第七話 俗な野望
俺は必ず陰陽師としてプロになってみせる。
そして、多くの人が俺の名前を知るのだ!
「ふぅ(さ、さすがは歴代最大クラスの不思議生物。なかなかの強敵だったぜ。だが、俺は勝利した!)」
強敵との戦いを経てテンション上がっている。
お母様の母乳エンハンスを使うことなく、俺は体内の霊力をフル活用して不思議生物の侵食を防いでみせた。
まるで漫画の主人公のように、強敵を倒した俺の霊力はグッと増加している。
実感できる成長にやりがいを感じられて大変気持ちいい。
「あぁう(老人になってからはこんな成長あり得なかったしなぁ)」
改めて実感する若い肉体の素晴らしさ。
そして、最近自分の精神が身体に引っ張られている気がする。
もともとアクティブに行動しようと決意はしていたが、死に際の俺はこんな風に明るくなかったはず。
健全な精神は健全な肉体からという言葉もあながち嘘ではないのかもしれない。
忘れていた性欲だって取り戻したし、やはり若いというのは何ものにも代えがたい素晴らしさがある。
「けぷっ(さて、そろそろ休憩も終わりにしよう。少しでも多く霊力を増やさねば)」
ある意味食後の休憩を終えた俺は再び不思議生物との戦いに戻る。
これまではずっと受け身だったが、今後は近くに寄るだけで口へ近づかない不思議生物を誘導することにした。
具体的には、ようやく動くようになった腕を伸ばし、口までの道を提供する。
不思議生物は俺の顔を登るのがネックだったのか、それだけで口元まで移動してくれるのだ。
そしてさっそく、いただきます。
相変わらず腹の中が気持ち悪いが、この後の成長を思えばなんのその。
性欲と共に様々な欲望を思い出した俺は、陰陽師界の有名人になってしたいことを思い浮かべる。
まず、彼女を作りたい。
前世は全く色気のない人生だった。それでも憧れだけは常にあった。若い頃は恋愛や結婚なんていつでもできると思っていたが、それは間違いだ。誰も教えてくれなかったが、恋愛とは若いうちにしかできない、期間限定イベントなのだ。死に際に孤独だったことやお母様の愛情を感じたことで、ようやく自分が人のぬくもりに飢えていることに気が付いた。
今生では家族に囲まれて死にたい。有名な陰陽師になれば素敵な女性にアタックできるだろう。
そして次に、お金だ。
先立つものが無ければ何もできない。前世では結局金を稼ぐために人生の大半を浪費してしまった。そんな人生はもう嫌だ。プロの陰陽師として仕事はするが、お金の心配をする必要のない環境を作りたい。
最後に、人助けをすること。
何者にもなれない凡夫だった俺は特別になりたかった。物語の主人公のように盛大な活躍をしてみたいし、ファンに元気を与える有名人のように輝いてみたい。そう簡単に叶う願いではないが、二度の人生を賭けたのだから挑戦してもいいのではないだろうか。
陰陽師として妖怪相手に困っている人を颯爽と助ける。たまには損得を考えずヒーローになってみるのも悪くない。
それも全ては陰陽師として力をつけ、余裕ができてこそ叶えられる欲望だ。
その欲望を叶えるための礎になれ───いただきます。
こうして俺は、以前にも増して積極的に不思議生物を吸収していくのだった。
◇◇◇
「あぅ(赤ん坊の成長って早いなぁ。もう首が座った)」
ついに俺の首が座った。三ヶ月健診で診察された時にそう言われたのだ。
首が座るってよく聞くけど、こういう感じか。
ぶらんぶらんだった俺の首が筋肉によってしっかりと支えられるようになった。
その他の成長具合も順調とのこと。
「聖、ママですよ。マーマ」
そして、三ヵ月ともなると母親とそれ以外の人間を区別し始める時期である。
それまで普通の赤ん坊には全ての人間が同じように感じられているのだとか。
医者の話ではそうらしい。
「さすがにまだ言葉は話さないだろう。……やはり、六ヵ月ほどでママやパパに近い発声をするようだ」
スマホで検索したクソ親父がそう言う。
今の子育てはこんな感じなのか。当たり前といえば当たり前だが、簡単に検索できるスマホがあれば先人の知恵などいくらでも借りられる。
俺もスマホをバリバリ使っていた世代だが、子育てした経験がないのでこういう光景を見るのはなんとなくむずがゆい。
俺のために真剣に調べ物をしている両親からは無償の愛を感じるというか……。
「……パパだ」
だがしかし、お前のしたことは忘れねぇ。
いくら強化育成計画があったとはいえ、あれは致死レベルだ。
多少デレを見せたところで許されると思うなよ。
どうせあれだろ、俺が大きくなったら亭主関白な頑固おやじ風に接するんだろ。当主の威厳を~~とか言って。この不器用さを見ていると大体想像つくんですけど。
「貴方も聖に呼んでほしいのですね。うふふ」
「……」
絶対に呼んでやらない。
「ママ」を皮切りにいろいろな単語を話して最後の最後に「パ……パイヤ」って言ってやる。
「お前も、体の方は大丈夫か」
「はい、聖の時に経験していますから、大丈夫ですよ」
俺の話から急にお母様の話へシフトし、不器用なクソ親父なりに気遣う様子を見せている。それも仕方ないことだ。
やっぱりというかなんというか、お母様が妊娠した。
そりゃああんだけ避妊せずセックスしたら子供もできるわ。
やったね聖、家族が増えるよ。
なんて言っている場合か。俺という赤ん坊がいる状況でお母様を妊娠させるとか、家族計画どうなってんだ。クソ親父が碌に家に帰って来ない状況で、二人同時育児とかハードモードすぎるだろう。
俺にできることは、手のかからない良い子であることくらいだ。
お母様の負担が心配なことをのぞけば、子宝に恵まれることはめでたい限りである。
弟か妹か分からないが、俺に兄弟ができる……前世では一人っ子だったからあまり想像できない。
せっかくなら頼りになるカッコいい兄と思われたい。
「あぅ(それならやっぱり不思議生物しかないな)」
霊素集めは順調に進んでいる。
霊力を動かすコツも掴んできて、効率よく霊素を分離できるようになった。大量に集まった霊素に物理的体積が存在していたら俺のお腹が破裂するくらいには溜まった。
しかし、そんなことにはならない。おそらく、霊素とはエネルギー的な何かなのだろう。
一日の大半を寝て過ごす俺は起きるたびに回復する霊力から霊素を取り出すのだった。
そして、不思議生物にも変化があった。
「えぅ(なんか羽虫の割合増えてね?)」
恐らくウジ虫の進化形であろう羽虫が増えてきた。
俺が進化形と呼ぶだけあってあいつらは侵食力が強いのだ。
その分、あいつらを吸収すると霊力が大きく増加するのだが……。
やはり強敵を倒さないと成長しないということか。
俺の成長に必要な不思議生物とはいえ、家の中で虫が繁殖している状況はなんとなく嫌だ。お母様が一生懸命掃除しているこの家が汚くされている気分になる。
そもそもあいつらは虫ではないのだが、やっぱり見た目的に気分が悪い。
そんなことを考えながら口を半開きにして羽虫を迎えている俺自身が、傍から見たら一番気持ち悪いに違いない。
ホラー映画のCMに使われそうな衝撃的ワンシーンだ。
今だけだから。霊力爆上げ期間今だけだから。
なりふり構わずやってやる。
それ以外では、この不思議生物吸収は特筆すべきことのない地味な作業だ。
向こうから戦闘を挑んでくるのを待つしかないし、腹の中での抗争も誰にも見えない。霊力が潤沢になってきた今、俺を脅かすような不思議生物もいなくなってきた。羽虫でさえ「ちょっとは歯ごたえがある」程度の認識である。
俺もだいぶ強くなったなぁ、そんなことを考えていたからだろうか。
とある昼下がり、微睡む俺の下にあいつがやって来た。