第一章 ドキドキ! 学園生活スタート!(※裏口バレたら即死亡)(3)

 そうしているうちに入学式が行われている講堂にたどり着いた。校舎と比べて精微なレリーフによって壁や柱に装飾が施されており、宮殿と言われても納得できるこの講堂は、元々王族の別荘であった離宮を改装したものらしい。

 式が進行中であるためか入口は閉ざされ、警備が立っている。警備といっても学校の制服に風紀委員の腕章をつけているので学園の生徒だろう。コッコナータ殿下は彼らに向けて小さく手を上げて声をかけた。

「すみませんが、入れてもらえますか?」

「……生徒会長。既に入学式は始まっております。遅刻では?」

 第二王女であるコッコナータ殿下をすこしジトっとした目で見る風紀委員の男。髪型もきっちりしておりいかにも融通が利かなそうではある。王族相手にもとなると相当だ。

「少し窮地に陥っていたのです。彼に助けてもらわなければもっと遅れていましたよ」

 と、コッコナータ殿下は僕を手のひらで指す。紹介されたので軽く頭を下げた。

「僕は大したことはしていませんけどね」

 ハシゴを立てかけただけなので。とまでは殿下の名誉のため言わない。

「ほう? 生徒会長程のお方がどのような窮地に?」

「それは……恥ずかしいので秘密です」

 子猫を助けようとしてハシゴを使って枝に上ったのはいいものの、子猫はさっさと逃げてしまうわ、ハシゴが猫に倒されてしまったわで散々だったらしい。これを知っているのはコッコナータ殿下以外では、講堂につくまでに事情を聞いた僕とマルカだけだ。……聞いてないんだから今みたく秘密にして言わなきゃよかったのに。

「ともかく、彼らの遅刻は私の責任です。今年の新入生なので、入れてあげてください」

「……まぁ、良いでしょう。お静かにお願いしますよ」

 というわけで僕達はコッコナータ殿下のとりなしで入れてもらうことができた。

「挨拶の準備もあるので私はこれにて。あちらの入口からなら、こっそりと一番後ろの席に座れるでしょう」

「はい、ありがとうございました」

「ありがとうござましたっす、コッコ先輩!」

 軽く頭を下げ、コッコナータを見送る僕とマルカ。お互い助け合って貸し借り無しだ。今後王女様と話す機会なんてそうそうないだろうから、いい経験になったと割り切ろう。そう考え、入学式の会場に静かに入り込む。


 ガラス窓から日光の射し込む明るい講堂の中では、壇を中心として劇場のように扇型に広がる段々の席に約六十名の新入生がまばらに座っていた。上級生である二、三年生は、生徒会や風紀委員の腕章を付けている者以外はいなさそうだ。また、生徒達は殆どが人族で、たまに獣人系種族、ドワーフ。エルフも一人だけいることを確認できた。エルフはハーフエルフを忌み子と嫌悪するらしいので、彼女とは別のクラスであることを祈っておく。

『かくして、魔導学園は魔導平等の名のもとに学園を広げ、今では付属の商業学校や騎士学校も増えていき、今の学園特区を築き上げたわけでして。ああ、当然諸君らの中には下位学校を卒業した上でここに居る者も少なくないから、分かっている者もいるだろうけれど念のためもう一度──』

 壇上では紺色のローブを着た、緑髪オールバックのエルフの美男が堂々と話していた。風の魔法を用いているのだろう、あまり大きい声でないにもかかわらず講堂中に声が響いている。

『──えー、であるからして、魔導学園に入学する君達にはこれから三年間、まぁ落第しなければだけれども、短い三年という時間を存分に頑張っていただきたいと思っている。私からの話は以上だが、何か質問はあるかね?……無いようだね。では短いがこのくらいで。……本当に無いかね? 無いならいいんだけれど』

 僕達がこっそり最後列の席に座ってから更に十分後、彼の話が終わった。

 以上、学長からのお話でした。と、進行が補足して、ようやくあの若い男が学長であると判明した。もっとも、エルフなので見た目は青年でも八十歳くらいなのかもしれない。エルフの年齢はよく分からないからな。ハーフエルフのマルカには分かるんだろうか?

 だがまぁ、コッコナータ殿下の言っていた通り学長の話は長かった様子。お陰で入学式にちゃんと滑り込めた。あとはあたかも「最初からいましたけど?」という顔で教室へ向かう人の流れに合流してしまえば目立つこともないだろう。

『ああ、それと折角だから連絡事項だ。特別入学のタクト・オクトヴァル君は、放課後に学長室に来るように』

 そんなことを考えていたら名指しで呼び出されてしまった、全新入生の前で。

「なんすかね師匠。遅刻したのバレたんすかね?」

「いや、ただの連絡事項だろう。学長もそう言ってたし……特別入学だしね」

「なるほどっす!」

 目立ってしまった……か? と思いつつ、学長とはばっちりと目が合っていたので、おじい様のゴリ押しに対する嫌がらせなんじゃないかとも思う。


 その後は特に何事もなく、恙なく入学式は終了した。生徒会長の挨拶ではコッコナータ殿下が壇上に上がり、先程まで木の枝の上で動けずにいたとは思えない程に堂々とした挨拶をしていた。


 さて、入学式をなんとか目立たずにやり過ごした(と思いたい)僕達は、自分のクラスを確認し、教室へと向かう。全二クラスのうち、一組だ。本来なら入学式の前に掲示された紙を見て確認するべきところだったようで、教室へ向かう人の流れからは取り残されてしまった。不幸中の幸いとして、本日が入学式ということもあり案内がそこかしこに貼られており、迷子になることなく教室に辿り着けた。悪かった事に目をつぶり、良い事を見つけるのが幸せに生きる秘訣だ。

「あークラスで自己紹介があるとおもうけど、さっきみたいな余計なことは言うなよ?」

「了解っす!」

 予めそういう風に釘をさしておく余裕すらあったので、かえって良かったかもしれないと僕は頷いた。

 正面の黒板と平行に段々となっているいわゆる階段教室の中で、三十人ほどの生徒がそれぞれ談笑したり資料を確認したりしていた。一瞬僕らに視線が飛んでくるが、制服を見て教師ではないと分かるとすぐに外されていく。教室に遅れてきた僕達よりも現在進行中の新たな出会いに花咲かせる方が重要なようだ。それに、懸念していたエルフの生徒もこのクラスではないらしい。目立つことなくクラスに入れたことにホッとする。

 特に席順は決まっていないようなので、あまり人のいない所に着席しておこう。

「なんとか自然に紛れ込めたな」

「これならだれも師匠が入学式に遅刻したなんて思わないっすね」

「……小声でもそう言う事は口に出して言うな」

 僕はマルカの頭をつんと小突いた。


 それから直ぐに教師が入ってきた。ローブ姿で眼鏡をかけた、落ち着いた感じの大人の女性だ。紺色のローブは学長も着ていたが、教師の制服なのだろう。

「えー、私はこの一組の担当になりましたエーリン・リングブルムです」

 リングブルム。その苗字からエーリン先生が魔導四家のひとつ、南のリングブルム侯爵家の関係者と分かる。とはいえ、特に驚きはない。というのも、かの家は教育に傾倒しており、この学園特区に存在する教師のうち半数以上はリングブルム家の関係者だからだ。まぁ、学園特区で下手に騒ぎを起こせば侯爵家が黙っていないぞということでもある。

「これから一年よろしくお願いします。もっとも、落第して卒業を待たずに居なくなる方もいるでしょうが」

 余計な一言に、思わず自分が退学になる光景を思い浮かべる。祖父ダストンが得意の風魔法で僕の首を刎ねるシーンだった。いや、呪い殺すって言ってたっけ?……いざとなったら殺される前に逃げよう。

「知っての通り、数年前にMPによる足切りが追加されてから落第率は大幅に減ったものの、それでも落第する人はいるものです。皆さんはそうでないと、各々で証明してください。ちなみにあらかじめ言っておきますが、一組だからといって、皆さんが二組より優れているということはありませんのであしからず、そういう区分は二年からですので」

 二年と三年は、またクラス分けが異なり、一学年を乗り切った者達を成績順にクラス分けするらしい。そちらは数字ではなくA~Dで分けられていく。目立ちたくない僕としては、Cクラス辺りに落ち着きたいものだ。特級魔導士で最下位のDクラスというのは逆に目立ちすぎるし、ランクが高いとMPの都合で授業についていけないだろうから。

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