲人くん、トッピングをお願いできますか?」
「オッケー」
なにをどれくらい乗せるか、咲人は写真の画像で見た記憶を頼りに瞬時に対応する。
焼きそばは、青のり、紅生姜、マヨネーズ、鰹節の四つのトッピングがあり、乗せる・乗せないの指摘があるので、オーダー表を頼りに正確に乗せた。
「真鳥先輩、焼きそば二つ、冷やし中華一つ、上がりました!」
「オッケー!」
真鳥が料理を運ぶ姿を追いかけると、テーブル席でオーダーをとっていた光莉が、大学生風の男性二人に声をかけられている姿が見えた。
咲人は思わずじっとそちらを見たのだが——
「ねえ君、このあと俺たちと遊ばない? 夜とか」
「ごめんなさい、じつは彼氏も来ていて、このあと一緒に遊ぶ予定なんです」
「えー? マジー?」
「はい。誘ってくださってありがとうございます。——それで、ご注文は?」
ニコニコと笑顔で対応しているが、光莉は社交辞令モード発動中だった。笑顔と話術で軽くかわし、それ以上声をかけられないようにしている。これが初接客とは思えないほどの対応力で、咲人はほっと胸を撫で下ろした。
一方、親子連れの接客中だった柚月は、小さな女の子に笑顔を向けている。
「へ〜、初めて海で泳げたんだ? すごいね? 怖くなかった?」
「うん! えへへ〜♪」
相変わらず子供の扱いに慣れているようで、小さな女の子と仲良くなっていた。女の子の両親も笑顔で二人を見つめている。
すると今度は、茶髪で褐色の大学生風の女子二人組が咲人に近づいてきた。
「すみません、あのチェキって記念に撮ってもらえるんですかー?」
「はい。——真鳥先輩、チェキ、お願いできますか?」
「はーい!」
カメラと言えば真鳥先輩といった感じで、咲人は真鳥にパスした。
真鳥はカメラを持って、表でゴロゴロしている猫たちの前に案内し、猫たちと一緒に写真を撮った。
ちなみにチェキは一枚三百円(税込み)。それと、カメラやスマホを渡されたらサービスで撮ることにしているらしいのだが、お客さんが勝手にSNSに投稿してくれるので、店側からすると無料で宣伝になるのだとか。
しばらくして、大学生風の女子二人組は満足そうな笑顔で去っていった。
真鳥が店内に戻ってくると、咲人はカウンターから声をかけた。
「ありがとうございます。上手く撮れましたか?」
真鳥は「あたぼーよ」と言って咲人にチェキを渡した。
「これは?」
「店に飾る用に撮ったやつ。仕上がったら油性マジックで日付書いて、そこのコルクボードに貼っといて」
「わかりました」
しばらくしないうちに、フィルムの表面に薄っすらと写真が浮かび上がってきた。
笑顔でピースしている女子二人のあいだに、さっきの猫たちがぼんやりと浮かび上がってきた。咲人は気になっていたことを訊ねてみた。
「あの、真鳥先輩」
「なに?」
「この四匹の猫って、もともとここの飼い猫ですか?」
「ううん、野良。その子たちは前からずっといるんだ。なんて言うか、うちの守り神的なの? その子たちと写真を撮りたくて、わざわざ遠くから来る人もいるってさ」
「へぇ〜……」
「SNSで、水着で猫とチェキが撮れる海の家って、ちょっとは人気なんだぜ?」
たしかに珍しいかもしれない。
咲人は仕上がった写真に今日の日付を書いて、コルクボードにピン留めしておいた。
* * *
しばらくして、咲人はゴミ出しのために店の裏手へと向かった。
すると、千影が誰かと話している声がして——
「いい? これは、べつに気を許したとかじゃないんだからね⁉」
——ツンデレ? 誰に対して?
咲人は壁から顔を出して、千影が誰と話しているのかを覗いた。すると——
「そういうわけだから……はい、どうぞ」
千影が餌皿を地面に置くと「にゃー」と言いながら猫たちが寄っていく。
どうやら猫たちと会話をしていたらしい。
「……千影?」
「はえっ⁉ 咲人くんっ⁉」
見られたくなかったのか、千影は顔を真赤にした。
「その子たち、この店の守り神? ごはんをあげてたの?」
「はい……。店の裏手でミャアミャア鳴いていて、たぶんお腹が減っているんじゃないかと思いまして……」
「そっか。そのキャットフードは?」
「ここの店長さんが店に置いていたようですね。餌皿もあったので、私が、なんとなく……」
もう一度咲人が地面のほうを見ると、四匹の猫たちが交互に餌皿に顔を突っ込んで、カリカリとキャットフードを食べている。なかなかに愛らしい光景だ。
「あのさ……一つ訊いてもいい?」
「なんですか?」
「マシロ……千影は昔、そういう名前の猫を飼ってたの?」
「っ……⁉ ……は、はい。よくわかりましたね?」
「まあ、なんとなく——」
——口ではそう言ったが、やっぱりか、と思った。
「小学生のころ、私が真っ白な子猫を拾ったんです。マシロと名前をつけて飼っていったんですが……」
千影は口をつぐんだが、その先のことは想像できた。
「それなのに、どうして猫が苦手になったの?」
「……どうしてでしょう? マシロがいなくなって、急に怖くなっちゃいました」
「そっか……」
「そう言えば、白い子がいない……どこに行っちゃったんだろ?」
咲人は、キョロキョロと辺りを見回す千影を見ながら、彼女の抱えている猫への苦手意識をなんとかできないかなと思った。
猫が苦手——本人はそう言っていた。
が、なんとなくでも、こうしてごはんをあげたのを見れば、猫を本心から嫌っているわけでもなさそうだ。
嫌いではなく、苦手——
(最初はここに連れてきて失敗だと思ったけど、そうでもないかもな……)
この旅行で、猫への苦手意識がなくなってくれたらいいなと咲人は思った。
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