第2話 優等生と問題児、雨と缶コーヒー
【ちゃっす、センパイ!】
日曜日の22時半。
俺が自宅のアパートで机に向かって勉強をしていると、DM《ダイレクトメッセージ》が届いた。
【今日のキミ花観ました?】
【まだ】
【えー、早く観てくださいよー。作画がマジ神だったんですから!】
DMの相手は……仮に後輩ちゃんとしておこう。
文面を見ればわかると思うが、オタクだ。
【ヒロインのおっぱいの描写がやけに気合入っててすげえ笑えたっす!】
訂正。
色々と末期な限界オタクだ。
【『キミだけに花束を』は健全な百合アニメだぞ。胸の作画で爆笑できるのはおまえだけだ】
【うっわ、百合ブタ特有のご意見】
【ブタじゃない。ただキャラ同士の友情描写が好きなだけ】
【あー、センパイってノマカプも好きっすもんねー】
【というかむしろおまえは百合アニメとか興味なかったじゃないか】
【いや、それはそうっすけど】
数秒経ってから、DM画面にアニメキャラの画像がアップされた。
キミ花のヒロインの一人、
【エリカたんは推しなんで♡】
【相変わらず赤髪キャラが好きだな】
【髪だけが魅力じゃないっすよ⁉ エリカたんはヤンキーだけどメインヒロインにだけはデレた姿を見せて……そうだ! せっかくだから今から一緒に最新話観ません⁉ こっちもリピりたいですし!】
【いや……】
【あっ。もしかして勉強とかしてました?】
【そんなことないよ。ちょうど観ようと思ってたとこだ】
つい嘘をついてしまった。
ホントは勉強に集中したいところだが、せっかくの親友からのお誘いだ。
ここは友情を優先しよう。
もっとも後輩ちゃんを俺の家に入れるわけにはいかないので、同じタイミングで配信サイトを利用するだけだが。
【……すみません。勉強の邪魔しちゃって】
【バレたか】
【バレるっすよ。センパイの人柄は知ってるんで。気づかってくれたんでしょ?】
【いや、キミ花観たかったのはホント。あらすじ的に今回は日常回だろ? 理屈で考えると来週はシリアス回になる】
【へ⁉ なんでわかるんです?】
【人間の心理的に、幸せの後に不幸が来るとより辛く感じるからだ。日常を見せて幸せな気分にさせてからシリアス展開を叩きこんだ方が視聴者に衝撃を与えられる。だから俺も今回は幸せな気分を精一杯味わいたい。来週来る地獄に備えて】
【ネタバレに近い予測はやめましょうよ⁉】
これだから頭の回転早い人は~! と即レスする後輩ちゃん。
よかった。
スマホの前で申し訳なさそうな顔してそうだったから会話で空気を変えようと思ったんだが、うまくいったらしい。
【あっ、ちょっと待て。せっかくだからコーラとお菓子用意する】
【えっ、うらやま】
【ほら】
【わっ、飯テロやめて~⁉】
コーラとアイスの写真を送ると後輩ちゃんが悲鳴を上げた。
【しかもそれハーゲンじゃん! いいなぁ、うちは親が厳しくて深夜の間食とかNGっすよ】
【一人暮らしの特権ってヤツだ】
と言っても俺の親が厳しくないわけじゃない。
むしろ、厳しすぎた。
後輩ちゃんには言ってないが、俺が生まれた鍵坂家はそこそこの名家。
とある業界においては知らない者はいない血筋だ。
『いいか、君孝。鍵坂の家に生まれた以上おまえの未来は決まっている』
脳裏に蘇るのは厳格な父親の言葉。
鍵坂本家の次男として育った俺は物心ついたころから二ケタの習い事をこなし、親戚一同や親の取り巻きに愛想を振りまくよう教育され、名家を構成する歯車となる哲学を強迫的なまでに叩きこまれ続けた。その結果、実に古典的な表現を使うなら……。
グレた。
そりゃもうわかりやすいくらいに。
(今考えれば、完璧に反動だよな)
敬虔なキリスト教徒として育てられた子供が、神の教えに嫌気がさしてデスメタルを崇拝するロックミュージシャンになったみたいなものだ。
かくして鍵坂君孝は親元を追い出され、1Kの安アパートで一人暮らしの身となった。
【センパイ、準備できました?】
【ああ。待たせた】
俺の目標は鍵坂本家に帰らず独り立ちすること。
なので今借りてる生活費をすべて実家に返却し、将来自分の力だけで現代社会を生き抜くために、少しでもいい大学に入りたいと日々勉学に精を出しているわけだ。
ただ、そんな込み入った事情まで後輩ちゃんに話す必要はない。
深夜にオタ友とアニメを満喫するんだ。
必要なのは湿っぽい
#
時刻は深夜0時。
キミ花の最新話を観賞し、あらかた感想を語り終えた後で、今夜のウォッチパーティーはお開きになったわけだが……。
「……納得いかない」
ツイッターのTL《タイムライン》を見ると後輩ちゃんと似たような意見が多かった。
つまりはみんなストーリーより作画に注目してる。
まあ、キミ花はサービス描写も多い作品だから別に構わないんだが。
(せっかく勧めたのにな)
思い出すのは、つい2日前の出来事。
『ねえ、アニメってそんなに面白いの?』
休み時間に教室でアニメを観ていたら友利にそんなことを聞かれた。
『もちろん。今期の一押しはキミ花』
『ふうん。まあ、私は絶対に見ないけど』
『は? だったらなんで聞いた?』
『どんなものを観たら鍵坂くんみたいな陰キャに育つのか知りたくて』
『俺も知りたい。あんたは俺に親か兄弟でも殺されたのか?』
まぁあんたにはこの面白さはわからないさ、と。
つい煽ってしまったっけ。
「なんか、また毒舌のネタを提供してしまったような」
キミが好きなアニメ観てあげたよ?
でもね、知ってるかな?
三次元の女の子の胸ってあそこまで弾まないんだよ? と冷笑されそうな気がした。
「おっ」
考えつつもキミ花の感想を検索していたら、共感できる意見を発見した。
《キャラクターの関係性がよかった! #キミ花》
《ヒロインたちが相棒同士みたいで好き~! #キミ花》
《初めて観たけどすごく面白い! #キミ花》
よし、と思わずガッツポーズ。
なんだ、やっぱりストーリーを評価してる視聴者もいるじゃないか。
そう思うとうれしい気分になる。
《ただ、三次元の女の子の胸はあそこまで弾まないと思うけど #キミ花》
「……どっかの委員長みたいなこと言ってるぞ」
いや。
あのセリフは俺の頭の中の友利梓が言ったものか。
(ていうか初めてって、最新話から見たのか?)
アカウント名はtomochan。
フォローもフォロワーもゼロ。
キミ花が始まる直前のつぶやきは、
《Kくんがオススメしてくれたアニメ、観てみようかな》
「なんだ、友だちに勧められたのか」
そのKくんとやらとは気が合いそうだ。
そんな風にうなずいていると、新たなつぶやきが。
《Kくんと感想とか語り合ってみたい》
《でも、いきなりアニメの話なんてしたらおかしく思われるかも》
《きっと私、Kくんに嫌われてるもん》
「ん?」
《彼の前だと素直になれなくて、つい口が悪くなっちゃうし》
《私が自分のことを嫌ってるって思ってるかもしれないけど……バカ。
周りが嫉妬しちゃうからああいう態度を取ってるだけ》
《大好きじゃなかったら、あんなにたくさん話しかけないよ》
「……なんか、青春してるなコイツ」
悩みを吐き出すようなツイートについ独り言をこぼしてしまった。
というか好かれすぎだろ、Kくん。
ちょっとうらやましいぞ。
「よし。がんばれ、tomochan」
素直に話せばKくんも振り向いてくれるさ。
キミ花を好きになってくれたのがうれしかったせいかつい応援してしまった。
まあ、所詮はSNSにありふれた見知らぬ誰かさんの恋愛事情。
明日には綺麗さっぱり忘れる出来事だ。
#
「鍵坂くん。この前オススメされたアニメ、暇つぶしに観てあげたよ」
しかし。
翌日、俺は生涯忘れられない会話をすることになる。
「アニメに罪はないから言うけど……キャラクターの関係性がよかったかも」
「えっ」
「ヒロインたちがなんだか相棒同士みたいでさ」
「………」
「初めて観たけど、まあまあ面白かったかな」
「………」
「ただ、三次元の女の子の胸はあそこまで弾まないと思うけど……って、なんでそんなに驚いた顔してるの?」
放課後の図書室。
窓の外からは急な夕立の雨音。
あいにく傘を持ってなかったので雨雲が去るまで勉強しようと参考書を広げたところで、話しかけてきたのは友利だった。
「そりゃ驚くよ。学院一の優等生がアニメを観るとは」
しかも今の感想やけに聞き覚えがあるぞ……とひどく嫌な予感を覚えながらも訊ねる。
「まさか俺に感想を伝えにきたのか?」
「頭でも打った? どうすればそんな自意識過剰な思考に行きつくの?」
「じゃあなんで来たんだよ」
「少し時間が空いたから読書しようと思っただけ。そうしたら……」
「俺がいた?」
「ううん。成績はトップだけど学級委員の仕事は全然しない陰キャで友だちの少ないかわいそうな生き物がいただけ」
俺じゃん。
本日も罵倒全開な委員長に向かって迎撃開始。
「その生き物の学名を当てようか? 鍵坂君孝って言うんだろ?」
「わっ、大正解」
「いや、不正解」
「は? 何が?」
「友利の態度。クラスメイトに対して今の悪態はどう考えても不正解だぞ、みんなの友だちさん」
「ねえ、今すぐ永眠して? お葬式でお経の代わりにアニソン流してあげるから」
「そっちこそ天に召されろ。墓にキミ花のアクリルスタンド供えといてやるから」
友利の口撃に対する俺の
図書室という名のリングで行われるのはいつもの軽口合戦なのだが、
「それでさ」
栗色のボブカットを揺らしつつ、友利はどこか緊張した表情で対面の席に座った。
「鍵坂くんはどう思った?」
「どうって?」
「キミ花について。勧めたのはキミなんだから感想くらい言うのが最低限の礼儀なんじゃない?」
「………。わかった」
「えっ……ホントに?」
「ただ、ちょっと待ってろ。飲み物欲しいから買ってくる」
「あっ、図書室は飲食禁止。外で飲んできてね、問題児くん」
「はいはいわかってますよ、優等生さん」
平静という名のマスクを被りながら廊下の自販機へと向かう。
(まさか、な)
考えすぎだと思いつつもスマホで昨日見つけたアカウントをチェック。
最新のつぶやきは、
《やったぁああああああっ! Kくんとお話しできるうううううっ!》
《しかも放課後の図書室! ヤバい! 青春っぽい!》
《何これ狂う死ぬ幸せ~! 出てるぅ! 頭の中セロトニンどばって出てりゅう!》
落ちつけ。
いくらなんでもキャラ違いすぎるし友利本人とは限らな――。
《Kくんのシャーペン、格好いいな~》
「!」
tomochanのアカウントに一枚の写真がアップ。
机の上に置かれた一本のシャーペン。
その黒くてシンプルなデザインには嫌でも見覚えがあった。
「マジで?」
自分のシャーペンの画像を見つめる俺をしり目に、『みんなの友だち』は《でも、せっかく勉強するんなら誘ってくれてもよかったのに……》なんてツイートをしていた。
#
「はぁ」
誰もいない空き教室。
好きな缶コーヒー(ちなみに友利も好きだったはず)が売り切れだったので代わりにお茶を飲みながら、ため息をこぼす。
あれから10分が経過。
気持ちを整理するまで図書室に帰る気分にはなれなかった。
「見て見て! この前の動画!」
「ちょ、それって友利さんが助っ人で出たヤツか⁉」
廊下から知らない男女の会話が聞こえてくる。
「そう! 女バスの練習試合! すごかったんだよ⁉ 強豪校相手に梓先輩が終了間際の3ポイントをきめて
「マジで⁉ あの人って部員じゃないのに」
「でも正直レギュラーより動きいいし、作戦も当日聞いただけで全部理解しちゃうし……あ~、正式入部してほしい~!」
「無理だろ。友利さんって運動も勉強もできるから引く手あまただし。ここだけの話、好きな相手がいるってウワサもある」
「はあ⁉ 梓先輩に⁉」
「だから部活も生徒会も入らないし、告白も断るんじゃないかって」
「やけに詳しいわね。あっ、あんたも梓先輩が好きなの?」
「なっ、ち、違う! オレは……!」
「わかるわ~。あの人ってすっごく親しみやすいから話してると『ワンチャン付き合えるんじゃね⁉』って勘違いしちゃうのよね~」
「ぐうっ、でも今まで誰も恋人になれなかったじゃねえか!」
「もしかしたらホントに好きな人がいるのかも」
「……くそがっ。あの友利さんが恋に落ちるって一体どんな野郎だよ」
うらやましげな男子生徒の声。
俺もそんなウワサがあるのは知っていたが、根も葉もないゴシップだと思っていた。
そう、さっきのツイートを見るまでは。
もし普段の悪態が建前で、ここに書かれたつぶやきが友利の本音だとしたら……。
《Kくん、まだかな~》
俺が困惑しているとはつゆ知らず、友利は興奮を抑えきれなそうだった。
《こんなチャンス二度とないかも!》
《徹夜でキミ花全話観て勉強してきたし!》
《あっ、でも茶道部の助っ人があるから長時間お話しするのは無理かぁ》
「茶道部の助っ人って何するんだよ」
思わず苦笑してしまった。
たしか茶道部は全員女子だったはず。単に助っ人って体で呼び出して『みんなの友だち』とガールズトークしたいだけなんじゃないか?
「まあ、好都合だ」
この後予定があるってことは友利は長居できない。
というわけで、止みそうにない雨を眺めながら空き教室で時間を潰す。
鍵坂君孝には目標にも似たルールがある。
学院では他人とのつながりを作らない。
当然恋愛なんてもっての外。
もちろん独り立ちのために勉強に集中したいからだが、それ以外にも理由はある。
特に、友利梓と距離を縮めるわけにはいかない。
だから毎日彼女に軽口を返してるんだ。
「あ、梓先輩が好きなのは同じクラスの副委員長じゃない? よく話してるってウワサ聞くよ?」
「はあ? ねえよ。コミュ障なガリ勉クソ陰キャで友利さんに嫌われてるって話だぜ?」
悪かったな、クソ陰キャで。
廊下の会話を聞きつつ、ひたすら待つ。
時計の針は俺が図書室を出てから30分が過ぎたことを示していた。
(そろそろ待ちくたびれて帰ったか)
けど、さすがに罪悪感がある。
さっきまでの期待にあふれたツイートを思い出すと申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「!」
……嘘だろ?
図書室の前まで来たところで中をのぞくと、そこには友利の姿が。
「いやいや、茶道部の助っ人はどうした?」
思わずドアに身を隠しながらつぶやく。
仕方ない、もう少し時間を潰すかと思ったが、一瞬だけ見た光景が頭から離れなかった。
さびしそうに赤色のスマホを見つめる友利梓。
その表情はあきらかに不安げだった。
(いや、同情するな)
ルールを思い出せ。
俺は勉強さえできればいい。
たとえ個人主義者と罵られようと、成績トップさえ維持できればいいんだ。
《……Kくん、どうしたんだろ?
急病で倒れてるとかじゃないよね……?》
しかし、いっそいつも通り言葉のパンチを浴びせてくれと思ったのに。
裏アカにつづられていたのは俺みたいな陰キャへの心配だった。
「――いいヤツすぎるだろ、友利梓」
そうつぶいてから廊下を引き返す。
記憶をたどれ。さっきはなかった。校内であれが手に入るとしたら――。
#
「すまん、待たせた」
図書室に走って戻った後で、友利に謝った。
「………! ……遅すぎ」
「悪い」
「私の堪忍袋のタフさに感謝して? 水分の過剰摂取で病院送りになれって一〇〇回くらい願ったよ」
いやいやすげえ心配してたじゃん、全部バレてるぞ? とはもちろん言えないので謝罪を続ける。
「しかもなんで濡れてるわけ? まさか雨の中遊びにでも行ってたの?」
「違うが、この際好きなだけ罵ってくれて構わない」
「……は? 何それ。いつものキミらしくないじゃん。まさか申し訳ないと思ってる?」
「ああ。だから、これ」
「? 缶コーヒー?」
「おごるよ。130円じゃ謝罪には安すぎるけどさ」
そう、動機がどうであれ、友利は楽しみにしててくれたんだ。
俺と共通の話題で盛り上がるのを。
普段観ないアニメを徹夜で勉強して。
おそらく約束してた茶道部の友だちに断りの連絡を入れてまで。
(さっきは『言葉のパンチを浴びせてくれ』なんて思ったけどさ)
実際に引っ叩かれてもおかしくないことを俺はして――。
「――今回だけ、特別」
やれやれとため息を吐きつつも、友利は缶コーヒーを受け取ってくれた。
「仕方ないから許してあげる」
「⁉ ホントか?」
「勘違いしないで。いつまでも謝られたら図書室中の注目が集まって困るだけ。ていうか、なんでコーヒーを選んだの?」
「いや、だって好きだろ?」
「えっ……」
「この缶コーヒー、よく飲んでるじゃん。それに今日の友利は寝不足……に見えたからさ」
さすがに徹夜明けだろとは言えなかったのでごまかすと、
「でも、このコーヒーは……あっ!」
友利は何かに気づいた様子で、雨に濡れた俺の制服を見つめた。
「まさか、雨の中買いに行ってくれたの?」
「何のことだ?」
「とぼけないで。これが売ってるのは校内で二ヶ所だけ。図書室の先にある廊下の自販機と、体育館の横の自販機。で、廊下の方は今売り切れ中なの」
「さすが優等生。記憶力いいな」
「キミだっていいでしょ。ただ、傘も差さずに買いに行くなんて……」
ぼっちくんってホントにバカだね、と友利は椅子から立ち上がった。
「? どこに行くんだ?」
「飲食禁止だから外で飲むの。戻るまでそこにいて。もし帰ったら今度こそ許さない。追いかけてキミの後頭部を空き缶の的にするから」
やけに剣呑なことを言ってから、図書室から出る友利。
(まだ怒ってるのか?)
好きな銘柄とはいえやっぱり缶コーヒーじゃ安すぎるよな。
そう思いながら裏アカをのぞくと、
《うえええええんよかったよぉおおおおおっ!》
ああ、よかった。
友利は怒ってるわけじゃなかったようだ。
《帰ってきてくれた、Kきゅん帰ってきてくれた……》
《素直に謝ってきたし! 何なの⁉ 急にデレてくるとかホント何なの⁉ 尊すぎて死ねるんですけど!》
《私の好きなコーヒー憶えててくれた~!》
「あんたは飼い主にほめられた忠犬か」
ごほうびにもらったオモチャをワクワクで地面に埋めるような喜び方だった。
見せびらかすみたいに事細かに実況しやがって。
なんだか見てるだけで微笑ましい気分になってしまう。
「はい、タオル借りてきてあげたよ。私のせいで風邪を引いたって言われたら面倒だし……って、なんで一人で笑ってるわけ?」
5分後。
ジト目でにらんできた友利に「なんでもない」とごまかす。
「わっ、見て見てあれっ!」
「う、嘘だろ⁉ なんで友利さんがあんなヤツと……!」
図書室の入り口の方からさっきの男女の小声。
驚愕と羨望の眼差しを感じるが、あいにく構ってる暇はない。
『みんなの友だち』の裏アカを知ってしまった。
他にも色々と謎や問題はあるが、今だけは共通の話題で盛り上がるとしよう。
図書室は飲食禁止。
もちろんコーラもスウィーツもないが、それでもなぜか楽しい時間を過ごせそうな気がした。