1章 妹は王立最強騎士女学園一年生(7)
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とある休みの日、ぼくとスズハはユズリハさんに呼び出された。
公爵家の仕立てた上等の馬車に乗ってやって来たのは、なんとサクラギ公爵邸。
驚くぼくの横でスズハはすまし顔だったので、どこに行くか知っていたのだろう。
だったら教えて欲しかった。心臓に悪い。
「やあ二人とも、いらっしゃい」
これは何事かと聞く暇もなしに、ぼくたちは広大な
「スズハくんとその兄上、今日は来てくれてありがとう。──今日はスズハくんと二人で、スズハくんの兄上に一日がかりで指導を願いたいと思ってね?」
「指導ですか……?」
「そうだ。キミがいつもスズハくんにしている、戦闘のトレーニングや実戦訓練のことさ。もちろん柔軟体操やマッサージもね」
「はあ」
大貴族の考えることはよく分からん。
ぼくがスズハをトレーニングしたり、実戦訓練の相手をしたり、柔軟体操を指導したりマッサージしたりしているのは、ぶっちゃけ金のない庶民だからだ。
もしもぼくたちがユズリハさんのようなとまではいかなくても、貴族だったり平民でも金があるような環境だったら、絶対に専門の人間を雇っていただろう。
一体どういうつもりなのか。
「スズハくんの兄上は難しい顔をしているな。だが別に難しく考えなくてもいい、今日はそんな遊びに付き合ってほしいというだけなんだ。もちろん、一日分の指導料はキチンと支払いさせていただこう」
「いえ、
「そう言わずに受け取ってくれ。では時間が惜しい、さっそく始めようじゃないか」
*
ユズリハさんに連れられて来たのは、邸宅の離れに建つ訓練場だった。
室内に入ると、中心には直径三十メートルほどの魔法陣が光り輝いていた。
魔法に詳しくないぼくが見ても分かる、極めて精緻な魔法陣だ。
作るのに
「さて、この魔法陣は試合場でもある。つまり魔法陣の中で戦うわけだな」
「この魔法陣は、いったいどんな効果があるんですか?」
「この魔法陣には、魔法陣の中で死んだ生物を再生する力がある。つまり──」
「つまり?」
「たとえ戦闘訓練で何度死んでも生き返ることが可能だ。非常に便利なものさ」
「この魔法陣を使って戦闘訓練すると?」
「結局のところ、訓練での成長がどうしても実戦に劣る点は、死亡可能性の有無だから」
その理屈は良く分かる。
どれだけ訓練を積み重ねても、一つの実戦にどうしても
それは実際に生命の危機を体験することで、能力の飛躍的な成長が促されることにある。
爆発的成長、時には覚醒とまで呼ばれるほどの進化はいつだって、極めて深刻な生命の危機によって無理矢理引きずり出されたものだから。
「それは──すごく魅力的ですね」
「だろう?」
なるほど、ユズリハさんが強いはずだ。
生命の危機をわざと与えて爆発的に成長させる、なんて普通は絶対にできない。
いくら強くなっても、そんなことを続けていれば、いつか本当に死ぬからだ。
けれどあの魔法陣があれば、そのデメリットは解消される。
「スズハくんの兄上は良く分かっているね。──世の中にはいるんだよ、いくら死んでも生き返れるのなら意味が無いだろうと思う
「ああ、いるでしょうね」
「なら一度死んでみろと言いたい。人間の持つ生存本能は、それほど甘い物じゃないんだ。いくら頭で『生き返る』と分かっていても、本当に死ぬとなれば脳汁もドバドバ出るし、走馬灯もぐるんぐるん
「さいですか」
走馬灯が何度となく繰り返されたおかげで、普通なら覚えていないような記憶も鮮明だ、と言いたいのだろう。
「ではスズハくんとその兄上。手加減抜きの訓練を始めようか──!」
最初はスズハとユズリハさんの訓練に、ぼくがたまに参加するようなものかと思った。
けれどすぐに訓練は実戦形式の、スズハとユズリハさん対ぼくの構造になる。
スズハとユズリハさんが二人がかりで、ぼくに襲いかかってくるのだ。
スズハは最初こそ
ユズリハさんは言わずもがな。
とはいえユズリハさんの強さは、スズハよりも一回りか二回りほど強い程度だったので、ぼく相手ということでかなり手加減してくれているのだろう。
なんたってぼくは騎士でもなんでもない素人だしね。
「──兄さんっ! どうして、わたしの攻撃が! 当たらないんですかあっ!」
「そりゃ当たったら死ぬからだけど」
いくら生き返るとは言っても、それでも死にたいはずもなく。
スズハの
そのどれもがまともに
それら攻撃を
一方のユズリハさんも同様。
ただしこちらは、更に攻撃が鋭くて何度か危ない場面もあった。
けれどなんとか回避できた。
この二人にコンビネーションを使われたら、本当に死んでいたかもしれないと思った。いや別に生き返るんだけどさ。