プロローグ(5)

 僕が自室兼杖工房へ戻ると、すっかり綺麗になった工房がそこにあった。

「しまった、片付けるなと言ってなかった、最適な配置になっていたのに」

 おのれメイド長め。部屋に入ってきたのはこのためか。まぁすっきりして気持ちいいのは間違いないけど。

 ……と、ノックがあった。メイド長なら文句とそしてありがとうの一言でもくれてやろうと思ったのだが、誰かを聞く前に勢いよくドアが開いた。

「師匠ー!」

 飛び込むように入ってきたのは、先程祖父との話にも出てきたマルカだった。

「いい加減ノックの返事を待つという事を覚えて欲しいんだけどなぁ」

「おっと、うっかり忘れてたっす! やり直すっすか?」

「いや、いいよ」

 タクトはため息を吐いた。ノックするだけマシにはなったのだと思うことにしよう。

「そうだマルカ。丁度話がある。どうやら僕はオラリオ魔導学園に入学するらしい」

 裏口から、とは言わなかった。マルカなら何かの拍子にうっかり口を滑らせるに決まってる。ならば知らない方がいい。『水の入っていない器からは水はこぼれない。それがボロボロに罅割れた器でも』というのはオクトヴァル家にひそやかに伝わる格言だ。

「奇遇っすね! なんか自分もさっきオラリオ魔導学園の合格通知が届いてたんで報告に来たんすよ。受けてないのに凄くないっすか? あ、寝てる間に受けてたんすかね?」

「お、おう。そうかもな?」

 なんというおバカ。寝てる間に王都にあるオラリオ魔導学園まで行ってテストを受けて帰ってきてまた布団に潜ったとでも言うのか。ありえないってばよ。

「でも師匠、ジーラン校は良いんすか? 合格通知届いてたじゃないっすか」

「おじい様曰く、こっちじゃなきゃダメなんだとさ」

 入学しても当主資格がもらえないなら意味はない。僕はジーラン校の合格通知を破り捨てた。はぁ、残念だ。

「ふーん……でも、師匠も行くなら丁度いいっすね! 学園でもお世話できるっすよ!」

「ああ、うん。そうだな。……頼むぞ」

「任せてください師匠! めっちゃお世話しますよ! 自分の神速のシーツ替えを見せてやるっす!」

 むん、と袖を捲ってぷにぷにの細腕を見せつけてくるマルカ。その細腕に僕の、そしてオクトヴァル家の命運がかかっていると思うと激しく不安になってくる。


「ところで師匠、なんで特級魔導士の師匠がいまさらオラリオ魔導学園に?」

「面倒な事情が……ま、おじい様からの命令、ってことでね、うん」

「大旦那様の命令っすか。ふむ?」

 僕が最大MP5であることをマルカは知らない。あっさりどこかで漏らしそうだし、自分を師匠と慕ってくれているマルカには言えないというのもある。これもまた秘密という水である。

 ……隠居するときには教えようと思ってるけど、それでもついてきてくれるかなぁ。ついてきてくれると嬉しいんだけど。

「師匠、自分、どこまでもついていくっすから……!」

 急にそう宣言され、ドキッとする。

「ん? な、なんか言ったか?」

「なんでもないっす! 師匠、学園楽しみっすね!」

 にこっと眩しい笑顔。後ろめたい気持ちがちくちくと僕のお腹を苛んだ。


 かくして、僕は若干(?)おバカで魔力無双なメイドを連れ、魔導学園を卒業するミッションを課せられたのである。

 ……なるべく目立たず、ひっそりと通学しよう。僕は心にそう誓った。




 #Side マルカ


「魔導学園、楽しみっすねぇー♪」

 師匠の部屋を出て、ふんふーんと鼻歌を歌いつつ、大好きな師匠と一緒に通う学園生活を思い浮かべて……ああ、楽しみっす! 多分学園には王都にあるオクトヴァル家の別邸から通うことになるっすよね? しかも自分が従者だから二人っきりっす!

 いやぁー、身の回りの世話をするのが従者の役目っすからね、他の子は要らないくらいバッチリ働いて見せるっすよ!

「しかし、大旦那様の命令ってなんすかね?」

 はて、と首をかしげる。元々師匠は学校で学ぶことなんてとっくに大旦那様から教わっているはずっす。『卒業資格を取るためだけの通信教育でいいだろ』と言ってたくらいなのに、それを曲げて通学するとは──はっ! つまり、そこに答えがあるっすね!?


「! そうか、分かったっすよ! これは嫁探しに違いないっす!」

 確信っす! 師匠が『マルカはよくもまぁ僕の斜め上を行く発想をするよなぁ』って褒めてくれる自分の頭脳が火を噴いたっす!

 なにせ通信教育では『出会い』が無い。お嫁さんをとることは貴族の大事な仕事っすから、大旦那様はオラリオ魔導学園に通う事で嫁を見つけてこいって命令したに違いないっすよ! 魔導士の嫁を探すなら同年代の才能ある魔導士候補生が集まるオラリオ魔導学園ほど相応しい場所は無いっす。実際、今は亡き旦那様と奥様もオラリオで出会ったっていう話っすからね!


 ……てっきり師匠は自分で妥協するものだと思ってたから少しガッカリしょぼんな所はあるっすけど……ま、貴族の師匠と元孤児でメイドの自分じゃぁ身分が釣り合わないのは事実っす。ここは師匠の嫁探しを手伝うとするっす!

「ん? でも待つっす。自分だって魔導学園の合格通知が届いてたんすよねぇ?」

 大旦那様がオラリオ魔導学園で嫁を探せというのなら、そこに合格してる自分も十分候補になるって事じゃないっすか? だって、受験した覚えとかないし。これは大旦那様が手配してくれたってことっすよね?

「こ、これはあれっすね! 自分にもチャンスがあるって事っすか!? うぉおおお!? やっべ、なんか興奮してきたっす!」

 思わず飛び跳ねると、おっぱいがぽよんと揺れるっす。そういえばおっぱいが大きくなり始めたころから一緒に寝てくれなくなったんすよねぇ。つまり、師匠が自分のことを女として意識してるのは間違いないっす。……昔みたく同じベッドで、けど昔とは違う感じに一緒に寝たりとかもしちゃったりなんかして!?

「だ、だめっすよ師匠! 自分、師匠の事好きっすけど! その、いいっすけど! いいっすけどだめなんすよー! きゃー!」

 しかも自分は師匠とひとつ屋根の下で暮らすわけっすよ! いや、今もオクトヴァル砦で一つ屋根の下と言えなくもないんすけど、よりぎゅっと身近な距離で! 二人きり、邪魔する人もいないっす! なんなら自分から師匠の部屋に押し入って……


 ……と、色々考えてはみたものの、やっぱり自分では身分とか立場に問題があるっす。お貴族様の結婚では個人の感情より家の利益とかも考える必要があって。次期当主である師匠の嫁には、それ相応の利益がなければならないわけで……

「自分はよくて側室っすよねー……ってぇことで! 正室探しを手伝うっすよ師匠!」

 ぐっとこぶしを突き上げ、今は亡き旦那様と奥様にも誓うっす! 師匠のお嫁さんを見つけてあげることを! ついでにハーフエルフの自分が側室でもいいって人なら尚良し!


 楽しい学園生活の幕開けっすねぇ!


 ──Side END#

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