第六話 転生リード
霊力を上下左右に動かせるようになったある日、不思議な感覚を覚えた。
それは不思議生物の浸食とも、霊力増加とも違う、新しい感覚だった。
「えぅえぅ(これは……霊力が分離したのか?)」
俺はつい先ほど、丹田のあたりで集めた霊力を上下左右に動かしていた。
なんの意味もない、ただ動かす練習をしていただけだ。
だが、これまでの最高速度が出た瞬間、一丸となって動いていた霊力がブレた気がした。
再び動かしてみると、やはりある程度の速さに達すれば霊力が分かれる感覚があった。
この現象に対し、俺は直感的に何が起こったのか理解した。
文字通り自分の体の中で起こっていることだからかね。
霊力、それを構成している何かが密度の違いで分離したのだと分かった。
血液が血漿と血球で構成されているように、霊力も実は顕微鏡レベルで何かに分類できるのではないだろうか。
血液と同じなら血球に相当する未知の物質……仮に霊素と名付ける。素早く動かすことでこれが血漿にあたる物質から分離したのだ。
して、これに意味があるのだろうか。
出来るからやってみたが、ほんの少し分離された霊素の使い道が今のところない。しかもこの霊素、霊力を動かすのをやめても丹田に留まっているのだ。
はて、これをどうしたらいいのやら。
「あぅぁうあぁう!(あれ、霊力が下がった?!)」
霊素を取り出したせいか体内の霊力がぐっと減った。
これまで感じたことのない活力が下がる感覚は、どうにも心細い気持ちにさせられる。
もしかして俺は、とんでもない禁忌を犯したのではないだろうか。
そんな不安が襲ってくる。
「あらあら、どうしたの聖。何か怖いものでも見たのですか?」
お母様が俺を抱き上げ、あやしてくれる。
だが、そんなことをされても俺の不安は消えたりしない。
初めてどうにもならない恐怖を覚えた俺の身体は、零れだす涙を止める術を知らなかった。
やがて泣き疲れた俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
「貴方、昼間に聖が怖いものを見たようで、泣きじゃくっていました。結界内に妖怪が入り込んでいませんか」
「結界に異常はない。正常に作用しているし、遥か昔の力ありしご先祖様がお造りになったものだ。私のものよりもずっと強力だ」
「そう……それじゃあ私の勘違いでしょうか」
目を覚ますと、珍しくクソ親父が帰って来ていた。
いつの間にか夜になっており、行灯の明かりがほのかに寝室を照らしている。
「目が覚めたのね、聖。お父さんが帰ってきましたよ。もう大丈夫ですからね」
「ふむ……穢れは感じられない。やはり気のせいだろう。もしくは見間違いだ。心配する必要はない」
てめぇに心配されるいわれはねぇ。
殺されかけたんだぞこっちは。いや、儀式で死ぬのかどうかも分からないのだが。
とりあえず、ひと眠りしてあの不安な気持ちからは解放された。もう泣きわめくようなことはない……というか、霊力が元に戻っている。
あれ? 分離した霊素はそのまま丹田に残ったままだ。
なら、この霊力はいったいどこから発生したというのか。寝ている間にまた不思議生物をパクパクしてしまったのだろうか。
いや、この量は一晩で増える量じゃない。
そうなるとこの現象は……。
俺が思考している間にも両親の会話は続いている。
「では、妖怪ではなく病気の可能性も……」
「心配しすぎだ。赤子は些細なことにも驚いて泣きだすと、白石殿から聞いたことがある」
「私、不安で不安で」
そう言ってクソ親父の傍によるお母様。
え、ちょっと、俺を出汁にイチャイチャし始めてません?
嘘、赤ん坊が見てますよ。こんなところで、えっ、うわ、キスってこんなにエロいのか……。
その夜はあまりに刺激の強い光景を目の当たりにして思考停止してしまった。
ただ一つ理解したことは、遠くない未来に俺の弟か妹が生まれるってことだけである。
◇◇◇
先日の衝撃的な光景が頭から離れない。
前世でお世話になったAVとは比べ物にならない生々しさで……って今はそんなことを考えている場合ではない。
「あぁぅ(やっぱり元に戻ってる。霊素を取り出す前と同じくらいの霊力だ)」
体感なのでどんぶり勘定ではある。
それでも、ごっそり減った霊力が元に戻れば誰でも分かるだろう。
今回の出来事から考えるに、霊力は減っても一晩寝れば回復するのではないだろうか。
ゲーム風に言えば、不思議生物を吸収して増えるのは最大MPで、霊素取り出しでMPを消費し、宿屋で一晩寝ればMP全快する。
そんな感じか。
現実に全快はありえないから、しっかり休めばその分だけ回復すると言ったところだろう。歳を取ったら一晩眠ったくらいでは回復しきらないとかありそうで怖い。
実際、前世ではそれが当たり前になっていた。
赤ん坊になって毎日全快する日常が当たり前になっていたから忘れかけていたが。
そうなると、だ。
「あぅ(若い今のうちにこの霊素を集めておいた方がいいのでは?)」
どうせ使い道のない霊力だ。
持てあますくらいならいつか使い道が見つかるかもしれない霊素に変換しておいた方がいいだろう。
それに、前世からソシャゲを嗜む俺は溢れるスタミナがもったいないと思ってしまう性質なのである。
そして、こうなるとさらに肝要になってくるのが不思議生物の吸収である。
最大霊力を増やすこの手段がとんでもなく重要であることは言うまでもない。最大霊力が多ければ強力な陰陽術を使えたりするに違いないのだから。
しかもだ、こんな大切な訓練を大人がしていないのはおかしい。少なくともクソ親父が不思議生物を吸収している姿を見たことがない。そもそも不思議生物は大人の前に姿を現さないし、見えないようだ。
そこから導きだした答えは、乳幼児期である今この時しか最大霊力を増やす手段が使えないということ。
「あぅあぅ(期間限定の急成長手段。これは今のうちに稼いでおかなければ)」
前世の経験から若いうちの努力がどれだけ大切かよく知っている。
今苦労すれば将来絶対に役に立つ。
ならば、やらない手はない。
そして俺は、仮説に仮説を重ねた理論をもとに不思議生物を積極的に取り込んでいくのだった。