1章 妹は王立最強騎士女学園一年生(2)
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その日、夕食の材料を買いに家を出たところで、見知らぬ美少女に声を掛けられた。
「貴殿がスズハくんの兄上だろうか?」
「えっと、そういう
「失礼、申し遅れた。わたしは王立最強騎士女学園の生徒会長を務めている、ユズリハ・サクラギという」
「お貴族様じゃないですか」
サクラギ家といえば、この国の伝統的な三大公爵家の一つだ。
その地位と権威は王族に次ぐという、まさに大貴族の中の大貴族。
この国の上級貴族は、直系以外に同じ名字を名乗ることを禁止している。
ゆえに名乗った名前が本当である限り、目の前にいる少女が正真正銘、パリンパリンの大貴族様であることに疑いはない。
「貴殿に話があって家まで伺ったのだが、今よろしいだろうか?」
「もちろんです。汚い家ですがどうぞ」
「とんでもない。失礼する」
お貴族様には決して逆らわない。
これこそ平民が穏便に生き抜くための、おばあちゃんの知恵なのだ。
「今お茶を
「ああ、おかまいなく」
ユズリハさんはそう言ったが、ここで本当にお構いしないわけにもいかない。
家にあった中で一番
「それで、話というのは?」
「ああ。スズハくんに貴殿のことを聞いて、興味が湧いた」
「スズハにぼくのことを、ですか?」
「不思議そうにしているな、その様子だとスズハくんから話は聞いてないのだろうか? では最初から説明しよう」
お話を伺って驚いた。
なんでもユズリハさん、スズハが以前タイマンで負けたとか言っていた相手だったのだ。
天下の王立最強騎士女学園の最上級生、それも成績トップがなるという生徒会長相手にタイマンすれば負けて当然である。
「ははあ。ウチの愚妹がとんだご迷惑を」
「いや、そういう話で来たんじゃない。元々ウチの学園内では貴族も平民も関係ないし、勝負もわたしの方から仕掛けたことだからね。生徒会役員候補として実力を見るために、新入生の入試成績トップとタイマン勝負するのは、我が校の伝統なんだよ」
「では、その件が問題で来たのではないと?」
「もちろんだとも」
それから聞いた話によると、なんでもユズリハさんとしては、妹のスズハと戦うことをとても楽しみにしていたのだという。
その理由は、スズハが入試の戦闘実技試験において、史上二人目となる『試験官である現役騎士を倒しての合格』なる快挙を成し遂げたから。
ちなみにその快挙、一人目は二年前の入試におけるユズリハさんなのだそう。
「──そして入学した後も、わたしは実技訓練でも定期試験でも、学内ではただの一度も負けたことがなくてね。いささか物足りなかったところに、自分と同じことをやってのけたスズハくんが現れて、これは久々に骨のある相手が現れたと大いに期待したものさ」
「そうでしたか。では、がっかりさせてしまいましたかね」
「とんでもない。わたしの想像するよりも、さらに上だった」
「へえ」
「間違いなく、二年前のわたしよりも強かったな。わたしも生徒会長の意地とプライドにかけてギリギリで勝ったが、正直どちらが勝ってもおかしくなかった。それほどまでに、スズハくんは本気で強かったんだ」
「ありがとうございます。他ならぬユズリハさんがそう言ってくれたと知れば、スズハもきっと喜ぶでしょう」
スズハは外面こそいいものの、基本的に他人にあまり興味が無い。
例外は相手が自分と同等、もしくはより強いと認めた相手だ。
たとえばぼくとかユズリハさんとか。
だからユズリハさんの言葉なら、スズハはきっと
「しかもその後、もっと興味深いことが起こった」
あ、これってひょっとして。
「決着が付いた後、スズハくんが予想外のことを言い出してね──」
「本当に申し訳ございませんでしたっ!!」
ユズリハさんの言葉を遮るように、ぼくは滑り込むように土下座した。
一分の動きのムダもない、まさに川の流れのような土下座だった。
「その後に生意気を申したことは聞いております。本当にウチの愚妹は、貴族の方に対する礼儀というものを知らず──!」
「ああいや、謝らないでくれ。そんなことを
「……違うんですか?」
土下座の態勢から
そんなことはどうでもいい。
困り顔のユズリハさんが座るように言ったので、慌てて床に正座する。
「いやそうじゃないんだが……まあいいか。しかし本当に無礼だとかわたしが貴族だとか、そういうことは気にしないで欲しい。騎士女学園の校則でもちゃんと禁じられているし、わたし自身そういうのは好きじゃないんだ」
「そうですか……」
「だからこれから先のことは、わたしの立場に気兼ねなく事実を話して欲しいんだが──スズハくんの兄上は、スズハくんより強いと聞いたが本当だろうか?」
「えっと、まあいちおうは。兄ですので」
「あそこまでスズハくんを育て上げたのは、スズハくんの兄上だという話は?」
「それも本当ですね。とは言っても、自己流の戦い方を教えたくらいですけど」
「毎日、鍛錬後のスズハくんの
「まあ兄にできることなんて、それくらいですから」
「ふむ……」
ユズリハさんが顎に手をやって、何事か考えている。
ぼくの予想が正しければ、これはロクでもない話の流れになるパターンだ。
どうか外れてくれと心の中で願ってたのだけれど──
「とりあえずスズハくんの兄上、わたしと手合わせしてくれないか? もちろん本気で」
悪い予想は的中した。
なにが悲しくて腕自慢のお貴族様、しかも女子学生と殴り合わなきゃならんのか。
*
ユズリハさんの心遣いで、王都のすぐ外にある広大な森に場所を移した。
なんでもここはサクラギ公爵家の所有地で、どれだけ暴れてもお咎めはないとのことだ。
それ以前に、戦わない方向で配慮してくれないかなと内心思う。
そんなぼくの気持ちなど知らないユズリハさんは笑顔で、
「スズハくんの兄上に一つだけお願いがある。戦闘中、絶対に手加減をしないで欲しい、ということだ。もちろんわたしも全力でお相手しよう」
「あーい……」
「どうにもやる気がないな──あい分かった、キミが善戦したとわたしが判断したなら、公爵家から
「さあ始めましょうすぐ始めましょう今すぐかかってきてください!」
「現金すぎる……」
平民を
いくらお貴族様のご命令で気が進まなくても、そこに
「まあいい。キミの気が変わらないうちに始めるとしようか──なっ!!」
ユズリハさんが跳んだ。
スズハよりも明らかに速い。そのことが意外だった。
なぜならば。
「はえー。よう揺れとる……」
ユズリハさんは女騎士として理想的な、やや長身で鍛え抜かれた身体の持ち主だ。
ぼくみたいな
しかしその胸元だけは、大玉スイカ顔負けに発育した二つの乳房がぶら下がっていた。
妹のスズハも
だから動きは緩慢だと思っていたのだ。
けれど今ユズリハさんは、胸元の重しなど関係ないとばかりの速度で突進してきていた。
押さえつけられているはずの乳肉が、引きちぎれんばかりに暴れまくっている。
「……あ」
そんなアホなことを考えていたら、目の前にユズリハさんの姿があった。
最初から手加減など考えていなかったに違いない。
固めた拳を振り抜く、全力のストレート。
ユズリハさんの必殺の一撃が、ぼくの顔面にめり込んだ。