第1章 刻の怪獣 (4)

「…………戻って、きたんだ……。あの頃に…………にッ……!」

 あり得ないけど、信じるしかない。

 信じられないけど、受け入れるしかない。


 俺は、戻ったのだ。

 11年前に……破壊の怪獣が世界を滅ぼし始める、その前に。


 つまり―つまり、俺は〝時間跳躍タイムリープ〟したのである。


 記憶を引き継いだまま、意識だけが11年前の自分にインプットされたのだ。

 とても現実だなんて信じられないが、目の前に広がる光景を見たらそう思うしかない。だって、失われたはずの全てが元通りになっているのだから。

 俺は思わず腰を抜かし、その場にへたり込む。

「マジかよ……こんなことって……!」

「キミ、おいキミ! 大丈夫か!? しっかりするんだ!」

 茫然自失する俺に対し、防衛隊員の1人が懸命に話しかけてくれる。

 ……大丈夫かどうかと聞かれれば、全然大丈夫じゃない。だって時間跳躍したんだぞ? 過去に戻ったんだぞ? 昔どこかで観た映画みたいに、ジャンプしてすっ転んだら過去に戻ってましたみたいな展開が自分に起きてるんだからな? 心の整理なんてつくワケないだろ!

 俺が頭の中で大混乱を起こしている内に、アズサは兵隊蟲の怪獣を1体残らず殲滅。緑の返り血でベタベタになった姿でこっちに近付いてくる。

「避難勧告は出ていたはずだ。どうして民間人がまだ―って、シン?」

「よ、よぉ……アズサ……」

 俺は驚愕と困惑と感動がごっちゃになり、11年ぶりに再会した幼馴染にそんな言葉しか発せなかった。

 アズサは一瞬とても驚いたような表情をしたが、すぐにキュッと口を閉じて顔を逸らす。

「……本部へ、敵怪獣の殲滅を確認。それと民間人の身柄も保護。これより護送する。―2人共、歩けるか?」

「なんとか、な……。でもまさか、アズサが助けに来てくれるなんて驚い―」

 俺の言葉を、アズサがピシャリと遮る。

「私はクレイモア・レイヴンだ。今この場において、それ以外の何者でもない。その名を気安く呼ぶのは許さない」

 冷たく言い放つアズサ。怪獣の血に塗れた風貌とも相まって、その言葉には威圧感すらある。

 そんなアズサは感情を感じさせないほど無表情で俺を見ていたが―直後にプイッと背を向ける。

「……よし、今のは『ホワイト・レイヴン』の隊員っぽかったわよね。クールでいいぞ私。ああでも救助対象がまさかシンだったなんて……! 怪獣の体液でベチャベチャで汚いし臭いのに、最悪……!」

「あの~……アズ、いやクレイモア・レイヴン……?」

「ハッ!? オ、オホン! なんでもない、少し返り血を拭いただけだ」

 まるでキャラ作りするかのように声色を変えて話すアズサ。

 ああ……そういえばコイツはでいる時は厳格な防衛隊員を演じるようにしてたんだっけ。公私をキッチリ分けるタイプというべきか。

 本来なら割と砕けた話し方をするのに、防衛隊員として怪獣と戦う時は他人を寄せ付けない殺戮マシーンみたいになるんだよな。もうそんなことすら忘れかけていた。

 そんなアズサだが―ふっと口元を緩ませる。

「でも……無事でよかった、本当に」

 冷酷な雰囲気から一転、優しい笑顔を見せるアズサ。その顔を見て、俺はようやく少しだけ平常心を取り戻せた。

「ああ、また助けられちまったな。ありがとよ」

「な、な、なに……!? 貴方、クレイモア・レイヴンとどういう関係なんですか!? 彼女があんな顔するなんて……信じられません!」

 赤髪の少女が俺の襟をむんずと掴み、問いただそうとしてくる。

 たぶん今のアズサの表情が、イメージのクレイモア・レイヴンとだいぶ違ったのだろう。TVとかネット中継に映るアズサはいつも仏頂面でクールぶってるからな。

「いやまあ、ちょっとした知り合い……みたいな?」

『ホワイト・レイヴン』の隊員は防衛隊によって個人情報がほとんど隠蔽されているから、迂闊に「幼馴染です」とか言えないんだよな。親族にも箝口令が敷かれてるくらいだし。俺はそう思いつつ、苦笑いを見せるくらいしかできなかった。

 それにしても……どこか既視感のある光景のような……。

 過去に戻って出来事を追体験してるんだから当然っちゃ当然だが……なんだろう、確かこの後かなり大変なことが起こった……ような……。なんだっけ……?

 ―そう思った時である。アズサの無線機が鳴り、彼女は耳に指を当てる。

「はい、こちらクレイモア・レイヴン……はい、はい、了解ですライデン隊長。ではすぐに迎撃の準備を」

 アズサが無線連絡を終えると、遠く離れた場所でドンッ!という爆発が起こる。

「! まさか、また怪獣が……!?」

「心配いらない。排除対象が少し増えただけだ」

 大斬刀を握り直すアズサ。

 直後に聞こえてくる、ドドドドッ!という無数の足音と地鳴り。

 そして俺たちの目に飛び込んできたのは―兵隊蟲の怪獣、兵隊蟲の怪獣、兵隊蟲の怪獣、兵隊蟲の怪獣兵隊蟲の怪獣兵隊蟲の怪獣兵隊蟲の怪獣兵隊蟲の怪獣兵隊蟲の怪獣兵隊蟲の怪獣兵隊蟲の怪獣兵隊蟲の怪獣兵隊蟲の怪獣兵隊蟲の怪獣―。

 街を覆い尽くさんばかりの、超大量の兵隊蟲の怪獣の群れ。それはさっきアズサが殲滅した100匹程度の比ではなく、おそらく何千匹という単位でいる。それが道路を越えビルを越え、俺たちの方へ向かってきているのだ。

「アレは……!」

「な、なんて数……!? さっきのなんて比べ物になりませんよ……!」

 怪獣だらけの光景に、開いた口が塞がらない俺と少女。

 ―あ、思い出した。

 防衛隊が5000匹を超える大群を討伐した時、逃げ遅れた俺はその戦いに巻き込まれたんだ。結果的に怪獣の群れは駆逐されて、俺は戦いの様子を終始眺めていたんだっけ。

 そんなタイミングに時間跳躍するとか、運が良いのか悪いのか……。

『ギギギッ!』

「第7小隊、第8小隊、迎撃始め!」

 アズサの号令と共に、防衛隊員たちが一斉に突撃銃を発射する。その1発1発は的確に兵隊蟲の怪獣を撃ち抜いていくが、幾らなんでも多勢に無勢だ。

『ギィーッ!』

 銃弾の雨を掻い潜り、いよいよ先陣の兵隊蟲の怪獣がアズサへ襲い掛かる。そして鎌のように尖った前足が振り被られ、その切っ先は彼女へ迫ったが―それが届くよりも、アズサの大斬刀が兵隊蟲の怪獣を叩っ斬る方がずっと速かった。

「私に、指1本触れられると思うな」

 緑の返り血を浴びながら、ゾッとするほど冷酷に言い捨てるアズサ。続けざまに大斬刀を構え、

「……ミョルニル・スーツ制限第Ⅲリミット・スリー、制限第Ⅱリミット・ツー、制限第Ⅰ号解放リミット・ワン。グリフォス線出力70パーセント限定解除。強制冷却フォースド・クーリングシステム、スタンバイ」

 唱えるように、アズサは呟く。

 その直後、彼女を包むミョルニル・スーツから白銀色の揺らめく光が放たれる。スーツの素材に使われている怪獣の核が活性化し、グリフォス線が漏れ出ているのだ。

 怪獣の核には実に様々な能力が宿っていると言われており、核がその怪獣の特徴を決めているとまで言われている。防衛隊はかなり昔から怪獣の素材を武装や兵器に転用する研究を進めており、中でも怪獣の核を動力源とするミョルニル・スーツは防衛隊を代表する怪獣素材装備と言っても過言ではない。

 アズサが着用している高機動型は、特に機動性スピードに優れた怪獣の核を用いた特殊仕様。その力を70パーセントも解き放つということは―。

 アズサは揺らめく光をまとい、狙いを定めるようにグッと大斬刀を構えた。

「では根こそぎ駆除しよう――高機動戦術・四型〝疾風〟」

 ―アズサが動いた。いや、それはもはや消えたと表現した方が正確かもしれない。

 目で追うことすらできないその姿は、まさしく暴風雨となって――何千匹もの兵隊蟲の怪獣を、一瞬で撫で斬りにした。

 何千という連続の斬撃が刹那の間に繰り出され、兵隊蟲の怪獣を瞬時に絶滅させたのだ。振るわれる刃の速度は目にも留まらぬどころか、俺のような常人では瞬きする間に怪獣が全て斬殺されたようにしか映らなかったほどである。速い、なんてモンじゃない。

 さっきまで怪獣だったモノが辺り一面に転がり、沈黙と静寂が広がる。隣でその光景を見ていた赤髪の少女も唖然とし、

「す……凄い……凄すぎます……! これが〝最強の防衛隊員〟の力……!」

「ハ、ハハ……流石はクレイモア・レイヴンだな……」

 俺はもう、一周回って引き笑いしか出てこなかった。

 これが人間のできる芸当とは……一生かかったって真似できる気がしねーよ……。

 殲滅を終えたアズサは大斬刀を振り抜いた姿勢のまま残身し、同時にミョルニル・スーツが強制冷却に入る。彼女の周囲には高熱で蜃気楼が起こり、シュー!という快音を奏でてスーツの節々から蒸気が立ち昇る。

 スーツの冷却を終えたアズサはゆっくりと構えを解いて、

「フゥー……。眼前の敵を殲滅。状況を報告せよ」

「報告! 第9地区にて〝コマンダー・ライデン〟が敵怪獣を殲滅!」

「続けて報告します! 〝ボックス・ルー〟も第3地区で怪獣共を一掃した模様!」

 無線連絡を受け取った防衛隊員たちがアズサに向かって報告する。

 聞いたことのある―いや、俺もよく知っている名前だ。〝コマンダー・ライデン〟と〝ボックス・ルー〟、どちらもアズサと同じ『ホワイト・レイヴン』に所属するエリート防衛隊員のコードネームである。

 どうやら兵隊蟲の怪獣5000匹の討伐にはアズサ以外の『ホワイト・レイヴン』の隊員も投入されているらしく、彼女と同様に凄まじい戦果を上げているみたいだ。

「流石だな、ライデン隊長とルー。この感じなら2時間とかからず終わりそうだ」

 やや満足気に、アズサは大斬刀を肩に担ぐ。

「第7小隊、第8小隊、貴官らはこの2人の安全確保を。私は隊長たちに加勢してくる」

「ちょっ、ま、待て! アズ―クレイモア・レイヴン!」

 俺は思わずアズサを呼び止めてしまった。

 彼女が―また目の前から消えてしまう。そんな恐怖に駆られて。

 だがこれから戦うのは兵隊蟲の怪獣であって、アイツじゃない。

 すぐ我に返った俺は、

「え、あっ、いや……気をつけて、な……?」

「あんな雑魚共相手に、この私が遅れを取ることはない。だが……その気持ちは受け取っておこう。ありがとう」

 そう言い残すと、アズサはバッ!と跳躍して新たな戦場へ向かって行った。

 去り際に「よし、いいトコ見せられたわよね」と小さくガッツポーズを決めていたのは、見なかったことにしておこう。

 ―この後、『ホワイト・レイヴン』を始めとした防衛隊の一方的な攻勢によって5000匹の兵隊蟲の怪獣が倒されたのは、たった1時間後のことだった。

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