第1章 2006年、春へ その3

     ◇


「しかしみんな映像学科ってのも偶然が過ぎるな」

 入学ガイダンスに参加するため、大学に向かうちゆうつらゆきが不思議そうな顔でつぶやいた。

「ま、おかげで情報交換もできていいよね。たぶん語学の授業をまず選ばされるからさ、それを合わせたり」

 大学生2度めの僕に言わせれば、これは相当ラッキーだ。講義の範囲が同じということは、楽な授業やテストの範囲を教え合ったり、だいへんしてもらうこともできる。

「ふ~ん、詳しいわね。……ていうか、ここマジでおおさかなの? 牛の声が聞こえるんだけど」

「実家とあんまし変わらんね~」

「大阪っつっても県境だからな。大芸出身の作家のエッセイでも、田舎いなかぶりがひでえって書いてあったぞ」

「へー。なんて?」

「入口に衝撃の看板が立ってたんだってさ。『マムシに注意!』って」

「……帰ろうかな、あたし」

 田舎いなか道にあれこれ文句を垂れるナナコとつらゆき、そしてネコジャラシを振り回して、楽しげに鼻歌を歌うシノアキ。

 もちろん、前を行く3人も新しい生活に期待はしてるだろう。かつての1度めの入学式を向かえたときの自分もそうだった。でも、今の僕はさらにその何倍も期待して、緊張していた。どんな同級生がいて、どんな授業が待っているのか。

 ともあれ、てくてくと歩く内に目的地が見えてきた。

「あ、着いた着いた」

 建物が見えてから5分程度で、大学の入口に到着した。

「あー、そっか、試験の時にも見たけど忘れてたな」

 入口に立ってみて、貫之がゲンナリした声を上げる。

「これ、オールした後に響きそう……」

 ナナコが地獄の底から響くような声を上げる。

「ラスボス前のエンカウント多めなところって感じやね……」

 シノアキですら、恐れをなす。

 僕も見るのは2度めだけど、おおなか芸術大学名物、通称『芸坂』が立ちはだかる。

 エスカレーターも何もないこの急な坂を登った先に、僕たちの目指す校舎があった。


     ◇


「座る場所は学生番号順となっております。入口で配った一覧を見て、番号の書いてある場所に座ってください」

 映像学科のガイダンスは200人ぐらいが収容できそうな大教室で行われていた。

「みんな、番号バラバラだね」

「みたいだな。まとまって座れなさそうだ」

「えっと、きようが32であたしが15、シノアキが23で……鹿ろくおんは102ってまた離れちゃったねー」

「おめ、名前で呼んでくれっつっただろ!」

「あんたもさっき名字で呼んだから1回は1回っしょ!」

「まあまあ、2人とも……」

 入口でケンカはよくないので、とりあえずなだめておく。

「ふぁ~、めちゃくちゃ人が多いねー。これ全部同級生かなあ?」

 確かに、思ったよりも人数は多かった。130人ぐらいはいるだろうか。

「とりあえず時間もないし席につこうか。終わったあと、昼メシ一緒にする?」

「いいぜ。入口のとこに集まるか。学食ってもう使えんのかな」

「大丈夫じゃない? あとせっかくだし、学校の中も見て回りたいもんね」

「うん、そうだね~」

 この後の予定を決め、それぞれに分かれた席に座る。

 教室内の光景は、一見かつて通っていた普通の大学と同じだった。偏差値もさして高くもなく、かといって低くもなく、ほとんどの学生は夢や野望を抱いているわけでもなく、どこを見ているのかわからないような視線が交わされていたのを思い出す。

 しかし、たとえ教室自体や配られるパンフレットが似たようなものでも、生徒たちが違った。

 率直に言えば、まわりのどこを見渡しても、一癖も二癖もありそうなやつらばかりだった。……期待どおりというか、何というか。どうやら、ナナコたちはあれでも普通の側だったらしい。

「33って、ここか?」

「あ、うん……うん!?」

 隣にやってきた男を見て、思わず変な声が出た。

「はー、すげえな、ついに芸大に来たぜ!」

 身長190センチくらいか。めちゃくちゃ筋肉質で、ピッチピチにり付いたようなTシャツには『腕力』と筆字で記されていた。どう見ても芸大というより体育大の方が似合いそうなふうぼうだった。

「お前、なんていうの?」

「ぼ、僕? はし、橋場きよう

「橋場か。俺はかわげんきろうっていうんだ、よろしくな」

「……げんきろう?」

「おう、元気ですかー! の元気に一郎二郎の郎でげんろうだ。やべえ名前だろ? 絶対に鬱とか病気になれねえんだ、はははっ!」

 格好だけじゃなかった。鹿ろくおんといいシノアキといい、名前にインパクトあるやつ多すぎじゃないか?

 さすが芸大。こういうのが芸大なんだろうな。個性の塊みたいなのが集まりやすい環境なのは間違いないんだろう。

「橋場はあれか、映画作りたくてここに来たのか?」

「映画? いや、別にそうじゃないけど?」

 でも、よくよく考えてみればここは映像学科なわけで、普通はそう考えるのが自然といえる。

「そっか、じゃあゲームか? それともアニメか?」

「うん、ゲームは好きだな。いつかRPGとか作ってみたいなって」

「おう、俺もゲーム好きだぞ。スト2とかガキのころに死ぬほどやったよ! あとはスーパー実況プロ野球とか」

 格ゲーやスポーツゲーにハマっていたらしい。そんなところまでイメージどおりなのか。

「まあ、俺は実際に身体からだ動かすほうが好きだけどな。お前も、高校のときは何かスポーツとかやってたりしたのか?」

「いや、あまり。でもるのは好きだよ。野球とか」

「野球か! 俺もよく野球部のすけに出てたぜ。去年は惜しくも甲子園にいけなくてな……。秋の大会でも残念で、ウワサのないとうゆうに会いそこねたぜ!」

「内藤って、ああ、タオル王子の」

「タオル……王子……?」

 何のことかわからないという顔をされる。

 ……しまった! あれは2006年の夏の甲子園で、汗をタオルでぬぐってたことからついたニックネームだから、今の時点では存在しないんだった。

「あ、いや、それは別の選手だった。内藤、楽しみだね」

「おう! あれはプロも間違いないし、メジャーだって行けるだろ!」

「はは……そう、だな」

 このあと夏の甲子園で北海道の絶対的エース・通称ミーくんと投げ合って、確かに彼は大活躍する。大学野球でもエースを務め、鳴り物入りでプロ入りもする。……でも、そのミーくんがメジャーのヤンキースで2桁勝ってるのと裏腹に、内藤はプロで大苦戦するんだよなあ……。

「よし、そのうち一緒にプロ野球観に行こうぜ。やっぱりダイガースファンか? それともバッファローズ? 俺はふくおかフォークスなんだが、しばらくはさいとうカズキがエースでくんりんだろうし、今年は期待だぜ」

 斉藤カズキはたしか今年おおするんだっけ……。

「そ、そうだね。プロ野球は毎年ハデな話題があっていいよね。ダービッシュのメジャー挑戦とか、エースで4番で二刀流とかさ」

「二刀……流…?」

 しまった。これもまだありえない……!

「か、仮にさ、ピッチャーやりながらバッターとしても活躍する選手とかいたらすごいだろうな、とか……」

「無理無理! そんなマンガみたいなの、実際に出てくるわけないだろ!」

「はは……そう、だな」

 何というか、未来ってすごいんだなあ。

 

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