第二話 失われた青春のページ(1)

 幸せの黄色いパンツ事件が解決し、土日を挟んでの月曜日。

 放課後の図書室で、あたしは《探偵代行》としてではなく、自分自身のために、ある『調査』を始めていた。

 この街で起きた事件現場に偶然居合わせ、解決に導いてしまう《男子高校生》。

 直近の新聞をいくつか漁り、地方版を主に調べてみると、いくつかそれに当てはまりそうなものがあった、けど。

「匿名を希望することが多い男の子なのかな……面倒くさい」

【少年Kが今日も迷子の子猫を捕獲!】 だとか。

【振込め詐欺を未然に防いだ、スーパー男子高校生!】 だとか。

 この男子高校生が『いつもの彼』であるかのような見出しではあるけれど、決定的な本名は掲載されていなかった。

 目の前に解けない『謎』があることが、もどかしい。早く見つけたい。

「ううん。まだまだ調査は始まったばっかりだし、調べ方が甘いだけだよね。もう少し古い新聞やネット記事を漁らないとダメかな。図書室に無いなら、図書館に……」

「渚、調べ物は終わったかい?」

 新聞を片付けていると、いつの間にか冬子が迎えに来ていた。

 隣にはもちろん、はるるも居る。

「相変わらず、渚の謎解き欲求は収まらないままだね。熱心に調べるのはいいことだけど、僕たちを蔑ろにしちゃうのは悲しいな」

「こんなに帰るのが遅いと、ウチら三人とも帰宅部のレギュラーから外されちゃうよ?」

「いや、確かにあたしたちは帰宅部だけど、レギュラーにはなりたくない……ていうか、帰宅部のレギュラーは大会で何をするのよ」

「今年は箱根で大会があって、お正月に陰キャエピソードでラップバトルするのだ!」

「大学駅伝が行われているその横で!? ただでさえ傷だらけの青春送っていそうな人たちが、互いにディスり合うの!?」

 そして帰宅する早さ云々はどこにいったの……? まあ、いいや。

「あたしもそろそろ帰ろうと思っていたところだし。今日はどこか行く?」

「うん! フユと一緒に買い物行くの! じゃあ、また明日ね! ナギ!」

「自然に除け者にした相手と、また明日楽しく過ごそうとしているってマジ?」


 とりあえず、あたしたちは(ちゃんと三人で)駅前の繁華街でもぶらぶらすることにした。

 買いもしないのに高い服を見て。すれ違うカップルを羨ましがって。でも時々は思い切って無駄遣いもしてみる。そんなすごくありふれた、青春の消費をするのが。

 すごく楽しい。やっぱり、三人一緒だと何をしていても笑いが絶えない。

「そうだ。ちょっと本屋に寄ってもいい?」

 あたしが提案すると、二人は小さく頷いてくれる。

「そっか。渚が愛読している成人向け漫画の発売日、今日だったっけ!」

「やめろぉー! あたしのイメージを下げるようなことを言うな! そんなの買ったことないし!」

「でも読んだことはある、と?」

「……う、うるさい! あたしだって思春期だし、別にいいでしょ!」

「お。否定しないのは珍しい。僕はあんまりそういうのに興味がなくて……ごめんね?」

「まあウチらは清楚で売っているから、ナギと違ってそんなの触ったことすらないので?」

「下ネタとセクハラで汚染された、ヘドロみたいなヨゴレキャラでしょ、あんたたち」

 駅近くの大型書店に入り、あたしは目的の小説を買おうとする。

 SNSでたまたま知った、ちょっと昔のライトノベルだ。新作は作者の都合で中々出ないみたいだけど、今でも重版され続ける人気シリーズ。

「あれ……? 三巻が歯抜け状態だ」

「あるあるだね。シリーズものは一巻が一番売れるから、どの書店にもある。だけど途中の巻は中々補充されないっていう」

「分かる! お金を払えば無料で続きが読めるのに、その続きが置いてないとかマジで勘弁してほしい。ブチギレて反転アンチになりそう」

「わあ、闇堕ちの動機が厄介すぎるタイプのファンだ。学校の図書室ならあるかもしれないけど……あ、はるるの目が怖い!」

 本当の意味で「無料で続きが読める方法」を口にしただけなのに。

「ナギぃ! 『図書室で先生の本を読みました! でも買っていないです!』というファンレターが来た時の作者の気持ちを考えてみて!?」

「それ、『この時の作者の気持ちを答えよ』問題の進化版?」

「先生が厄介なファンだったら、答えを間違った時の成績が心配になるね」

 あたしと冬子は面倒なオタクに圧をかけられ、レジで二巻まで買って本屋を出た。

 それからあたしたちはタピオカを飲もうとしたのだが、冬子がオススメする店は潰れていて、バナナジュースに変更となってしまった。

「飲みたかったなあ……タピオカミルクティー」

 お店の前のベンチに並んで座って、おいしいけど本命じゃない飲み物を啜りながら、つい本音が漏れてしまう。

「買えばいいのに。今ならわざわざ街歩きしなくても、コンビニにだって置いてあるよ?」

「それはそうだけど、みんなで飲みたいの。だって、憧れだったから……」

 つい拗ねるような口調になってしまった。そんなあたしの頭に、二人が手を置く。

「渚は可愛いなあ!」

「ナギは可愛いなあ!」

 そんな言葉とともに、二人はあたしを優しく撫でてくれる。

「不思議なことに、僕らって皆で一緒にタピオカを飲んだことないよね。だから今度三人で、一番おいしいお店を探して飲みに行こう。約束だよ」

「いいね! ウチも色々知っているから、任せて! 記念日とかに行こうよ! 何かハッピーなことがあったら、その日に! ふへへ!」

 冬子もはるるも、きっとタピオカミルクティーなんて飲み飽きているはずなのに。

 あたしのために、あたしと時間を共有してくれることが、すごく嬉しい。

 やっぱりあたしの友達って、最高だ。

「じゃ、じゃあ……三人で一緒に並んで、映える写真も撮りたいな!」

「僕とのチェキは別料金になります。一枚三千円。アクリルボード越しで」

「撮影終わったらウチのタピオカはゴミ箱に捨てていい? カロリー高いし」

「やっぱりあたしの友達って、最低だ!」



 翌日。あたしは本屋で買ったラノベの続きを、図書室で探すことにした。

「冬子、はるる。この後一緒に図書室行かない?」

 放課後の教室で二人に声をかけると、なんだか暗い顔だった。

「ごめん、渚。一人で行ってもらってもいいかな?」

「ナギには悪いけど、ウチら図書室行く余裕無くてさぁ。ごめんね!」

 少しだけ、胸が痛んだ。いつもは誘いを断らないどころか、二人の方から遊びに行こうと声をかけてくれるのに。

「あ、あはは……そう、だよね。二人はあたしと出会う前から友達だし、時々はあたしが邪魔になる日もあるよね」

「そうだね。この先は渚と一緒に居られない」

「だってウチら……この後、別の人と約束があるから」

 思わず、視線を逸らしてしまう。二人きりじゃなくて、あたし以外の人が居る。

 春夏冬の絆はもう、どこにもないなんて。

 と、そこであたしは二人が手にしている物に気付く。

「それ、あんたたちがバカみたいな理由で放置した、数学の宿題プリントよね? まさかこの後、補習を受けるっていうこと?」

 あたしの指摘に、バカ二人はわざとらしく顔を背ける。

「違うよ、渚。補習という言葉を使うと、まるで僕らがバカみたいじゃないか」

「そうだよぉ! ウチらはこの後、蜂巣先生と一緒に追加ダウンロードコンテンツを遊ぶだけだし!」

「はいはい。じゃああたし、先に図書室行くから。その楽しそうなゲームをクリアし終わったら合流してね」

 心配したあたしがバカみたいだ。でも、ちょっとだけ安心。

「見てごらん、はるる。渚がすごく安心している顔をしているよ。可愛いね!」

「ウチらが他の女子に寝取られたって勘違いした時の顔で、ごはん三杯はいけるよね!」

 ぐっ……また見透かされてしまった。

 顔が熱い。いつもはバカなくせに、あたしのことになると敏感なの、本当にやめてほしい。

「そ、それよりさ。蜂巣先生って、かなり厳しいよね? 宿題忘れたくらいで補習は驚きだよー。あ、あははー」

「誤魔化し方が下手すぎるよね、渚。まあ僕は蜂巣先生以外にも、ほぼ全ての教科の先生から目をつけられているから、慣れたものだけど」

「ウチ、蜂巣先生嫌い……男子からは人気あるけど、女子はほぼ全員無理って言っているしさ。ゆるふわ天然系っぽい雰囲気なのに、授業は緩くないし! キツいし!」

 担任の蜂巣先生は、四月に赴任してきたばかりの若い女性教師だ。

 彼女が担当する数学の授業は厳しいが、生徒への口調は丁寧だし、私服は清楚系。いつも甘い香水の匂いがして、確かに男子のウケはめちゃくちゃ良さそう。

「ウチは女性教師なら、断然コヨちゃん派だから! 蜂巣先生は絶対に裏あるよね。ああいう雰囲気とは裏腹に、男にすごく飢えているとか」

「あー、それは確かに……っ! は、はるる? それは言いすぎだと思うかなー?」

「えー? でも昼はふわふわしているのに、夜はサディストってギャップ! うん、想像出来ちゃうよね。そしてベッドの中では……っぁああ!?」

 あーあ。だから言いすぎだって言ったのに。

 はるるの背後には、不穏な笑みを浮かべている蜂巣先生が立っていた。

「東江さん、白浜さん。今日は楽しい補習になりそうですねー? 問題集を追加で作成しておいた甲斐がありましたぁー。うふふ」

「え、ちょっ……! ぼ、僕は何も言ってないのに!」

「お友達の失言は連帯責任ですよぉー? では、夏凪さん。二人を借りていきますねぇ」

 あたしの友達二人はそのまま、死にそうな顔で近くの多目的教室へと連行されてしまった。巻き添えを食らった冬子は不憫だったけど、ちょっと笑える。

「一人でもいいや。小説を見つけて、読みながら待っていようかな」

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