二章(1)
胡桃に脅されて義賊となった日は、ひとまずなにもせずに別れることとなった。胡桃が言うには「完全下校時刻も迫ってますし、復讐の計画は後日きちんと立てましょう」とのことだった。まあ、僕としても心と思考の整理をしたかったからありがたい。
胡桃と連絡先を交換して、僕は一人で下校した。
部活終わりの生徒たちの流れにひっそり紛れて歩き、駅に向かう。
ホームで三十分ほど待機。数分遅れてやってきた鈍行電車に乗車。
帰宅の人間が多くて座れないので吊り革を持つ。ガタンゴトンと揺られること十五分。
ターミナル駅で乗り換えをして、また立ったまま揺られて四十分。
最後に二十分ほど自転車を漕いで、僕はやっとの思いで自宅に帰る。
街灯と家々の明かりに照らされた住宅街を進んでいくと、道の中程に一軒だけ真っ暗な一戸建てがある。表札に「夏目」と書かれたその家が僕の(正確には僕の父さんの)家だ。
空の駐車場の端に自転車を止めて玄関へ。解錠して扉を開ける。
静寂と闇に支配された空間が僕を出迎えてくれた。
手探りで玄関の照明のスイッチを押す。電気がついて明るくなるが、照らされるのは真っ白い壁と木目の床だけで、虚しいことに変わりはなかった。
適当に靴を脱いで、廊下の電気を点けながら、僕は無言でリビングへと歩いていく。
「…………」
帰宅したときに「ただいま」と言わないのは、返事がないことを知っているからだ。
僕の両親は昔から仲が悪かった。怒鳴り合いの喧嘩は日常茶飯事。お互いの悪口ばかり言うし、母さんの家出も頻繁だった。本当にひどいときは、父さんが不倫相手を家に連れ込んだりしていた。そんな生活に母さんが耐えられなくなって、離婚となったのが八年前。
どんな話し合いがあったのかは知らないが、僕の親権者は父さんに決まった。
僕には四つ歳が離れている姉がいたのだけど、姉さんは母さんが連れて出ていった。
お陰様で、かつてこの家にいた家族はバラバラとなっている。
父さんは多忙なので、あまり家に帰らない。
この一戸建ては、ほとんど僕一人で住んでいるような状態なのだ。
今日も父さんはばっちり不在だった。まあ、家が暗い時点で察していたが。
「……またか」
リビングに行くと、食卓の上に一万円札が三枚ほど置かれていた。
しばらくの飯代ということらしい。これが日常となっているので、メモ書きすらない。
まあ、悲しくも淋しくもないからいいけども。慣れてしまった。
不仲に理由があるのかは知らないが、父さんも母さんも昔から僕に無関心だった。
最低限、僕が世間体を保ちながら生きていく上で必要なものを揃えたら、あとは放置。
授業参観や運動会は不参加。テストや成績にも興味なしって感じだった。
唯一、僕が高校受験をするときだけは父さんが口を出してきたが、人生において干渉されたのはその一件だけだった。
僕はずっと、放任で育ってきたのだ。
……放任。放任、か。
放任で育ってきたからこそ、僕は今日怖いと思ったのだ。
僕が喫煙していると知ったら、あの父親はどんな顔をするのだろう。
僕が学校に復讐するなんて知ったら、あの父親はなにを言うのだろう。
わからない。わからないから、怖いのだ。
いつも能面のような無表情をしているあの人が、どんなふうに顔を歪めるのかわからないから怖い。もしかしたら、僕がどこでなにをしていようが無表情のままでいるのかもしれないが、それはそれで嫌だった。そこまで無関心なのだと知ってしまうのが怖かった。
ふと、思う。
僕が教師どもの暴言を人一倍嫌に思うのだって、両親の喧嘩を近くで見てきたからだ。
僕が間違いを犯さないように生きていたいと思うのだって、ずっと両親に放置されてきたせいで自己責任の思いが強いからだ。
不思議なものだ。放任で育っているのに僕の価値観は親に縛られている。
高校生が生きていく上で関わったことのある大人なんて親か教師くらいしかいないんだから当たり前か、なんて思った。思ったからといって、なにか変わるわけじゃないが。
なんだか出かける気力がない。出前でも頼むかな。
そう思ってスマホを取り出したら、軽快な音とともに通知が届いた。
新着メッセージだ。差出人の欄には「くるみ」と書かれている。
『先輩! 明日は旧部室棟の一番奥の部屋に来てください。そこで作戦会議をします』
僕はメッセージアプリを開いて、なんとなく思いついた返事をする。
『はい。胡桃様の仰せのままに』
『胡桃でいいですって。後輩のこと様づけで呼ぶの、癖になっちゃったんですか?』
シュポッとジト目をした猫のスタンプが送られてきたので既読無視した。
まあ、父さんの反応が怖かろうと関係ないか。
喫煙写真で脅されている限り、僕は胡桃に従うしかないのだ。
事態が悪い方向に転がらないといいけど。
復讐を企てる人間がハッピーエンドを迎えられるわけないよなぁ、なんて思ったり。
…………。
カップ麺のストックはあったっけ。
*
「……天体観測部」
翌日の放課後。旧部室棟の最奥に向かった僕は、そう書かれたドアプレートを発見した。
正確には既存のドアプレートの上に「天体観測部」という紙が貼られているのだが、まあ、そんなことはどうでもいいとして。
待ち合わせに指定された場所が、知らん部活の部室だった。
……来るところを間違えたか?
なんとなく歩いてきた廊下を振り返ってみるが、分かれ道などはない。
旧部室棟は一階建てだ。となると、他に最奥と呼べるような場所もないだろう。ここが胡桃の言っていた待ち合わせ場所で間違いなさそうだ。
うーむ。こんなところで作戦会議をするつもりなんだろうか?
どこからどう見ても普通の部室なんだけど、入っていいのか?
天体観測部という部活の実態を知らないから、なにをするのが正解なのかわからない。
そりゃあ、「失礼します」と言いながら入るのが無難なんだろうけど、ほら、そんな丁寧な物言いをして部室に入って、中に胡桃しかいなかったらなんか恥ずかしいだろ。
考えすぎ? いやいや、僕はそういう人間なんだ。
まあでも、廊下で突っ立っているのも怪しい。とりあえずノックくらいはしてみるか。
そう思ってドアに手を伸ばすと、
「あら、人の気配がすると思ったらやっぱり先輩でしたか」
そんなセリフとともに、僕の目の前にひょっこりと猫耳が現れた。
部室から飛び出してきたのはかわいい子猫……ではなく、猫耳つきのキャスケット帽を被った胡桃だった。胡桃は帽子を被ったまま、僕に向かってぺこりとお辞儀をする。
「どもどもです、先輩。意外と早かったですね」
「急に出てくるからびっくりした。帽子を被ってるから一瞬、誰かわからなかったし」
「ああ、これね。ふふっ。どうです? かわいいでしょ」
胡桃は帽子を被り直してドヤ顔をした。
まあ、僕の主観ではなく、一般的な事実として胡桃はかわいいと思う。黒とアッシュの髪の上に猫耳が生えるような感じになっているので、なんかサバトラ柄の猫みたいだ。
「なんで室内で帽子を被ってるんだ? 脱がないのか?」
「おっ。よくぞ聞いてくれましたね?」
胡桃は自慢げに鼻を鳴らすと、
「実はですね、復讐活動をするときはマイノリティの象徴として、この帽子を被ることに決めているんですよ。ほら、そういうのあったほうが気持ちの切り替えができるかなって」
なるほど。要するに、この姿は「星宮胡桃(復讐モード)」ということなのか。
胡桃は形から入るタイプなんだな。まあ、好きにすればいいと思う。似合ってるし。
「私、この帽子を被っているときは悪いことを考えていますからね。悪い子ちゃん状態ですからね。先輩もちゃんと覚えておいてくださいね」
「うん。わかった。覚えておくよ」
「いいお返事ですっ。さて、誰かに見られたら大変ですね。どうぞ入ってください」
胡桃にドアを全開にしてもらって、僕は天体観測部とやらにお邪魔する。
部室の中は案外あっさりしていた。
八畳程度の部屋には、長机が一つ。パイプ椅子が二つ。あとは棚が端にある程度で、部活の備品も部員の私物も見当たらない。天体観測部というと、地球儀や望遠鏡なんかを使うイメージだが、そういう類のものも置いてなかった。
言うならば、部室になりかけの空き部屋。精力的に活動している部活の部室ではない。
「いいですよ。そこらへん、適当に座って」
「ああ、うん。ありがとう」
胡桃に促されるままパイプ椅子に座る。軋む音。ほこりの臭い。校舎の歴史を感じた。
バッグを床に置いて、僕はとりあえず気になったことを尋ねてみる。
「なあ胡桃。ここ、天体観測部って書いてあったけど、他の部員はいないのか?」
「ああ、部員は……いないですね。一人もいないです」
胡桃はパイプ椅子を引いて、僕の正面に座る。その表情は若干暗い。
「幽霊部員が何人かいますけど、それをノーカンにしたら部員はゼロです。顧問も来ません。気づいたら創設者である私しかいなくなってましたね」
ふうん。そうなのか……って、待てよ。
「この部活、胡桃が作ったのか?」
「そうですよ? 私が入学した直後に作ったので、創設二ヶ月の部活になりますね」
なるほど。どうりで聞いたことない部活だったわけだ。
創設直後で廃部危機を迎えているなら、備品がろくに置かれてないことにも納得がいく。
「私は真面目に活動する気だったんですけどね。みんな、課題が終わらないとか忙しいとか言って、いつの間にか来なくなっちゃいました」
胡桃の声のトーンが露骨に落ちる。
さてどう返したものか。数秒考えて、僕は最適と思われる返事を導き出した。
「この学校じゃ仕方ないだろ。遅かれ早かれそうなってたと思う」
「……ですね。まあ、私も気にはしていませんよ。部員がみんないなくなったおかげで、こうして先輩と内緒話ができるわけですし」
「気にはしていない」は明らかに嘘だったが、胡桃の声色はいちおう回復した。
理性的で助かる。僕らの目的は学校への復讐だ。部員の現状に悩んだり部活の今後を憂えたりする時間は無駄でしかない。そもそも天体観測部がこの先どうなろうと、自主退学する胡桃には関係ないだろうしな。
「それじゃ、作戦会議を始めましょうか」
胡桃が居住まいを正すので、僕も背筋を伸ばした。
学校への復讐。さて、いったいどんな計画が飛び出してくるのだろうか。
脅されている立場ではあるが、僕は今日、胡桃のブレーキになるつもりでここにいる。
例えば、胡桃が誰かのことを殺そうとしていたりする場合は、さすがに全力で止めなくちゃならない。計画を聞いてスルーしたら僕まで警察のお世話になるからな。
共犯者で逮捕。レッツゴー少年院なんてことになれば当然、僕の親にも連絡がいってしまうわけで、結果的に喫煙がバレるよりもひどい展開が待っている。それはごめんだ。
胡桃はどのくらいの規模の復讐をするつもりでいるのだろう。
不安と緊張を胸に抱きながら次の言葉を待っていると、
「じゃじゃーんっ。作戦会議にはこれを使おうと思います」
間抜けな音色とともに、胡桃は自身のバッグから黄色い冊子を取り出した。
「……なんだそれ? ただのノートにしか見えないけど」
「よくぞ聞いてくれました。これはですね、『復讐ノート』というものです」
ふくしゅうノート。
脳内で変換しようとして、同じようなやりとりを思い出した。
なるほど。理解した。復習と復讐をかけて「復讐ノート」と名づけたのか。西豪高校という進学校への皮肉を込めたネーミングなのだろう。これは純粋に趣味が悪い。
「昨日は『なにをするかはまだ決めていません』なんて言いましたけどね、いくつか案を出してはいるんですよ」
「それがそのノートに書いてあると?」
「はい。素案がまとめてあります。今後はこれをもとに活動していこうと思います。えっと……ちょっと待ってくださいね。試しによさげな作戦を提案してみます」
胡桃がパラパラとノートを捲る。
目で追える速度ではないので、僕は頬杖をつきながらそれをぼーっと眺めていた。
復讐ノートね……。
今の時代にノートか。なんか古いな。
でも、犯行計画を記すなら消してもサルベージされる電子記録よりも、すぐに燃やして証拠隠滅できる紙媒体のほうがいいか、なんて思った。
いけない。思考が毒されている。
胡桃は何度かページを行ったり来たりしたあと、ぴたりと手を止めた。
「これなんかよさそうです。名づけて『全校生徒暴言配布キャンペーン』」
「……いや名前だけじゃわからん。詳細を求める」
「オーケーです。では、僭越ながら解説させていただきますね」
こほん、と咳払いを一つ。胡桃は国語の授業の音読中みたいな姿勢で案を語り始める。
「先輩。この学校、小テストの成績が悪い者は、教師に赤ペンで暴言を書かれるのは知ってますよね?」
「もちろん知ってる。提出した小テストに『ゴミ』とか『アホ』とか『真面目にやれ』とか書かれるやつだろ?」
胡桃は「はい。それです」と頷いて、
「私、『成績下位者は暴言を書かれる』というのは、この学校の悪しき法律を助長させる原因の一つだと思うんです。なので、そこに一石を投じるような作戦を提案します」
「ほう。具体的には?」
「私たちの手で、成績がいい人たちの答案用紙にも暴言を書きます」
「……ふむ」
成績上位者にも暴言を書く、ね。
胡桃は堂々と言い放っているが、率直な僕の感想としては微妙だった。
たしかに、この学校の価値観に踊らされている上位クラスの人間どもは憎い。うざい。
あいつらの心の支えとなっている優越感や全能感をハンマーかなにかで粉々に砕いたあと、懇切丁寧にゴミ袋にまとめて焼却炉に投げてやりたいと、思ってはいる。
でも、僕らのやることは『学校』への復讐で、最終目的は学校の在り方を変えることだ。
上位クラスの人間への鬱憤晴らしは目的に含まれていない……はずだと、僕は勝手に思っているのだけど。
胡桃はどう考えているのだろう。とりあえず言うだけ言ってみるか。
僕は小さく挙手をして発言権を求めた。
「すまん胡桃。ちょっといいか」
「はい、どうぞ。発言を許可します」
「この作戦の目的はなんなんだ? 学校を変えるというより、成績がいい人たちへの嫌がらせにしか思えないんだが。この作戦で一石を投じていることになるのか?」
僕の発言を聞いた瞬間に、胡桃の口角がにやりと上がった。
瞬時に悟る。これは言わされた、と。
くそ、腹立つ顔だな。
いいさ。聞いてやる。その質問は想定済みだと言うなら、僕のことを論破してみろよ。
「甘いですよ先輩。この作戦には二つの狙いあるんです」
「はいはい。聞かせてくださいな」
胡桃は意地悪く笑ったまま、得意げに人差し指を立てる。
「一つ目の狙いは、異常性の周知化。生徒たちにどれだけいい成績を収めていても暴言を書かれるんだと思い込ませて、学校への不満を抱かせます」
「周知化……あー……。なるほど?」
「今のところ義賊は私たち二人だけですが、学校を変えたいと思う人間が増えるのはいいことだと思うんです。私たちの支持者、とまではいかなくても、同志は多いほうがいい」
ふむ。悔しいが、説明されて少し納得してしまった。
上位クラスの人間が教師に対して不満を抱けば、学校全体の空気を変えられる……少なくとも全校生徒に、この学校の異常をきちんと異常として認知させられるってことか。
そう考えると、たしかにこの作戦は手始めにやるものとしては有用なのかもしれない。
「理解した。それで? もう一つの狙いは?」
「二つ目は、ちょっと説明が難しいんですけど……なんというか、教師たちにモヤっとした感覚を与えられます」
「モヤっとした感覚?」
「んーちょっと待ってください。今、私がモヤっとしているのできちんと言語化します」
胡桃は唇を尖らせながら、指でこめかみのあたりをクニクニ押す。ちょっとかわいい。
しばらく唸ったあと、胡桃はポンと手を打った。
「んあ、言語化できました。先輩、聞いてください。早く。忘れないうちに」
「聞くから早く話してくれ。なに?」
「ええっとですね、先程説明していませんでしたが、私たちが成績上位者のテストに書く暴言は、教師が実際に書いたことのある暴言に限るつもりなんですよ」
つまり「ゴミ」とか「ふざけるな」とかを書くってことか。
「それがどうしてモヤっとした感覚になるんだ?」
「想像してみてください。私たちの犯行を教師が知ったとします。生徒の答案用紙に落書きしている奴がいると、知ったとします。教師はどうなりますか?」
「そりゃまあ、十中八九キレるだろうな」
「そうですよね? でも、ですよ。教師たちはどれだけキレてどれだけ大問題にしても、『テストに暴言を落書きする奴がいる』と言うことはできないんです」
……どういう意味だ?
数秒考えてやっと、僕は胡桃の発言の意図を汲み取った。
「ああ、過去に自分の書いた言葉が落書きされているから『暴言』とは言えないのか」
「そういうわけです」
なるほどね。あんな奴らだが、いちおう教師だ。自分たちの行いがコンプライアンス的にマズいことはわかっているはず。
僕らが書き加える言葉を、教師が書いたことのある暴言に限るとすると。
教師たちは僕らの落書きを見つけて怒ったとしても「落書きがされている」としか言えないのだ。だって「暴言を書く奴がいる」なんて発言をすれば、完全にブーメラン。自分たちがいつも暴言を書いていると認めることになってしまう。
もしかしたらあいつらは普通に「暴言を落書きする奴がいる」と言うかもしれないが、保護者にまで連絡がいくような大きな問題にはできないはずだ。事態が大きくなればなるほど、自分たちの日頃の行いが問題になるリスクも大きくなるからな。
胡桃はこれらの歯がゆい思いをまとめて、モヤっとした感覚と表現したのか。
ここまで聞いてみると、ある程度は納得できた。
同志という名の異分子を増やし、教師たちに不快感を与えるテロ行為。非常に遠回しにだが、この作戦は「暴言を書くな」というメッセージにもなっている。
悪くない……かもしれない。合理的なような気はする。あくまで机上論だけども。
「だいたいわかった。広い目で見れば学校を変えるために動いてるってわけだ。やろうとしていることは学校に対する陰湿な嫌がらせだけどな」
「ふふん。陰湿で結構です。端からそういうコンセプトで計画してますので」
ぺったんこな胸を張る胡桃。なぜご満悦な表情なんだ。よくわからない。
とにかく胡桃の計画の規模はだいたいわかった。
僕は脳内でもう一度犯行の内容を確認してから、小さく頷く。
「うん。これくらいならやってもいいんじゃないか?」
「なんですかその言い草は。先輩は私に逆らえないんですよ? やるしかないんです」
「そうだけども。僕はもっと過激なことをするつもりなのかと思ってたからさ。ちょっと心配してたんだよ」
「過激?」
小首を傾げてから、胡桃は「ああ」と納得したように手を打って、
「学校の醜悪さをSNSで拡散して炎上させるとかですか? ダメですよ。そんなことしたら問題が大人の手に渡って終わりです。もっと私たちの恨みを教えてあげないと」
いや、想像していたのは殺人とかなんだけど……。まあ、ここで話にも上がらない時点で刑事事件レベルのテロは起こさないっぽいな。安心した。
僕がふう、と肩の力を抜くと、胡桃は復讐ノートをしまって立ち上がった。
「会議も一段落したところで、それじゃ先輩。一緒に買い出しに行きましょうか」
「買い出し? なにか必要なのか? 落書き用の赤ペンなら持ってるぞ」
「いえ、今回の作戦はペンを使いません。もう少し効率的にいきましょう」
胡桃は自信ありげに鼻を鳴らすと、腰に手を当てて言う。
「新品の消しゴムを使って、消しゴムはんこを作ります」
「……は?」