〇プロローグ(2)

「ふぅ、疲れた」

 登別地獄谷を見物してから計画通り登別観光をした後、俺は事前に予約しておいた旅館にやってきた。お楽しみにしてきた登別温泉に入る時間だ。

 体はいい感じに疲労感があるし、温泉に浸かったら絶対に気持ちいい。

「いらっしゃいませ」

 温泉のことばかり考えていると、仲居の女性に挨拶をされた。

 艶やかな黒髪は肩口くらいまで伸びており、透き通るような瞳。

 冷たい雪のように真っ白な肌。

 端整な顔立ちで、身に着けている花柄の着物がとても似合っている。

 一言で言い表すと、雪国の大和撫子という雰囲気の美少女だった。

 ──って、ちょっと待て。この子どう見ても俺と同じ高校生くらいだぞ。

 それなのに、こんな立派な旅館で働いてるのか?

「お客様のお名前をお伺いできますか?」

「え……は、はい。今日、一名で予約してた月島です」

「月島様ですね。では、お宿帳にご記入をお願い致します」

 美少女に言われた通り、俺は受付用のテーブルの上にあった宿帳に名前と住所を記入。

 次いで、彼女が本人確認を済ませる。

「月島様、確認ができましたので、お部屋までご案内致します。お荷物はお持ちしますね」

「す、すみません。じゃあ少しだけお願いします」

 旅館で大して年が変わらない女の子に接客されるなんて、少し変な気分だな。

 それから俺は美少女に案内されて館内を歩いていく。

 この旅館──『なぎ』は登別市の温泉街にある旅館の一つで、開業して100年以上経つ老舗旅館だ。

 宿泊料は少し高めだったが、今日のために貯めておいたアルバイト代があるから全く問題なし。せっかくの登別温泉なんだ。ちょっと高級な旅館で入ってみたい。

「それにしても随分と綺麗な内装だな」

 宿泊部屋に向かっている間、館内を観察していると、建物に使われている木材とかが新しく、特に古くなっている部分はない。開業して100年以上って聞いてたから、もっと年季が入っている感じだと思ってたけど、そうでもないらしい。

「二年前に改装工事をしたんですよ。だから老舗旅館みたいな感じは薄れているかもしれませんね」

「あっ、そうなんですね」

 独り言を言ったつもりが、美少女にも聞こえていたみたいだ。

 けれど、嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。

 俺と大して年が変わらないのに、デキた仲居さんだ。

「月島様は、どちらから来られたのですか?」

「東京からですね。午前中に新千歳に着いて、そこから高速バスを使ってって感じです」

「道外から来られたのですね。それは随分疲れたでしょう」

「そうですね……結構疲れました」

 美少女と俺でそんなやり取りを交わす。

 これは部屋に着くまでの間、彼女が気を利かせて話題を振ってくれているのだろう。

 しかも、かなり手馴れている。まるでベテランの女将さんのようだ。

「月島様って、もしかして学生さんですか?」

 会話を繰り返していると、不意に美少女がそんな質問を投げてきた。

「えっと……一応、高校一年生ですけど」

「高校一年生! だったら私と同じですね!」

 美少女が嬉しそうな顔をこちらに向けてくる。

 まじか……。こんな百戦錬磨みたいな仲居さんが俺と同い年なのかよ。

「でも、高校生で一人で旅行って珍しいですね」

「まあ、そうかもしれないですね。……だけど、一人旅って割と楽しいですよ」

「もしかして、これまでも何回か一人で旅行したことってあるんですか?」

「高校に入ってからなのでそんなに多いわけじゃないですけど、もう二十回以上は一人で旅行してますね」

「二十回も!?」

 美少女は唐突に足を止めると、振り返って驚いた顔を見せる。

「二十回ということは、月島様は色んなところに旅行に行かれてるということですね?」

「そ、そうですけど……」

 美少女が急に近づいてきて、やたら話に食いついてくる。

 い、いきなりなんだ? 俺、変なこと言ってないよな?

「なるほど。……いいこと聞いちゃったな」

「? いいこと?」

「あっ、すみません。今のはただの独り言ですのでお気になさらず~」

 おほほ、と口元に手を当てる美少女。逆に滅茶苦茶気になるんだけど……。

 しかしその後、美少女には特におかしな様子もなく、先ほどと同じように話していると、ようやく今晩泊まる予定の部屋に到着した。

「では、こちらが月島様のお部屋になります」

「どうも」

 部屋の前で俺は美少女からルームキーを受け取る。

「お夕食のお時間になりましたら、お部屋にお食事を持ってきますので、それまでゆっくりとおくつろぎください」

 深くお辞儀をすると、美少女は来た道を戻っていった。

 急接近された時以外は、文句の付けようがない仲居さんだったな。

 逆にあれが一体何だったのか気になるけど……。

「まあそんなことより、ひとまず温泉だな!」

 待ちに待った登別温泉を楽しむ時間だ! 

 今日の晩に三回、明日の朝に二回! これで五回、温泉を堪能できるな!

 風呂の種類は六種類くらいあるらしいけど、全種類の風呂に五回浸かってやるぞ!

 俺の一人旅はまだまだ終わらないぜ!!



 美少女と別れた後、俺は部屋に用意されていた作務衣に着替えたのち登別温泉を満喫した。泉質の違う温泉が豊富にあり、それぞれ効能も異なるため、予定通り全ての温泉にたっぷりと浸かった。

 おかげで少しのぼせ気味になったが、心なしか旅の疲れがだいぶ取れた気がする。

 温泉に入った後はすぐに夕食の時間になり、先ほど伝えられた通り美少女が部屋まで食事を持ってきてくれた。それらを全てたいらげると、俺は大の字になって寝転がる。

「ふぅ~美味かったぁ」

 さすが100年以上続いている老舗旅館。料理も一級品だった。ちなみに宿泊部屋は和室で床は畳になっているので、寝転ぶとい草の匂いがして超気持ちいい。

 さてさて、ここからもう一回温泉にでも入ってくるかな。

 俺はゆっくりと起き上がると、ふと首に違和感を覚える。

 なんかほんの少しだけ軽いような……。

 そう思って手を当ててみると、

「……ない」

 旅行が始まってからずっと持ち歩いていたロケットペンダントがなかった。

 ……お、おいおい、まじかよ。洒落になってないぞ。

 お、落ち着け、俺! まずは部屋の中を探さないと!

 すぐに俺は部屋の隅々まで探し、リュックや財布の中までとにかく探しまくった。

 ──が、残念なことにロケットペンダントは見つからない。

「……嘘だろ」

 俺は両膝をついて、頭を抱える。

 どこで落としたんだ? もしかして大浴場か?

 こうならないために常に身に着けていたのに、それがかえって裏目に出てしまった。

 もう二回目の温泉を楽しむなんて言ってる場合じゃない。

 それくらい、俺にとってあのペンダントは大切な物なんだ。

 ……すると、コンコンと部屋の扉がノックされる。

「月島様、いらっしゃいますでしょうか?」

 声の主は、あの美少女だった。

 俺が返事をすると、彼女はもし夕食が済んでいたら食器を下げてくれる旨を伝えてきた。

 こっちは正直それどころじゃないが、食事は終わっているし追い返すのも申し訳ないのでお願いすると、美少女はマスターキーを使って部屋の中に入ってくる。

「失礼します」

 美少女は丁寧に頭を下げたのち、手際よく空いた器をお盆にのせて片付けていく。

 さっきは少し変なところもあったけど、やはりデキた仲居さんだ。

 ……って、そんなこと考えてる場合じゃない。彼女が出ていったらロケットペンダントがないか大浴場に探しに行ってみるか。

「あっ、月島様。もしかしてこちらは月島様の持ち物でしょうか?」

 片付けが終わった後、美少女は思い出したかのように何かを差し出してきた。

 そうして彼女が見せてきたものは、なんと俺のロケットペンダントだった!

「俺のです! ありがとうございます!」

「やはりそうでしたか。こちらに来る道中に落ちていまして、ひょっとして月島様が身に着けていた物ではないかと思っていたんです」

「そ、そうだったんですか。……でも、よくこれが俺のって覚えていましたね」

「このような時のために、お客様の身に着けている物や持ち物は全て把握しております」

 ニコリと上品に笑う美少女。な、なんて素晴らしい仲居さんだ!

 その後、俺は一応、チャームを開いて中身を確認する。

 中には二十代くらいに見える女性の写真。確実に俺のロケットペンダントだ。

「良かった……」

 心の底から安堵していると、ふと傍らで美少女がじーっと写真を眺めていることに気づく。

「どうかしました?」

「っ! す、すみません。とても綺麗な女性だなと思いまして……お姉様ですか?」

「えっと……その、実は母なんです」

「お母様ですか? 随分とお若いんですね」

 美少女が信じられないように目を丸くする。彼女の反応は無理もない。

 俺だって、母さんのことは若返りの薬でも飲んだんじゃないかって思ってるから。

「でも、ご家族の写真をペンダントにするなんて、月島様はとてもお母様を大切にしているんですね」

「……ありがとうございます」

 俺は一言だけお礼を言った。

 それから美少女は片付けが終わったテーブルの上を綺麗になるように拭いてくれる。

「月島様、今日はどちらに行かれたのですか?」

 その最中、美少女が俺の旅行について訊ねてきた。

 これもきっと間を持たせてくれようと気を遣ってくれているのだろう。

「今日は地獄谷と大湯沼ですね」

「あら、そうなんですね。地獄谷はこの時期、紅葉がとても綺麗でしょう?」

「そうですね。思わず夢中で写真撮っちゃいましたよ。あと大湯沼の足湯も最高でした」

「気持ちいいですよね~。私も子供の頃は時々連れて行ってもらいました」

「子供の頃って……いまは行ったりしないんですか?」

「はい、お仕事が忙しくてお休みが取れないので……」

 美少女は苦笑いを浮かべながら答える。

「旅館の仕事って大変そうだなって思ってたんですけど、仲居さんでも休みがないくらい忙しいんですね」

「その……実は私、この旅館の若女将なんです」

「若女将!? ですか!」

 突然のカミングアウトに、俺は思わず驚いて声が大きくなった。

 だけど納得だな。そりゃ接客が一級品なわけだ。

「そういえば、月島様は今日以外にも何度も旅行をしているのですよね?」

「えっ、まあそうですけど……」

 なんか、急に話題を変えてきたな。

「他にはどんなところに旅行に行ったのですか?」

「他にはですか? 定番のところなら兵庫県の姫路城とかですかね。真っ白な天守がすごくカッコいいんですよ!」

「カッコいいお城っていいですもんね! 私はまだこの目でお城を見たことがないのであれですけど……他にはどうですか?」

「他ですか? えっと……」

 俺はそろそろ温泉に入りに行きたいんだけどなぁ……。

 しかし、美少女がこちらに向ける瞳はキラキラしていて期待に満ちていた。

 どうやら彼女はもっと俺の旅行の話が聞きたいらしい。

 本来なら、俺は遠慮せずに温泉に入りに行っていたと思う。

 ……けれど、彼女には母さんのロケットペンダントを拾ってもらった恩がある。

 旅行の話の一つや二つくらいするべきだろう。

「他はですね──」

 それから俺は再び美少女に話し始めた。

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