妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。1

1章 妹は王立最強騎士女学園一年生(5)

    5(ユズリハ視点)


 深夜のサクラギ公爵邸。

 当主の書斎で、公爵とその娘が真剣な表情で向かい合っていた。

「さて。あの男、ユズリハはどう見る?」

「公爵家に取り込むべきです」

 ユズリハはなんの迷いも無く断言した。

「絶対に、間違いなくかつ可能な限り早急に、我が公爵家に取り込むべきかと。もちろん妹のスズハくんもとんでもない傑物ですし、一緒に取り込めるなら万々歳ですが、まずはスズハくんの兄上を確実に取り込むことこそ肝要かと」

「最上級の評価だな」

「いいえ父上。最上級という評価すら生ぬるい──スズハくんの兄上を取り込めるかどうかで、我が公爵家の行く末は大きく明暗を分けると愚考します」

「どうしてそう思う」

 ユズリハは興奮冷めやらぬ口調で、父親に思いの丈をぶつける。

「まず最初に驚いたのは、わたしですら勝利するのに苦労したスズハくんに対し、まるで赤子の手を捻るように圧倒していたことですね」

「……訓練だからではないのか?」

「スズハくんの目を、動きを見れば分かります。どうにかして自分の兄から一本取りたい、そんな本気がき出しになっていました。そのスズハくんが相手にもならないのです」

「ふむ。ならばあの男、どれほど強い?」

「わたしが戦った感触だとスズハくんが現状、最低でも騎士団トップクラスに強いですね。そのスズハくんを軽く捻るのですから、スズハくんの兄上の強さは最低でも騎士団長以上。ヘタをすれば……この国で一番の強さかと」

 しかもそれに加えて、とユズリハが続けて、

「それよりも一番の衝撃は、あの『柔軟体操』と『マッサージ』です」

「ほう?」

「わたしがスズハくんと戦って本気で驚いたのは、身体からだの動きがすさまじくしなやかでかつ可動域が圧倒的に広くて、にもかかわらず筋肉があたかも極限まで捻ったゴムのように、爆発的なパワーを秘めていることでした」

「その体質が、あの娘の強さのけつか」

「わたしもそう思っていました。ですが──」

「なんだ?」

「……もしもあの超上質な筋肉が、スズハくんの兄上の柔軟体操やマッサージによって、人為的に生み出されていたとしたら……?」

「……!」

 公爵は絶句した。

 不世出の戦女神である自分の娘が絶賛する、スズハの恐ろしいまでに特上ランクの筋肉。

 それが、人の手で生み出されている可能性を示されたのだから。

「父上。正直に言って、わたしは今すぐスズハくんの兄上を我がやしきに拉致して、毎日毎日朝から晩まで訓練を付けて欲しくてたまりません。そして訓練の終わりに、スズハくんの兄上から何時間でも、極上マッサージで筋肉をほぐしまくってもらいたいのです」

 公爵も、あの男の施すマッサージは見ていた。

 年頃の妹の腕や肩や脚はもちろん、尻やふとももの奥深くまで念入りに揉みしだいて、全身の状態を確かめ、まるでいつくしむようにじっくりしっとりマッサージをしていた。

 平民のきょうだいがするならまあ構わない。

 けれど大貴族の娘が、平民に施されるものとしては完全にアウトだ。

 たとえ医療行為だと言い張っても、もしバレれば醜聞になるのは間違いない。

 そんなことくらいユズリハだって理解しているはずだ。

 だから公爵は諭す。

「ユズリハ、分かっているはずだ。そんなことは認められない」

「……はい……」

「そしてもう一つ」

 公爵は厳かに宣言した。

「あの男を、今すぐ我が公爵家に取り込むことはできん」

「なっ──!?」

 公爵の言葉に、ユズリハは信じられないとばかりにみついた。

もうろくしたのですか父上!? スズハくんの兄上の実力は、最近では戦場に出ない父上でも容易に感じ取れたはず!」

「落ち着けユズリハ」

「これが落ち着いていられますか! もしも対応を誤ってスズハくんの兄上が他の貴族に──いいえ、それならまだマシです! 敵対国などに取られることになってしまったら、この国は滅亡の危機にすら直面しかねないのですよ!?」

「そんなことは承知している。いいからワシの話を聞け、ユズリハ」

 静かに諭す公爵の威厳ある態度を見て、ユズリハはようやく落ち着きを取り戻した。

「し、失礼しました。ですが父上」

「あの男が傑物なのは認めよう。わが公爵家が絶対に取り込むべき存在だということも。だがそれは、極めて慎重に行わなければならん」

「それはなぜです?」

「お前の存在だ、ユズリハ」

「……へ?」

 目をパチパチさせるユズリハに「分かっていないな」と公爵が首を振る。

「お前の戦場での多大な功績とそれによる存在感は、現在の我が国において極めて大きい。現に次代の王は現王家から出すのではなく、ユズリハが次期女王になるべきだと口にする貴族も一定数いるほどだ」

「そんなたわごとをのたまうやからがいることは知っています。ですが、わたしにそんな気は一切ありませんので」

「ユズリハの意思が問題なのではない。問題は、それが実現可能なほどの知名度、血筋、能力を、お前が持ち合わせていることだ」

 まったく、ウチが公爵家でなく、男爵家などの下級貴族ならばまだマシだったのだがな──などと公爵が続けて、

「現在、王家と我が公爵家は極めて危うい権力バランスの上で均衡を保っている。そこへ何の考えも無しに、お前と同等──もしくはそれ以上の戦力となるだろうあの男を、我が公爵家へ引き入れたらどうなる? ついでにその妹までくっついてきたら?」

「バランスが崩れると……?」

「そうだ。我が国の貴族社会は真っ二つに割れ、次期王座を巡って間違いなく内戦になる。お前やあの男の意思など関係なしにな」

「そ、そそそそれはダメですっ!」

 王族を除く貴族階級の最上位であるサクラギ公爵家の初代当主は当時の国王の弟であり、その後もサクラギ公爵家は王族と連綿と婚姻関係を結んで、王家を補佐することを代々の使命として掲げてきた。

 その教育は、ユズリハにもしっかり受け継がれている。

 自分が原因で国が割れると聞いて、顔が青くなるのも当然だった。

「で、ですがそれでは……! 父上は、スズハくんの兄上を我が公爵家に取り込むことはできないと……?」

「そんな顔をするな。うつむくな」

「……ですが……」

「もちろん、あの男は最終的に我が家がいただく」

「!」

 ユズリハががばっと顔を上げる。

「だがそれには、入念な準備が必要だ。一歩間違えれば内戦になるからな」

「は、はいっ!」

「肝要なのは、我が家があの男を秘匿したと周囲に思わせないこと。そのために王族ともある程度交流をさせて、名前を貴族社会において最低限売り出すのがいい」

「ですが、それでは横取りされてしまうのでは……?」

「なんのための権力だ。我々からあの男を奪い取ろうとする愚か者など、潰してしまえばいいだろう」

「──承知しました。わたしとしては権力をかさに着るのは嫌いですが、この件に関してはそうも言ってられませんね」

 そう言ってうなずいた直後、ユズリハが再び暗い顔をする。

「ですが、スズハくんの兄上の能力なら王家も間違いなく欲しがると思いますが……? とくにトーコはそうめいです」

 公爵令嬢のユズリハと第一王女のトーコは年齢が近いこともあり、いわば盟友の関係だ。

 ユズリハは女騎士でトーコは魔導師という違いこそあるものの二人の共通点は多い。

 飛び抜けて存在感のある、愛くるしい美貌。

 世の男性の妄想を具現化したかのような、抜群すぎるスタイル。

 たった一人で軍隊すら相手にできる、圧倒的戦闘力。

 そして──次期国王候補である王子二人にうとんじられていること。

「あのトーコが指をくわえて眺めているなどとは、とても想像できません。父上、いったいどうすればいいでしょうか……?」

 もちろんユズリハは、大親友のトーコと争うなど絶対にしたくない。

 けれど貴族として、時には家のために私情を捨てなくてはいけない。

 そんなユズリハの葛藤を知ってか知らずか、公爵は当然のように言い放った。

「もちろん王家を潰すわけにはいかん。だが今回に限り、王家には致命的な弱点がある」

「弱点ですか?」

「簡単なことだ」

「それは──?」

「分からんか」

 公爵が顎に手をやった。

「王族は、王族もしくは上級貴族としか婚姻できん。過去にその例外はない」

 その点公爵家には、長い歴史の中でわずか数件ながら、平民と婚姻した例がある。

 この違いは非常に大きいと公爵は断じた。

 なにしろ、最後の最後になれば。

 詰みの一手が自分たちには打てて、王家には打てないのだから──

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