第3話  ランチタイムはにぎやかに

 友利梓は裏アカをやっている。

 しかもそこでクラスメイトへの想いを吐き出している。

 当然だが、疑問がある。

 もちろんなんで俺みたいなヤツを好きになったんだってこともあるけど、それ以外に、


① なぜ裏アカに気持ちをつづるばかりで直接告白してこないのか?

② そもそもなぜ裏アカなんかやっているのか?


 その二つが気になったが、本人に問いただしたりはしない。

 学院では他人とのつながりを作らない。

 数日前の図書室ではいつもの軽口を織り交ぜながらつい30分もキミ花トークに興じてしまったけど、そのルールは忘れていない。

 だから俺たちの関係性は何も変わらない……はずだったんだが。

「ランチにしましょ、梓……ん?」

「あら。鍵坂さん」

「どうかした? 僕たちに用?」

 昼休みの喧騒の中、事態はひそかに進行していた。

 目の前にいるのは友利と特に仲がいい三名の生徒。

 そして俺の隣にいる友利は、いつもの愛嬌たっぷりの笑顔で、

「私が呼んだんだ。今日は鍵坂くんも一緒にお昼を食べようと思って」

 途端、2Aの全員が大きくどよめいた。

「ちょっ⁉ 友ちゃんが鍵坂を誘った!」

「仕事サボりすぎてついにブチキレたか⁉」

「公開裁判か。風見かざみたちは陪審員。判決死刑で地獄行きだ」

「いやいや! たとえ死刑くらってもに交ざれるなら天国じゃね⁉」

 男女問わず吐き出される驚愕。

 さらには俺への羨望の眼差し。

 それもそのはず。

 俺以外の四人はクラスカーストどころかスクールカーストでも上位の顔ぶれなのだ。

【センパイ、今何してます?】

【全然仲良くないクラスの人たちに呼び出された】

【マジ⁉ センパイって意外とコミュ障だから心配っす。なんかあったら遠慮なくDMください!】

 後輩ちゃんからの激励DMをありがたく思いつつ、ではここで本日のゲリラ昼食会のメンバーを紹介しよう。

「歓迎するよ、鍵坂くん」

 さわやかに出迎えたのは、穂村翼ほむらつばさ

 若手売れっ子俳優だと言ったら誰もが信じそうな精悍な顔つき。180cmを超える長身。茶色がかった髪。夏の日の炭酸飲料なみにさわやかで優しげな口振り。

 あだ名はツバっち。

 見ての通りのイケメンだ。

「いつもは四人で食べてるけど、男子は僕だけだしさ」

 うれしそうに歓迎する穂村の言う通り、普段穂村は女子三人とランチタイムを過ごしている。

 いやいやなんだそのハーレムラブコメライフは? 今すぐ東京湾にでも沈めばいいのに、と嫉妬する男子はほぼいない。

 むしろ「穂村なら仕方ないか」と賞賛すら贈られるほどのギガ善人。

「去年同じクラスだった俺が言うんだから間違いないさ」

「? 何か言いましたか?」

「いや、ただの独り言。ていうか俺に敬語なんて使わなくていいのに」

「ふふっ、これはクセのようなものですので」

 お気遣いなく、とつややかな黒髪を揺らしておだやかに微笑んだのは神宮寺鈴香じんぐうじすずか

 第一印象は大和撫子な令嬢だけど、それは何も間違っていない。

 神宮寺グループ。

 実家にいたころに何度も耳にしたビッグネーム。

 三ケタの関連会社を傘下に持つ、この国有数の財力と権力を誇る大企業。

 神宮寺鈴香はそんな神宮寺グループ会長の孫娘。

 さらには、

「どうぞ、翼さん」

「いつもありがとう、鈴香」

 当然のように手作り弁当を穂村に手渡す神宮寺。

 そう、この二人は恋人同士だ。

 イケメンと令嬢。

 なんともお似合いの組み合わせだよな。

「校内カップルコンテストが開かれたら確実に入賞してるよ」

「まあ、そうでしょうか?」

「鍵坂くん、おだてちゃダメ。鈴香が調子に乗ってまた重箱のお弁当を作ってきちゃう」

「……! あれは翼さんが部活の後はお腹が減るとおっしゃるから……!」

「あはは、ごめんごめん。でも、また重箱もいいかも」

「えっ」

「量はすごかったけど味もすごくおいしかったし」

「もう、翼さんったら。ふふっ」

 前言撤回。

 この二人なら校内どころか国内カップルコンテストでも入賞できそうだ。

 それくらいの仲睦まじさだった。

(けど、別に問題じゃないな)

 むしろ好都合。

 何なら俺を無視してカップルトークに専念してくれた方がありがたい。

 そう、本日の問題は――。

「ふふっ。やっと私と仲良くする気になったの、鍵坂?」

 ぽんっと肩を叩いてきたのは日本人離れした外見をした少女。

 きらびやかな銀色のロングヘア。

 すらっとした長い手足。身長は女子にしてはやや高めの165cm。今すぐファッション誌の表紙に抜擢されそうな美しいプロポーション。

 その顔つきは迂闊に話しかけることをためらうほどに整っている。

 神宮寺鈴香が大和撫子な令嬢なら、こっちは異国の血が入ったお嬢様。

 ただしただのお嬢様じゃない。

 その証拠に耳にはピアスをしていて制服も着崩している。

 お嬢様×ギャルっぽさが絶妙に融合した奇跡のような少女。

 あきらかにまとっているオーラが違う。

 高嶺の花なんて言葉があるが、その雰囲気はエベレストに咲く一輪の白百合。

 風見千冬かざみちふゆ

 友利の幼なじみで、このクラスどころか学年一可愛いと誰もが認める少女だった。

「ちょっと。何か言いなさいよ」

「………」

「ねえ。前から言おうと思ってたけど、なんであんたって私を避けるの? 私のこと嫌いなわけ?」

「いや、そうじゃないけど」

「けど?」

「………」

「あー、もう! しゃべりたくないならいい!」

 せっかく話が合うと思ったのに! と千冬はため息。

「話ですか?」

「そうよ鈴香。鍵坂ってオタクでしょ?」

「ああ、なるほど。千冬さんもアニメがお好きですものね」

「違う! 私はアニメも漫画もゲームも全部好きなの!」

「わかっています。ただ失礼かもしれませんが千冬さんはギャルっぽいですし、そういう雰囲気が苦手な方もいらっしゃるのでは?」

「は? つまりオタクは陽キャギャルが苦手ってこと?」

 あはは、ないない! と。

 千冬は自信たっぷりに胸を張ってから、

「だって最近のトレンドは『オタクに優しいギャル』だもん」

「……おまえが優しいとは限らないだろ」

「はあ⁉ 優しいでしょ! 普通だったらあんたみたいなぼっちなんて気にもかけないけど、オタ語りできそうだから話しかけてあげてんのに!」

「………」

「ねえ、まさかまたシカト?」

「………」

「………っ! 最悪! やっぱりあんた嫌い! ホント私の好みとは真逆だわ!」

 千冬はぷんすかお怒りだった。

 ご覧の通り、風見千冬は陽キャ全開な外見のくせに二次元カルチャー大好き。

 令和の時代では珍しくもないオープンオタクというヤツだ。

(たしかにオタ語りはできそうだけどさ)

 しかし、千冬には申し訳ないが俺にはどうしても彼女と親しくできない理由があった。

 千冬が嫌いなわけじゃない。

 ただ、下手をすれば俺の数少ない交友関係まで崩壊しかねない。

「千冬。そんなに怒ると脳の血管切れるよ」

「うるさい梓! 大体なんで鍵坂なんか連れてきたのよ!」

「いい加減サボりすぎだから、私の仕事を手伝わせようと思って」

「は? 仕事?」

「昼休みの空き時間に千冬に勉強を教えるの」

「はあっ⁉ なんでよ! いつも通り梓が教えてくれれば……」

「私一人で教えても、なかなか成績が上がらないでしょ?」

「ぐっ……それは……!」

 たぶん千冬のことだからオタ活に夢中で家で勉強する時間がないんだろう。

 しかし、本音を言うわけにもいかなかったのか、

「そもそも鍵坂が仕事を手伝うとは思えないんだけど?」

「ううん。今だけ彼は私の召使い。でしょ? ぼっちくん」

「訂正しろ。この扱いは召使いって言うより奴隷に近いぞ」

 やれやれとため息をこぼす。


『鍵坂くん。この前図書室で「130円じゃ謝罪には安すぎる」って言ったよね?』


 さかのぼること数分前。

 昼休みに突入した瞬間、隣の席から急襲を受けた。


『待て。あのときあんたも「許す」って言ったぞ』

『気が変わったの。今度こそ許すから少しだけ仕事を手伝って?』

『却下だ。昼休みは一人で勉強したい』

『へえ。私も今日の放課後一人で勉強する予定だったんだけど、入っちゃったんだよね。茶道部の助っ人が』

『げっ』

『ホントはこの前助っ人するはずだったけど、どっかの副委員長が30分も待たせやがったせいで今日に延期になっちゃったの』

『性格悪いぞ八方ビッチ。断りづらい空気を作りやがって』

『むしろお礼を言って? ぼっちなキミが味わえない空気を吸わせてあげるんだからさ』


 友利はそう言って、クラスカースト上位会への出席を命じたのだった。

(普段の俺だったら何か裏があるのかって疑ってただろうな)

 しかし、そうはならない。

 本人は何食わぬ顔をしているが、友利梓のプランは丸裸だからだ。


《★本日のプラン・お弁当作戦

① 図書室の件を理由にKくんをお昼に誘う。

         ↓

② 今までの行動パターンからして学食に行かない場合、Kくんのお昼ゴハンは購買で買ったパンがメイン。

         ↓

③ 「味気ないゴハンだね。かわいそうで見てられないから私のお弁当の唐揚げ恵んであげるよ」とさりげなく誘導。

         ↓

④ 「うまい! あんたって料理うまいんだな! これなら毎日食べたい!」

「えっ、だったらまた一緒にお昼食べようよ! 今度はKくんの分のお弁当も作ってくるから!」

「ホントに⁉ じゃあもっと食べさせてくれ!」

「あっ、そっちは食べかけで……その、間接キスに……」

「俺は気にしないぞ。あんたは……嫌か?」

「――ううん! 全然っ!」

         ↓

⑤ tomochan、大勝利ぃいいいいいいっ!》


 裏アカにはそんな恋愛脳丸出しの作戦画像メモがアップされていた。

 俺のキャラが大分おかしい、こんな恥ずかしいセリフ死んでも言うわけない、SNSに晒す時点で無防備すぎる……とか思ったが。

(俺が裏アカを見つけたのはかなりの偶然だし、あっちも見つかるとは思ってないか)

『みんなの友だち』の手作り弁当。

 学院の誰もがうらやむ宝石箱だが、絶対に食べたりしない。

 tomochanには悪いが、俺たちの距離を縮めないためにもお弁当作戦とやらは完膚なきまでに叩き潰させてもらう。

「あっ! わかった! 梓と鍵坂って実は付き合ってるんでしょ⁉」

 しかし。

 ランチが始まって数分後、状況は俺も友利も予想しなかったルートへと突入した。

「えっ⁉ そうなんですか⁉」

「うん。わざわざ鍵坂を呼んだのは私らにそれを報告するためってわけ」

「でも、二人はいつも口ゲンカばかりだよ?」

「だからこそよツバっち。世の中にはケンカップルってジャンルがあるの。最近だとダミアニャが熱いわ」

 千冬、しってる! と某エスパー少女なみのドヤ顔で断言してから彼女は細い指でベーグルサンドを口に運ぶ。

「はあっ⁉ マジで⁉」

「梓と鍵坂が⁉ あんだけ仲悪いのに!」

「そういやこの前二人が図書室で一緒にいたってウワサ聞いたけど、あれってホントだったのか……!」

 マズい、教室ギャラリーがまたざわつき始めた。

(けどまあ、大丈夫か)

 友利なら「はあ? ないない。こんなサボり魔と付き合うなんて売れないホストをヒモにするキャバ嬢くらいだよ」みたいなパンチラインをかましてくれるだろう。

「えっ、えっと……」

 だが、委員長は頬をわずかに火照らせながら口ごもっていた。

 待て、なんだその意味深な反応は? とこっそり裏アカをのぞいてみると、

《ケンカップル……知らなかった~!

 私とKくんってそんな風に見えてたんだぁ、えへへ》

『えへへ』じゃねー!

「あれ? 半分冗談で言ったんだけど、もしかしてホントに付き合ってる?」

「えっ⁉」

「うわっ、マジ⁉ 信じられない! なんで幼なじみの私に話さないの⁉」

「ま、待って、落ちついて千冬っ」

「おめでと~! 相手が鍵坂なのは違和感あるけど梓が選んだってことは悪いヤツじゃないんだろうし、応援してあげる!」

「⁉ 千冬……」

 突然の祝福に《Cちゃん天使すぎるぅ! 大好き! 結婚式には絶対に呼ぶね!》と歓喜のつぶやきが……いや、待て。

(この状況でどうやってSNSしてるんだ?)

 対面に座った友利を見ると、左手をスカートのポケットに突っこんでいた。

 よく観察するとポケットが微妙に動いて……まさか、タッチタイピングの要領でスマホに文字を打ちこんでるのか?

「誤解だ、風見。俺たちは付き合ってない」

 意外な特技に驚きつつも、スキャンダルを否定しておく。

「ホントに~? なんかすごく怪しくて……あっ、そうだ」

 にんまりと微笑む千冬。

 彼女は食べかけのベーグルサンドを俺の方に差し出して、

「はい、口開けて?」

「は?」

「鍵坂の昼食って購買のパンばっかで味気ないじゃん? うちのママのサンドウィッチ、すごくおいしいからおすそ分けしてあげよって思って」

「それ、食べかけだぞ」

「ふふっ、間接キスとか気にしてる? 別に平気でしょ? 梓と付き合ってるわけじゃないんだからさ」

 千冬め。

 さては俺たちが付き合ってるかどうか強引にあぶり出しに来たな。

 ここで食べなかったら「やっぱり恋人の前じゃ他の子とイチャラブできないよね~」とでも言いたいわけだ。

 中学生じゃあるまいし、間接キスなんて気にせずサンドウィッチにかぶりついてもいいが……。

《う、嘘だよね、Cちゃん?》

 Aさんの裏アカにはこの世のすべてに裏切られたような恨み言が。

《信じてたのに……親友だと思ってたのに……私の作戦を実行するなんて……》

 おい、落ちつけ。

《私の唐揚げだって仕込みからちゃんとやったし絶対おいしいのに……もしかしてCちゃんもKくんが好きなの……?》

 フォークを持った右手がカタカタ震えてるぞ?

《前に『別の高校に好きな人がいるんだ』って言ってたくせに……『私の好みはワイルドな年上の人』って不良漫画読みながら語ってたくせに……男だったら誰でもいいんだぁ……淫乱、メス猫、この悪魔……》

 動揺しすぎて俺以外にまでパンチラインかましてるぞ⁉

 さっきは結婚式に呼ぶって決めてただろ。

「もう、千冬~。ぼっちくんなんかにあげないで私にちょうだいよ~」

 裏アカでの激情とは裏腹に友利はにこやかにおねだり。

 頭脳明晰な優等生らしい見事な軌道修正だったが、

「ダ~メ。梓には昨日あげたもん」

「そういえば二人はよくお昼をシェアしてるよね」

「さすが親友。大変仲がよろしいです」

 全然よろしくないぞ神宮寺。

 このままじゃ最悪Cちゃんの喉元に銀色の凶器フォークが突き立てられる。

(仕方ない。プラン変更だ)

 普段なら放っておくんだが、

 こうなったらうまく会話を誘導して、女の友情を守るしかない。

「悪いな、風見。今日はサンドウィッチって気分じゃないんだ。なんていうか、もっと脂っこいものが食べたい」

「!」

「たとえば、揚げもの」

「えっ⁉ ……そうなの、鍵坂くん?」

「ああ。具体的に言うと唐揚げとか」

 強引に千冬から会話の主導権を奪い取ってtomochanにアシスト。

 あとは友利がシュートを放つだけ。俺の仕事は終了で――。

「あの……あのね……」

 しかし。

 友利は思わぬご馳走を振る舞われた柴犬のようにあわあわしていた。

 その姿はいつもの彼女らしくない初々しさがあって……つい助けたくなる。

「おっ、唐揚げじゃん。一つくれ」

「あっ!」

 ひょいっと友利のお弁当箱から唐揚げを拾い上げてパクリ。

「ちょ、勝手に食べるなんて――」

「うまい。友利って料理うまいんだな」

「えっ⁉」

「これなら毎日食べたいくらいだよ」

 季節外れのサンタクロースからプレゼントをもらったみたいに、友利はまぶたをパチクリさせた。

 そして、ぷいっとそっぽを向いてから、

「舌が鈍ってるんじゃない? こんなのただの唐揚げだよ」

 ……いや、お弁当作戦はどうした?

 さすがにあのやり取りを最後まで再現するつもりはなかったけど、せっかく気を晴らしてやろうとセリフを言ってやったのに。

 そんなことを思いながら裏アカをのぞくと、

《ありがとうCちゃん! やっぱり天使ぃ! 幸運を運んでくれた!》

《Kくんにほっめられたほっめられたほっめてもらえた~! いつもよりがんばって作った甲斐があったよ~! それかひょっとしたら――》


《好きな人のことを考えながら作ったから、余計においしくなったのかも!》


 ……おい。

 そのコメントは純真すぎやしないか。

 女の友情を守れてよかったが、さすがに照れくさくなってくるぞ。

「うわっ、二人して照れてる」

「「!」」

 千冬の言葉にハッとする俺たち。

 銀髪ギャルは心底がっかりした様子で、

「これじゃホントに付き合ってないわね」

「えええっ⁉ そうなんでしょうか……」

「恋人同士にしちゃ反応が初心すぎだもん。唐揚げ食べただけよ? 小学生向けのラブコメだってもう少し過激な描写があるわ」

「残念。せっかくカップルが二組になると思ったのに」

「ちょっとツバっち。それじゃ私だけお一人様になるんだけど? てか鍵坂のことグループに入れたいわけ?」

「もちろん! 鍵坂くんはかなり頼りになる男だからね」

「イケメンはお世辞がうまくてお優しいこと。そりゃあ鈴香もオチるわ」

「ふふっ、翼さんは優しい方ですから」

「いやいや鈴香の方こそ」

「今のは皮肉で言ったのよ! それくらい察してよねバカップル!」

「ちなみに千冬さんは恋人は作らないのですか?」

 神宮寺の質問に千冬は「ふん」と息を吐いた。

「私好みのワイルドな男は進学校にはいないの」

「つまりは不良っぽい方がお好きなんですね」

「不良かぁ。そういえば、僕らの地区にも大きな不良チームがあるよね。なんでもそこのリーダーが信じられないくらい強いってウワサで――」

 再開されるにぎやかな雑談。

 どうやら俺と友利の関係性からは興味を失ってくれたらしい。

 それにしても、こんなに騒がしい昼休みは久しぶりだ。

 いつもは学食に行って一人で食べてることも多いしさ。

(そう考えたら、誘ってくれた友利に感謝した方がいいのか)

 唐揚げも冷めてるのにジューシーでかなりおいしかった。

 毎日は遠慮したいが、たまにならまたこうしてお昼を食べるのも――。

(――いや、そんなわけあるか)

 思い浮かべた可能性を否定する。

 俺らしくないことを考えてしまった。

 誰かと和気あいあいと食事をとる。

 に、つい懐かしいような、楽しいような気持ちになってしまったんだ。

「……鍵坂くん、またアニメ? せっかく誘ってあげたんだから会話に集中してよ」

 少しすねたような声。

 考えこんでいたのがマズかったのか、机の上のスマホの画面がついていることを友利に気づかれた。

「アニメ⁉ なになになに⁉ 何観てるの! もしかしてキミ花⁉」

 隣にいた千冬がスマホをのぞきこんでくる。

「むっ。見えないじゃない」

「あ、ああ。のぞき見防止のフィルム貼ってるし」

「あー、あれって便利よね。真正面からじゃないと画面を見られないから、電車の中でエロいアニメ観るときの必需品で――」

「……エロいアニメ?」

「誤解だ。俺が見てたのは……犬の動画だな」

 対面の席から友利がジト目でにらんできたのでごまかす。

 さすがにあんたの裏アカ実況を見てたとは言えない。

「あら。鍵坂さんはワンちゃんがお好きなんですか?」

「大好きだよ。実家でも飼ってるし。今は一人暮らしで会えないからときどき恋しくなってユーチューブで犬の動画とか見たりしてるんだ」

 これはホント。

 うまい嘘をつくコツは小さじ一杯の真実を混ぜることである。

(ただ、犬か)

 考えたら、友利の性格ってどことなく犬っぽい。

 普段の悪態ばっかりな姿は飼い主に懐かない猫みたいだけど、裏アカで本音を打ち明けてるときは甘えたがりの飼い犬みたいで、なんだか可愛い。

(だからついつい裏アカをのぞきたくなるのか?)

 思った以上にと会えなくてさびしいのかも。

 サクラは実家で飼っている真っ白なグレートピレニーズで俺によく懐いていた。

 あの屋敷にいい思い出なんてほぼないけど、子供のころから家族同然で育ったサクラと遊んだことは別で――。

「……ねえ、鍵坂くん?」

 と。

 愛犬との輝かしい記憶に想いを馳せていたのが悪かったんだろう。

「キミがどうしても食べたいなら、唐揚げもう一つ恵んであげよっか?」

 珍しく俺相手に照れくさそうにはにかむ友利。

 ひょっとしたらまだ例の作戦をあきらめてなかったのかもしれないが、

「えっ、ホントか、?」

 返答した瞬間、友利の笑顔が凍りついた。

 ……あれ?

 もしかして俺、やらかしちゃいました?

「サクラ? 誰と間違えてるのよ」

「それは……」

「あっ、もしかしてあんたの彼女とか⁉」

「は? どうしてそうなる?」

「やたら親し気に呼んでたもん! へえ~、そっか~、鍵坂って彼女いたんだ~」

 ニヤニヤとイジワルスマイル全開な千冬。

 興味深そうに身を乗り出す神宮寺。

 やっぱりやるね鍵坂くんと感心する穂村。

 あのぼっちに恋人が⁉ と再び騒ぎ始めるクラスメイトたち……あー、この展開はよろしくない。

(さすがに飼い犬だとは言えないぞ)

 だってそうだろ?

 よりにもよって『みんなの友だち』を犬と間違えたなんて知られたら襲撃を受ける。

 実行犯はまだ交際をあきらめてない友利梓玉砕者の会メンバーあたり。

「ふうん。ぼっちくんに彼女ねぇ。私はこれっぽっちも興味ないなぁ」

 ただ友利本人はいつもと変わらない塩反応。

 ああ、よかった。

 どうやら呼び間違えられたことはまったく気にしてなくて――。


《――サクラって、誰?》


 しかし。

 裏アカには身も凍る本音が。

《サクラって誰? 友だち? 妹? お姉ちゃん? それとも恋人? やっぱり恋人なのKくん? ねえ、サクラって誰? サクラって誰サクラって誰サクラって誰サクラって誰誰誰誰誰……》

「………」

 まあ、一つ朗報があるとすれば。

 千冬に勉強を教えるという本日のミッションは延期になるだろう。

(友利も俺もそれどころじゃないしな)

 飼い犬どころか狂犬ばりにSNSで牙をむき出しにする委員長を見ながら、俺はどうやって彼女をなだめるか考えることにした。

関連書籍

  • ラピスリライツ魔女たちのアルバム LiGHTs編

    ラピスリライツ魔女たちのアルバム LiGHTs編

    あさのハジメ/U35/Project PARALLEL

    BookWalkerで購入する
  • キミの恋人オーディション台本にないけどキスしていい?

    キミの恋人オーディション台本にないけどキスしていい?

    あさのハジメ/emily

    BookWalkerで購入する
  • 嫁エルフ。

    嫁エルフ。

    あさのハジメ/菊池政治

    BookWalkerで購入する
Close