第3巻【2024年6月20日発売!】

第2話 猫耳になっちゃう……?(前)

 妹子山に熊が出たという話を聞いたあと。


 三人は一度別荘に戻り、気持ちを切り替えて海に行くことにした。

 先に支度を済ませた咲人は、ガレージから自転車を三台引っ張り出してきて、空気入れでタイヤに空気を入れていた。


「——ふぅ〜……」


 念のためブレーキの効きも確認し、あとはサドルの高さを調整するのみ。

 ひと仕事終えた咲人は、双子姉妹を待ちながら、千影のことを思った。


(せっかく山登りを楽しみにしていたのになぁ……)


 知らなかったとはいえ、猫が苦手なのに猫町に連れてきたのも申し訳ない。おまけに山登りも中止になり、千影にとっては踏んだり蹴ったりだろう。


 この旅行はあくまで三人の素敵な思い出に残るものにしたいと思っていたが、今のところ千影にとってはあまり良い思い出になっていないのかもしれない。


 光莉も千影に気を使っているようだ。


 ここは彼氏として、なんとか海で千影の気分を盛り上げ、光莉と揃って楽しんでもらいたいところだ。


(そう言えば……)


 咲人は夏休み前に千影と話していたことを思い出す——



『私、本当はあまり体形に自信がなくて、水着を着たい気持ちはあるんですが──』



 千影はそう言っていたが、実際に、水着になることに抵抗はないのだろうか。


 以前体操服姿を見ているし、なんなら下着姿も見ているしで、けして千影の体形は自信を失うほどではなかったはず——


「——うっ……!」


 一瞬思い浮かんでしまった千影の下着姿。そして完璧とも思えるプロポーション。

 そこに「うちは?」と下着姿の光莉もひっついてきたのはまったくの妄想か——


 その映像を頭の中から押し出すように、咲人は頭の右側をトントンと叩いた。


 記憶力が高いというのは、こういうとき不便なものだ。意図して引き出すこともあれば、意図せずにパッと蘇ることもある。


 そこに思春期も絡めばなおさらで、ここのところ双子姉妹の悩ましい姿を不意に思い出してしまうときがある。


(二人とも、可愛すぎるんだよなぁ……)


 それは嬉しい悩みだし、彼氏として自重しなければなと思う部分でもあった。

 そんなことを考え、一人悶々としていると、玄関の扉が開いた。


「あ! 咲人、タイヤの空気入れありがとう!」

「すみません、お待たせしました〜」


 のほほんとした表情で宇佐見姉妹が出てきた。

 光莉は、Tシャツにショートパンツのジーンズ、ペタンコのビーチサンダルという出で立ち。シンプルだが彼女の健康的な魅力を十分に引き立てている。


 一方の千影は、肩の出るワンピースに、鍔が広い帽子を合わせ、ローヒールサンダルを履いている。大人っぽく、オシャレにこだわる千影らしい夏の装いだ。

 二人ともすでに衣服の下に水着を着ている。果たしてどんな水着なのか——


(いけない……また記憶と妄想が……)


 咲人は彼女たちのほうをなるべく見ないようにし、二人に自転車のサドルの高さを変えるよう促した。


「あれ? 咲人くん、顔が赤いですよ?」

「え? ああ、ちょっと暑かったから……」

「見せてください……熱中症とかなら心配ですので——」

 急に千影が斜め下から顔を覗き込んできた。大きめの胸の谷間やフローラル系の爽やかな香りにドキりとしたが、咲人は千影に微笑みかける。


「大丈夫だって……」

「本当ですか?」

「うん、ほんとほんと……」


 咲人は苦笑いでお茶を濁そうとしたが、察した光莉がフフーンとニヤついた。


「なるほどなるほど〜、咲人くんは早くちーちゃんの水着が見たいんだって♪」

「「えっ……⁉」」


 光莉に言われて耳まで真っ赤になった二人は、同時にあたふたとし出す。


「そ、そそそそうなんですか⁉」

「あ、いや、違わないけど違うというか……!」

「でもでも〜、ちーちゃんばっかり見てたら、うちは寂しいなぁ〜」


 光莉はわざとらしくTシャツをゆっくり捲り上げて、日に焼けていない真っ白な腹から、水着のトップスの下あたりまでを見せた。

 間違いなくビキニではあるのだが、ひどく挑発的で直視できない。


「どう、どう?」

「感想はまたあとでっ……!」


 ——と、そんなドキドキもありながらも、三人の表情は明るかった。心配していた千影の様子も、今は元通りと言うか、妹子山にいたときよりも穏やかな表情をしていた。

 ようやく双子姉妹がサドルの高さを調整し始めた。


「うーーーん〜〜〜……硬いぃ〜〜〜……」


 千影がサドルを押し込めようとしているが、接続部分が錆びて固まっているらしい。

 咲人はそっと近づいて、千影の手伝いをする。


「これくらいでどう?」

「ありがとうございます。さすが男の子ですね」

「いやいや、これくらい……」

「咲人、こっちも手伝って〜」

「うん」


 咲人が光莉の自転車のサドルを直そうとすると、にしししと笑いかけてくる。


「……なに?」

「本当はうちらが来る前に、なにを思い出していたのかなぁって。記憶力がいいって大変だね?」

「っ……⁉」


 光莉の追求のほとんどは、わかっている上での確認なので、本当にタチが悪い。


「でもね、嬉しいんだ〜」

「え? なにが?」

「咲人の頭の中はうちらだらけ。それって、彼女からすれば嬉しいことだもん」

「あ、うん……これって誘導尋問だよね……?」


 光莉はまたにしししと笑った。

 自分はそんなにわかりやすい人間なのか……いや、この双子姉妹と出会ってからというもの、わかりやすい人間になってきたのだな、と自覚する咲人だった。


       * * *


「海だぁーーーっ!」


 青い海を目の前にして、一番テンションが上っている光莉は、自転車を駐輪スペースに停めたあと、駆け出すように海へ向かった。

 ここは『こいし浜』という名前の場所。『小石』と『恋し』をかけているのかはわからないが、目立って小石がある浜にも見えない。


 夏休みとはいえ、平日ということもあってか、浜辺はそれほど混んでいなかった。

 白い砂浜、青い海——人も少なく、波は穏やかで、潮風も気持ちいい。


 浜辺から沖に向かって一キロほど先におにぎりのような三角形の島がある。頑張れば泳いで渡れる距離だ。


 波が穏やかなのは、あの島が防波堤の役割をしているからなのかもしれない。

 海の神を祀っているのか、陸を向くようにして、妹子山と同じような鳥居が立っているのが遠目からも見えた。


「素敵な場所ですねー」

「うん。すごくいい場所だね」


 咲人は千影と話しながら、元気よく駆けていく光莉の後ろ姿を目で追った。


「ひーちゃん、もうあんなに遠くまで……もう〜……」


 一人行ってしまった光莉だったが、その直前に咲人へアイコンタクトを送っていた。ちーちゃんのことをよろしくね——と、どうやら二人きりにしてくれたみたいだった。


「俺たちはゆっくり行こうか?」

「はい。では行きましょうか」


 歩き出してすぐに、咲人は静かに千影の手から荷物を取った。千影は「あ」と少し驚いたような声を出したが、すぐにクスッと笑って咲人の腕をとる。


「さすが、紳士ですね?」

「ううん、そんなんじゃ……俺が持ちたかっただけだよ」


 咲人が柔らかな笑顔を向けると、千影は頬を赤らめた。

 じつのところ、みつみと買い物に行く際に伝授されたテクニック『無言で荷物を持ってあげる』を発動させただけだったのだが、効果はてき面だったらしい。


「咲人くんのそういうさりげない優しさ、大好きです」

「そ、そう?」

「はい♪」


 千影からニコッと笑顔で返されて、咲人はなんだか照れ臭かった。

 そんな感じで、浜辺までのちょっとしたデート気分を味わいつつ、アスファルトから砂浜に切り替わるところまでやってきた。


「ひーちゃん、あそこですね」

「うん」


 光莉はずいぶん遠くまで走っていったようだが、こちらに向かって手を振って「おーい、こっちこっちー」と居場所を教えてくれた。


「テンション高いなぁ」

「千影も上げていったらいいのに」

「もちろんそのつもりなんですが……」


 千影はTシャツの裾をピンと引っ張りながら頬を赤くした。


「……私の体形、見ても笑わないでくださいね?」

「そんなことしないよ」

「本当ですか?」

「本当だって」


 すると今度は、光莉がたまにするように、悪戯っぽい流し目をしてくる。


「私の水着、期待しちゃいます?」


 咲人は思わずドキッとした。

 どう答えたら正解なのかわからず「うん」と頷いた。


「でも、なんだか恥ずかしいです。じつはひーちゃんに選んでもらったんですが……」

「そうなの?」

「今までこういうタイプは着たことがないから、その……笑わないでくださいね?」

「笑わないって……」


 むしろ、笑えないほどに似合っているのではないかという予感がした。


「でも、感想を聞かせてくださいね? 今後の参考にしたいので」

「わ、わかった……」


 グイグイ攻めてくるなと思いつつも、そこに千影なりの精一杯の強がりがあることも咲人は気づいていた。

 千影だって本当は恥ずかしいのだろう。


 でも、姉を見倣って自分も積極的に攻めてみようという心積もりなのかもしれない。


 そういう強がりで頑張り屋な千影は、たまらなく魅力的に映った。そもそも、彼女の頑張る先に自分がいるのだと思うと、たまらなく愛おしい。


「それじゃあ、水着になっちゃおうかな〜……」


 千影の、この照れながらの流し目に耐えられず、咲人はそっぽを向いた。


(こういうのも、なんかイイな……)


 誰に言うわけでもなく、咲人は高鳴る胸の内でそう呟いた。

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