二回裏 恋のささやき戦術。(2)

 そうして、私たちはいつものようにバッティングセンターへと向かった。

 通い慣れたこの場所が、私たちの記念すべきファーストキスの会場となる。

 普通ならバッティングセンターでキス? という疑問が浮かぶところだろうが、私にはさっき閃いた作戦があった。

「一応確認しとくけど、足はもう大丈夫なのか?」

 バットを持って軽く素振りをしながら、陸はそんなことを訊ねてきた。

「うん。あれからスニーカーとローファーしか履いていないし、思いっきり打っても支障ないよ!」

 デートの時に怪我をして以来、バッティングセンターは避けていたが、さすがにもう問題はない。

「ならよかった。怪我明けだろうと手加減しないからな」

 挑発的に笑ってみせる陸。

 こんなことを言いつつ、彼は私と勝負する時はいつも手加減してくれていたりする。

 男女の身体能力差もあるし、ポジション的にも陸のほうが打撃を得意としているから。

 そういう見えない気遣いをしてくれるところも好きなのだが、今日ばかりは本気を出してもらいたい。

「ふふん、それはこっちの台詞だよ。よし、負けたほうは罰ゲームね」

「ほーう、大きく出たな。乗った!」

 私の提案に、ノリよく応じてくれる陸。

 ——とりあえず作戦の第一段階は成功だ。

「じゃ、まずは私から打つね」

「了解。お手並み拝見といこうか」

 バットを手に取ると、私は左打席に入る。

 私たちの勝負はいつも十球勝負。より多くヒット性の当たりを出したほうが勝ちだ。

「私が勝ったら、カフェでジャンボパフェ奢ってもらうからね」

 私の出した条件に、陸は眉根を寄せる。

「なんだそりゃ。そんなメニューあったか?」

「新メニューです。一杯千五百円」

「なかなか痛い出費だな……が、乗った。俺が勝つしな」

 陸が手加減しないよう、ちょっと辛い罰ゲームを設定する。

 ——よし、第二段階も成功。

 私の作戦はシンプルだ。

 罰ゲームありのバッティング勝負を仕掛け、『私に勝ったらキスしてあげる』と持ちかけるのである。

 正直、ファーストキスとしてそれはどうなんだろうという気持ちもあるが、今は何よりも関係の進展が優先だ。

 とりあえず異性として意識してもらうために、なんとかキスまで持ち込みたい。

 そんな邪念を抱きながら、ピッチングマシンが投げる球に向かって鋭くバットを振る。

「ふっ——!」

 いつもと変わらない手応えの打撃。

 十球打って、ヒット性の当たりは四本だった。

 このマシン相手なら、良くも悪くもない絶妙なラインだ。

 本気の陸なら、恐らく超えられるだろう。

「よし、次は俺の番だな」

 高校生にとって千五百円の出費は非常に大きい。

 陸も罰ゲームを避けるため、集中した様子で右打席に入った。

 力感のないゆったりとした構え。陸の調子がいい時の証である。

 これなら、私の計画も成功しそう。

「ね、ねえ陸」

「なんだ?」

 意を決して話を切り出す私に、陸は視線をピッチングマシンに向けたまま応じた。

「これで陸が勝ったら……その、私がキスしてあげるから」

「うえぁ!?」

 私の提案に、陸は奇声を上げてこっちを見た。

 その顔は真っ赤で、さっきまでの集中力は欠片もない。

「お、おま……いったい、何を」

 絶妙に呂律も回っていない陸。

 なんか、予想以上に動揺している。

「ほ、ほら、罰ゲームっていうか……ご褒美的な」

 つられて、覚悟を決めていたはずの私も羞恥でしどろもどろになってしまう。

「ご、ご褒美ってそんな急に」

 完全にこっちを見て、目を白黒させる陸。

 が、そんな二人の空気も機械には関係ないようで、ピッチングマシンは構えを解いた陸に容赦なく直球を投げ込んできた。

「うおっ!? し、しまった! 俺の気を逸らす作戦だったか!」

「え、ちょ、違うから!」

 あれ……なんかキスに持っていくはずが、ダーティープレイで勝ちにいった感じになってるんだけど!

「くそ、ささやき戦術とは、なんて奴だ!」

「違うからー!」

 必死になって否定するも、その声は届かなかった。



 数十分後。

 カフェに移動した私たちの前には、話題のジャンボパフェが置かれていた。

 どんぶり並みの大きな器に大量のアイスと生クリーム、そして大粒のさくらんぼがトッピングされた逸品である。

「さあ、好きなだけ食べるがいいさ……男に二言はない。俺の奢りだ」

 どっと疲れたような表情の陸が、ジャンボパフェをそっと私のほうに押す。

 あれから、動揺が響いたのか、陸は結局一本しかヒットを打てなかった。

「う、うぅ……こんなことになるなんて」

 策士策に溺れるとはこのことか。

 結局、目的は果たせず、目の前にはたいして食べたくもないカロリー爆弾がそびえ立っている。

「早く食べないと溶けるぞ。ささやき戦術を使うほど食べたかったんだろ、それ」

 陸はどこか呆れた目で私を見ていた。

「ち、違うの! 私は別にパフェが目当てだったわけじゃなくて!」

 まずい、このままじゃ食い意地をこじらせた結果、汚い手段でパフェを奢ってもらいにいった女になってしまう……!

 結果として何も違わないのだが、なんとか弁明しなくては!

「パフェが目的じゃないなら、何が目的だったんだ?」

「それは、あの……」

 ——言えない。

 陸とキスするためにめちゃくちゃ頑張ってましたとか、絶対言えない!

「た、ただ真剣勝負の末の勝利を求めてたというか……」

 結果、私の口から出たのは誰がどう聞いても苦しい言い訳だった。

「ストイックすぎねえ!? なんでバッセンの勝負にヒリつくような緊張感求めてるのさ!」

「そりゃ緊張もするよ! 今回の作戦には私の青春の行方が懸かってたんだから!」

「なんで!? いつの間にそんな大勝負になったの!? どこにそんな伏線あった!?」

「私はいつでも人生大勝負なんだよ!」

 苦しい言い訳を重ねながら、ジャンボパフェを一口頬張る。

 甘いはずのバニラアイスが、何故か今日は苦く感じた。

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