妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。1

1章 妹は王立最強騎士女学園一年生(6)

    6


 最近、スズハの帰宅が遅くなった。

 王立最強騎士女学園の生徒会役員に就任したからだ。

 なんでも一年生、しかも平民からの生徒会役員就任などぜんだいもんの大事件なのだとか。我が妹ながら誇らしい。

 それはそれでいいのだけれど。

「ただいま帰りました、兄さん」

「お帰りスズハ。今日の晩ごはんはメザシと豚しゃぶと焼きちくわだよ」

「「わあぃ」」

 スズハと一緒に歓声を上げたのはユズリハさん。

 最近ユズリハさんは毎日のように学校帰り、スズハと一緒に我が家に来ている。

 いやいや、公爵令嬢が庶民の我が家に入り浸っているなんて絶対おかしいですから──とは思うけれど、お貴族様にそんなツッコミを入れられるはずもなく。

 それに貴族うんぬんさえ抜きにすれば、スズハの友達が遊びに来るのは大歓迎だ。

「ユズリハさんも、よろしければ一緒にどうぞ」

「そうか? では悪いが、ご相伴にあずかろうかな」

 いやユズリハさん、スズハと一緒に「わあぃ」って言ってたじゃん。

「ていうかユズリハさん、メザシなんて食べたことあるんですか?」

「我が家では無いな。だがスズハくんの家のごはんはなんでも美味おいしい、いつも楽しみだ。すまんな」

「いえいえ。毎日スズハがお世話になっていますからね」

 さて、なんでユズリハさんが最近いつも我が家にやってくるのかという話なのだけれど、二人の話を聞くとどうやらこんな流れみたいだ。

 一、スズハが生徒会役員に就任して以来、生徒会長であるユズリハさんは毎日熱心に、スズハに生徒会の仕事を指導してくれているらしい。

 二、生徒会の仕事が終わると、これまたユズリハさんがスズハを実戦形式──いわゆる本気の殴り合いで熱血指導してくれる。

 三、そうしてボロボロに疲れ果てたスズハを、そのまま帰宅させては暴漢に襲われても反撃できないから、という理屈でユズリハさんが家まで送り届けてくれるのだった。

 ……いや。前二つはともかく、最後の付き添いは不要だと思うけど。

 スズハならどんなにボロボロの状態でも、暴漢とかそこらの一般兵に囲まれる程度なら返り討ちにできると思う。

「いいかいスズハくんの兄上、家まで送り届けるのは絶対に、間違いなく必要なんだ」

「そうでしょうか?」

「当然だとも。スズハくんならいつもは手加減できる相手でも、ボロボロに疲れていてはロクに手加減できないだろうからね」

「ああ……そっちですか……」

「襲ってきた暴漢をうっかり完膚なきまでにケチョンケチョンにたたき潰して、駆けつけた警備兵に事情を延々と聞かれるのはとても面倒なんだぞ? ああそうさ、戦いなんかよりよほど面倒なんだ……」

 遠い目をするユズリハさん。

 どうやらイヤなことを思い出したようだ。

 ていうか間違いなく経験者だよね?


    *


 庶民丸出しの夕食であるメザシを、ユズリハさんは美味うまい美味いと言いながら平らげた。なんならおかわりもした。

 問題なのはその後で。

 ぼくがスズハに施すマッサージを、ユズリハさんが食い入るように見つめてきたのだ。

「じーっ……」

「……あの……」

「じーっ……」

「……ユズリハさん……?」

 正直そんなに見つめられると、やりづらくって仕方がない。

 えが悪いのは重々承知している。

 なにしろインナーマッスルまで完璧にみほぐすため、お尻の穴にまで指を突っ込んでいるように見えるのだ。正確にはちょっと違うのだけれど。

「……え、えっと……、なにかおっしゃりたいことでも……?」

「そ、そんなことはない! そんなことはないぞ! わたしは全然、自分もスズハくんの兄上に、身体からだの芯までマッサージして欲しいなんて、そんなことは一ミリたりとも思ってないからな!?」

「そ、そうですか……」

 ならばそんなに、悔しそうな目で見つめないでいただきたいのですが。

 実はユズリハさん、以前ぼくのマッサージを受けている。

 その日、今日と同じようにぼくのスズハへのマッサージをあんまり熱心に見られたので、苦し紛れに「ユズリハさんも受けてみますか?」とか言ってしまったところ、食い気味に「そ、そうかっ!? じゃあものは試しというし、一度試してみよう! よろしく頼む!」などと言われてしまったのだ。

 けれど。

 マッサージを終えた後、なんとなく不服というか不完全燃焼みたいな顔をしていたので、ぼくのマッサージはお気に召さなかったはずだけれど──

「…………やはり違う」

「え?」

「スズハくんの兄上が、スズハくんにするマッサージと、わたしにしたマッサージとでは全然違う。一体どういうことなんだ!?」

「そりゃ当然ですよ。こんな身体の芯まで揉みほぐすきわどいマッサージをきょうだいでもない、ましてや大貴族のユズリハさんにできるはずがないでしょう」

「そんなのずるい。貴族差別じゃないか」

 なにを言ってるんだこの公爵家直系長姫様は。

「いやいやいや、もしもスズハと同じマッサージをして、お父様にバレたら無礼討ちじゃ済まないですよ? ぼくもスズハも打ち首獄門ですよ?」

「父上なら絶対に大丈夫だろう。それ以外でも、どんな罪にも一切問わないぞ。わたしの全身全霊をかけて保証する」

「ていうかそれ以前に一般常識としてアウトです」

「なぜだ」

「嫁入り前の娘さんじゃないですか」

「もしも未来の夫との初夜前にキミがわたしの尻の穴を犯したとして、その程度のさいなことを問題にするようなケツの穴の小さいヤツは、わたしを嫁にする度量に欠けている。そんな男はこちらからお断りだな。そ、それにだなっ。もし万が一わたしに嫁の行き手が無くなったら、キミに責任を取ってもらうという裏技もあるし……」

「冷静になってくださいよ。度量に欠けるもなにも、世間一般的にはユズリハさんの方が超アウトですからね?」

「くっ。ああ言えばこう言う」

 なぜか悔しそうにみするユズリハさん。

 どう収拾付ければいいのか分からずに困っていると、ぼくのマッサージが止まった手の下で、スズハが思いついたように言った。

「ひょっとしたらユズリハさんも、ただ強くなりたいだけなのかも知れませんね」

「──うん?」

「兄さんのマッサージは、確かにこの世界のどんなマッサージとも違う独自のものです。ならば求めるのは当然でしょう」

「ユズリハさんはあんなに強いのに?」

「どれだけ強くてもさらなる高みへと至る欲求は衰えないかと。兄さんもよくご存じではないですか」

「ふむ……」

 そういうことなら、無下に断るのも気が引ける。

 それにユズリハさん自身が、どんな罪にも絶対に問わないとまで言い切っているわけで。ならば──

「え、えっと。じゃあユズリハさん、一度やってみますか?」

「うむっ!?」

「スズハにやっているのと同じで、身体の芯を、体内深くのインナーマッスルまで完璧にほぐすマッサージです。もちろん内容が内容ですし、万一バレればユズリハさんはお嫁に行けない可能性も十分ありますから、無理にとはいいませんが──」

 ユズリハさんの反応は劇的だった。

 今まで泣きそうなくらい悔しそうな顔だったのが瞬間、ぱあっと満面の笑みが浮かび、慌ててクールフェイスをよそおったのだ。

 貴族は感情を表に出してはめられる、とでも思ったのかもしれない。

 それでも唇の端がニヨニヨ動いてるのは止められてないけど。

 とても大貴族の娘とは思えない。

「そそそそうかっ!? いやそうかそうか、キミがそんなにマッサージしたいというならば仕方ないなっ!」

「いやぼくとしては、どちらかというと大反対で──」

「いやいやいやっ、それ以上は言わないでいいっ! まあわたしも貴族ノブレス・の義務オブリージュとして、庶民のマッサージというものを知っておく必要があるし!」

「えええ──」

「ああキミ、わたしが貴族だから手心を加えようなんて絶対に考えるなよ? スズハくんと全く同じ、手加減抜きの全身全霊のヤツをお願いする!」

「……まあいいですけどね」

 その後すぐに服を脱ぎ捨てて、パンツ一枚の姿でベッドに横たわったユズリハさんに、ぼくはお望み通りの全力マッサージを施した。

 ちなみにぼくのマッサージ、慣れるまでは結構痛いんだけど、言われたとおり遠慮せずぶちかましてやった。

 その結果、ぼくが指圧するたびユズリハさんはおかに釣り上げられた魚みたいに、ビクンビクンと盛大に跳ねまくっていた。

 ちなみに今日のユズリハさんの下着は黒だった。

 それを見たスズハがやたらと感心した顔つきで「こ、これが、貴族令嬢のエロスをかもす上級下着なのですね……!」とか言っていたので、兄としては少し心配。

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