第二章 かわいいランジェリーの作り方(2)

      ◇


「まずは、どんな下着なら水野さんが喜んでくれるか調査しないとね」

 あらゆる商品開発の現場において、最初に行われるのが『企画の立案』である。

 下着作りにおいてもユーザーの趣味こうを知ることは非常に重要で。

 数あるランジェリーの中からお客さんに手に取ってもらうには、お金を出してでも購入したいと思わせる魅力──言い換えれば『付加価値』を商品に組み込む必要がある。

 たとえば好きな色だったり。

 あるいは好きな素材だったり。

 もしくは好きなデザインだったり。

 コストとクオリティのバランスを取りつつ、膨大な数の選択肢の中から取捨選択して理想の下着を生み出すのがランジェリーデザイナーの仕事だ。

 とりわけデザインの指標となる企画書の作成と、それをまとめるための市場調査は重要な工程だった。

「今回は本人に取材できないから、みずさんの友達に話を聞いてみよう」

 サプライズ企画なのでみおに話を聞くわけにはいかない。

 というわけでけいが目をつけたのは──

よしさん、ちょっといいかな」

「おろ? うらしまくん? どうしたの?」

 昇降口に設置された自販機の前、買ったばかりのいちごオレを手に、首をかしげた彼女はクラスメイトの吉田りんだった。

 短めのツインテールがチャームポイントの真凛は澪の友人であり、明るい性格で誰とでも気さくに話してくれるため男子からの人気も高い人物だ。

「実は吉田さんに相談があってさ。水野さんにプレゼントを贈ろうと思ってるんだけど、女の子の意見が聞きたくて」

「みおっちにプレゼント!? 素敵っ!」

 用件を伝えたところ、真凛が瞬時に目を輝かせた。

「浦島くんはみおっち狙いだもんね。そういうことなら協力は惜しまないよ」

「ありがとう。サプライズにしたいから秘密にしておいてくれると助かる」

「了解です!」

 ビシッと敬礼のポーズを取る真凛。本当にノリがいい子だ。

「それで、どんなプレゼントにするつもりなの?」

「ああ、実は下着を贈ろうと思ってるんだ」

「下着!?」

「うん。それもとびきり可愛かわいいやつを」

「とびきり可愛い下着を……浦島くんって、けっこうダイタンなんだね……」

「? そうかな?」

「や、でも他の男の子との違いを見せるっていう意味ではいいのかも……? 今は普通にカップルで下着屋さんに入ったりするっていうし……」

 ブツブツと何事かをつぶやいて、気を取り直したように真凛が言う。

「けど困ったなぁ……みおっち、いつも恥ずかしがって一緒に着替えたがらないから、下着は見たことないんだよね……」

 そのあたりの事情は把握している。

 例の綿100%のパンツを見られたくなくて更衣室を使わないのだ。

「あ、でも、みおっちは青系の色が好きだと思うよ。水色とか、私服でもアクセントによく入れてたりするし」

「ふむふむ……」

 みずさんは青系の色が好き──手にしたペンでタブレットに情報をメモしていく。

「それと、洋服はけっこう実用性を重視して選んでる感じだね」

「実用性?」

「遊びにいく時とか、動きやすそうなかつこうが多いから」

「へぇ、そうなんだ」

 たしかに、あまりヒラヒラした格好は好きじゃなさそうな気がする。

(動きやすい服装か……そういえば、家ではジャージで過ごしてるって言ってたっけ)

 りんとの会話で得られた情報。

 それらを起点に、頭の中で徐々にアイデアが固まっていく。

「あとあと、これは耳よりな情報なんだけどね。みおっちはアレでけっこうチョロいというか、押しに弱いところがあるから、今後もガンガン押していけばいいと思うよ!」

「おお、それは有力な情報だね」

 けいは知るよしもないことだが、よし真凛はオタクな女の子である。

 雑食系であらゆるジャンルの作品をたしなむ彼女だが、特に恋愛モノは大好物。

 しかも真凛はいまだに恵太がみおかたおもいしていると誤解しており、そこへ恵太が直々にプレゼントの相談を持ちかけてきたのだ。

 友達の恋の応援という大義名分を得た彼女の口が止まるわけがなく。

 恵太はいろんな意味で有意義な調査結果を得られたのだった。



 企画が通り、下着の方向性が定まったらいよいよデザインに入る。

 ランジェリーを前、後ろ、横から見た時の外観がわかるように三面図に起こすのだ。

 ランジェリーデザイナーにとって最もやりがいのある仕事であると同時に、自身の才能や締め切りと向き合うことになる過酷な作業でもある。

 そうして完成したデザイン画はパタンナーと呼ばれる担当者に渡される。

 パタンナーは、型紙やパターンと呼ばれる量産のための設計図を作る人のことで、デザイナーが描いたデザイン画から縫製の時に必要になるパーツを抽出する役職だ。

 下着のデザインを決めるのがデザイナーの仕事。

 そのデザインを実現するためにどんな素材が必要になるのか、どんな形のパーツがどれだけ要るのか割り出すのがパタンナーの仕事になる。

 ただ、リュグにはパタンナーが在籍していないので型紙の作成は外注だった。

 ブランドの運営は『代表』がしているが、パタンナーとの意見のすり合わせはデザイナーの恵太にしかできない仕事で──

「──はい、そうですね。今回は気軽に普段使いができるようにしたいので、カップのところは余裕のある、ゆったりとした着け心地にできればと思っています」

 二十三時をまわった深夜、自室の椅子に座ったけいはスマホで通話中だった。

 電話の相手はパタンナーのいけざわさん。

 若い女性ということ以外は謎に包まれているが、パタンナーとしての腕は確かで、型紙だけでなくサンプルの製作まで担当してくれているありがたい存在だった。

「……はい、わかりました。では、そこだけ修正しておきます。それでは失礼します」

 通話を切り、スマホを持つ手を下ろした恵太が「ふう……」と短く息を吐く。

 そのタイミングで机の上にマグカップが置かれたので顔を上げると、部屋着姿のさきが優しい笑みを浮かべて立っていた。

「遅くまでおつかれさま、お兄ちゃん」

「ありがとう、姫咲ちゃん」

 お礼を言ってマグカップを手に取り、温かいココアを口に含む。

 すると、後ろにやってきた姫咲が机の上のタブレットをのぞき込んだ。

「めずらしいね。お兄ちゃんがこういう下着を描くなんて」

「ああ、ちょっと思うところがあってね」

「思うところ?」

「この下着で、気になる女の子を振り向かせようと思ってるんだ」

「それって、お兄ちゃんのスカウトを断ったって人?」

「そうそう、その人」

「ふーん? それで最近、遅くまで頑張ってるんだ」

 みおとケンカしてから一週間、彼女に見せるための下着作りが佳境を迎えていた。

 電話で池澤さんに指摘された問題点を修正すればサンプルが作成できる。

 それが完成すればいよいよおできるので、ここが正念場だった。

「じゃあ、お兄ちゃんは今日もまだ寝ない感じ?」

「うん、キリのいいところまで仕上げるつもり」

「なら、あんまり邪魔したらわるいね。わたしはそろそろおいとまするよ。──おやすみなさい、お兄ちゃん」

「ああ。おやすみ、姫咲ちゃん」

 可愛かわいい妹分を見送って、再び机に向き直る。

 そこに置かれたタブレットに表示されていたのは、姫咲の言う通り、あまり描かないタイプのランジェリーで……

みずさん、喜んでくれるかな」

 胸の内にあるのは同じくらいの期待と不安。

 バレンタインのチョコを準備する女の子はこんな気持ちなんだろうか──

 そんなことを考えながら、けいはタブレットとペンを手に取った。

「さて、ラストスパートいきますか」

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