第3話 オーダー入りました……?(前)
海の家『Karen』——咲人たち五人はテーブルに座って、真鳥から事情を聞き始めた。
「じつはこの海の家って、私の叔父さんが経営してるんだよね」
先ほどもその話を小耳に挟んだが、柚月が小首を傾げた。
「真鳥先輩って、咲人たちと同じ有栖山学院ですよね?」
「うん。パパの実家が
なるほど、つまりこの猫耳は真鳥先輩の叔父さんの趣味か——と、咲人は妙に納得した。
高坂家というのは、どうやら他人にコスプレさせる血筋で間違いないらしい。
「でさ、叔父さんはめっちゃスゴい人で、楽器とか料理とかなんでもできちゃうんだ。いろんな資格を持ってるし、地元の猟友会にも入ってるんだけど——」
そのとき咲人は「あ」と気づいたが、真鳥の説明に耳を傾ける。
「昨日、妹子山ってところでおっきな熊が出たんだって」
「え、熊⁉ 怖っ……」
「でね、今日の午前中猟友会の人たちと山に入ったみたいなんだけど——」
——そのあとの真鳥の話をまとめるとこうだ。
妹子山は登山の観光スポットになっているが、ここ最近は山に入る登山客もいなくて、たまに整備が入るのみで、基本的に放置されていた。
もともと植生が濃い妹子山は、管理が行き届いていなかった上に、ジメジメとした岩場には苔が生(む)し、滑りやすくて危険らしい。
そんな山に、真鳥の叔父は朝から入り、そして熊を見つけた。
緊張する中、近づいてライフルを構え、引き金に指をかけた——が、岩場でズルンと足を滑らせて「ギャア」だったらしい。
真鳥の話を聞いて、咲人たちは「ああ」となった。
妹子山で横文字を使う老婆と出会って話していた際——
パァーーーン! ……ギャアアアーーー……——
——あのときの銃声と悲鳴はそういうことだったのか、と。
幸いなことに、そのときの鉄砲の音と悲鳴で熊は逃げ出したそうだ。
しかし、真鳥の叔父はその際に腰を岩に打ちつけてしまい、今日と明日は入院が必要とのことで、先ほどの真鳥の「マジかー」に繋がったのだった——
「——って感じで、昼くらいには戻る予定だったみたいなんだけど……」
そう言って、真鳥は困った顔をした。
つまるところ、今日と明日は厨房のできる叔父抜きで、この海の家を切り盛りしないといけないらしい。
「そうだったんですね……。店長さん、心配だな……」
柚月はそう言って心配そうな顔をした。
「で、とりあえずあとのことは私が任せられたんだけどさぁ、厨房はよくわからないし」
そこで光莉が口を開いた。
「叔父さんの身内で厨房に入れる人はいないんですか? 真鳥先輩のご両親とかは?」
「パパとママは仕事があるから、こっちに来られるのは日曜なんだよねぇ……叔父さんは絶賛独身中だし、厨房に入れそうな人もいないかな〜……」
「そっか……」
と、光莉も困ったように俯いた。
真鳥はやれやれという顔で柚月のほうを向く。
「私か柚月ちゃんのどっちかが厨房に入れたらいいんだけど、厨房の経験とかある?」
「私は無いし、無理ですね……」
「そかそか、じゃあやっぱ料理類は諦めるかー……」
真鳥は柚月に気を使わせまいと笑顔をつくった。
すると、ここまでじっと事情を聞いていた千影が、なにか思い詰めたような顔で咲人と光莉のほうを向いた。
「……すみません、ちょっと店の外で話せませんか?」
咲人は、千影がなにを考えているのかなんとなく気づいていたが、とりあえず千影のあとに続いて、いったん表に出ることにした。
* * *
白いウッドデッキの上で、咲人と双子姉妹は立ち話をするようにして並んだ。
さっきの猫たちは、まだ日陰の下で伸び伸びとくつろいでいる。
千影はおもむろに口を開いた。
「あの、ちょっと言いづらいことなんですが……」
千影は咲人と光莉の顔を見て、「やっぱり」と口をつぐんでしまったが、
「……厨房、手伝いたいって話?」
咲人が優しくそう訊ねると、千影は申し訳なさそうに「はい」と言った。
「叔父さんが入院していて困ってるようですし、私にできることがあればと、そう思っちゃったんです……」
千影は普段から家で家事をこなしている。真鳥たちが困っているし、その家事スキルをここで役立てたいと思ったのだろう。
千影はなにか悪いことをするかのように言ったが、その思いはけして間違っていない。
ただ、今回は三人で旅行に来ている。
一人だけべつの行動をとるというのは、咲人と光莉に対し、いけないことをしていると言うか、心苦しいと言うか——そういう気持ちでいるのだろうと咲人は察した。
どう言ってあげようかと咲人が考えていると、先に光莉が口を開いた。
「でもさ、ちーちゃん……本当にいいの?」
「ううん、ダメだと思っているから……」
「そうじゃなくて、手伝う相手が真鳥先輩と柚月ちゃんだよ? 真鳥先輩はまだいいとして、柚月ちゃんは咲人を傷つけた張本人だし——」
「光莉、そのことは——」
「わかってるよ。咲人の中ではとっくに柚月ちゃんのことを許していて、解決した問題だよね? ——でも、うちは柚月ちゃんのことがまだ許せないかな……」
光莉は淡々と言ったが、その目つきはいつも以上に鋭かった。
「ちーちゃんは、柚月ちゃんのことが許せるのかな?」
「…………」
「咲人に罰ゲーム告白をした子だよ?」
「それは……わからない」
千影は自信なさそうにそう言ったが、
「でも、咲人くんにきちんと謝っているのは見てたし、真鳥先輩たちが困っているのは確かだから……」
そう言って、光莉の目を真っ直ぐに見据えて微笑んだ。
「うーん……そっかー……」
光莉は困ったように苦笑いを浮かべて、咲人のほうを見た。
「だってさ、咲人。どうする?」
咲人も苦笑いを浮かべたが、困った人を見過ごせないという千影の優しさに触れて、なぜか自分も優しい気持ちになった。
「千影が手伝いたいって言うなら、俺たちがすることも決まってるよ」
「うちらも手伝うってことだね?」
二人がニコッとしながら頷き合うと、千影は「え?」と驚いた。
「ううん、私だけ手伝うから、咲人くんとひーちゃんは——」
光莉が「チッチッチー」と立てた人差し指を左右に揺らした。
「ちーちゃん、三人で付き合おうって話し合った日の夜を忘れちゃったのかな?」
「え? あ……そうだったね……」
そのとき咲人も、あの幾千の星に願った日のことを思い出した——
『わ、我ら、天に誓う……!』
『私たち、う、生まれた日は違えど……あれ? 私とひーちゃんは一緒じゃ……』
『いいから続ける!』
『あ、うん……えっと……だから、三人でこれからもずっとずーっと……!』
『楽しくラブラブでいることを願わん! ……て、感じかな?』
——あの『桃園の誓い』のようなもの。
(今思い出すと、なんだか小っ恥ずかしいけど……)
咲人はふっと笑って、ニコニコ顔の光莉と頷き合った。
「誰か一人でも欠けちゃダメなんだよ。うちらはジグソーパズルのピースみたいに、三人で一緒にいるからいいの。——ね、咲人?」
咲人の言いたかったことは、全部光莉がまとめてくれた。
「うん。千影が手伝いたいなら俺たちも手伝うよ」
「でも……」
「三人で手伝えば、真鳥先輩や柚月も助かるだろうし——」
咲人は照れ臭そうな顔で千影を見つめた。
「というか、俺が千影と離れたくないだけなんだけど、ダメかな……?」
その瞬間、千影はボッと顔から火が出たように真っ赤になった。あまりの嬉しさに半泣きになりながらも、笑顔を浮かべる咲人と光莉に向かって、
「はいっ! 私も、咲人くんとひーちゃんと三人がいいですっ……!」
と、笑顔で返した。
「じゃ、決まり! うちから真鳥先輩に伝えてくるね〜」
光莉はそう言って、咲人に向けてウインクをして店の中に先に戻っていった。あとはよろしく、ということだろう。
すると感極まった千影が咲人に抱きついた。
「……急にどうしたの?」
「嬉しいです……!」
「あ、えっと……よ、良かった……」
千影が胸に顔を埋める中、周りに人がいて見られていないかを気にする咲人だったが、すぐそばの猫たちだけがじっと見つめていた。
——して。
固まってゴロゴロしていた猫たちの中の一匹、白猫が千影の顔をじっと見つめていた。
急にピョンと台座から飛び跳ねると、音もなくデッキに着地する。
そうして、群れの中から一匹だけ外れた白猫は、何事もなく咲人と千影そばを通りすぎていった。
千影はその様子を横目で見ていたのだが、なぜかその白猫を見ているうちに、ひどく懐かしい気分になった。
よく見たら、かつて自分が飼っていたマシロにそっくりだったからだろう——
「……どうしたの、千影?」
千影は、はっとした。
つい、マシロの面影をべつの猫に重ねてしまっていたようだ。
「あ、いえ……なんでもありません」
咲人は、千影の視線がどこに向いているのか気になった。
千影の視線の先を見たが、白い砂浜の上で人が戯れている様子しか見えなかった。
* * *
「よっしゃ! じゃ、三人にもバイト代を出すから今日と明日はよろしくな?」
真鳥がニコニコと笑顔を浮かべながら話す中、その横で柚月はプクククと笑いをこらえていた。というのも——
「あの、ちょっといいですか……?」
千影が小さく手を挙げた。
怒っているのか、恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして肩を震わせている。
「なに? 厨房のこと? いやー、千影が料理めっちゃできるって聞いて安心したよ〜」
「あの、そうではなく……」
「あ、休憩時間なら適当に——」
「だからそうじゃなくてですねっ……!」
千影はゲンナリとした顔で、自分の頭上を指差した。
「なんで私まで猫耳なんですか〜〜〜……」
真鳥が「え?」小首を傾ける。……しらばっくれた顔だ。
柚月はというと、先ほど猫耳をあざといと言われたことを根に持っていたのか、千影の猫耳姿を見て笑いをこらえている。
ちなみに、このフワフワな猫耳のカチューシャは、型は一緒だが猫種が違う。
千影は黒猫で、光莉は茶トラ、真鳥は三毛、柚月は白猫といった感じだ。
「私、厨房にいるから必要ないですよね?」
「いや、だからそれはほら、世界観を大事にする的なやつだって!」
「世界観って、リゾート風の素敵なお店じゃないですか……爽やかで、夏の砂浜にぴったりで、こんな素敵なお店はそうそう無いですよ……?」
「え? あ、ありがとう?」
真鳥は、褒められているのか叱られているのかよくわからない感情になって、とりあえず感謝だけ伝える。
「なのに猫耳って……積極的に世界観を崩しにいってますよね?」
「いやぁ、私に言われても……猫と触れ合える海の家っていうコンセプトみたいだし」
「それってお客さんが猫耳店員と触れ合うって意味じゃないですよね?」
「んーーー……——」
真鳥は悩むような顔をしたあと、
「——似合ってるぞ、猫耳!」
と、綺麗な笑顔でグッと親指を立てた。
「って、誤魔化さないでくださいーーーっ!」
そしてもう一人、スタッフの猫耳着用に異議申し立てをしたい人間がいて——
「あの……なんで俺までぇ〜〜〜……」
サバトラの猫耳を着けた咲人がゲンナリしながら言うと、
「なに言ってんだ、高屋敷。フツーに似合ってるぞ?」と親指を立てる真鳥。
「咲人、超似合ってるー♪ 可愛いよ♪」と楽しそうな光莉。
「似合ってるんじゃない……?」とそっぽを向く柚月。
「すっごく似合ってます♡」と目をキュルルンとさせる千影。
女子四人は満場一致で咲人への猫耳着用を義務づけた。
(千影、君もか……)
ブルータス、お前もか——そう言ったユリウス・カエサルの気持ちが、咲人はなんとなく理解できた。
「ねえねえ、うちはうちは?」
光莉は楽しそうにクルッと回って見せた。その愛らしさはなかなかで、最初から耳が生えていたのではないかと思うほどに似合っている。
(たしかに光莉は猫っぽいもんなぁ……)
奔放で、甘え上手なところが特に猫っぽい。
一方の千影もだいぶ似合っているが、どちらかといえば猫耳が可愛いというより、猫耳を着けて恥ずかしがっている姿が可愛く見える。
(いや、ほんと二人とも可愛いな……俺が猫耳にハマりそう……)
そんな感じで咲人が双子姉妹を眺めていると、柚月が静かに視界に入ってきた。
「鼻の下、伸びてるし……」
「伸びてないって……」
「ふぅん……」
「なに?」
「べつに……」
柚月は、なぜか面白くなさそうにしていた。
そこで真鳥が「よし!」と満面の笑みを浮かべた。
「じゃ、そろそろ休憩に来るお客さんも増える時間だから、気合い入れて頑張ろっか!」
<次回更新をお楽しみに!>
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