第三話 【透明少女】(1)

「──お、おお、なんかドキドキする」

 昼過ぎの原宿駅。竹下口改札前にて。

 賑わう通りの前に立ち、わたしはそわそわしていた。

「服買いに来るなんて、いつぶりだろう。わたしいつもネットで買ってるから……」

「言われてみれば、わたしも久しぶりかもー」

 目深に帽子を被り、メガネとマスクを着用した紫苑が隣で笑った。

「先月夏物買ったとき以来かな、一ヶ月ぶりとか?」

「え……それで久しぶりなの? わたしは、半年ぶりくらいなんだけど……」

「あはは、買わなすぎでしょそれは! 今年入って初めてとかじゃん!」

 ……確かにそうかも。十代女子で、半年ぶりは頓着しなさすぎだったかも……。

 しかも、久しぶりの今回もちょっと訳ありで、

「この格好、まだ慣れないなあ……」

 歩き出しながら、わたしは自分の身体を見下ろす。

「服が視界に入るたびに……なんか、照れる」

 ──一式、紫苑に服を借りていた。

 短めのスカートにオーバーサイズのジャケット。

 ビンテージなプリントのされたスウェットと、肩からかけるバッグ。

 今日のわたしは──『完全紫苑モード』。

 服もメイクもフル装備で。髪色以外は全身『香家佐紫苑』の格好で買い物に来ていた。

「えー、そう? 似合ってるよ?」

 そんなわたしに、紫苑はうれしそうな顔を向けた。

「メイクも前回より、デート仕様でばっちりできたし!」


   *


「──テープオーディション、受けてみてほしくて」

 紫苑ASMRにドキドキさせられたあと。

 改めて、「どうしてデートを?」と尋ねるわたしに、紫苑はそう説明してくれた。

「テープオーディションってのは、オーディションの一つの形でね──」

 スタジオに集まって行われるオーディションと違い、各声優が提出する音声データで審査をするのがテープオーディションだ。その名の通り、かつてはテープ媒体で行われていたらしい。

 アフレコに比べて、録音方法は自由。

 事務所にあるブースやどこかのスタジオを借りて行ったり、カラオケボックスや自宅でスマホに吹き込んだりすることもあるとのこと。

「で! それに受かったら、スタジオでのオーディションがあるから。そのとき良菜が着る服とか、メイク道具を買いに行きたいなって」

「あー、なるほど」

 服とメイク道具か。確かにそのうち、そういうのも必要になるんだろう。

「うん、わかった……行く!」

「おけー、じゃあ確定ね。時期はスケジュールが落ち着いた頃、養成所にも慣れたくらいのタイミングがいいかなー」

 話し合って、日付を決めてスケジュールに記入する。

 紫苑の言う通り、養成所のレッスンが始まったちょっとあとくらいの日程で。

 にしても、お友達とのお買い物なんて久しぶりだな。むしろ初めてかも。

 そんな初体験が紫苑と一緒なの、ちょっとドキドキするかもしれない……。

「そうそう、それから」

 紫苑が思い出した様子で顔を上げる。

「お出かけ中は香家佐紫苑として振る舞ってもらいます。見た目から言動から何から何まで、わたしの振りをしてみてほしい」

「え……紫苑の振り? 街中でってこと?」

「うん。そういうのも必要でしょう? わたしになりきる練習」

 腰に手を当て、紫苑はうなずいた。

「そこもそろそろガッツリ始めた方がいいでしょ。お芝居の練習にもなるし」

「なりきりの、練習かあ……」

 言われてみれば、そうかもしれない。

 スタジオオーディションが始まるということは、人前で紫苑の振りをするってことで。

 そんな練習、養成所じゃできないし、自分たちでなんとかしなくちゃいけない。

 だとしたら……お買い物ついでに本人の前でなりきってみるのは、実は結構効率がいいのかも。

「で、できるだけ! 頑張ってみる!」

 そんなわけで、わたしも紫苑にコクコクとうなずき返し。

 予定の当日である今日、こうして二人して原宿を訪れているのでした。

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