第一章 ドキドキ! 学園生活スタート!(※裏口バレたら即死亡)(1)

 リカーロゼ王国王都。いくつかの山を眺められる平原にあるこの都市は、王国においてもっとも栄えている。中央には王城と、周囲を囲う貴族街。さらにそれを囲う平民街と、それを守る外壁がある。昔の王族が土魔法で作った石レンガを素材にしており、何度かの魔物災害を受けても一度たりとも破られたことが無い自慢の外壁らしい。

 僕達が通う予定の魔導学園は、貴族街と平民街の境目に位置する学園特区という区画にある。ここはオラリオ魔導学園を中心として、商業学校、兵士学校、士官学校、錬金術学校といった様々な学校(多くはオラリオ魔導学園の付属校である)があり、身分を問わず多くの学生が住む区画である。学生向けの食事処や雑貨屋の他、冒険者ギルドや学生寮などもあり、特区に相応しい独立した町になっていた。学生が学習を兼ねて店を開いているケースもあり、中々活気がある。


 多くの学生はこの学園特区内の寮に寝泊まりしてそれぞれの学校に通うのだが、色々と人に言えない秘密を抱えている僕は、貴族街にあるオクトヴァル家別宅から通う予定である。魔導学園までの距離は少しあるが、それでも貴族街の中では学園特区寄りのため丁度いい。

 この別宅だが、居住部分は小ぢんまりとした木造二階建て物件で、土地こそは他の伯爵家よりも広く、大きな庭がある──といえば聞こえはいいが、土がむき出しのただの運動場だ。片隅にある物置小屋には庭の手入れ道具ではなく鍛錬器具が入っている。

 それというのも、元々オクトヴァル伯爵家は国の東西南北を守る魔導四家のひとつで、東を守護する家。常在戦場、領地にある砦こそがその住居であるに相応しい、という考えだったのだ。故に、王都の屋敷は寝泊まり(+鍛錬)ができれば十分というレベルで、平民からすれば裏庭付きでリビングに個室もある立派な一軒家だが、貴族からすればみすぼらしい小屋といった具合の代物であった。

「ま、僕とマルカの二人だけで住むなら逆に都合が良いけど」

「そっすね、掃除が楽っすよ。ちょっと中の様子見てくるっす」

 僕とマルカは入学式の前日、春のほんのり暖かな夕方に王都オクトヴァル家別宅へと到着した。

 スケジュールがギリギリなのは、直前まで実家にある魔法杖工房を整理していたせいである。おじい様からもらったゴールドドラゴンの逆鱗を隠し杖にするためにギリギリまで時間をかけたとも言う。いやまぁ、まだ設計と基礎調査だけで完成はしていないんだけど。あとは授業が始まる前にこちらで作れば十分間に合う段階になっている。尚、隠し杖はリストバンド型にする予定。従来の隠し杖では肘から手首までの間に杖本体となる棒を用意するところだが、僕の設計したこれはリストバンドに全て納まる見込み。従来の魔法杖という概念をぶち壊す、画期的な魔法杖だと自負している。

「にしても、二人暮らしか……」

 秘密を知る人間を極力減らすため、そういうことになったわけだが……マルカは使用人だから一緒に住むことは対外的には問題ないとはいえ、年頃の女の子だ。最近はふとした瞬間にドキッとさせられることもある。気を付けねば使用人に手を出す悪徳貴族みたいなことになってしまいそうで怖いな。MP5の秘密だけでなく、そっち方面でもしっかり自分を律しておかねば。


 荷物と僕達を降ろし終えた馬車は、さっさと実家へ帰って行った。

「大旦那様があらかじめ手配してくれてたみたいで、今日のとこは掃除いらなそうっす。師匠だけじゃなくて自分のベッドもバッチリっすよ! あ、晩飯は途中で買ったバゲットサンドでいいっすよね?」

 メイド服のひざ丈まであるスカートの中からしゅばっとバゲットサンドを取り出すマルカ。どこから取り出しているんだ、と言いたくもなったが、空腹だったこともあり僕は何も言わずに自分の分を受け取った。野菜とベーコンが絶妙なバランスで、これはアタリだなと美味しく頂いた。ほんのり温かいのは出来立てだからであってスカートの中にあったからではないと言い聞かせつつ。

「そ、そろそろ暗くなるな。マルカ、今のうちに明かりの魔道具つけといてくれ」

「了解っすー」

 夕暮れで赤くなる部屋の中、ランプ型の魔道具の魔石部分にマルカが素手で触れると、燃料式ランプと同じように光が灯り、部屋を明るくした。光源は魔法陣の上にぽうっと浮かんだ光球だ。

 魔道具は魔石から漏れる微弱な魔力を利用し、緩やかな効果を発揮する道具だ。魔石部分に触れた者からMPを自動的に徴収して効果を発揮する特性のため、魔力操作が雑なマルカでも安心して使える便利な道具だ。

「他の部屋もつけとくっすね」

「ああ、頼んだ」

 このランプの魔石は手にギュッと握り込めるくらいの大きさで、MP1くらいの魔力を徴収して一晩明かりが持続する。魔導四家のひとつ、西のラヴァリオン公爵家の認めるラヴァリオン印の一級品で、透明なガラスと相まって結構お高い代物である。同じ魔導四家のよしみとオクトヴァルで狩っている魔物の魔石や素材を卸している関係で比較的安く譲ってもらった物だ。

「師匠ー、ところで自分って学園には今のメイド服で通ったほうがいいんすかね?」

「ん? マルカの分の制服も荷物に入ってなかったっけ?」

「あったんすけど、あんな白くてカッコいい制服、自分が着たらすぐ汚しちゃいそうで」

 オラリオ学園の制服は白をベースとした、二列ボタンのジャケットだ。さらには金糸の飾り紐に、左肩にはオラリオ魔導学園のエンブレムまで付いている。下はかなり自由にして良いらしいが、目立つ気はないので僕は推奨されている紺ズボンで行く予定だ。マルカも紺スカートの予定。

「ってか師匠。あれって貴族用じゃないんすか? 随分豪勢っすけど」

「平民も貴族もない、魔導士候補生用だね。魔導士ってのはそれだけ期待を背負ってるってことだ。ま、汚しても洗えばいい。その時は僕の分も頼むよ」

「了解っすー。あ、じゃあちょっと着てみるっすね!」

「え、今から?」

 言うや否や、マルカは自分の部屋に引っ込んだ。

 しばらくして、マルカは制服を着て出てきた。銀髪のツインテを揺らしつつ、得意げに胸を張るマルカ。エルフらしからぬ大きな胸はハーフエルフ故か、はたまた個人の要因か。それと膝上丈の紺のスカートだが、マルカの白い肌と白い制服に挟まれ色的にきゅっと引き締めている。さらにはメイド服の名残として、膝上まである黒いニーソと相まって絶対領域が形成されていた。

「どっすか! 可愛いっすか!?」

「……喋らなければ美少女だな。……なんかスカート短くない?」

「え? これが規定の長さらしいっすよ?」

 でもこれじゃああんまり物を隠せそうにないっすねー、とマルカがスカートの端を摘み上げるとフトモモがばっちりと見えて、慌てて目を逸らす。スカート丈をこの長さに決めた奴は間違いなく天才で変態だな、と心の底から思った。



 そして翌日、入学式のその日。爽やかな春の朝日が降り注ぐ石畳の大通りを、白い制服を着た僕とマルカが汗まみれで走って学園へ向かっていた。

「まだ眠いっす師匠ー」

「いやお前、曲がりなりにもメイドなのになんで僕より遅く起きてるんだよ!」

 時刻は現在午前八時四十五分。入学式は九時から。学校までは歩けば推定二十分、全力で走り切れば十分で着くだろうか? ともかく、遅刻しそうであることは間違いない。どうしてこんなに時間がギリギリになってしまったかと言えば、

「自分、枕変わると眠れないタイプのハーフエルフだって初めて知ったっすよー」

「僕はむしろ自分にピッタリの枕を見つけたね!」

 そう、二人そろって寝坊したのだ。昨日「自分に任せるっすよ!」と自信満々に宣言していたというのに中々寝付けず寝坊したマルカ。どうせ起きないだろうなと予測し自分で起きる気だったんだけど、ベッドとの相性が良く爆睡してしまった僕。とにもかくにも二人が揃って寝過ごしたのは純然たる事実。朝起きて、邸の壁に掛かった時計を二度見してしまったほどだ。

 学園に向けて延びる、学生向けの商店が立ち並ぶ大通り。朝食の時間に合わせてか既に開店している食事処から漂うおいしそうな匂いにマルカはたまらず足が重くなる。くぅ、と可愛いお腹の虫まで聞こえてきた。

「お腹すいたっすー」

「今は食べてる余裕がない、飴ちゃんでも舐めてろ!」

「師匠の飴ちゃんマズいから嫌っす……ひっぱってー師匠ー」

「ああもう! ちゃんと走れって! 普段は凄い走り回ってるくせに!」

「眠くてお腹空いてて無理っすー」

 遅刻間際という事実に目を背けた所で事態は好転しない。この時間では、少なくともオラリオの制服を着た学生は一人も見かけない。今はただ、マルカの手を引き走って学園に向かうのみ。急げ、急ぐしかない。急げばギリギリ間に合う時間だ。


 そうして何台かの馬車に抜かれつつ、汗だくで学園の正門にたどり着いた。学園の正門から校舎に続く道は引き続き石畳が敷かれ、馬車も通れる程に整備されている。知らなければどこの公園かと思ってしまいそうだが、奥にある白亜の校舎はここが学校であると主張している。とはいえ、これから入学式だからか既に正門付近に人の気配はない。

 息を切らしつつ胸元から懐中時計を取り出して時刻を確認すれば八時五十六分。入学式開始のすこしだけ前だった。

「ぜぇ、ぜぇ……よし、よかった間に合った。ただでさえ裏からなのに目立ちたくはないからな……」

「裏? ここは正門っすよ?」

 しまった、裏口入学のことがうっかり口から出てしまっていた。

「なんでもない。気にしないで」

「……! さてはまちがって下着のシャツを裏表逆に着ちゃってたんすね!? 前後間違えて息苦しくなるよりマシっすよ、ドンマイ師匠!」

「気にするなって言ったのに……もういいよそれで」

 袖で額の汗をぬぐい、制服の襟を正した。いざ行かん、えーっと、講堂へ。

「そう。この日、ここから師匠の伝説が幕を開けたのであった……!」

「何言ってるんだマルカ。さっさと行くぞ、僕は遅刻したくない」

「あーん、良いじゃないっすかー。自分学校とか初めてで興奮してるんすよっ」

 とてとて、と僕に駆け寄るマルカ。同じく汗だくなくせにマルカからは花の蜜のような甘い香りがした。特に香水とかは付けていないはずなのに。ハーフエルフだからか?

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