アオハルデビル2
第1章 ピックケースはどこにある

第1章 ピックケースはどこにある(3)

「そんな箇所はない!」


思わず悲鳴をあげてしまう。


「ロズィも行く!」

「なにを言っているんですか! ロズィはダメに決まっているでしょう!」


「えー、さっきサンポウヨシって言ってたじゃん! それって3人みんなハッピーってことでしょ? ロズィ知ってるんだから!」

「そこにあなたは含まれてません!」


「ロズィだってメンズの服勉強したいもん。イオカにドクセンのケンリないし!」

「私が最初に見つけたんです! ブルーオーシャンです!」


「でもカレシじゃないんでしょ」

「そ、それは」


「まだ釣ってないサカナじゃん。あ、カニかな? デッドリエスト・キャッチ?」


勝手に資源として開拓されても困る、とせめて抵抗しようとした矢先に。


「あ、あのー……」


消え入りそうな声が聞こえて、僕たちの目が、いっせいにその方向を向く。

そこには、ギターを背負ったクラスメイトが、居心地悪そうに体を揺らしていた。


三雨みう、いつからそこに……」

「えっと、メンズの服がどうとかのところ?」


「なんでみんな最初からいるんだ……」

「ごめん、盛り上がってたから、声、かけにくくて。その、そこ、ボクの席だから……」


おずおずと指差す三雨みうに、衣緒花いおかがさっと顔色を変える。そう、衣緒花いおかが足を組んで我が物顔で座っていたのは、確かに三雨みうの席だった。


「すみません。すぐにどきますので。ほら! ロズィも!」


慌てて立ち上がった衣緒花いおかは、机の上に座ったロズィの背中をばんばんと叩くが、ロズィはまったく動く気配がない。


「えー」

「えーじゃありません!」


寝坊した子供を叱る親のような態度で、衣緒花いおかはロズィをにらみつける。

一方で、三雨みうはなぜか申し訳なさそうに笑みを浮かべると、顔の前で手を振った。


「いやいや、いいよ、ゆっくりしてなよ。なんかごめんねかえって。ボク、どっちみち部室行かなきゃだからさ」

「ね、イオカ、ミウはいいって言ってるよ?」


「あなたは服より先に遠慮や気遣いという概念を身に着けてください」

「えー」


「だからえーじゃありません!」

「ごめん、衣緒花いおかちゃん、本当に大丈夫だから」


三雨みうは本当に戸惑った様子で衣緒花いおかとロズィの顔を見比べると、遠慮がちに机を指差した。


「えっと、でも机の中のピックだけ取ってくれる? ちっちゃい缶みたいの」


衣緒花いおかは言われた通りに手を伸ばすと、銀色の缶を取り出した。


「ええと、これ、ですか?」

「ん、ありがと」


受け取った三雨みうは、それをパーカーのポケットにそっとしまう。


「もしかして、文化祭の練習?」

「あー、うん。その、軽音楽部でライブやるから……先輩と一緒に朝練してるんだよね」


なぜか口ごもりながら、三雨みうは背負ったギターを重そうにゆすった。


逆巻高校の文化祭は、少々変わっていることで有名である。


本校はそれなりの進学校であるのだが、よく言えば生徒の自主性が尊重され、悪く言えば放置される校風である。そして文化祭も、その例外ではない。


クラス単位での出し物があるわけではなく、そもそも参加する義務もない。自主的にやりたい者が個人的に申請してなにかをやり、同様に自主的に手を挙げた実行委員が、彼らに予算を配分する、という具合になっている。やりたい人だけが、やりたいことをやる。合理的といえば合理的な仕組みだ。


結果として、極めて少数の主体的な生徒が潤沢な予算を得て、趣味に任せて異常に気合の入った出し物を行う、というのがこの学校の伝統だった。そのため無闇にクオリティが高く、地元からは大きなイベントとして期待されているが、校内の一体感はゼロ、という奇妙な雰囲気になっている。


要はこういうことだ。

この高校の文化祭は、二極化する。

なにかをする数少ない生徒と、それを見る大多数の生徒。


僕がどちらであるかは、言うまでもない。

しかしそれゆえに、三雨みうが文化祭に出るということをやや意外に思った。


彼女はロックが好きで、軽音楽部で、見た目が派手だ。

なのにそれと対照的と言っていいほどに、人前に出ることを嫌がるタイプだから。


「なにそれすごい! ライブやるの!」


しかしロズィはそんな疑問など関係なく、ライブという言葉に目を輝かせている。

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