第3巻【2024年6月20日発売!】

第2話 猫耳になっちゃう……?(後)

「——よし、完成!」


 ビニールシートにパラソルにクーラーボックス——別荘から借りてきたものだけでひと通り拠点が完成した。

 クーラーボックスの中は空なので、これから買い足さなければならない。


「じゃあ、氷となにか飲み物を買いに行ってくるよ」

「では私も」「うちもーっ!」


 咲人たちは水着になる前に、近くにある海の家へ向かった。


 そこというのが、この浜辺に来たときから三人が気になっていたところ。


 周りに何本かのヤシの木やハイビスカスが植えられている、南国リゾート風のオシャレな白い建物だ。入り口の看板として利用されているのは古いサーフボードで、ペンキで文字が書かれてある。名前は『Karenカレン』というらしい。


 白いウッドデッキの上のテラス席には何人かの男女が座り、海を望みながら楽しそうになにかを話している。


 双子子町内は大正ロマンを感じさせる風だったのに、この浜辺は常夏の南国風——世界観がチグハグで、まるで異世界に迷い込んだ気分になる。


 そこに面白さを感じつつ、三人は店の入り口までやってきたのだが——



「わわっ……!」



 千影が咲人の背に隠れたのは、店先の日陰に小さな台座のようなものがあって、そこに数匹の猫が固まっていたからだ。


 猫たちは耳と鼻をヒクヒク動かして、咲人たちを吟味するかのようにじっと見つめる。


 やがてその中の一匹が「ふわぁ」とあくびをすると、ほかの猫たちも興味を失ったように、目を閉じて静かに昼寝の続きを始めた。


「……千影、大丈夫?」

「あははは……ね、猫がいっぱいいますねー……」


 千影は猫たちをじっと見つめた。茶トラ、白、サバトラ、黒、三毛——毛色の違う猫たちが団子になっている。


「ここの飼い猫かな? 四匹もいるんだ」

「すっごく可愛いぃー……けど、ちーちゃん、ほんと大丈夫?」

「う、うん……ヘーキだよ?」


 やはり平気そうには見えない。

 咲人はさり気なく千影と猫たちとのあいだに立って、壁になりながら店の中に入った。


 カランカランとドアベルを鳴らしながら店内に入ると、外装と同じで、店の内装も真っ白だった。エアコンが効いていて涼しい。


 正面に長いカウンター、その奥の壁にはカクテル用の酒瓶が並び、右手には五席ほど四人掛けのテーブルがある。アコースティックライブができそうなくらいの、小さなステージもあった。


 左の壁のコルクボードには店を訪れた客と思しき人たちのチェキが飾られていて、訪れた芸能人のサインが並んでいた。


 店主の趣味の良さが窺えるオシャレな内装を、三人は感心しながら見回した。千影の苦手な猫たちがいることを除けば、少し大人っぽくて、良い雰囲気の店だった。


「店員さんはどこかな?」


 光莉がキョロキョロ見回すが、客はおろか店員すら見当たらない。


「奥にいるんじゃないかな?」

 咲人がそう言うと、光莉がカウンターの上にチーンと鳴らすタイプの呼び出しベルを見つけた。『御用の方は鳴らしてください』とある。



 ——チーン。



 光莉が面白そうにベルを鳴らすと、奥から「はーい」という声が聞こえた。

 が——そのとき咲人は「ん?」と思った。


(今の声……)


 なんだか嫌なものを感じ取った咲人だったが、奥から「少々お待ちくださーい」という甲高い声がする。


 そして現れたのは、洋服のようなキャミキニ(キャミソールタイプのビキニ)に、スタッフ用のエプロンと猫耳(?)を着けた、咲人のよく知っている女の子——



「いらっしゃいま……咲人⁉」



 やはり……やはりか——咲人はゲンナリとした顔をした。


 草薙柚月。

 甲高い声をくぐもらせて驚いたのは、やはり咲人の幼馴染だった。


「やっぱ柚月か……」


 すると柚月は顔をしかめて、腰に手を当てた。


「なにその嫌そうな顔……? しかも、宇佐見さんたちまで一緒だし……」


 咲人以上に微妙な顔をしたのは双子姉妹のほうだった。『あじさい祭り』以来だから、約一ヶ月ぶりの再会で、


「こんにちは、柚月ちゃん……偶然だね?」


 と、光莉は苦笑いを浮かべた。


 一方の千影は、咲人の腕をとって自分のほうに引き寄せ、柚月をキッと睨みつける。


「柚月さんは、なぜ……」


 ヤバい——瞬間的に咲人はそう思った。

 千影の問いの中に怒気が含まれているのを感じとったためだ。


 どうしてあなたがいるの? ——と、そんな感じで。


「あの、千影……」


 咲人は慌てて止めようとするが——



「なぜ、猫耳を着けているんですかっ!」



「柚月とここで会ったのは偶然だし……え? あ、そっち⁉」

 咲人は驚いたような顔で千影を見た。


「猫耳とかあざといと思います!」

「こ……これは、ここのユニフォームなんだから仕方ないし……!」


 あ、柚月も言い返すんだ? と咲人はギョッとした。


 とはいえ、柚月も顔が真っ赤なところを見れば本当は恥ずかしいのだろう。


 おそらく、この店のコンセプトというより、町全体に合わせた結果なのでは? と咲人は思ったが、なんだか店の主人の趣味のようにも思えてならない。


「咲人くんもそう思いませんか⁉」

「いや〜、俺はべつに……——」


 ——嫌いじゃないけどな、と咲人は思った。


 が、変な誤解や嫉妬に繋がっても面白くないので口をつぐんでおくことにする。

 すると柚月は、千影が咲人の腕をとっているのを指差した。


「あ……あざといっていうのは、それのこと……!」


 それから咲人の顔を見て、面白くなさそうに「フン」と鼻を鳴らした。


「やっぱそういうことだったんだ。咲人の彼女、千影ちゃんのほうだったんだ……!」


 正確には光莉も彼女なのだが……さて、どう言い返そう——咲人が一瞬だけ躊躇すると、先に光莉が口を開いてしまった。


「それはどうかな!」


 そう言って、咲人の空いているほうの腕に絡みつく。


「うちも彼女だよ♪」


 フフンと笑う光莉……いや、笑っている場合ではない。柚月はジト目になった。


「って、咲人……もしかして二人とも彼女にしたんじゃないよね?」

「っーーーーーー⁉」


 咲人はギクッとなったが、


「……って、そんなわけないか」


 急に柚月はトーンダウンして、やれやれとため息をついてみせた。どうやら冗談だと思ったらしく、咲人は心底ほっとした。


「……それで、ご要件はなんでしょうか?」

「氷と飲み物を買いに……」

「じゃあそっち——」


 柚月は、素っ気ない感じで冷蔵庫と冷凍庫が並ぶところを指差した。

 すると光莉が口を開く。


「じゃあさ、焼きそばも買っていかない? うち、ちょっとお腹が減っちゃって……」


 てへへへと笑う光莉を見て、咲人と千影もそうだなと同意する。


「じゃあ俺はアメリカンドッグにしようかな」

「私はかき氷が——」

「あの、ちょっとストップ……」


 急に柚月が右手を前に出す。


「じつはさ、ここの店長さんがまだ到着してなくて……」

「え? どういうこと?」

 咲人が訊ねると、柚月は困ったような顔をした。

「厨房ができる人がいないから、料理類が出せないってこと。今、店長さんの親戚の人が店長さんに連絡をとってるんだけど——」


 すると店の奥から、


「マジかー……」


 と、ガッカリしたような、女の子の声がした。

 が、咲人はまた「ん? んんっ⁉」と思った。


(今の声、まさか……!)


 今度は嫌なものどころか不吉なものを感じ取り、咲人の額から冷や汗が流れた。

 そして、店の奥から現れたのは——



「ごめーん柚月ちゃん……あれ?」


 高坂真鳥。


 新聞部副部長で、夏休み前にさんざん『お世話になった』人である。

 真鳥もこの店のスタッフなのか、今は水色の三角ビキニに、スタッフ用のエプロンと猫耳を着けていた。


「高屋敷っ⁉ 光莉と千影もいんじゃん! なんでなんで〜⁉」


 咲人と千影は「うわぁ……」という顔をした。同じ新聞部の光莉だけは「真鳥先輩⁉」と驚いている。


「つーかなんだよあんたら、腕なんて組んで三人でラブラブじゃねー?」


 真鳥は予期せぬ再会に驚き興奮しながらも、からかうように言った。

 光莉と千影は顔を赤くして、咲人の腕からパッと手を離した。咲人たちからすれば一番見られたくない相手である。


 そんな三人に構わず、真鳥は嬉しそうにそばに駆け寄ってきた。


 それにしても——


 真鳥はなかなかのものをお持ちだった。ビキニに持ち上げられたそれらが、ポニーテールと一緒に弾むように上下左右に揺れる。

 すると真鳥は咲人を見てニヤッとしながら、


「ふふっ……どーよ高屋敷? 私もなかなかだろ?」


 と、グラビアアイドルのように「うふーん♡」とポーズをとってみせた。


「どう? 興奮した? あ、こういうのどう? ——ニャンニャン、ゴロニャーン♡」


 今度はニャンニャンポーズをし始める。


「どうどう? 可愛いだろー? そんな興奮すんなって——」

「なにか悪いものでも食べたんですか?」

「ひどくねっ⁉ ちょっと勇気を出して頑張ってみた私に対して、ひどくねっ⁉」

「普通に痛い子ですよ、真鳥先輩……」


 咲人はまったくの無表情で、それどころか引いた目で真鳥を見つめた。

 いかにセクシー路線で攻めてこようとも、相手はあの高坂真鳥である。夏休み前にハニートラップを仕掛けられた経験のある咲人としては、この揺るがない姿勢をどこまでも維持できる自信があった。


「今の姿を親御さんが見たら泣きますよ?」

「うちのパパとママは『いつもまーちゃんは可愛いね』って言ってくれるしっ!」


 あ、だからこういう風になっちゃったのか、と咲人は妙に合点がいった。


「そんなことよりも、どうしたんですか?」

「ん? なにが?」

「さっき、奥のほうでマジかーって嘆いていたので……ここの店長さんに連絡をとってたんですよね? 親戚だとか……」


 真鳥は思い出したように「そうだった!」と言って、焦った顔で柚月に手を合わせた。


「柚月ちゃん、ごっめーん!」

「え……?」


 咲人たちと真鳥が知り合いだったことを知らなかった柚月は、ポカーンと呆けた顔をしていたが、真鳥の焦りようを見て冷静な顔になった。


「店長さん、どうしたんですか?」

「それがさぁ、入院しちゃったんだって……」

「えっ……⁉」

「てことで、料理系の販売は中止で……飲み物系とかアイス類、あとは私がかき氷とかやるからさー……」

「でも、来店するお客さんたち、みんな料理を食べたいって——」


 ——と、困ったように話し合う二人。


 咲人たちが、その様子を戸惑いながら眺めていたら——


「あの……!」


 隣から声がした。

 千影が真剣な顔で真鳥たちを見つめている。


「今の話、私にも詳しく聞かせてもらってもいいですか?」


 咲人は、まさかな、と思った。

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