第一章 変態属性男子とクールな同級生女子(4)

 誘惑に負け、試着することにした澪はいったん紙袋をわきに置く。

 そうして慣れない場所に緊張しながら、たどたどしい手つきで制服を脱ぎ始めた。

 いつもの通り、ブレザー、スカート、ブラウスの順にパージしていき──

「あ、ついクセで靴下も脱いじゃった……まあ、どうせ誰も見てないですし……」

 靴下を脱いだあとで、ブラとショーツも脱ぎ捨てた。

 ひとの家で裸になるのはなんだか妙な気分で。

 なんとなく背徳感を覚えながら紙袋から下着を取り出す。

 真新しいショーツに足を通し、ブラジャーのホックに手間取りながらも、なんとか装着して──

 全ての工程を終えた澪は、洗面台の鏡に映った自分の姿を見た。

「あ……」

 それは、透き通るような水色のランジェリーだった。

 バストを優しく包むブラは柔らかな仕上がりで、カップ上部のラインに沿って純白のレースがあしらわれ、さりげなく可愛かわいさを演出している。

 デザインの統一されたショーツも負けず劣らず愛らしく。

 ブラの胸元とショーツの上部には、それぞれ同じ水色のリボンが添えられていた。

 シンプルでありながら繊細なデザイン。

 水色を基調とした下着は柔らかさと清涼感があって。

 そのあまりのれんさに、息をするのも忘れて見入ってしまう。

「素敵……」

 本当に、いつまでも見ていられるような素敵なランジェリーだ。

 懸念していたブラのサイズもまったく問題なく、まるで最初からみおのために仕立てられたように完璧に体にフィットしているし、その着け心地も極上のものだった。

「なにこれ、すごい……ほんとうにすごい……っ」

 シンデレラの魔法が存在するなら、きっとこんな感じなのだろう。

 まるで物語のヒロインに生まれ変わった気分。

 鏡に映った、可愛かわいい下着をつけた自分の姿に信じられないくらいドキドキして、いてもたってもいられず脱衣所を飛び出した澪は彼の部屋に駆け込んでいた。

うらしま君っ!!」

「えっ? ……み、みずさん?」

 例のトルソーの前にいたけいが振り返り、目をぱちくりさせる。

 そんな同級生に詰め寄った澪は、両手で彼の手を取った。

「すごいです浦島君! どうしたらこんなに素敵な下着が作れるんですか!? ブラもショーツもぴったりですし、可愛かわいくてれいで、本当に素敵です! ──あっ、そうだ写真! 写真を撮らないと!」

「ちょ、ちょっと待ってみずさん! とりあえず落ち着こう!」

「こんなの、落ち着いてなんていられません!」

「それでも、いったん冷静になったほうがいいと思うんだ……」

「? うらしま君?」

「その、非常に言いづらいんだけど……今の水野さん、下着オンリーのやんごとなきお姿だから……」

「……へ?」

 言われて自分の体を見下ろす。

 目に飛び込んできたのはブラに包まれた胸の谷間で。

 衣服どころか靴下すら履いていない、半裸の女子高生の姿がそこにはあった。

「いやあああっ!? 浦島君の変態!」

「俺、今回は本当になにもしてないけどね」

 そんな彼の主張に応える余裕もなく、みおは慌てて自分の体を抱きしめる。

 しかし、それくらいでどうにかなる露出度じゃない。

 であれば退室すればいいだけなのに、そんな簡単なことすら思い至らず、経験したことのない恥ずかしさでほおが燃えるように熱くなっていく。

 すると見かねたけいがブレザーを脱いで、むき出しの肩にそっと上着をかけてくれた。

「あ、ありがとうございます……」

「こちらこそ、素晴らしいものを見せてくれてありがとう」

「お礼を言われても困るんですが……」

 視線が恥ずかしくて、彼に借りたブレザーの前を手で押さえる。

「それにしても、水野さんがこんなに喜んでくれるとはね」

「まあ、実際とても素敵な下着でしたし……」

 本当に、文句のつけようのない素晴らしいランジェリーだと思う。

「でも、浦島君はどうしてわたしのサイズがわかったんですか? この下着、採寸なしで作ったとは思えないくらいぴったりですけど……」

「ああ。仕事柄、下着姿を見ればだいたいのスリーサイズがわかるんだよね」

「なんていかがわしい特殊能力……」

「ちなみに水野さんのバストは84センチで、ブラのサイズはDカップだね」

「Dカップ? でも、わたしより大きい友達もDカップだって……」

「それはたぶん、アンダーが大きいからだと思うよ」

「アンダーって、アンダーバストのことですよね?」

 アンダーバストは実際の胸囲となるトップバストとは異なり、胸の真下から背中にかけての数値のことで、ブラのサイズを決める重要な目安でもある。

「トップとかアンダーとか、そのあたりはいろいろ複雑だから簡単に説明するけど──たとえば同じ高さのお城がふたつあるとするでしょ?」

「お城……」

「ふたつのお城の高さは同じでも、片方だけ土台になるいしがきを高くしたらどうなる?」

「それは……お城全体の高さが石垣のぶんだけ大きくなるのでは?」

「その通り。要は、そのお城が女の子でいうおっぱいで、石垣がアンダーバストなんだよ。同じカップ数でも、土台になる胴体部分が大きいとそのぶん胸も大きくなるんだ」

「ああ、なるほど!」

 とてもわかりやすい説明だった。

 長身のいずみは体が大きいため、そもそもの土台がみおよりも大きいという理屈だ。

「バストの大きさとカップのサイズは必ずしも比例しないんですね」

「そういうこと。カップサイズはトップバストからアンダーを引いたあたいで決まるからね」

 いわゆるスリーサイズのバストはトップバストのことを指す。

 ブラのカップはトップとアンダーの差が大きいほど上のサイズになるわけだ。

 ちなみに、トップとアンダーの差が17・5センチ前後ならDカップになるらしい。

 15センチ差ならCカップ。

 20センチ差ならEカップという具合である。

「ブラジャーのサイズ規格だとアンダーバストは5センチ単位で区切られているから、みずさんのブラはアンダー65、友達の子はたぶん70だろうね。同じDカップでも、トップバストが5センチも違えば実際の大きさもかなり違ってくるよ。細身の子はカップ数が同じでも胸が小さく見えがちだから、サイズを勘違いしてる子もけっこういるんだ」

「そっか……わたしはDカップだったんですね……」

 ずっとわだかまっていた悩みがあっさり解決してしまった。

 自分が購入したブラのサイズは『C65』──アンダー65のCカップのもので。

 対して実際のサイズは『D65』なので、体に合うはずがなかったのだ。

「ありがとうございます。これでブラを新調しても失敗せずに済みそうです」

「どういたしまして」

 感謝を告げると、うれしそうにけいが笑う。

「よかった。水野さん、元気になったみたいで。学校で着替えを見た時、鏡の前で暗い顔をしてたから気になってたんだ」

「見てたんですか……」

 そういえば、こちらが彼に気づいた時には既にドアが開いていた。

 もしかしたら、あの時の独り言も聞いていたのかもしれない。

「ランジェリーデザイナーとしては、下着で悩んでる女の子を放っておけないからね。またなにか困ったことがあったら、俺に相談してくれていいから」

「相談……してもいいんですか?」

「もちろん」

「……っ、そ、それじゃあ、そうさせてもらいますね」

 混じりけのない笑顔を向けられ、一瞬だけ言葉に詰まったのは、不覚にも泣きそうになったからだ。

 みおはこれまで、ずっと他人に弱みを見せないように生きてきた。

 仕事で忙しい父はほとんど家にいなかったし、ふたつ年下の弟はまだまだ子どもで、母親が家を出ていってからは弱音を吐くことは許されないと思っていた。

 新調した下着が合わなかった時、誰にも相談できなかったのはそんな理由もあって。

 つまらないを張って。

 しなくてもいいやせ我慢をして。

 日々、自分の中で擦り減っていく何かから目をらしたままここまできてしまった。

 くたくたのパンツが限界だったように、ひとりで頑張るのはもうとっくに限界で。

 だからこそ、彼が頼ってもいいと言ってくれたことが本当にうれしかったのだ。

「そうだ、みずさん。その下着、よかったらもらってよ」

「え? でもこれ、大事なものなんじゃ……」

「試作品だし、予備もあるから問題ないよ。二回も下着姿を見せてくれたお礼ってことで」

「好きで見せたわけじゃないですから」

 顔を背けながら言い返すと、それに少し笑ってけいが正面からこちらを見る。

「俺さ、水野さんにひとめれしたんだ」

「えっ? ひ、ひとめ惚れ……?」

「水野さんは俺の好みど真ん中の、理想のカラダの持ち主なんだよ」

「最低すぎます……」

 一瞬、告白されたのかと思ってしまった。

「それで、実際に俺の下着をつけてもらって確信した。水野さんがいればもっといいランジェリーができる……誰も見たことのない、最高の下着を作るのも夢じゃないって」

「それって、どういう……」

「今日はその話がしたかったんだ。もしよかったら、俺の下着作りに協力してくれないかな? 理想の下着を作るために、水野さんにモデルをやってほしいんだ」

「モデル……ですか?」

「モデルといっても雑誌に載るようなやつじゃなくて、今回みたいに試作品を試着してもらったり、着け心地とか感想を聞いたりする、どちらかといえばモニター的な役割だね」

「ああ、俺のパンツを穿いてほしいって、そういう意味だったんですね」

 謎は全て解けた。

 俺のパンツというのはうらしま君愛用のトランクスのことではなく、彼がデザインしたランジェリーのことだったのだ。

「それで、どうかな?」

「興味はありますけど……でもそれって、浦島君に下着姿を見せるってことですよね?」

「そうなるね」

「さすがにそれは……」

 モデルをするとなれば当然、体をじっくりと観察されてしまうわけで。

 興味はあっても、異性に肌を見せるのは抵抗があった。

「バイト代のかわりといってはなんだけど。モデルを引き受けてくれたら、みずさんの協力でできた新作をその、提供しようと思うんだけど」

「やらせていただきます」

 こうしてみおはモデルを引き受けることになった。

 リュグ・ジュエルの新作ランジェリーという、破格の報酬と引き換えに。

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