第一章 ドキドキ! 学園生活スタート!(※裏口バレたら即死亡)(2)

 そうして講堂へ向かおうとしていたところで、マルカは不意にぴたりと足を止めた。

「何してるんだ? 遅刻しちゃうって」

「いや待ってください師匠、今声がしたっす……こっちっす!」

「あ、おいマルカ!」

 突然本来向かうべき方向とは違い横道に走っていくマルカ。このままでは遅刻してしまう、しかし置いていくわけにもいかないと僕もマルカを追いかける。

「まったく、どうしたんだよ一体」

「んー、こっちのほうから声がした気がしたんすけど……気のせいっすね。あ! 遅刻するっすよ師匠!」

 首を傾げ、元の道に帰ろうとするマルカ。まったくなんだよお前自由か、あーもう。と、空を仰ぐ──するとそこには白い布が見えた。いや、フトモモもあった。スカートもあった。というか木の枝の上に魔導学園の白い制服を着た美少女がいた。

 学校の先輩であろう彼女は、芸術品とも言えそうなくらい整った容姿をしていた。サラサラで長い金髪に、綺麗に結われている後頭部へ流れる編み込み。体つきも立派なもので出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。可愛いと凛々しいが適度に入り混じった美人だ。

 そんな彼女の腕には『生徒会』の腕章がついていた。

 ……どう見てもお偉いさんだ。そもそも手入れの行き届いた長い髪、そして後頭部への編み込みは、実家も相当力のある裕福な貴族であることが見て取れる。そんな維持費のかかる面倒な髪型を平民はあまりしない。凝り性の侍女でもいなければあんなお嬢様らしい髪型もしない。間違いなく『良い所のお嬢様』である。


 そんなお嬢様がどうして木の上にいるかはまったく分からないのだが、彼女はじぃっとこちらを観察するように見つめており、目が合った。そしてはっと頬を赤らめ、足の間、スカートとの内側を手で隠した。

「……み、見ました?」

「……いえ、見てないです」

 僕は紳士らしくそっと目を逸らし、マルカを追いかけ講堂へ向かうことにした。

「ま、待ちなさい。いえ、その、ええい、見られたからには仕方ありません。ちょっと助けてください」

「どなたか存じませんが、これから入学式で。遅刻しては敵わないのでこの場はお暇させていただきたく……」

 貴族としてなけなし精一杯の礼節をもってお断りだ。

「……奇遇ですね、私も生徒会役員として入学式に顔を出さないといけません」

「ええっと、では、なぜこんな場所に?」

「事情を説明すると長くなるのですが、早めに学校に来た私は子猫が木の上から降りられなくなっているのを見つけて」

「あ、やっぱいいです。遅刻しちゃうんで。では失礼!」

「まって! そこに倒れているはしごを立てかけてくれるだけでいいのです!」

 お嬢様が指差す先を見ると、そこにははしごが倒れていた。後先考えず木登りをしてそこまで行ったというわけではなく、きちんと昇降する手段を用意していたわけだ。何かの拍子に倒れて降りられなくなってしまったが。

「……なるほど」

 飛び降りるから受け止めて、とかならお断りしたが、それだけならまぁいいかと、はしごを持ち上げて彼女の乗る枝に立てかけてあげることにした。

「次からは脚立にしておくべきですね。支えておきますからさっさと降りてきてください、お嬢様」

「申し訳ない、感謝します」

 一応のマナーとして、僕はお嬢様が降りてくるまで上を見ずにはしごを支える。代わりに時計を見ると、時刻は既に九時を過ぎており遅刻は確定となっていた。

「お礼と言っては何ですが、あなたの遅刻の原因は私にあると証言します。講堂には問題なく入れるはず、入学式もまだ学長の長い話が続いている所でしょう。学長はエルフなのであれでも短いと思っているんですが……まぁ、式の大部分には間に合うかと」

「おお、それは助かります」

 生徒会役員を助けたと証言してもらえるのか。これは学校側への心証も良くなるに違いない。人助けはしてみるもんだな。

「それでは行きましょうか。って、あれ?」

 きょろきょろと辺りを見回すが、マルカがいなかった。あいつどこ行きやがった。と思っていると、マルカがガサッと茂みから顔を出した。

「師匠、なにしてるんすか、早く行くっすよ! 自分はいいんで!」

「お前こそ何してるんだよ」

「こっちが近道かと思ったんすよ。けっして面白そうだから様子を見てたわけじゃないっすよ」

「いいからいくぞ」

「あーん、せっかく二人きりにしてあげようと思ったのに!」

 何を言っているんだお前は。


 と、ここでマルカがとんでもないことをやらかす。

「あ、そういやお嬢様っ、お名前はなんすか?」

「え、ああ。まだ名乗ってもいませんでしたね。私はコッコナータ・デ・リカーロゼ。この魔導学園の二年生ですが、生徒会長を務めています」

 洗練された所作で名乗るお嬢様。その名前を聞いて僕はさぁーっと顔を青くした。このリカーロゼ王国の者であれば誰でも分かるその苗字。そして貴族であれば、子供ですら知っている王族のお姫様の名前。第二王女、コッコナータ・デ・リカーロゼ。それがこのお嬢様の正体だった。思わず吹き出さなかったことを褒めて欲しい。

 ああ、王族も通うなんてさすがオラリオ魔導学園だなぁ! 目立つまいと心に決めていた初日からまさか王族と接触してしまうなんて! 頭が痛くなる……というか絶対高位貴族だと思ったから関わらないように名前は聞かないでおいたのに!

「気軽にコッコ先輩と呼んでくださいな」

「分かったっす、コッコ先輩! 二年生なのに生徒会長って凄いっすね!」

「ええ、これも務めですから」

 白魚のような細くきれいな指をガッと掴んでぶんぶん握手するマルカ。

 おいまてやめろマルカ。そのお方は本物の王女様だ、本来僕達が会話できる立場じゃないぞ。と、きっと今頃僕の顔色は青を通り越して白くなっている。

「す、すみませんコッコナータ殿下。そうとは知らず失礼しました、そして現在進行形で我が家の者が大変な失礼を……」

「構いませんよ。あなたは?」

「寛大な御心に感謝を。僕は、」

「おおっと! 自己紹介忘れてたっす! 自分はマナマルカ! お茶目でキュートなハーフエルフメイドっす! それだけじゃなくてなんと! なななんと! こちらにおわす特級魔導士、タクト・オクトヴァル様──あのステータス魔法を開発した若き天才魔導士の、第一の使用人にして一番弟子なんすよ! よろしくっす! あ、マルカちゃんと呼んでください!」

「……タクト・オクトヴァルです。どうぞよしなに」

 割り込むように挨拶をキメたマルカを押しのけ、精一杯取り繕った貴族らしい挨拶で頭を下げる。どうか不敬罪は適用しないでください、という熱い気持ちをこれでもかと籠めて。

 ……返事が無いので顔を上げると、コッコナータ殿下は名を聞いて目を見開いて驚いていた。

「オラリオ魔導学園始まって以来、初の特別入学を成し遂げた特級魔導士のオクトヴァル殿でしたか。こちらこそ知らずに失礼を」

「い、いえ。ではお互い様ということで」

 特別入学の話、王族にも伝わってたのか……これ色々バレたらやっぱり打ち首、良くてもお家取り潰しじゃないか。お腹が痛くなるな。

「ええ。それとここで会ったのも何かの縁でしょう。学園の事で何かあれば遠慮なく相談しにきてくださいな。マルカちゃんもどうぞ」

 成し遂げたと言われても、僕は何もした記憶がない。なにせ試験を受けていない裏口入学だ、あまり喋り過ぎるとボロが出る。……にこりと笑い口を閉じた。代わりに口を開こうとしているマルカをしっかり押さえつつ。

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