妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。1

1章 妹は王立最強騎士女学園一年生(8)

    8(公爵視点)


 報告のために当主の書斎に訪れた娘を見て、公爵は思わず目を見張った。

「──その顔はどうしたユズリハ? まるで自分がほとんど人類最強だと自惚うぬぼれていたら、圧倒的な強者に手も足も出ず完敗し、自分がただのクソザコメスだったと分からせられて尊厳だのアイデンティティだのが粉々に破壊された結果、今にも泣きそうなのを我慢する小娘のようじゃないか?」

「父上……そこまで分かってるなら、そっとしておいてください……」

「図星か」

 図星だった。

 ユズリハはもちろん、スズハの兄の強さを舐めていたわけではない。

 少なくともそのつもりだった。だが──

「まさか一撃も与えられないとは思いませんでした」

「一撃もか」

「はい……」

「あの男を殺すつもりで、あの男に殺されるつもりで、死ぬ気で戦った上でか」

「はい……」

「お前は昔からあの訓練方法に慣れている。それでもか」

「……申し訳、ありません……」

 ユズリハのうつむいた頭から、大粒の涙が何度も床に落ちた。

 それほどまでに屈辱だった。

 圧倒的な──大人と子供の差ほどもある、もしくはそれ以上の実力差だったのだ。

 けれど。

「ですが……成果はありました」

「ふむ?」

「わたしは今日の訓練で、今まで想像だに不可能だった武の高み──いえ、暴力の極地を見ました。感じました。ならばわたしはこれから、もっともっと強くなれます」

「一つ疑問なのだが……あの男はなぜそんなに強いのだ?」

 父親である公爵の質問に、ユズリハは涙でれた顔を拭って、

「正直に言ってわけが分かりません。それほどデタラメに強いのです」

「そうか」

「なので、わたしなりの推測でよろしければ」

「聞こう」

「スズハくんの兄上に話を聞いても、一般的な訓練以上のことはしていないようでした。──ですが違うのはマッサージです」

「ふむ」

 強さのけつがマッサージだと真面目に言われても、普通なら一笑に付すところだ。

 けれど公爵はユズリハから何度も報告を受けている。

 恐らくはそれこそが、スズハがユズリハを──幾多の戦場で圧倒的な無双を続けた結果、殺戮の戦女神キリング・ゴッデスあだされるユズリハをも驚嘆させる強さを得た、秘訣だろうということも。

「スズハくんに施している、あの極上すぎるマッサージですが、どうやら自身の身体にも施しているようです。しかも自分専用のもっと強力なものを毎日毎日、念入りに」

「それが強さの秘訣か?」

「恐らくはそうかと」

 ユズリハが一度言葉を切って、

「スズハくんの兄上は天性の武術センスも超がつく一流ですが、それよりなにより筋肉がすさまじいのです」

「見た目には普通に筋肉質の青年だったが」

「いいえ父上、見た目にだまされてはいけません。例えばわたしの筋肉も、柔軟性、密度、出力、きょうじんさなど一般兵の軽く数十倍はあると自負していますが──スズハくんの兄上の筋肉はわたしすらはるかに上回る、超極上の肉質ではないかと」

「ほう?」

「それの違いはあたかも、世界トップブランドの品評会最優秀賞を受賞した超極上牛と、そこらの駄牛の違いのごとく──いえ、もっともっと差は広がっているでしょう」

「そんなことが……ありうるのか?」

「分かりません。ですか、それくらいしか思いつきませんでした」

「……そんなマッサージがもし本当に存在したら、まさに革命ではないか……!」

「そうですね。鍛錬や、兵士育成理論における革命です」

「それだけではないぞ。もしも最初にソレを手にしたならば、その勢力は文字通り世界を統一できるほどの戦力を得られるだろう──」


 その後もいくつか言葉を交わした後、公爵は娘を退出させた。

 静かになった書斎で、眉間にしわを寄せながら考える。

「平民の小娘とその兄、か……」

 いくら面と向かって厳しいことを言っても、公爵自身はユズリハの戦闘力を極めて高く評価している。

 そのユズリハが、圧倒的に有利なシチュエーションでありながら手も足も出なかった。

 それはただでさえ最上級だったスズハの兄の評価を、さらに上方修正する必要があるということだ。

「やはり婚姻か……しかし、ううむ……」

 公爵から見ても、娘のユズリハは信じられないほど魅力的な美少女に成長した。

 その美貌はまさしくエルフ顔負け。

 スタイルも出るところは出て締まるところは締まっており、とくに胸元の成長ときたらサキュバスにすら圧勝するレベルの発育過剰ぶりだ。

 ユズリハを嫁にやるから公爵家に入れ、と言われて飛びつかない男など想像できない。

 けれど、アーサーは公爵家当主でありながら、一人の父親バカでもある。

 自分が政略結婚を強いられた反動もあるのだろう。

 娘には家のことなど関係なく、自由に恋愛してほしいという気持ちが強かった。

 それ以前に生まれながらの大貴族である公爵としては、どうしても娘の結婚相手として、平民というのは引っかかるところではある。

 なにしろ公爵が娘に内緒で作っていた結婚相手候補リストには、王族や他国の皇太子をはじめとした大貴族がズラリと並んでいるのだから。

「……まあ、いずれにせよ」

 公爵がこめかみをみながらつぶやいた。

「ワシの娘を泣かせた責任、存分に取ってもらおうか……ククク……」


 公爵の娘はユズリハだけではない。

 公爵家の所領に帰れば次女も三女もいるし、なんなら血縁にだって年頃の娘は大勢いる。

 そのうちどれを嫁がせるかはともかくとして。

 いずれにせよ、スズハの兄を公爵家に取り込むことは決定事項なのだから。

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