第1章 刻の怪獣 (5)
『市民の皆様にお伝えします。只今、区内における怪獣の討伐が防衛隊によって確認されました。怪獣線計測器のグリフォス線出力は0。現在、街の被害状況を確認しておりますので、市民の皆様はもうしばらく地下シェルターでお待ち下さい』
街中に設置されたスピーカーからアナウンスが流れる。どうやら、兵隊蟲の怪獣が1体残らず倒されたことが確認できたらしい。
あの後防衛隊に保護された俺と赤髪の少女は、設置されたテントの中で休ませてもらっていた。防衛隊員の皆は親切で、パイプ椅子に毛布に防衛隊日本支部名物防衛隊コーヒーまで用意してくれた。
優しい……温かい……。俺がそんなことを思いながらコーヒーを啜り、
「ふぅ……生き返るなぁ……」
「ちょっと、まるで年寄りみたいなこと言わないでくださいよ」
隣に座った赤髪の少女が、ジトッとした目で言ってくる。
「なに言ってんだ、お前と比べりゃ俺はもうすっかりおっさんの仲間入りだよ」
「はぁ? 貴方いったい幾つなんですか? 私とあまり変わらないように見えますけど」
おっと、しまった。今の俺は18歳の姿をしているんだった。つい時間跳躍する前の感覚で話しちまうな。
俺は話を逸らすように、
「そ、そうそう! そういえばお前にはちゃんとお礼を言わないとだよな。あの時お前が起こしてくれなきゃ、俺は今頃怪獣の腹の中だったんだ。本当にありがとな」
「なっ……ふんっ、感謝される筋合いなんてありません。怪獣に殺される人なんて見たくないから……仕方なく助けただけなんですから!」
「それでも危険を顧みずに助けてくれたのは事実だ。お前は凄い奴だよ。きっとアズサみたいな隊員になれる」
俺が賞賛すると、彼女は「ふん!」とそっぽを向く。まったく、素直じゃない奴だ。
それにしても……既視感こそあれど、こうして過去を追体験してると「意外と忘れてることも多いもんだ」と思っちまうな。
現にこうして話している彼女の人相はおぼろげに覚えていても、名前が思い出せない。間違いなく、前にも同じタイミングで同じように会っているのは覚えてるんだけど。
まあ、俺にとって終焉後以前の出来事なんてもう10年も前の話。この10年間で色々なことがありすぎて、逆に覚えていることの方が少ない気もする。それが歳を取るってことなのか、人の記憶が不便なだけなのかはわからんが。
ただ……この赤髪の少女とは、なにか大事な話をしたような気がするんだよな……。
彼女は片目を開けてチラリとこちらを見ると、
「……名前」
「へ?」
「貴方の名前です。まだ聞いていません」
「あ、ああ、そういえば自己紹介してなかったな。俺の名前は
「私は
「俺が……防衛隊員に?」
「私は1週間後の入隊試験に参加するつもりです。そして防衛隊員になって怪獣をたくさん倒して、絶対『ホワイト・レイヴン』のメンバーまで上り詰めてみせるんです」
「! 『ホワイト・レイヴン』って……―!」
今の言葉を聞いて、俺はようやく思い出した。
そうだ、俺の記憶が正しければ、彼女はこの後本当に『ホワイト・レイヴン』の隊員になれたはずだ。期待の新入隊員としてTVやSNSで話題になっていたのを、薄っすらと覚えている。
けれど俺は、セルホが戦っている姿を見たことはない。
何故なら彼女が話題になったすぐ後に―破壊の怪獣が日本に現れたからだ。
……きっとセルホにとって『ホワイト・レイヴン』隊員としての初陣が、破壊の怪獣との戦いだったのだろう。あの戦いでアズサを始めほとんどの防衛隊員が戦死したことを考えれば、おそらく彼女も……。
セルホは話を続け、
「本当の本当に難しいことは知ってます。クレイモア・レイヴンのさっきの戦いを見れば、尚更そう思います。でも私には……会わなきゃならない人がいるから」
「会わなきゃならない人って……?」
「私にとって……大事な人ですよ」
そう語る彼女の目には、固い意志が宿っていた。決して冗談や半端な覚悟では言っていない、本当に心に決めていると、俺には一目でわかった。
「……それでシン、貴方は彼女の―クレイモア・レイヴンの背中を見て、なにも感じませんでしたか?」
「!」
コイツ―きっとわかった上で言ってるな。
俺が堪らなく彼らへ憧れていることを。
俺だって、本当はアズサと一緒に戦いたいってことを。
そうだ、そうだよ。前にも似たようなことを言われたんだ。そして奮起した俺は3度目の入隊試験を受けて、結局〝不合格〟の烙印を押された。
『ホワイト・レイヴン』の隊員になれた彼女と比べて、俺は何にもなれなかった。セルホのことを忘れていたのは、ただ惨めな自分を思い出したくなかったからかもしれない。
……もう一度リベンジできたとしても、また同じ結果になる可能性は高いだろう。それに合格できたとしても、いずれまた破壊の怪獣は現れる。
だけど―それでも―そんな煽られ方したら―忘れかけてたなにかに、火が点くだろうが。
「……ああ、俺だってアイツと一緒に戦いたいって思ったよ」
「それじゃ―」
「当然だ。1週間後の入隊試験、俺も受ける。俺だって……防衛隊員になってやる」
「そうこなくちゃ。なら私と貴方は同期であり、ライバルってことですね」
「おうとも。試験で落ちたりすんなよ」
「その台詞、そっくりそのままお返しさせてもらいます」
俺たちはニヤリと笑い、互いにコツンと拳をぶつけ合う。
そんなことをしていると、
「待たせたな、2人共。怪獣は防衛隊が全滅させた。もうすぐ安心して家に帰れるだろう」
数名の防衛隊員を連れたアズサがテントの中に入ってくる。彼女は煤と返り血で汚れており、如何に多くの怪獣を倒したのかよくわかる。
「この後は諸々の後処理が残っているが、2人は防衛隊が責任を持って送り届けることになっている。家までは彼らが―」
「あ、あのっ、もしご迷惑でなければ、後学のために後処理の現場を見せて頂きたいのですが……!」
「え? それは構わないが……その、なんというか、怪獣の残骸とか見てもあまり面白くないと思うのだが……。それに万が一の危険性も―」
「それでもいいんです! 私は防衛隊員を目指していて、少しでも現場のことを知りたいんです!」
「防衛隊員を……」
セルホの熱意になにか感じるモノがあったのか、アズサは観念した様子で肩をすくめる。
「わかった。なら彼らに案内を任せよう。絶対に傍を離れないこと」
「あ、ありがとうございます!」
アズサは連れてきた防衛隊員たちにセルホの案内&護衛を指示。それを受けた隊員たちはセルホを連れてテントから出て行った。
しかし後処理の現場まで見たいとか、セルホの奴見上げた向上心だな。ありゃ将来大物になれるよ。
セルホを見送ったアズサは「ふぅ……」と一息つき、
「まったく、キラキラした目をしてくれちゃってからに……。私も防衛隊に入る前は、あんな目をしていたのかな」
素の口調に戻る。彼女がこの話し方をするのは、基本的に俺と2人きりになれた時だけだ。
「……ちょっと、シンもなに若者を見つめるおじさんみたいな顔してるのよ」
「別に、セルホは凄い子だなって思ってさ。でも防衛隊に入った頃のお前はもっとヤバかったね。キラキラっていうか、ギラギラのメラメラで戦闘民族って目をしてた」
「あ、あの頃はなんてゆーか、それくらいの気概が必要だと思ってただけで……! もう、からかわないでよね!」
顔を赤くして恥ずかしがるアズサ。その様子はさっきまでの近寄り難い堅物防衛隊員って雰囲気はまるでなく、年相応の可愛らしい少女でしかない。
これが俺だけがよく知る、彼女本来の性格。アズサは民間人や他の防衛隊員の前ではクレイモア・レイヴンでいることを求められるため厳格な人物を装っているが、その実どこにでもいる普通の感性を持った女の子なのだ。
「冗談だよ、冗談。そういえば他の『ホワイト・レイヴン』のメンバーは?」
「一足先に基地に戻ったわ。皆不完全燃焼って感じだったし、今頃はトレーニングでもしてるかもね」
「あ、あれだけ戦って不完全燃焼なのか……」
流石は日本最強のエリート部隊員たち、フィジカルが違いすぎる……。いや、それで言うならアズサも十分ケロッとした顔してるけど……。
「……お疲れ、アズサ。さっきのお前、凄いカッコよかったよ。〝最強の防衛隊員〟の名は伊達じゃないな」
「それはどーも。っていうか〝最強の防衛隊員〟って呼ぶのやめてよね。そう呼ばれるのあんまり好きじゃないし、私には荷が重すぎるっていうか……」
「それでも投げ出さないのがお前のいいところだ。幼馴染として鼻が高いぞ?」
「ほほ~う? なら〝カッコいい〟よりも〝綺麗〟とか〝可愛い〟って褒めてくれた方がアズサさんは喜ぶんだけどな~?」
アズサはタオルで念入りに顔や髪を拭きながら、悪戯っぽく言う。
もし俺の意識が11年前のままだったら「じゃあキレイで」くらいの軽いノリで話してたと思うが、
「……そうだな。やっぱりお前は綺麗だよ。それに凄く可愛い。こうしてまた会えて、俺は……心の底から嬉しい」
それが、今俺が思う心からの言葉だった。
死んだはずの幼馴染と、命の恩人と会えたんだ。これが奇跡でなくてなんだというのか。
俺にとって、やはりアズサはかけがえのない存在。およそ10年ぶりに見る彼女の顔は、俺にそう再認識させるには十分に魅力的だった。
「んな……っ!? ど、どうしたのシン!? いきなりそんな、真剣な顔で……! そ、そんな風に言われたら……困っちゃうじゃん……!」
顔を耳たぶまで真っ赤にするアズサ。
相変わらず、コイツは「褒めてもいいのよ?」って言う割に褒めると照れるんだよな。
「思ったことを言っただけだが? それよりほら、タオル貸せって。その長い髪の毛拭いてやるから」
「さ、触んないで! あ~もう、空気読めこの唐変木!」
あー懐かしいなー、昔はよくこうしてふざけあってたっけ。
そんな感じで俺たちが遊んでいると―ピピッとアズサの無線機が鳴る。
アズサは慌てて俺を離して耳に手を当てると、
「は、はい! こちらクレイモア・レイヴン! どうし――え?」
無線機の向こうの声を聞いたアズサは、急に表情を一変させる。
なにかの報告だろうか? しばらく言葉を聞いていた彼女は呆然と立ち尽くし、どんどん顔色が悪くなっていく。
明らかに、様子がおかしい。
「は……い……はい……わかりました……クレイモア・レイヴン
「ア……アズサ……? なにがあったんだ……? なんだか顔色が……」
俺はアズサを心配して声をかける。
だが彼女は俺の方へ振り向くことなく、
「……『ホワイト・レイヴン』の隊員が…………1人、死んだって……」