第4話  全然違うじゃないか

 唐突だが、俺は走っていた。

 全速力で駅の改札を通過し、ホームへと続く階段を駆け下りる。

 学院内ではテストの成績はよくても運動神経はイマイチというのが鍵坂君孝に対する評価だが、本気を出せば多少は走れる。

(よし、いいタイミング)

 ホームに着いた瞬間、発車直前の急行列車が停まっていた。

 乗客は少なめ。空いていた席に腰を下ろして、軽く一息。

 瞬間、車両のドアが閉まる。

「………!」

 思わず息を呑んだ。

 ガッ! と二つの腕が閉まりかけたドアの間に差しこまれた。

 この前アマプラで観たアニメ映画に似たようなシーンがあったっけ。

 ただし、強引にドアをこじ開けたのは紫色の汎用ヒト型決戦兵器ではなくて、

「ふう……あれ? なんでキミがいるの?」

 友利梓。

 軽く息を乱しながら乗車してきた委員長は、何事もなかったようにあいさつしてきた。

 時を戻そう。

 さかのぼること十数分前。

 授業が終わった俺は愛洲学院の最寄りにある新姫ヶ丘駅へと向かっていた。

 ごひいきにしている漫画の新刊が出るのだ。

(電子か通販でもよかったけど、店舗特典あるしな)

 勉強の気晴らしに渋谷あたりまで遠出しよう。急行を乗り継げば30分で着く。

 そう思ったのだけれど、

《いた! 見つけた!》

《まさか、これから会いに行く気?》

 背後に気配を感じてとある人物のSNSを見たら、尾行に気づいた。

 すぐさま追跡者を振り切るために突発的な短距離走を敢行したが、結果はご覧の通り。

「キミと一緒の車両になんて乗りたくないんだけど」

 それはこっちのセリフだ。

「まさか私をストーキングしたとか?」

 どの口が言ってるんだ尾行女。

「最低。いつかやらかすと思ってた。キミって誰にも言えない心の闇を抱えてそうだもん」

 余裕たっぷりに毒舌吐くのはやめろ!

 そっちの誰にも言えない裏アカはもうバレてる!

 今のあんたは衣装が破れたことに気づかず踊る哀れなピエロなんだ!

 とは言えないので、いつも通り軽口を返すことにする。

「友利って運動神経いいな」

「えっ、私が走るとこ見てた?」

「いや、ドアをこじ開けてたじゃん。ゴリラなみのパワーで」

「そっちこそ思考がおサルレベルなの? 電車のドアって何かが挟まったら事故防止のために開くんだよ?」

「そんなこと知ってるよミスゴリラ」

「ならからかわないでよミスターモンキー」

 ガタンゴトンと走り出した電車内。

 栗色の髪をなびかせながら、友利はさりげなく隣の席に座ってきた。

 そして、スマホを取り出してから。

《……もう、鈍すぎ。少しは私が追いかけてきたかもって疑ってくれてもいいのに》

 鈍いのはあんただ。

《まあ、隣にいる私が裏アカ実況してるとは思ってないか》

 まさか隣にいる俺に実況ツイが筒抜けとは思ってないか。

《私が息を乱すなんて。Kくんってあんなに速く走れるんだ。

 フォームも綺麗だったし、格好よかったな~》

 陸上部の常連助っ人にほめてもらえるとは。おほめにあずかり光栄だよ。

「今日は助っ人はいいのか?」

「まあね。私は今から……ちょっと遠くにあるケーキ屋に行くの」

「へえ」

 友利の発言は間違いなくフェイクだろう。

 彼女がわざわざ俺を追いかけてきた理由はたった一つ。

「鍵坂くんはどこへ行くの? ひょっとして……」

 ぎゅっと。

 緊張した様子で彼女は制服の赤いチェックスカートを握りしめながら。

「これからサクラさんとデート?」

「………」

 やっぱりか。

 ちょうど3日前の昼休みに生まれた誤解はまだ解消できていなかった。

 授業開始まで耐えきって時間切れドローを狙ったが、度重なる千冬の追及に耐え切れず、リスク承知でエサをまくことにしたのだ。


『サクラは俺にとって大切なヤツだよ』


 嘘は言ってない。

(実家での憂鬱な子供時代、何度あのモフモフに癒やされたことか)

 まあ、そんなことは知らずにエサに食いついた千冬たちは「やるじゃん鍵坂!」と黄色い声を上げてたっけ。

 教室の男子たちからも驚愕の悲鳴が聞こえてきた。

 で、問題の友利と言えば、


『ぼっちくんがそこまで言うなんて、サクラさんってすっごく素敵な人なんだね!』


 やたらにこやかに笑っていたが、俺は怖くて裏アカをしばらく見れなかった。

 大多数の追及を振り切ることには成功した。

 しかし執念深い一匹が猟犬ばりのタフネスで追ってくる気がしたのである。

「なあ、友利。少し俺の話を――」

「放課後に恋人とデートかぁ。さすが学年成績1位は余裕だねぇ」

「いや、だから話を聞けって」

「話しかけてこないでください。ついでに口を閉じたまま息を止めて心臓も営業停止してくださると大変助かります」

「……あー、そうですか」

 この通り、悪態の方もいつもより塩分多め。

(学院でもこんな調子だったけど、マズいな)

 ここまであからさまにすねるのを見たら――ついからかいたくなってしまう。

「だったら独り言を言うよ。今日はサクラに会いに行くわけじゃない」

「えっ……そうなの?」

「ああ。できることなら今すぐ会って抱きしめたいけどさ」

「………っ!」

「あいつとはよく遊んだっけ。公園で散歩もしたし、一緒のベッドでも眠った」

「はぁああっ⁉」

 ベ、ベッドって……! とわかりやすいくらいに動揺する友利。

「ちょっと、こんな場所でそんなこと言うのは……!」

「そんなこと?」

「だから……一緒に寝たとか……」

「別に構わないだろ? 俺とサクラは毎日キスしてた仲だぞ」

「うっ……!」

 頬を紅潮させたままで友利はうつむいた。

「……最低。キミって下半身までおサルだったんだね」

 そっぽを向いてから悪態を放って……ん?

「えっと、友利?」

「何?」

「ひょっとして……?」

「はあ? バカなこと言わないで? どうして私が泣かなきゃいけないの?」

 まあ、たしかに泣いてはいないのかもしれない。

 しかしかたくなに俺から顔をそらしてるし、綺麗なソプラノボイスもかすかに震えていて、挙句の果てには、

《【悲報】失恋しました》

 裏アカには悲し気な敗北宣言が。

《まけほー……》

《昨日の夜からずっと眠れなかったけど、悪い予感が的中した》

《お幸せにKくん……辛い……しんどい……せつないよぉ……こんな気持ちになるなら出会わなければよかった……明日からどうやって生きていけばいいかわかんないよぉ……!》

「すまん友利」

 このままじゃ次の駅で人身事故でも起こしそうだったので、すぐさま謝ることにした。

「今のは冗談だ」

「へ?」

「サクラは実家で飼ってる犬だよ」

「……犬?」

「ほら、犬だったら散歩したり、一緒に寝たり、顔を舐められたりするだろ?」

「………。じゃあ……」

 そっぽを向いたまま、友利は涙にぬれかけた声で、

「キミの下半身は人間なの?」

「その言い方はどうかと思うが少なくともサルじゃないな」

「ホントに? ホントにサクラさんはキミの彼女でも幼なじみでも婚約者でもないんだよね?」

「妄想広げすぎだ。冗談言って悪かったよ」

 素直に謝る。

 さすがに泣きかけるとは思わなかったしさ。

 これで友利の機嫌が直ってくれるなら……。

「ちなみにこの前教室で私をサクラって呼んだよね? あれはなんで?」

 さすが学年成績2位、記憶力いいな!

 いっそ「友利ってなんか犬っぽいから。すぐ俺に噛みつくとことか特に」と言おうかと思ったが、さすがにそこまでバカじゃない。

 

 対策はちゃんと練ってある。

「雰囲気が似てたからだ。ほら、見てみろって」

「⁉ こ、この写真……!」

 スクールバッグから出した写真を見て、目を見開く友利。

 そこに写っていたのは8歳の俺と子犬時代のサクラ。

 家にあったアルバムから発掘した一枚だ。

「可愛い……」

「な? で、真正面からこんなこと言うのもアレだが……あんたも可愛いだろ?」

「うん……」

「だから、ついサクラと呼び間違えたんだ。信じてくれるか?」

「うん……」

 友利は写真を見たまま、うっとりとした表情でうなずいてくれた。

(子犬みたいで可愛いって言えば怒られないんじゃないかと思ったけど、うまくいったか)

 ホッと胸をなでおろしながら、念のために裏アカの方も見てみると、

《子供Kきゅん可愛いいいいいいいいいっ!》

 そっちかよ。

「その写真、やるよ」

「えっ⁉ いいの⁉」

「だって好きなんだろ?」

「………⁉ 何言ってるの⁉ 私はただ……!」

「俺も好きだよ」

「えっ⁉ そ、それって、つまり、両想――」

「昔から好きなんだ、子犬」

「あっ、えっと、私も子犬が大好き! ちっちゃくて思わず抱きしめたくなるよねっ!」

「たしかにさっきは可愛いって言ってたし」

「う……」

「よっぽど好きなんだな。あそこまでうっとりするとは」

「か、観察しないで。クラスメイトを電車内で視姦するのはどうかと思うよ。私はうっとりなんてしてな――」

「そうか。ならこの写真はいらないな」

「えっ⁉ そんな……」

「冗談だよ」

「⁉ か、からかったな……このいじめっ子……!」

「怒るなって。ほら。写真やるからさ」

「あっ……ふん。仕方ないからもらってあげるよ」

 不満そうにしつつも、受け取った写真を宝物みたいに眺める友利。

(――マズいな)

 裏アカ情報を使えば普段塩対応な友利をかなり簡単に操作できる。

 今も軽くからかった後でちゃんと笑顔にできた。だからこそマズい。

(これは気を抜いたらハマってしまいそうだ……)

 友利も毒舌なしで笑ってるだけなら愛嬌たっぷりでずっと見ていたいくらいだしさ。

 ただ、油断はよくない。

 なぜなら裏アカ情報を利用しすぎるのにはリスクがあって――。

「あれ?」

 そこで、友利は何かを思い出したように、

「――ねえ。さっき、私のこと『可愛い』って言った?」

「えっ」

「言ったよね?」

「……まあ、言ったな」

 今度は俺の方がそっぽを向く番だった。

 だって、そうだろ?

 あそこまでストレートにほめたら照れくさくもなるさ。

「へえ~。まぁぼっちくんにほめられても全っ然うれしくないけどね~」

 くそ、裏アカ見なくてもわかるぞ。

 この委員長これ以上ないくらいご機嫌になってる。

(我ながら写真のチョイスがよすぎたか)

 さすがに子犬みたいで可愛いって感想はあざとすぎる気もしたけど、使える写真があれしかなかったんだ。

 サクラは超大型犬グレートピレニーズ

 現在はかなりの巨体だし、あれと似てて可愛いって言っても逆に怒られそうだしさ。

《ともほー! なんなの今日⁉ 色々と供給デカすぎりゅう! 幸せすぎて明日からどうやって生きていけばいいかわかんないよぉ~!》

 裏アカでの高らかな勝利宣言。

(喜んでくれてよかったよ)

 不覚にもそんなことを思ってしまった。

 隣で幸せいっぱいにはにかむ友利梓。

 その姿はそれこそ子犬みたいに愛らしい。

《――でも、仕返しは必要だよね?》

 は?

《最初はサクラちゃんがあたかも人間みたいな言い方して私をからかってきたし》

 いや、たしかにそうだが。

《お仕置きスタート~!》

 電光石火の執行宣言。

 ……お仕置きってなんだ?

 警戒していると、友利は右手で口元を押えながら、

「ふわぁ……なんだか眠くなってきた……ちょっと寝よっかな……」

 あくびをかみ殺した後で、ゆっくりと目を閉じた。

 そして、数分後。

 電車の振動に合わせて俺の方によりかかってきた。

 コツン、と友利の頭が肩に当たる。

 わずか数センチ先にある愛らしい輪郭。長いまつげ。小さな花弁のように可憐な口唇。色白で傷一つないすべすべした柔肌。

 まるで制服を身にまとった白雪姫だ。

 すぅすぅという心地よさそうな寝息が聞こえてきたが、確実にタヌキ寝入りだろう。

《少しからかうつもりだったけど、やりすぎかな?》

 その証拠に裏アカに投稿が。

 秘技発動、ポケットタッチタイピング。

《どうだどうだどうだ~?

 公共の場で女の子に密着されるご気分は~?》

 非常に効果的なお仕置きだよ。

「ねえ、見て見てあれ」

「寝てる人可愛い~。髪さらっさらで肌も綺麗。顔面偏差値高っ」

「使ってる化粧水教えてほしい……」

「隣の人って恋人かな? いいな~、ああいうの~」

 途中駅から乗ってきた中学生っぽい女子たちがこっちを見て小声できゃあきゃあ。

 確実にカップルだと思われてるぞ。

《うわぁ、こっちも心臓ヤバい。

 Kくんもドキドキしてるかな》

 悔しいことにしてる。

 肩に感じる重みと制服越しに感じる体温。

 距離がやけに近いせいでほのかに甘い匂いがする。

 香水なのかシャンプーなのかはわからないが、なんというか、女子の香り。

《絶対に口には出せないけど、裏アカになら書ける。

 ――このまま時間が止まればいいのに》

 口に出すどころか全部筒抜けだぞと暴露したかったが無理だった。

 ここまで幸せそうなツイートされるとつい邪魔するのをためらってしまう。

《Kくん……あったかい……》

 しかも、今の彼女は隙だらけ。

 本人はお仕置きに夢中で気づいてないが、全力でドアをこじ開けたせいか制服のシャツのボタンが二つほど外れていた。

 頭をこっちに傾けているせいで俺の角度からは彼女の柔肌と純白の下着がのぞいて……ああ、この恋愛バカ。

(いくらなんでも無防備すぎだろ)

 隣にいるのが俺じゃなかったら押し倒されてても不思議じゃないぞ。

「んう……」

 直後、息を呑んだ。

 大きめの吐息と共に、友利が華奢な両腕で俺の腕を抱きしめてきたのだ。

 まるで休日に街を歩く恋人みたいに。

 ぎゅっと二の腕のあたりに押し付けられるふくよかな胸のやわらかさ。

 やや乱暴にハグしてきたせいか、ブラどころか谷間までかすかにのぞいて――。

「んっ……けーくん……」

「えっ」

 なんでその呼び方をするんだ?

 それはSNS上だけだったはずで――。

「ぬごー」

 ぬごー⁉

 えっ? 何? 今の?

 16歳JKが公共の場で発していい音声じゃなくない?

「まさか、ホントに眠ったのか?」

 じゃなかったらあんなイビキ一歩手前の声を出すとは思えない。

(そういや、昨日眠れなかったとかツイートしてたっけ)

 電車の振動がゆりかごみたいだし、密着してるせいで体もあったまって心地いい。

 うっかり眠ってしまう気持ちもわかる。

「ただ、すまん委員長」

 早々に夢の世界から帰還してもらおう。

 今はいないが、もし学院の生徒が乗りこんで来たら余計な誤解をされそうだしさ。

「けーくん……」

「えっ……」

「いっそ……告白したい……でも……」

「……でも?」

 まさか、ついに判明するのか?

 友利が裏アカに想いをぶちまけるだけで、俺に告白してこない理由。

 文字通り夢見心地なまま無意識に返答してくれれば……!

「ぬぎゃー」

「寝息を進化させんな」

 思わずつぶやいてしまったが、委員長はすやすや夢の中。

 おまけに口の端からよだれまで垂れて……ああ、まったく。

「こんなとこまでサクラにそっくりだよ」

 サクラもこんな風に俺に寄りかかって爆睡してたっけ。

 たくさん遊んで疲れた後なんか特に。

(友利も疲れがたまってるんだろうな)

『みんなの友だち』なんて呼ばれる彼女は多忙だ。

 学級委員としての仕事の他に、毎日クラスメイト以外からの相談にも乗り、各部活や生徒会の助っ人も引き受けている。

 しかもあれだけ友だちがいるのに、誰かを頼る様子がない。

 基本的に、

(学院の生え抜きの生徒たちは慣れてるせいでおかしく感じないかもしれないが、外部入学組の俺からすればかなり異常だ)

 にもかかわらず、友利は学年2位の成績を維持している。

 きっと才能だけじゃない。

 たゆまぬ努力がその結果を――いや、成果をもたらしている。

「努力か」

 そして、鍵坂君孝という人間は努力が嫌いじゃない。


『いいか、君孝。鍵坂の家に生まれた以上おまえの未来は決まっている』


 まだ言葉もロクにしゃべれないころからそう言い聞かされてきた。

 うちの一族の進路はほとんどが医療関係。

 つまりは医者だ。

 しかも超がつくエリート揃い。


『人の命を預かるというのは失敗は許されないということだ。だからこそおまえもトップの成績で居続けろ』


 そんな言葉に従って、まだ純真だった俺は努力した。

 寝る間を惜しんで勉強し、休日返上で習い事にはげみ、鍵坂の名に恥じない人間になろうとしたんだ。

 死に物狂いで結果を出した。

 学校でトップの成績を常に維持した。

 空手、バイオリン、英会話……いくつもの大会で優勝した。

 誰かの役に立ちたくて、街で迷子になってた名前も知らない子を助けたこともある。


『ダメだな、おまえは』


 けれど、ある日。

 絶望を叩きつけられた。


『なぜ目標を達成するためにしなくてはいけない?』


 それは。

 まぎれもない天才からの言葉。


『私やおまえの兄は違ったぞ。それが鍵坂本家の人間の資質だ。なのに……ああ、残念だ。結局おまえは天才ではなく秀才だったか。それだけは……』


 どんな名医にも治せない、と。

 10歳の俺は父親から容赦のない診断結果を突きつけられた。

 それからどれだけがんばってもそのカルテを覆すことはできず、父親の教育方針にほとほと嫌気が差し、実家を離れることになったが、

(努力が嫌いになったわけじゃない)

 その証拠に今も寝る間も惜しんで勉強している。

 鍵坂本家に頼らず、自分一人の力で生き抜ていくという目標を叶えるために。

 だから友利梓の努力に共感してしまうんだろう。

 それに他の生徒たちと同じように、


『大丈夫! 私がついてるから!』


 頭の中で蘇るのは彼女のソプラノ。

 あの日の借りを俺はまだ返せていない。

「――お疲れさま、委員長」

 そんなことを考えたせいか、俺は友利を起こさないことに決めた。

 ポケットからハンカチを取り出して、彼女の口元のよだれを拭いてから、はだけた胸元に被せてやる。

 まあ、この行動に大した意味はないさ。

 うっかり寝言で俺に告白してこない理由を聞けるかもしれない。それに友利は俺の分まで学級委員の仕事をこなしてくれている。

 だから、もう少し眠って日々の疲れを取ってほしいと思っただけ。

(別に友利のことが好きになったわけじゃない)

 たしかに友利は努力家だけど、少しがんばりすぎな気もするしさ。

 それこそ、昔の自分を思い出すくらいに。

「けーくん……」

 と。

 そこで友利は俺の名を呼んでから、


「いっつも努力家なけーくんが……だいすき」


「………」

 ……よかった。

 今現在の自分の表情を友利に見られてなくて本当によかった。

 ツイートじゃなくて直接言葉で言われたのは初体験。

 これは、なんというか……。

「何が友利とサクラはそっくりだ」

 全然違うじゃないか。

 少なくともサクラが隣に寝てるだけじゃ、心臓はここまで騒いだりしない。

 今回の後日談というか反省点。

 友利だけじゃなく、俺も日々の勉強で疲れがたまっていたということ。

 俺が降りる予定の駅を通り過ぎても白雪姫に朝は訪れず、仕方なくその目覚めを待っていたら、いつの間にか一緒に眠ってしまい、気づいたら、

「お客さんたち、お邪魔して申し訳ないんですが終点ですよ~」

 終着駅で若い女性駅員さんに笑顔で肩を叩かれ、起こされていた。

 すぐさま二人で電車を駆け降りて、

「なんで起してくれなかったの⁉」

「あいにく俺はあんたのお母さんじゃないんだ!」

「こんなの一生の不覚……てか、さっきの駅員さんの笑顔、見た?」

「……見た。確実に俺たちをバカップルか何かと勘違いして――」

「口に出して言わないで⁉ もう最悪……って、嘘、シャツのボタンが……」

「ああ、それは」

「まさかキミの仕業⁉ クズすぎ……眠ってる間に外すなんて……」

「違う。胸にハンカチが乗ってたろ? むしろ俺は隠した側だ」

「えっ……助けて、くれたの?」

「仕方なくな。ボタンが外れたのはゴリラパワーでドアを開けたときで……おい、どこに行く?」

「ついてこないでストーカー。私は新姫に帰るの」

「俺もだよ。終点なんだから同じ方向の急行だ。てかなんでそっぽ向いて……ああ、さては助けられたのが照れくさ――」

「わ、わざわざ言及するとかホント性格劣悪だね⁉ キミに借りは作らない! このハンカチも洗って返すから!」

 つい5分前まで肩を並べて仲良く夢の世界に旅立ってたとは思えない、文字通り目の覚めるケンカっぷり。

 サクラに対する誤解は解けた。

 しかしまだまだ俺たちの冷え切った関係は溶けそうにないと、再び電車で友利の隣に座りながら俺は思うのだった。

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