プロローグ(4)
「そんなわけで話は以上だ。万事滞りなく入学するように」
「って、それだけじゃ困りますよ! 僕のMPじゃすぐバレますよ! 幻影魔法を使ってたらハリボテだってすぐバレちゃいますって! オラリオの教師陣は一流の魔導士達なんですよ!? 誤魔化せるわけないでしょ!?」
話を切り上げようとする祖父に、僕は慌てて口をはさむ。
「おっと、大丈夫だ。貴様は特別入学だからな、当然補佐がつく」
前例のない特別待遇に当然と言われても。
「……補佐ですか?」
「マナマルカを連れていけ。お前と同じクラスになるようねじ込んでおいた」
「えっ、マルカを……ですか?」
忌み子として村を追放された元孤児、銀髪赤眼のハーフエルフメイドのマルカ。その一番の特徴は、宮廷魔導士筆頭のおじい様をも上回る膨大すぎる魔力量だ。先日見せてもらったマルカのステータスは以下の通りである。
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マナマルカ
HP 23/23
MP 5025/5025
STR 15/15
VIT 20/20
AGI 19/19
INT 30/30
DEX 10/10
MND 9/9
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……いい子ではある。いい子ではあるんだ。ちょっと物忘れの激しいおバカで、かつ思考が斜め上の天才肌で、そして今は最大MP5000を超える歩く危険物なだけで。比較対象として、宮廷魔導士筆頭のおじい様のMPが1000であることを考えるとどれ程ヤバいかお分かりいただけるだろうか。
それに魔力量が桁違いすぎるマルカは、魔力を制御しきれずポンポンと魔力暴走を起こして周囲を吹っ飛ばしていた。忌み子と呼ばれる由縁は間違いなくこれだろう。歴代の赤眼ハーフエルフも魔力がすごかったに違いない。
「マナマルカはおぬしを師匠と呼び慕っているし、おぬしが隠居したら付いていくと言っている。可愛い奴ではないか、なぁタクトよ」
「この一桁のMNDから分かる通り、魔法制御力が最悪なんですけどそれは」
「膨大過ぎる魔力量故じゃな。儂も苦労したものよのう」
以前、マルカは風魔法で部屋を掃除しようとして跡形もなくすっきり吹き飛ばしたこともある。タクトがつきっきりで指導し、最近ようやく魔力暴走もしないよう落ち着いてきたわけだが……
「マルカをオクトヴァル領の外に出すとか……それはそれで正気ですか?」
「おぬしが魔力操作を教えたんじゃろ? 師匠として責任を持て」
「責任取れないから言ってるんじゃないですか! ようやく基礎の基礎の基礎ができたってレベルですよ!? あとそれを抜きにしても、あいつは僕が制御できるような子じゃないんですが……本気でマルカを連れてけと?」
「だが貴様に足りないMPを持っている。それも膨大な、な……」
確かに5000もの、僕千人分以上で、端数すら僕を軽く超えるMPは素晴らしいとしか言いようがない。まともに扱えれば、の話だが。
「良いかタクトよ。マナマルカを使って上手く三年間誤魔化せ。貴様のMPが5しかないとバレたらさすがに退学だろうし。このためにおぬしのMPのことを隠してたんじゃぞ」
「やっぱり裏口入学じゃないか!」
「おぬしの学力と制御力、マナマルカの魔力。足して二で割れば五人分くらいの合格にはなる。ならば二人が入ったところで問題ないじゃろ」
なるほど確かにー……って勿論そんなことはない。
「問題大ありだろうがよぉ!? クソジジイ! どうやって卒業しろってんだよ!」
思わず被っていた猫が逃げ出し素で暴言を吐く。
「じゃかぁあしい! 日常生活で明かりを点けたり水を出したりの生活魔法を全部マナマルカにやらせれば、貴様の少ないMPを全部授業に使えるじゃろ! あとは貴様の得意な杖でもなんでも使って小細工しとけ!」
「あー! あー! 小細工とか言っちゃうの!? 魔導士が魔法杖を小細工とか言っちゃうの! まったく宮廷魔導士の筆頭がこれじゃあ世も末だね!」
「日頃から杖なんぞに頼るのは、未熟な子供と衰え始めた老人くらいじゃ!……まぁそれはさておき」
「さておかないでください重要な事です! この老害! 宮廷魔導士がそんなこと言うから杖があまり広まらないんですよ! 魔法杖ってのはもっと広く使われるべきだ! 僕なんて杖がなきゃ得意な幻影魔法や音魔法ですらろくに使えないんだぞ!」
「議論をすり替えようとするな! 今は義務の話だ!!」
ダァン! と勢いよく執務机を叩く祖父に、ビクッと竦む。大きな音は反則だって!
「……ともかく魔導学園には入学してもらう。手続きは済んでいる。……これで卒業できなければ死んでもらうからな、覚悟しておけ」
「マジですかクソジジイ」
「今から死亡届を用意しておこうかのう……死因は何が良い? 無難な所で病死にしておくか? 儂は病気の呪いも使えるからな、多少苦しいが、まぁええじゃろ。あとクソジジイは地味に傷つくからやめろ」
「くっ……わ、分かりましたよ。卒業すりゃいいんでしょ、おじい様」
「分かればよろしい」
どちらにせよ、将来杖職人として隠居するためにもこの義務からは逃れられない。実家がお取り潰しになっては楽隠居だってできやしないからな……
僕は、諦めて了承の返事をした。
「それと入学祝いだ。タクトよ、これを持っていけ」
「はい?……お、おじい様! これは!!」
「かねてより貴様が魔法杖の素材に使いたいと言っていたゴールドドラゴンの逆鱗じゃ」
そこには、金色に輝く手のひらサイズの鱗が一枚あった。このサイズであれば金貨五枚は下らないだろう。平民の一家族が二、三年は暮らせる価値がある。
「レクト達が討伐した最後のドラゴンの逆鱗。どうしても処分できず取っておいた代物じゃが……おぬしなら使いこなせるだろう? せいぜいマシな杖でも作れ」
「おお……」
ある意味両親の仇とも言える素材だが、そんなことは関係ない。直接の死因は落石事故の方だ、素材に罪はない。そんなことより素材の特性から調べなくては! 逆鱗でも鱗なんだから通常の鱗のデータが参考にできるはず!
「ちょっと興奮してきた。どんな杖つくろう! デザインから凝りたいよなぁ」
「言っておくが、地味な隠し杖にするのだぞ」
「う、そ、そうですね……もったいないですが」
隠し杖。魔法杖を持たない無手であると見せかける秘密の武器だ。……うん、魔法杖を使っても普通未満だとなったら、実力がバレてしまうもんな。欠点は魔法杖を二重に使うことはできないので更に「杖を使え」と言われると困る事。
「そこは折角儂が杖を使わない主義を主張しているのだから、存分に利用せよ。儂の意向といえば断れるし、儂の孫なのだから黙っていれば隠し杖ともバレぬじゃろ」
ハッ、と僕はおじい様の考えを理解した。
「ま、まさか……このためにおじい様は『日頃から杖を使うのは未熟な子供か衰えた老人だ』などと心にもない主張を!? 感服いたしました! 今度おじい様用の杖を作ってプレゼントさせていただきます!」
「いや? それは本心じゃが? 杖なんぞ使ってたら腕が衰えるわ、いらぬいらぬ」
「見直して損したよクソジジイ……」
そこは孫のために仕方なくであってほしかったよ! もう!
「鱗はいらんようじゃな」
「有難く頂戴します! おじい様大好き!」
かくして、僕は最高級の素材を取り上げられる前にさっさと執務室を後にした。