第一章 お店を手に入れた!

Episode1 卒業できた!(1)

 王立錬金術師養成学校。

 それはこの国でゆいいつ、錬金術師の国家資格が取得できる学校である。

 この学校を卒業し、錬金術師の資格さえ取得できれば、その人の人生はもうあんたい

 左うちわの生活が約束される。

 だが、それだけに競争率も高く、入学はもちろん、無事に卒業をむかえることも非常に難しい。

 そんなちよう難関校が王立錬金術師養成学校なのだ。


 そもそも錬金術師とはエリートの代名詞である。

 生活に欠かせない各種錬成薬ポーシヨン錬成具アーテイフアクトを作れる能力を持つ上に、それらの供給は、じゆように対して常に不足気味。

 国家による価格統制もあり、じような値引きも認められていない。

 ゆえに利益率が非常に高く、作る商品さえ選べば売れ残りの心配が無い。

 簡単に言えば、もうかる。

 そのため、錬金術師になれれば一生食いっぱぐれがない──どころか、必死で働かなくても十分に稼ぐことができる。

 また、王立錬金術師養成学校のとくちようとして、努力すればだれでも──平民はもちろん、ですら入学できることが挙げられる。

 入試で必要な知識は教本で学ぶことができ、それはしんせいすると無料で貸し出される。

 その上、受験に費用は必要ない。

 さすがに文字すら読めない場合はどうしようもないのだが、孤児院であっても望めば文字の勉強程度は可能なので、そこも個人の努力でカバーできる。

 また、成績ゆうしゆう者には学費めんじよのほか、しようがく金の支給、試験ごとの報奨金じゆがあり、ある意味で〝勉強さえしていれば良い〟かんきようが整えられている。

 だがしかし、そんなめぐまれた環境であるからこそ、その門戸は非常にせまい。

 平民や孤児にとっては、ほぼ唯一の成り上がりが可能な職業だけに入学希望者は多く、当然試験も難しい。

 さらに、優秀な家庭教師を付けた貴族も同様に受験するため、なまなかな努力では競争に打ち勝てるはずもない。

 そして、何とか入学試験をくぐり抜けても安心はできない。

 四ヶ月ごとに行われる試験。

 その成績が一定水準に達しなければ、ようしやなく退学処分を受けるのだ。

 当然、再試験なんてものはなく、これは貴族であっても同様。

 結果的に五年後の卒業式に出席できるのは、入学時の一〇分の一以下と言われている。


 そんな学校を私、サラサ・フィードは今日、卒業する。

 いやー、大変だったね!

 卒業のかんがい

 そんなの感じるひまも無かったよ。

 なんと言っても、昨日まで卒業試験があったんだから。

 そして、その試験結果の発表は、今朝。

 万が一、それで不合格なら、今日学校に来ても、卒業式には出られないという悪夢。

 誰が考えたのか知らないけど、いくら何でもこの日程は無いと思う。

 まあ、これまでの歴史で卒業試験に落ちた人は、さすがにいないらしいけど。

 この試験に落ちるような成績の人は、それ以前に退学になってるからね。

 よほど気を抜けば別だけど、卒業式の日に一人だけ教室に取り残されるというじようきようを想像すれば、だんの試験以上に気合いを入れるのは当たり前。

 危険なのは病気ぐらい? もちろんみんなわかっているので、体調のにはけんめいになるし、不安があればしばらく前から学校を休んででも体調を整える。

 もちろん私も、必死でがんりましたとも!

 そのもあり、卒業証書と共に最後の試験報奨金もいただけました。

 ええ、ありがたいことに。


 思えば八歳の時に事故で両親をくし、孤児院に入れられてからは現実とうするかのように、最低限の仕事以外はひたすら勉強。

 そのため孤児院のみんなにはめいわくけたが、錬金術師養成学校を目指す子はみんなでおうえんするというあんもくりようかいがあるため、特に非難されることはなかった。

 その代わり上手うまく錬金術師になれたなら、お返しとして寄付金を送ることもまた暗黙の了解なんだけどね。

 現に孤児院出身の錬金術師が定期的に寄付金を送ってきてくれているので、私たちもつめに火をともすような生活はせずに済んでいたのだから。

 そんなガリ勉の甲斐もあり、平民としてはかなり優秀な成績で入学に成功し、学費無料、奨学金の受給資格とにゆうりよう資格を得られ、一〇歳で孤児院を出ることができた。

 それからはひたすらバイトと勉強に明け暮れた。

 幸いな事に、れんきんじゆつのお店で採用されたため、店長に入りもさせてもらえた。

 おかげでバイト自体が勉強にもなり、報奨金をもらえるまでの学力を身に付ける事もできた。

 残念ながら、トップを取れた回数はごくわずかだったけど、幸いな事に、私より順位が上の人たちが、みんな貴族だったんだよね。

 なぜ〝幸い〟かって? それは報奨金に関する慣例? 伝統? そんなものがあったから。

 通常、試験報奨金は上位三名までに支給される。

 これが厳密に適用されていれば、たぶん私が貰えた報奨金は今の半分ぐらいかな?

 でも、貴族が上位に入った場合には、これを辞退するのが〝貴族の義務〟みたいな伝統があり、もし受け取ろうものなら『貴族なのに?』と後ろ指をさされかねない。

 そして、そんな風に辞退された報奨金は、下位の順位にり下がって支給される。

 私が大半の試験で報奨金を貰えたのは、この伝統のおかげ。

 もちろん強制ではないけど、そこは貴族のほこりとかがあるらしい。

 下級貴族の場合、下手へたするとゆうふくな平民よりもお金が無い事もあるので大変だとは思う。

 私にはすっごくありがたい伝統だけどね。

 そのおかげで、卒業した現時点で私の貯金は五〇〇万レアをえていた。

 普通の平民は一年に五〇万レアもかせげないので、実に年収の一〇倍以上!

 うん、がんばった! 私っ!

 半分以上は奨学金と報奨金だけど、あとはバイトで稼いだお金だもの!

 寮のおかげで宿しゆくはく費と食費が無料とはいえ、学校の授業や勉強の時間の合間を利用してこれだけ稼ぐのは、本当に、大変だった。

 ありがたい事に、しようから貰っている私の日給は平民の丸一日の稼ぎにひつてきしたけど、これは確実に破格。私が錬金術師見習いだからこその金額である。

 短時間しか働かない見習いのバイトでこれだけ稼げるんだから、本職の錬金術師がに稼げるか、という事だよね!

 そして今日から私も、そんな錬金術師!

 先ほど卒業式で貰った〝錬金アルケミーズ許可証・ライセンス〟をポケットから取り出してながめる。

 うすい金属のような、それでいて非常に軽くじゆうなん性がある不思議な物質。

 そこに錬金術師のマークと私の名前、王立錬金術師養成学校の卒業証明が刻印されている。

 更には私自身のりよくもんも記録されていて、私以外がさわると表示が消える仕組みまで仕込まれている。これ自体がある意味、錬金術のけつさくとも言えるのだ。

 むふふ、とついつい顔がにやけてしまいそうになるのを、ほおに手をえてこらえる。

 一人、門の前でにやけていたらしんだからね。

 ……一人。

 そう、一人なんです。

 卒業式も無事に終わり、新たなるかど

 でも私は、学校の門の前でポツリと一人。

 いやぁ、この五年間、ホント、バイトと勉強以外しなかったからね!

 おかげで、こうして学校から出ようとしているのに、あいさつに来てくれる人すらいない。

 そして挨拶に行く相手もいない。

 周りではこうはいとの別れをしむ卒業生や、迎えに来た人とがおで会話している人がいるというのに、私の周りは空気がひと味ちがう。

 誰も近寄ってこないんだから。

 べ、別に、さ、さびしくはないけどねっ!


 ──いえ、本当は少し寂しいです。

 私、友達がほぼいなかったからなぁ。

 自分が原因だから、仕方ないんだけど。

 やっぱり、勉強ばかりしていて、ほとんど会話もしないんじゃ、友達はできないよね。

 いや、まぁ、実際のところ、ほぼゼロなだけで、本当にゼロではなかったよ?

 去年までは、こんな私を気に掛けてくれて、仲良くなってくれたせんぱいが二人いたんだ。

 そして、その先輩のつながりで仲良くなった後輩が一人。

 でも、去年無事に卒業したお二人は、今は別の町で働いているので、王都にはいない。

 そして後輩の方はと言えば、運悪く数日前から体調をくずして卒業式には不参加。

『絶対、行きます!』とは言ってくれたけど、後輩の定期試験は卒業式のすぐ後。

 万が一にでも不合格にさせるわけにはいかないので、『絶対に来ちゃダメ! 身体からだを治すように!』と強く言っておいたのだ。

 シャレにならないくらい人生にかかわるからねぇ、試験に失敗すると。

「うん、……早く行こう」

 この空気の中、一人立っているのは少々つらい。

 時々私に送られるいぶかしげな視線は、きっと気のせいじゃない。

 私は一度り返り、五年間を過ごしたまなびを見上げる。

 いろんな事があった。

 ほとんどは勉強のおくしか無いけど、それでも楽しいこともあった。

 少なくとも勉強さえしていれば生活に困らないんだから、総じて悪くない学生生活だったんだと思う。

 でも、これからは一人で歩いて行かないといけない。

 私は決意を胸に、校門に背を向けて歩き出した。

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