第1章 2006年、春へ その2

     ◇


 朝の事件の後、僕はなんとか事情を説明することに成功した。

 この後、大学で入学ガイダンスがある。その前にしんぼくを深めておこうと、それぞれ自己紹介をすることになった。

はしきよう県から来ました。よろしく……」

「名字がいい? それとも名前?」

 向かいのギャル風味がフランクに聞いてきた。

「あ、えーと、じゃあ名前で」

「りょーかい。んじゃ恭也で」

 なんか、名前を呼ばれただけでもドキッとした。

 本来なら10歳も年下の、ちょっと前までJKだった子に呼ばれてるんだもんな……。

(そういう店のプレイなら、それなりの金を取られるよなぁ。っていうか、女子といっしょにシェアとか、マジかよ……!)

 てっきり、男4人でむさくるしい共同生活になるものだと思っていた僕にとって、予想だにしていない構成だった。しかも、男2女2とバランスも取れている。何のバランスかは置いておくとして。

「なんかリアじゆうっぽいよね、こういうのって」

 つい口に出したところ、女子が2人とも一斉に首をひねった。

「りあ……じゅう…?」

「なにそれ?」

「え……あっ」

 そこでやっと、自分がやらかしたことに気づいた。

 詳しくは覚えていないけど、リア充って言葉は、一般に広まってから確か10年もっていないはずだ。

「えっと、あの、リア充ってのは」

 慌てて説明をしようとしたところ、

「リアル、つまり現実が充実してるやつのことだろ?」

 男の方がさっと補足してくれた。







「なにそれ、あたし知らない」

「2chとかで最近出てきた言葉だよ。リアル充実組、って言葉を略して。しかしきよう、お前結構ネットとかやるのな」

「う、うん。まあそこそこ」

 ……よかった、言葉自体はギリギリ生まれたところだったんだな。

 なんとか助け船で助かったけど、これからはスラングひとつ言うのも注意した方がよさそうだ。

「あ、次俺か。えーと」

 となりの目つきの悪いやつが、頭をかきつつしゃべり出す。

鹿ろくおん……つらゆき。名字すげー長いから名前で呼んでくれ。以上」

 ろくおんじ、つらゆき……パワーワード感の強い名前だな、しかし。

 貫之は、長身でやせ型の、ロンTとスリムジーンズの似合う男だった。髪は僕より少し短いぐらいで、きれいに切りそろえられている。

 イケメンと言っても差しつかえないんだけど、目つきが悪くて表情もあいそうなのがたまきず

「わーっ、すごいね、名字も名前も教科書に出てきそう」

 右隣のちっこい女子が目を丸くすると、

「わかるー、なんか名字の最後に寺って入ってると一気にドッシリ感が増すよね」

 向かいのギャルも似たような反応をした。

「別にいいよ名字のことは。それよりほれ、次いけ次」

 特においしいと思ってもいないのか、貫之が次をせかす。

「え? ああ、あたしか」

 ギャルは横座りをさっとただすと、

ぐれといいます。県出身です。これからよろしくね」

 初見ではどうやって接したものか悩んでいたけど、案外しっかりした自己紹介だった。

 薄めの色の茶髪を後ろで束ねて、印象の強い色のシュシュでくくっている。顔立ちははっきりしていて、つり目っぽい感じのがキツい感じを出しているものの、はっきり美人といっていい容姿だった。

「コグレってアレか? ちょっとグレてるからコぶふぉぉっ」

 貫之のイジりが終わらないうちに、小暮のこぶしがいい角度で彼の腹に入った。

「あんた、自己紹介して数秒後に人が一番突かれたくない部分を突くとはやってくれるじゃないの!!」

 ……あ、やっぱそこ気にしてたのか。

 いきなり手が出たことに僕とちっこい女子がポカンとすると、あわてて、

「う、うちは校則も緩かったし、別に髪染めても何も言われなかったし、あたしだけが特段グレてたってわけじゃないから、いやマジで!」

 あたし『だけ』が、って言ったぞ、今。

 ぐれを除く全員が深夜の田園風景に鳴り響くクラクションや、ラッパの爆音を思い浮かべただろうけど、特にそれには触れなかった。

「と、とりあえずよろしくコ」

「ナナコで統一して、お願いだから」

 名字で呼ぼうとしたら、すごい迫力でにらまれた。

 この瞬間、小暮という名字は僕らの中から消滅した。

「ほい、じゃあわたしの番やね」

 ちっこい女子はコホンとせきばらいをした。

 ほんの少しだけどなまっているところを見ると、遠くから来た子なのか?

「あー、名前言う前にちょっと質問なんだけど」

 つらゆきが急に言葉を挟んだ。

「なんね?」

「えーっとその、大学は飛び級? ほんとは何歳?」

 ヘラヘラしながら言った貫之ののどもとに、すかさず手刀が突き刺さった。

「ぐほっ!」

「ちゃんと高校は出とるよ! いきなり何言いよるとね、この兄ちゃんは!」

 ぷっくーとリスのようにほおを膨らませて怒っている。

「やーい怒られた」

 ナナコがヒヒッと笑う。

「んだよ、でもこんだけちっこいと、ちょっとは思うじゃねーかよ」

 正直、僕も一瞬そう思ったことは否定できなかった。

「んじゃ気を取り直して……」

 ちゃんとこないだまでJKだったらしい女子は、シャキッと胸を張って、

「わたしの名前はシノアキ。ふくおかいとしまってとこから来ました」

「シノアキ……? 変わった名前だね」

「そう? 変わったって言われたのは初めてかなー」

 さも意外だという顔をされる。

「え、だってシノアキってちょっと男の名前っぽくないかな? それに……」

 違和感を口にしかけたところで、当のシノアキが、

「あ─────、そういうことか、うん」

 先回りして微笑ほほえんだ。

「それ、あれやね、混ざっとるよ」

「混ざってる?」

「わたし、シノが名字でアキが名前。それで

「あー……」

 全員が納得の表情でうなずいた。

「やっぱ間違えられるんやね、短いもんねわたしの名前」

 すぐに思い当たったということは、これまでにも似たことがあったのだろう。

「で、志野はこれまでなんて呼ばれてたの?」

 ナナコが質問した。

「そうやね、名前呼びもあったけど、一番多かったのはフルネームそのままかなあ。まあせっかくやし、みんなも名前で呼ばれるみたいだからわたしもアキで」

「…………」

 彼女を除く3人は申し合わせたかのように頷くと、

「シノアキでいいか」

「シノアキだね」

「シノアキで全然いいよね」

「ちょ、人の話ばちゃんと聞かんね!?」

 本人の意志もむなしく、フルネームガン読みとなったのだった。

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