妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。1

1章 妹は王立最強騎士女学園一年生(3)

    3(ユズリハ視点)


 ユズリハ・サクラギといえば、殺戮の戦女神キリング・ゴッデスなどというあだで知られている超有名人で、味方からは勝利の女神としてあがめられ、敵からは死神同然に恐れられている存在だった。

 そしてユズリハの女神のごとき圧倒的な美貌と、戦女神のごとき鬼のような戦闘力は、まさにそう渾名されるにふさわしかった。

 ユズリハはサクラギ公爵家の直系長姫として十歳でういじんを飾って以来、ありとあらゆる戦場で暴れ回った。その後十五歳になってから王立最強騎士女学園に入学したときには、倒した敵兵の数はすでに十万を超えていたほどである。


 王立最強騎士女学園の入学試験における戦闘実技考査方法は、りすぐりの上級騎士と一対一のタイマン勝負。それが開校以来数百年の伝統だ。

 そこには、万が一にも試験官が倒されたら大恥だという意図が透けて見えた。

 その伝統を、ユズリハは打ち破った。

 上級騎士の試験官との一対一の勝負に勝ったのだ。

 誰もが驚き、さすがユズリハだとたたえた。

 ユズリハは当然のように一年目から生徒会長に推挙され、その後の学園の定期試験でも連勝街道をばくしんした。

 こんなものかと肩透かしを食らいつつ、それでもユズリハは鍛錬をめなかった。

 そしてさらに成長した今では、自分は世界一強いんじゃないかと割と本気で思うようになっていた。

 それなのに。


(きっ──効かない!? それどころか!!)

 挨拶代わりの、本気の全力顔面パンチ。

 城門をこのパンチ一発でぶっ壊したこともある、ユズリハの必殺ブロー。

 でも、あのスズハが絶賛するスズハの兄なら、余裕でかわすと思った。

 なのに。

(まるで躱さないどころか、そのまま顔面で受けきって、ノーダメなんてっ……!?)

 勝負という意味では、この一撃ですでに決まっていた。

 ユズリハの本能が無意識のうちに、自分の目の前にいる男子様には絶対にかなわないと全面降伏の白旗を揚げたのだ。

 全身がガクガクと震える。

 ──それは自分よりはるかな高みに位置する絶対的強者に初めて出会ってしまったことで、自分が弱者なのだと思い知らされた人間の本能。

 ユズリハがたいしてきたおびただしい数の敵兵と、彼女の強さを目撃した味方に対して無意識に与え続けてきた、生存本能が打ち鳴らす根源的な恐怖を、ついにユズリハ自身が受け取る番になった。ただそれだけのこと。

 同時にユズリハの魂の奥底に、それとは別の根源的な感情も刻み込まれる。

 それは強い男と、それも自分より圧倒的に能力の勝る男とつがいになりたいのだと叫ぶ、女としての野生の本能だった──


 しかもその状態で、スズハの兄はユズリハに、更なる追い打ちをかけてきた。

「えっと……もう終わりですか?」

「なっ──!?」

 スズハの兄としては効果のないパンチ一発だけで攻撃を止めたユズリハに、これでもう気は済んだのかと確認を求めただけ。

 正直、これだけで報償はもらえるのだろうか程度の気持ちだった。

 しかしユズリハにとって、それは明確な挑発以外のなにものでもなかった。

 お前はパンチ一発しか撃てない程度のけなのか、そうなじられた気がした。

 もちろん純然たる誤解である。

「そっ、そんなわけ──あるかあッッッッッッ!!」

 ユズリハが狂ったように攻撃を繰り出す。

 ハイキック、裏拳、フェイント、目潰し、関節技──

 その一撃一撃が、ユズリハの今までの人生で最高に決まった、まさに会心の一撃。

 極限の精神状態が、まさにユズリハの眠っていた全力を超えて引きり出されたかのような、魂の一撃の連続で。

 けれど。

 それらあらゆる攻撃は、ただの一撃も、スズハの兄には通用しなかった──

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