第13話

     ◇


「ほんっっっっっっとうに、申し訳ないっっっっ!!!」

 いくらか大げさに、床に伏して謝る桐生きりゆうさん。

 その隣では、さっきまで大騒ぎしていた先輩たちも、しょんぼりした様子でちょこんと座っている。

「いやあの、そこまで謝られちゃうと逆に引くんですけど」

 桐生さんは顔をガバッと上げると、

「じゃあ、入部してくれるの!?」

「それとこれとは別の話です」

「やっぱダメじゃん!」

 再びガックリとこうべを垂れてしまった。

 さっきのだまし討ちの後、僕はちょっと大きな声で異を唱えた。

 さすがにこれはないと思ったし、このままだと向こうの強いペースに飲み込まれると思ったからだ。

 ちなみに、サークルの名前は美術研究会、通称美研というらしい。元々は非美術系学科の学生が始めたサークルで、絵画やデザインなどに触れる機会の少ない人たちによる美術系の活動をメインとしているとか。

 大芸でもかなりの歴史を誇るサークルらしいが、ここ数年は部員数の減少に悩まされていた。現在は桐生きりゆうさんを含めて5人。大学からサークルとして認められるギリギリの人数であり、部室を取り上げられる寸前という状況だった。

「だってさあ、非美術系学科の連中はそもそも絵に興味無いのが多いし、かといって美術系の学科のやつらは課題に追われていて、普段は絵なんか見たくもないってのがほとんどだし。そうなるとだれも入ってくれないんだよ!?」

「知りませんよ、そんなの!」

 ……まあでも、確かに言ってることは理解できる。

 普通の大学なら、絵に興味のある人は必ず一定数存在する。その受け皿として、こういう美術系サークルは存在意義がある。

 しかしここは芸大だ。課題でみっちり絵をかされ、それが評価基準になる学校だ。せめて余暇ぐらい、別のことをしたいと思うのが自然だろう。

「頼むよ! かけもちでもいいし、学校から部費が下りてくるまでの期間限定でもいいから!」

 こうまですがりつかれると、さすがにちょっとは情もいてくる。

「うーん、どうする?」

 僕の横でずっと絵を眺めていたシノアキに声をかける。

「んー、わたしは入ってもいいかな」

「ほ、ほんとかっ!?」

 桐生さんが顔だけを上げた。

「え、いいの?」

「先輩たちも悪い人やなさそうやしね」

 先輩たちが一気に色めき立った。「聞いた? 悪い人やなさそうって」「俺たちこんなに怪しいのに」「いい子すぎかよ」確かに、僕もいい子すぎだと思う。

「それに、いろんな人の描いた絵を見るの、好きやし」

「あ……」

 そうか。

 非美術系学科にいて、美術に興味のある学生は希少種だと思っていたけど、まさにシノアキはそうだ。

「わかりました、じゃあ僕も入ります」

「マジで!? いいの?」

「た、ただし、まだ仮入部ですよ! 後々で変更可能ってことで!」

「やったー!」

 先輩たちがさっきよりもさらに大きな歓声を上げて喜ぶ。

「いいのかなあ、これで……」

 早速新歓コンパの準備を始めた先輩たちを見て、多少の不安を感じないわけでもなかったけど。


 美術研究会の新歓コンパは、それから1時間もかからずに始まった。

 会場であるサークル棟裏の丘の上で、すでに顔を真っ赤にした桐生きりゆう先輩がコップを手にして音頭を取る。

「それではぁ、はしきようくんとさんの入部を祝いましてぇ!」

「乾杯!!」

 杯は高く掲げられ、宴は始まった。

「いや~、ありがとうありがとう。これで部長としての面目も立ったよ。こんなにうれしいことがあっただろうか」

 桐生さんは涙を流さんばかりに喜んでいるが、一発で演技と分かるほどうさんくさい。

「言っておきますけど、本当に仮ですからね?」

「わかってる、わかってるって。うんうん、わかるわかる」

 カケラも信用できない言い方で、肩をバシバシとたたかれる。

 この人は要注意だな……。

「ふふっ、恭也くん……何をこわい顔しとると? 飲んどる?」

「え、飲んでるって、コーラなら飲んでるけど……ちょっシノアキ、顔、近っ」

 上機嫌なシノアキが、横から絡んできた。

 至近距離から話しかけられ、息がほおに当たってゾクッとする。

 こんなに近くで見ても子供のような肌にはシミひとつない。そのきれいさに目を奪われてしまう。しかも半開きの唇からは甘い香りが漂ってきて、それがなおさら……。

「……って、ちょっと!」

 明らかにアルコールっぽいにおいを察知し、シノアキの手からコップを奪い取る。

 コップの中には、明らかに水やウーロン茶とは違うものががれていた。

「ちょっと桐生さん! これ!」

「ん?」

「ん、じゃないですよ! シノアキのコップに何入れたんですか!」

「み、水だけど……」

「純米だいぎんじようはちけんってラベルに書いてある水があるかよ! おい!」

 桐生さんはとうの昔に逃げだしていた。

「これ、飲んだらいかんかったと?」

「ダメ。あとちゃんと水飲んでおきなさい」

 コップを水の入ったものに替えて、シノアキに渡した。

「ねえねえ、はしくんってどこの学科? 映像だっけ?」

 さっき、すげえとか言ってたお姉さんが寄りかかってきた。言動も豪快なら、服装も豪快、というか妙に露出度が高い。

「は、はいっ、そうです……えっと、先輩は?」

やま。工芸の3回。陶芸やってるのぉ~」

 陶芸……そっか、そんな学科もあるんだな、ここは。

「あの、1個聞いていいですか?」

「いいよ、なーに?」

「陶芸ってその……ろくろとか回すんですか、やっぱり」

 ついイメージで聞くと、樋山さんは待ってましたとばかりに、

「よーしよーし、やっぱそこ聞いてくるよね、ちょっと待ってなさいよ」

 コップを机に置くと、サッと立ち上がって、

「はぁーい、樋山友梨香、エアろくろやりまぁーっす!」

 言うが早いか、インタビューを受ける人のように両手を掲げると、そこにろくろがあるかのような手さばきを披露しはじめた。まだ流行する前だよな……?

「ん~やっぱそこはぁ~作り手としてのこだわりを持っていきたいというかぁ~」

 意識高いインタビューの受け答えまでやりはじめた。

「いいぞ樋山ぁ、うめえぞ!」

「さすが本職!」

 たしかにうまかったが、本職がやる芸なのか、これ。

「音楽学科2回生、すぎもとミキオ! 自分、どんぐりころころいきまーす!」

 かつぷくのいい音楽学科の先輩は立ち上がってそう宣言すると、

「ドォーングリコォ~~~~ロォ~~~コォ~ロ~ドォ~~~~ングゥ~~リィ」

 会場の丘の上から、上質のテノールで『どんぐりころころ』を熱唱しつつ坂を転がり落ちていった。

「杉本の歌声すごいでしょ」

 いつの間にか、ろくろを回し終えた樋山さんがコメントした。

「すごいですけど」

「あれでコンサートかけもちするぐらいの腕前なのよ」

「たしかにすごいですけど」

 落ちた底からド迫力の『どんぐりころころ』だけが聞こえてくる。

 うまいけど、正直夢に見そうだ。

 まわりはかつさいと爆笑で満ちていた。いつの間にか、部員以外の人も自然に合流していた。どう考えても人数が多い。

「いやあ、君たちのおかげで今年も新歓が開けて良かったよ、ありがとう」

 やたらイケメンのお兄さんが話しかけてきた。さっき、部室で最後に声をかけてきた人だ。

「あ、いえ……あの、先輩は?」

かきはらしよう。舞台芸術学科の3回生だ」

 またみのない学科が出てきたぞ。

「舞台芸術って、何をするとこなんですか?」

「何って……じゃあ、ちょっとやってみせようか」

 さっきのやまさんと同じようにコップを置くと、柿原さんは少し離れたところに立ち、息をすうっと吸い込んで……そして唐突にその場で繰り返してターンを決め、くるくると舞いはじめたのだった。

「柿原は舞踊コースなのよ」

 樋山さんがうっとりした目でその舞踊らしい何かを見つめる。

「そ、そうなんですか」

 明らかに素人とは格の違う、キレのある動き。

 飲み会でする芸かどうかはさておき、さすがの技術を感じさせてはくれた。

「どうだい、はしくん! これが舞台芸術学科のうご……グロエッp」

 まだクルクルと回り踊っていた柿原先輩の声が、急に怪しくなった。

「あ、柿原もうダメだ、今日は早かったなー」

 隣でうっとり見ていたはずの樋山さんの声が、急に冷静になった。

「あ、あの、ダメって?」

「見てりゃわかるよ、ほら」

「げろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろ」

「うわああああああああっっ!!!」

 言われて見ていると、柿原さんはあっというまに回転しながらゲロを吐く地獄人形に変わり果てた。

「出た! 柿原名物の回転ゲロ!」

「これが出ないと美研の飲み会は始まらんよね~」

「あ、あの、助けなくていいんですか、柿原さん死にそうな顔してるんですけど!」

「だいじょうぶだいじょうぶ、吐き終わったら自分で掃除して、また飲んで回転するからー」

「全然大丈夫じゃないですよ!」

「楽しそうやね! わたしも回ろっかなー」

「シノアキはそこで座ってなさい! ああもう桐生きりゆうさん、だからこの子のコップに酒をぐなって言ったでしょ! あとやまさん、抱きつかないでください!」

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