第一話 幸せの黄色いパンツ(3)
「で? 何で黄色いパンツ事件を調査するのに、駅前のショッピングモールに出かける必要があるわけ?」
放課後。あたしたちはモール内の、ファッションフロアに足を運んでいた。
ここに来ようと提案したのは、冬子だ。
「実は僕の友達に、黄色いパンツを入手した子が居てね。ちょっと……壁の近くで僕の胸から下を隠すように立ってくれる?」
言われるがまま、あたしとはるるは冬子を壁際に追い詰めるような形をとる。
「ああ、いいね。美少女二人に壁ドンされているみたいで、すごく幸せだ!」
「あんたの幸せのためにこんなことさせているなら、このままカツアゲに移行するから」
「あはは。渚、目が笑っていないよ。ただ欲望を満たすために、君たちに囲ってもらったわけじゃないよ。公共の場で見せるには、少し恥ずかしいからね」
そう言って冬子は、自分のスカートの中に下から両手を入れ──入れて!?
「あ、あんた何する気? その仕草、完全に……ぱ、ぱ、ぱ」
「パンツを脱ぐ気満々だよねえ」
「はるるぅ! あんたも乙女なら、その台詞を往来で口にすることを躊躇しなさい!」
「いや、渚も数分前に堂々とパンツ事件って言っていたけど?」
そ、そうだった。思春期の女子高生がパンツなんて口にすべきじゃなかったのに。
恥ずかしさで死にそうになっているあたしに、冬子は更に追撃を仕掛けてくる。
「言っただろう、渚。見せるには、少し恥ずかしいのさ。友達から借りた黄色いパンツ。パンツは穿くもの。男子禁制のアイテム。つまりこうしないと、見せられないわけだ」
「ととと、トイレで下着を脱いでくればいいじゃん!」
「何も穿かない無防備な状態で、僕にトイレからここまで戻ってこい、って? それはあまりにも酷いよ。それとも……渚が逆の立場なら、そうしてくれるのかな?」
それって、つまり。
こんなに人が大勢、しかも同級生の男子たちも居るような、夕方前の空間で。
この頼りない薄い布一枚を、何が何でも捲れないように押さえながら。
所謂ノー……未装着の状態で、人混みの中を歩いてこいなんて、そんなの。
「そ、そんなの、絶対にだめぇええ!」
思わず叫んでしまったあたしは、慌てて口を両手で押さえる。
「顔を真っ赤にして、息を荒らげて、本当に渚は可愛いなあ。でもパンツは脱がないよ。スカートの下に手を入れたのはおふざけだし、そもそも僕は脱ぐとは一言も……ぬぐぅ!」
やけに舌が回る悪友の脳天に、あたしの黄金の右手が振り下ろされた。
グーは可哀想だったので、チョップだけど。冬子の頭を真っ二つにしない、ギリギリの力で、綺麗な手刀。ギリギリ(全力じゃない)チョップ。
「ん、ぐぅ……は、はるる。僕の頭、ちゃんと大丈夫?」
「んー? くっついてはいるけど、頭は別の意味で大丈夫じゃないかな! 円周率とか百桁くらいちゃんと言える?」
「僕はスパコンか何か? 余計に叩いちゃダメでしょ」
「機械は叩けば調子良くなることもあるからね! それより、その手に持っているのが例のパンティー?」
はるるは悶えている冬子の手から、するりと一枚の布を引っ張り出し、あたしに見せてくれる。
「これが幸せの黄色いパンツ、ね。見たところは普通の下着だ? 手触りがすごくいいくらいで、匂いもしないし、湿ってもいない」
「いくら新品とはいえ、躊躇なくパンツに顔をくっつける渚が本当に怖いよ、僕」
「あんたが穿き倒してないなら、別にいいし。ていうか、あたしの友達はそこまで性格終わってない。で、ブランドのタグは……あれ?」
そこに書かれているブランド名と、あたしは目の前のテナント、その店先にディスプレイされている商品を交互に見つめる。
「このお店で扱っている下着と、同じブランド?」
「そういうこと。学校から近いランジェリーショップはここくらいだし、この黄色いパンツもここで売られていたなら、張り込みもアリかな、って」
「そっか。それなら冬子の言う通り、ここに来たウチの生徒をマークすればいいわけね。で、黄色いパンツを買った奴が犯人候補と」
「へぇー! フユにしては賢い! あと何発か頭殴ったら、もっと賢くなるかも!」
「はるる。拳を下ろして。この発想、渚に殴られる前に考えたやつだから。打出の小槌やドラムじゃないからね、僕は。叩いても響かないよぉ?」
バイオレンスなギャルに迫られて、怯えている王子様系女子は無視して。
あたしはもう一度店内を見渡す。
この時間は二十代くらいの女性客が目立つが、高校生も居る。
制服を見る限りは他校生で、同じ高校の生徒はまだ居ない。
「それじゃあ早速、買い物しているフリをしながら監視してみよう」
放課後、女子三人。ランジェリーショップで張り込み。すごい青春だ。病室のベッドで夢見ていた高校生活が……これ、かぁ。あ、あはは。
「何だか泣きたくなってきた」
「どうしたん? 渚、話聞こうか?」
「冬子。下心全開で善人に徹する、でもあんまり親しくない男のモノマネをしないで?」
「あ、見て! バカたち! ほら、あそこのカップル!」
「まるで自分はバカじゃないと言わんばかりの呼び方! 一体どうしたのよ、もう……」
はるるが指差した先には、あたしたちと同じ高校に通う男女が居た。
多分、一年生かな。制服がまだまだ新しい感じだ。二人で顔を赤くしながら、ちょっとお高い下着を物色している。
「カップルで下着屋さんに来て、彼氏に媚び売って、相手が好むスケベ下着を買う系の女子だ! 健全な男子たちを守るために、今ここで根絶やしにしておこうよ!」
「あんたみたいな凶暴な女子こそ、根絶やしにされるべきだと思う」
「いいかい、はるる。三秒後に合図をする。いつも通り僕は右をやる。君は左を頼むよ」
「ちょっと待って。あんたたち、いつもこんなことしているの!?」
でもまあ、気持ちは分かる。自分が下着を買いに来た時、店内に若い男子が居たら正直気まずい。かといって討伐する気はないけど。
「アホなこと言っていないで、張り込みを続けるわよ」
「せっかくだから渚も下着を買おうよ。僕たちが選んであげるから」
「余計なお世話だって。あ、ちょっ……!」
冬子は近くにあった黒いショーツを手に取り(しかもTバック!)、ハンガーをつけたままであたしのスカートの上に合わせてくる。
「うん。やっぱり渚は黒が似合うね。どこか憂いを帯びた瞳で、彼に今日は帰りたくないことを告げる……ボタンを外した隙間から見える黒が、激しい夜を予感させるのさ」
「解釈不一致だね、フユ! ナギは赤でしょ! 燃えるように情熱的な誘いで、好きな男子を強引にベッドに引きずり込む……肉食系女子の象徴!」
スカートの上からとはいえ、交互に下着を押し当てられて、勝手な妄想をされて。
なんかこれ、すごく卑猥じゃない?
二人の最低のセクハラに思わず顔が熱くなる。
「や、やめ……! あたしは別に新しい下着とか、いらないから! ていうか、今日のだってしっかり新品だし!」
「いや、あれはダサいよ。男子も萎えちゃう」
「そうだよぉ、ナギ。もし彼氏とそういう雰囲気になって、下着を見られてさぁ、それで彼が『……すまん、夏凪。ちょっと今日は、無理そうだ』ってなったら、どうするの!」
「小さくため息を吐かれて、『やれやれ』って呟きながら服を着直して寝る彼の背中を見て、枕を涙で濡らす渚。すごく惨めだ。でもそれがいい。そうであってほしい」
「勝手に妄想するなぁ! それにあたしには、まだそういうのは早いって!」
強引に下着を押し退けて、あたしは逃げるようにランジェリーショップを飛び出す。
すぐに冬子とはるるが追いかけてきて、二人はケラケラと笑いながら頭を撫でてくる。
「あー、もう。ナギって本当に可愛いよねえ。ちょっといじめられたくらいで、すぐに恥ずかしくなっちゃうの……可哀想と書いて、かわいいってルビを振りたい」
「よしよし、照れ屋な渚が大好きだよ。まあ勝負下着は無くても大丈夫さ。勝負したい男が出来たら、僕が叩き潰しにいくから。悪い虫から守ってあげるね」
「はるるはともかく、冬子からは恐怖を感じる……あたし、疲れたから少しだけ近くのベンチで休んでいい?」
「いや、疲れたなら調査は明日にしようか。ここの店では収穫無さそうだし」
「え? 冬子、どういうこと?」
「実は張り込みの時、すぐに店員さんに幸せの黄色いパンツを見せて、直近で同じ物を買った女子高生が居ないか聞いたのさ。そうしたら、在庫は全く動いていなかったらしい」
つまりそれは、少なくとも犯人はここで犯行用の下着を買っていないということだ。
冷静になってみれば、学校近くの下着屋さんで同じものを何枚も買っていたら、簡単に足がつくだろうし……。
「ていうか、何でそれをさっき言わなかったの? 何なら、店に来てすぐそれを確認すれば良かったと思うけど。ねえ?」
あたしの指摘に、はるると冬子は互いに顔を見合わせて、わざとらしく笑う。
なるほど。そういうことか。
「つまり二人はそれに気付きながら、あたしで遊びたかった、と。ふーん?」
「……えへへ!」
「……あはは!」
「一人だけ許す。先にジュースを買ってきた方を、見逃してあげる。よーい、ドン」
全力で駆け出した親友二人の背中を見送って、あたしはランジェリーショップに戻る。
さっき押し付けられた二つの下着を手に取り、店内の試着室でこっそり、今穿いている下着と見比べてみた。
「ダサくない……ダサくない、もん」
だけどオススメされた下着を買うのは負けた気がする。
あたしは今日下ろしたばっかりのこの子を、ちゃんと穿き倒してやる……っ!